「あっ、」 
 と、お湯を沸かしている最中、何かに気付いたような吉田が声を上げる。
「あのさ、お茶って、慣れた紅茶の方がいいのかな。それとも、折角日本に来たんだから、日本茶の方が良い?」
 そう言う吉田が手にしているのは紅茶の缶だが、淹れようという段階でその事に気付いたらしい。窺うように、隣に佇む佐藤を見上げる。上目遣いはそれだけで、否応なしに可愛いものだ。佐藤は小さな幸せを見つけたように眺める。
「んー、どっちでもいいんじゃないか」
 そういうのをいちいち気にする性質では無いのを、佐藤はとてもよくと知っているし、それは吉田にしても同じ事なのだが。
 何を今更気にかけているのか、といっそ不思議に思う佐藤の前、吉田は迷った末に手にしてあった缶の茶葉で淹れる事にしたらしい。それでもなお、その選択が正しかったものであるのか、考えあぐねているようでもある。カチャカチャと食器の音がやけに聴こえるのは、吉田の緊張が手先から伝わっている事だろう。
 ポットとカップを乗せ、トレイをよいしょと持ち上げてリビングへ待つ客人達の所へ赴く。そこでは互いの近況報告で花が咲き、和やかな会話がなされていた。しかし、吉田の登場で皆の意識はお茶を運んで来た吉田似集まる。
「お、お待たせしましたー………ぅわあッ!」
 トレイの上の食器ばかりに集中していたからか、その分足元が疎かになってしまった。些細な段差に足を取られ、あわや転倒の惨事の前に佐藤がさっとフォローする。片手でトレイを持ち、片手で吉田を支える。無駄の一切無い、見事な動きだった。
「大丈夫?」
「う、うん……」
 醜態を晒した、と吉田の顔がみるみる赤くなっていく。トレイはヨハンが佐藤の手から受け取り、テーブルまで運んだ。佐藤は自由になった両腕で吉田を背後から抱きとめる。
「なんかお前、昨日からそわそわしてるよなー。どうした?」
 集まった面子は、艶子にジャックにヨハンの3人。高校の頃から付き合いがあり、この部屋で集まるのもこれが初めてでも無い。今更緊張する相手でもない筈なのだが。
 訝しむ佐藤を、まず笑ったのは艶子だった。
「まあ、隆彦。相変わらず人の心が解って無いのね。そんな事じゃ、吉田さんにすぐに捨てられてしまうわよ?」
 口調は優雅だが内容は酷かった。どういう事だよ、と佐藤の目が剣呑になる。
 艶子が酷評したのだから、自分は説明してあげよう、とジャックも口を開く。
「だからな、ヨシダはここを”自分の家”として俺達を招くのに色々思う所がある、って話だよ」
 以前までは、吉田もそれでもここに招かれる立場だったのだが、今は違う。今から違う。吉田もこの家の住人なのだ。改めて佐藤と一緒に暮らしているという自覚こそが、昨日からの吉田の挙動不審や、顔を染めさせている原因だった。
 ジャックの台詞を受け、改めて腕の中の吉田を見下ろしてみる。そこには、さっきよりも格段に顔を赤くした吉田が居た。それはジャックの言い分が正しい事を告げている。
「………。吉田、可愛いv」
 むぎゅっ、と愛しい人を抱きとめる佐藤。人前でのこの行動に、「なにすんだよぉぉぉ〜〜////」と顔を赤らめたまま抵抗する。
「あら、吉田さんが可愛らしい事なんて、私も知ってましてよv」
「俺も知ってるぜー」
「うん、僕も」
「う、う、うわあああんっ」 
 未だに可愛がれる事の慣れない吉田は、この空間はいっそ苦行にも近く、困った挙句に助けを求めるよう、佐藤を見上げて喚くのだった。
 佐藤の愛しい吉田は、今日もとっても可愛かった。


 そんな風に最初こそ、気構えていた吉田だったが、いつものように会話していく内に段々と解れて来た。
 今日、皆がこの家に集まったのは、一応ちゃんとした目的というか、理由があった。
「はい、吉田さん。これは皆から」
「贈物って、なんか悪いな〜」
