ホワイトデーという習慣が日本独自のものだとしたら、この国に生まれたのを幸運を思いたい。
 一か月前、この年になり初めて愛の日という意味でのバレンタインを迎えた吉田は、3月も上旬を過ぎてそわそわしていた。
 日本の企業が勝手に興したイベントだから、バレンタインにはチョコ、のようにどうも贈物に対しての明確な定義が無い。この日は返事をする意味合いが強いからか、贈物別にいちいち意味があるのはいいとして、それが各地やはたまたその時の風潮や年代にとっててんでバラバラなのだ。
 主な品として、キャンディ、クッキー、マシュマロがあるが、好きという返事に対しマシュマロを贈るとする所もあれば、真逆に嫌いです、という意味でマシュマロを使うという所もある。吉田も気になってちょっと調べてみたら、余計にこんがらがった、という結果に落ち着いた。
 何気に女子達の会話に聞き耳を立ててみると、どうもこの一帯だと好意の返事はクッキーが贈られるみたいだ。なんでも、駅前のデパートにクッキーや焼き菓子で有名なスイーツブランド店が入った為、それを貰うのが最上の返事、という感じになっている。
 すでに自分達は付き合ってるのだから、告白に対してのNOであるキャンディやいい友達でいましょうという意味合いのマシュマロである筈が無い。
(って事クッキーか……もうちょっと、食べ応えのあるのがいいなぁー。なんでケーキが贈物に入って無いんだろ)
 そんな風に吉田は決めつけてしまったが、それは浅はかと言わざるを得ない。
 バレンタイン、吉田からの熱烈な贈物を貰った佐藤が常より輪をかけ、そんな普通のやり方でホワイトデーを済ます筈が無いのだから。


 さて、今日はホワイトデー……の、前日。
 佐藤の家には来訪者が居た。艶子である。部屋には通さずリビングで事を済ます辺り、吉田との差別がある。
「ハイ、これ」
 艶子は箱を取り出し、佐藤へと手渡した。佐藤はそれを、まるで何か食べてるような顰め面で受け取る。これと引き換えに、吉田の秘蔵のショットを5枚も渡さねばならなかった。最も、これを入手した事により新たな可愛い吉田ショットが佐藤のメモリーに増えるのだから、痛み分けである。なぜならその画像は絶対艶子には渡さないからだ!!
 これで用件は済んだ。後は艶子を玄関に見送る(と書いて追い出すと読む)だけだ。しかしその前、艶子は別に箱を取り出した。それは何だと佐藤が問いかける前、艶子が言う。
「この前、吉田さんから相談に乗ってくれたお礼としてチョコレートを貰いましたの。だから、渡しておいてくださる?」
 艶子は吉田からバレンタインの贈り物について秘密裏に相談したのが佐藤にバレた、という報告は貰ってないが、絶対佐藤なら見破っているに違いない。だから、こうしてわざわざ吉田の家に送らず佐藤に託すという訳だ。抜け目ないな艶子!