 艶子から、揃いのパジャマセットが入っている箱を受け取り、吉田が照れくさそうに言う。大抵のものは大概揃いの品があるのだが、パジャマだけはお互いのサイズが上と下で標準を大きく外れているため、市販のものでは間に合わないのだ。それこそ、特注でもしない限り。きっと、艶子たちもそれを思ってパジャマにしたのだろう。
 嬉しいからこそ、吉田はやや後ろめたさを覚える。まだ結婚も入籍もまだだというのに、佐藤と一緒に住む事になっただけで、祝って貰って。そして気の良い彼らは、いざ結婚となればもっと盛大に祝ってくれるに違いないだろうし。
「いいよいいよ。僕たち、ヨシダが隆彦と一緒に住むって聞いて、本当に嬉しいんだから」
 恐縮しそうな吉田を、ヨハンがそう言って和ませる。ヨハンにしてみても、フォローの意味の意味のみならず、本音でもある。
「そうそう!本当、いつ一緒になってくれんのかなってずっとやきもきしてたんだからよー。大人しく祝われとけって」
「隆彦にもっと甲斐性場あれば、こんなに待たせる事も無かったでしょうにね」
 ジャックが豪快に言い、やれやれとばかりに艶子が頬に手を当てて憂いる。
「いやあの、その前にとらちんと暮らすの、決めちゃってたし」
 何だか佐藤が悪い、みたいな流れになって来て、吉田はその事実を言う。しかし佐藤の本性を知っている彼らは手加減をしない。
「ていうか、そもそも隆彦が最初に言うべきだろうよ、そういう話は」
 ジャックの手厳しい突っ込みが、吉田ではなく佐藤へと向けられる。
「……煩いな。色々あるんだよ、こっちも」
 佐藤が不貞腐れて呟く。他の誰かが言うならともかく、自分の本性を良く知るこの知人たちから言われると佐藤も唸るしかなくなる。中々同棲を切り出せなかったのは、単に自分に自信が無かったからだ。その弱さを、きっちり見抜いてくれる。
 正直、その自信が今はあるのかと言われると、すぐにも頷けない。同棲に踏み切れたのは、不意な事態によるきっかけに後押しされたような形だ。高橋の妊娠が起こらなかったとしたら、今はどうなっていただろうか。
 しかしこんな突発的な事も含んで人生だ。運命とは言い過ぎかもしれないが、その時はまた別の何かで吉田に同棲を切り出していたかもしれない。すぐ横で当たり前のように、この部屋のソファで寛ぐ吉田を見ると、そんな気がしてくる。
「まあ、改めて。こんなヤツだけど、ヨシダ。隆彦をよろしくな。
 何だかんだで、悪いヤツじゃないから。特にヨシダにだけは」
「ん〜、でも意地悪ばっかりしてくるけど……」
「愛があるからいいんだ」
 ささいな吉田の反論に、しれっと言ったのは佐藤だった。愛があってもダメ!と吉田は言い返したが、それは愛情があるのを確信しているという事だった。微笑ましいやり取りに、ジャックも笑みになってくる。
 艶子とヨハンはさておき、ジャックは一旦イタリアに立ち寄ってからここへ来ていた。現地で調達した品々が、ロ―テーブルの上に並べられて行く。
「色々持って来たぜー。ほら、チーチーズだろ、ワインだろ、ハムだろ、チョコレートだろ」
 ジャックは持参の大きなスーツケースから、何だか魔法のように次々と美味しそうな食材を取りだす。甘いものが好きな吉田は特にチョコレートに釘づけだった。
「んで目玉がこれ!じゃーん、ポルチーニ茸だぜ。しかも、乾燥でも冷凍でも無いヤツ」
「へえ、そりゃすごい」
 珍しく佐藤が素直に感嘆する。
「そうだろ、そうだろ!って事で隆彦、早速これで美味いもの作ってくれよ!」
「いきなり俺に任せるのか」
 今日はお前らが祝ってくれるんだろうが、と佐藤がややジト目でジャックを半睨みにする。
「いいだろ。隆彦が一番作るの美味いんだし」
 ジャックが当然とばかりにしれっと言う。仮にも祝う立場である佐藤に調理を押し付ける、この辺りの合理的思考は、欧米文化のなせるものか、あるいは単に本人の性格か。……多分、後者だ。
「うん、佐藤って、前から手際良かったけど、どんどん上手になったよな〜」
 それまでチョコレートに目を奪われていた吉田が言う。高校の時、部屋に訪れた時なども簡単なパスタを作ってくれたが、今は同じものなら半分の時間で、同じ時間をかけたならより凝ったものが出せる。これだけで、佐藤の腕の上達ぶりが解ろうというものだ。
「そりゃあ、好きな事だから上手にもなるよ。
 吉田に美味しいって言ってもらうの、大好きだもんv」
 だから腕を磨いてきたのだと、吉田に笑いかけるよう佐藤は言う。それにより、ようやく落ちついたかと思った吉田の顔色が、また真っ赤になる
 佐藤の料理の腕はそれはもう、店に勤めるプロに匹敵する大層なものだけども。
 たった一人の為にしか作らないというのなら、佐藤はこの世で最も、料理人には不向きな男かもしれなかった。
「あ、そうそう。ヨシダ用のプレゼントが」
「えっ、何なに?」
 ジャックがそう言い、鞄の中をがさがさと漁る。またお菓子かな、と吉田がワクワクした気持ちで待っていると、取り出されたのは綺麗な装飾の薄い箱。
「ほれ、下着」
 ボゴシャァッ!!とジャックの横面に佐藤の拳が炸裂する。
「お前は……何て物を買って来て……」
 ゆらり、と佐藤は立ち上がり、さっきの一発でソファから転がり落ちたジャックを見下ろす。静かな口調が逆に内情の激しさを物語っている。
「何すんだよ!!下着あげるのが、そんなにいけないのかよ!!」
「買う時に吉田の身体を想像しただろ」
「だって、想像しないと下着買えないじゃん」
「だから」
 バキッ(大キック)
「買うなと」
 ボグゴッ(中パンチ)
「 言 っ て る ん だ ろ う が 」
 ゴスッゲシッドゲシャァァァッ!!(大パンチ&小キック&特大キック)
 そんな、横でコンボ技が繰り広げられている中、残った3名はテーブルの上の下着を凝視していた。表面が透明なフィルムで包装されているので、中身が箱を破らずとも見えるのだ。
「なっ、なっ、何コレ!本当に下着!?っていうか布!?紐じゃないの!!?」
 明らかに別目的での実用タイプな下着に、吉田のみならずジャックも顔を真っ赤にしていた。平然としているのは艶子だけ。あらゆる意味で艶子だけ。
「あら、でも、小さくて可愛らしいお花があしらっていて、吉田さんにとても似合いそうよv」
 にっこり、と艶子が言う。言うまでもないが、本気の発言だ。真っ赤になった吉田は、箱を持っておろおろとする。
「そ、そ、そんな!着ないっていうか、着れないよ!!艶子さんにあげる――!!」
「私だと、サイズがちょっと小さいわ」
「じゃあ、ヨハン――――!!!」
 完全にパニクった吉田は、ヨハンに下着の入った箱を押しつけようとしていた。
「ちょ、ちょっと落ちついてヨシダ!!僕が着る訳ないから!!!」
「………………。いや、俺的にはアリかな」
「あーもう、ジャックは黙ってて――――!!」
 佐藤にボコボコにされた痕を引きずりながら、ちゃっかり会話に加わっているジャックにヨハンは突っ込んだ。


 そんなこんなもありながら、佐藤がちゃっちゃとパスタやワインが引き立つ料理を作り上げ、楽しい晩餐が繰り広げられた。
 しかし、開始からしばらく経った現在、ヨハンはぐったりと横になっている。
「ヨハンー、大丈夫?」
 吉田が気遣わしげに言いながら、ひょっこりと顔を出す。知人たちも泊まれる半物置のような部屋で、ヨハンは敷かれた布団の上、寝転んでいたのだ。その原因は、ズバリ酒の飲み過ぎだった。
「うん、ごめん……」
 弱弱しくヨハンは呟く。頭が、というか意識がぐらぐらしているようで気持ち悪い。そんな視界の中でも、吉田がトレイを持ってこちらへと寄って来るのが解った。
「お水持って来たよ。ちょこっとライム絞ってあるの」
 スッキリするよ、という勧めのままにヨハンはコップの水を口に含む。清涼感溢れる方向に、確かに頭がちょっとすっきりとした。
 体内に溜まり過ぎたアルコールを吐き出すように、ヨハンは、ふぅ、と息を吐いた。そして、吉田へ礼を言う。
「ありがと。ごめんね」
 艶子もジャックも、早々会えるという立ち場でも無いのに、こんな事に吉田の時間を使わせてしまって申し訳ない。ゆっくりしたい話も沢山あるだろうに。最も、それを言うならヨハンも当て嵌まるのだろうが。
「気にすんなって。こういうの、慣れてるし」
 飲みに行くと結構な確率で同伴者が酔い潰れたりするのだ、と吉田は言う。
 それでヨハンが思い出したのは、酒が飲めるような年齢になり、佐藤が言っていた吉田と飲むとペースが乱れるから気をつけろ、という台詞だった。
 吉田は、その外見に似合わず酒が強い。よって、吉田と同じペースで飲むと大抵の人物は早々に酔い潰れる。
 これまでは潰れる相手は全体にアルコールに耐性の弱い日本人だけだったが、ヨハンが倒れた事で吉田の酒の強さは海外で通用するレベルだと証明された訳だ。まあ、どうでもいいが。
 ヨハンも、自分の酒量が解らないという訳でもないが、ついつい酒が進んでしまったのは、吉田につられたというのもあるし、何よりやっぱりめでたい席だったからだ。式も入籍もしてないが、これはもう、事実上の結婚と言って差し支えないだろうし。
「水、もっと欲しい?」
 グラスの水を飲み干したヨハンに、吉田は言った。
「ううん。とりあえずはいいよ」
 しかしヨハンは、物言いたげに吉田をじっと眺める。何だろう?と吉田が首を傾げた時、ヨハンは口を開いた。
「ヨシダ……隆彦の事、よろしくね」
 ずっと一緒に居てあげてね、と、自分が頼む事ではないだろうけど。
 そんな事は2人が決める事であり、口を挟んでいい筈がないのだが、つい言ってしまったのは、酒のせいだ、とヨハンは思う事にした。
 吉田は佐藤以外でも幸せに過ごす事が出来るかもしれないが、佐藤はきっとそうじゃない。だから、吉田に向けて託すように言ってしまうのだ。あの困った性質の友達を見捨てないで、と。
 吉田は数回目を瞬かせて、ちょっと吹きだしてから言った。
「なんか、皆会うたびにそう言うなあ」
 この前は佐藤の弟にも言われたのだ、と吉田は言う。
「あ……ごめん、煩くした?」
「ううん。ちっとも。だって、そうやって言うのって、佐藤の事をとても思ってるからだろうし」
 そういう吉田の表情は、嘘を言っているようにも、ヨハンに気遣って建て前を並べているようにも見えない。
「そういう人が佐藤に沢山居るのって、なんだか嬉しい」
 にこにこして吉田が言う。施設時代、ヨハンや他の仲間がそれとなく感じ取っていた佐藤の孤独感を、吉田はもっと根っこから感じ取っているのだろう。だから、こんな風に笑えるのだ。
「まあ、それで一緒に居るのがこんなので、ちょっと逆に申し訳ないっていうか……」
 あはは、と苦笑気味に笑う吉田に、ヨハンはとんでもない、と首を振る。
「ヨシダだから、皆言うんだよ。隆彦だってきっとそう。ヨシダじゃないと、絶対ダメなんだからね」
「……うん」
 真摯なぐらい、真っすぐに言うヨハンの言葉を受けて、吉田は静かに頷く。
 自分がわざわざ言わないでも、佐藤が誰と一緒に居たいかなんて、それは当人の吉田こそが一番解っている事だ。
 この部屋に、とても馴染んで居る吉田を見て、ヨハンはそう思うのだった。


 もう少し休んでおく、というヨハンをそのまま部屋に残し、吉田は皆が居るリビングへと戻る。椅子では無くソファで囲んだ食卓は、だらだらと怠惰な感じがするけど、そこがまた普段と違って楽しいものだった。
 すでに佐藤が作った美味しい料理は食べつくしたから、今はチーズやサラミを並べてワインを味わいながら談笑していた。その最中で、ヨハンが許容を超えてギブアップした訳だが。
 そう言えば、佐藤も普段を思うと飲む速度が速い気がした。戻ったらその辺りを気を付けてみよう、と吉田は足を進める。
「戻ったよー。ヨハンまだ寝てるって……って、何してんの?」
 吉田が到着した時、3人は揃ってグラスを空けて、空になったそれをテーブルに叩きつけるように置いていた。まるで、何かの勝負みたいな雰囲気すら、漂っている。
「何飲んでるの……って、これ、ブランデー!?」
 皆が飲んで居るらしきボトルを見て、吉田は大きな声を出した。それは正確にはグラッパと良い、無色透明ながらもブドウの香りがするイタリア特産の蒸留酒だ。蒸留されているだけあり、アルコール度数は高い。
「ちょ、ちょ、ちょっと、佐藤!!こんなの、そんな勢いで飲んじゃダメだろ!!」
 慌てて隣に駆け寄った吉田が、佐藤に言う。すでに佐藤の目は据わっていてかなりヤバそうだ。
「いいから吉田……今、真剣勝負の最中なんだ」
「は?何??」
「そうとも、これは男の戦いなんだ……!!」
「あら、私は女でしてよv」
 さっぱり状況が飲み込めず、ひたすらハテナマークを飛ばす吉田の横で、同じく表情が切羽詰まっているようなジャックが言った。何だかこの中で一番余裕にありそうな艶子に、吉田はそっと助け船を求めた。
 上目づかいでおずおずと自分を見る、心許ない様子の吉田の表情は、どんなつまみより酒を美味く感じさせる、と艶子は思った。
「今ね、ジャックと隆彦で勝負してるのよ。
 この飲み比べに勝った人が、明日、吉田さんと2人きりでお出かけ出来るのv」
「え……えっ、え―――!!何、人を勝手に賞品にしてんの!!」
 ヨハンを様子を覗きに行った、ほんの数分の間に事態はやっかいな方向に進んでいたとは!
 あるいは皆、その前からすでにヤバい状態だったのだろうか。吉田は自分が全く平気だから、解らなかったけども。
「……俺が勝てばいいんだろ、俺が……」
 佐藤がぶつぶつと言う。吉田に向けた言葉というよりは、殆ど独りごとのようだ。
「勝てばいいって、そういうもんじゃないだろ!もう高校生じゃないんだから、そもそもこんな賭けしないの!ばか!!
 こんな度数の強いの、ストレートでぐびぐび飲むもんじゃないし……って、佐藤!佐藤!!聞いてんの!?ちょっと!ねえ!!」
 俯いたまま、うんともすんとも言わなくなった佐藤に、吉田は肩を揺さぶって言い募る。が、それでも無反応の佐藤は、つまり落ちたという事で。見ればジャックも、テーブルに頭を預けて夢の住人と化していた。
(ふふふ。2人とも、ダメね)
「佐藤!?寝たの!?寝てるの!?ねえってば―――!!」
 吉田の声を聞きながら、艶子は1人、勝利の酒に酔ったのだった。


 次の日。
 佐藤が目覚めてすぐに見たのは、可愛い吉田の可愛い寝顔。
 ではなく、ジャックの寝汚い寝顔だった。ついで言えば、ベッドでは無くソファで横になっていた。この場で大きな体躯の持ち主が揃って酔い潰れたのだから、ベッドに運ぶに至らなかったのだろう。それでも艶子なら運べたのかもしれないが、容赦ない彼女の配慮無い運搬方法を思うと、いっそ運ばれなくて良かったと思う。例え吉田と一緒のベッドだったとしても……いややっぱりダメだ。それは許せん。多分艶子はしただろうけど。
 その後、佐藤の目に入ったのは、テーブルの上のある紙の「ばか!」という吉田からの三行半……というか、3文字半だった。一瞬頭の中が空白だったが、すぐに昨日の賭けを思い出す。
 吉田の言葉無くても、馬鹿な事をしたものだ。素面だったら絶対しなかった。最も、酔ったからした訳だけども。
 書き置きには続きがあり、目出度く勝者となった艶子と一緒に、買い物に行ってい来るという内容。手紙を書いたのは吉田ではあるが、上品に高笑いする艶子の姿が目に浮かぶようだった。
 二日酔いこそにはならなかったものの、吉田に置いて行かれ、激しくブルーな状態となった佐藤と同室で過ごす羽目になったジャックとヨハンであったが、それもお土産を携えて吉田が帰って来るまでの辛抱だった。



<END>