 佐藤は先ほどより5倍程顔を顰め、うっかりすると箱を潰しそうな手でそれを受け取った。
「……解った。渡しておく」
 甚だ不本意だが、あまり敵に回していい相手でもない。ここは頷くのが得策だろう。艶子にしても、吉田に直接手渡しでも良かったのだが、そうすると今後佐藤から吉田の可愛い画像を貰うのが困難になる。佐藤に預けたのはそれの回避策でもあった。打算と思惑だらけの駆け引きだ。
「それじゃあ、隆彦。吉田さんによろしくね」
 その名に相応しく、艶やかな笑みを浮かべた艶子は来た時と同様、優雅に去って行った。フン!と鼻を鳴らす佐藤。
(あー、早く吉田に会いたい)
 そう思った佐藤は、いつもはブラックで飲むコーヒーにミルクを淹れた。
 自分の部屋に居る吉田とキスをすると、大抵この香りが漂うのだ。


 そして佐藤の待ち焦がれた翌日。部屋のチャイムが鳴った時点で佐藤の気持ちも高揚する。
「おじゃましまーす」
 ここ最近、温かい日が続いたというのに、どうしてかこの日を前後として冬の寒さがまた舞い戻って来た。関東の何処かで雪が降るかもしれないという。
 そんな天候に合わせたのか、吉田はもこっとしたボレロを着て来た。何だか子ウサギみたいで可愛い。まあその可愛い上着も、室内に入れば当然脱いでしまうのだが。本来この手のビジュアル重視デザインの上着は外出デートの時に着るべきなのに、家に遊びに来る時にも着て来てしまう辺りが吉田の可愛さだ。
 本人も今そのコーディネイトのうっかりさに気付いたのか、ちょっと恥ずかしそうにして紅茶を飲んでいる。なんとも可愛らしい。
「じゃあこれ。ホワイトデー」
 初っ端から切り出され、吉田も少し驚いて、それでいて凄く嬉しそうに出された箱を貰う。
「わー、ありがと」
 何だか、箱の外装からして綺麗だ。母親ならずとも、包装を取っておきたいと思ってしまうくらい。
(……でも、クッキーじゃない?)
 この箱の大きさに対し、クッキーが入ってるとしたらあまりに重さが軽い。ハンカチやスカーフかな、と吉田は小市民らしい発想を展開する。
「開けてみてよ」
 貰った吉田より、余程嬉しそうな顔で佐藤が言う。中身が気になってたのは勿論の事。吉田はいそいそと箱を開け始めた。
 そうして出て来た箱の中身とは。
「な………何コレ――――――!!!!!」
 吉田は大絶叫していた。中に入っていたのは下着。もはやランジェリーと呼びたくなるくらい、清楚で豪奢な下着一式セットが入っていたのだった。
 箱の中を凝視し、はわわあわわと真っ赤になる吉田に、この顔が見たかったんだ!と佐藤は勝利の雄たけびを脳内であげた。しかしこれはまだ序章に過ぎない。言わばメインディッシュをより美味しく感じる為の前菜なのだ。
「吉田、ぴったりの下着が無いって言ってたじゃん」
 しれっとそんな事を言う佐藤。
「い……い、言ってたけど……!」
 確かに、そんな愚痴程にもならない事を零したが、決して強請った訳ではないのだ。と、いうより目の前のものにしても、自分が着けるものとはあらゆる意味で思えない。
 うん、でも気遣ってくれたその心は嬉しいのだから、ちゃんと貰っておこう。そしてタンスの一番奥で保管してたまに出して眺めよう。吉田はこの下着の行く末を決めた。しかし。
「ここで着てみてよ」
 吉田の噴火第二弾が佐藤の発言で為された。な、な、な、な、と壊れたラジカセのように「な」しか繰り返せれない吉田。
「だって、身体に合わなかったらマズいだろ?」
 吉田としてはすっかりこれを観賞に決め込んでいるので、サイズ云々はこの際問題でも無かった。しかし贈り主の佐藤は当然のように実用を強いて来る。
 どうしよう、と困惑の吉田に決定打が放り込まれる。
「着方が解らないなら俺が着させてやろうか?」
 にこっ、と無邪気が笑顔が曲者なのだ。絶対、佐藤は、やる。
「………自分で着るから。ちょっと向こう見てて」
 箱を手にし、真っ赤っかになって吉田は上目使いで佐藤に言う。それだけでもう、佐藤は押し倒したい衝動に駆られるが、ここで少し我慢すればより可愛い吉田が拝める。佐藤はこういう計算は特に早かった。
 佐藤が完全に自分に背を向けたのを確認し、吉田は下着を取りだした。なるべくデザインの事は考えない様にして、身につけて行く。
(へぇ………)
 かなり着ける事に抵抗があったが、実際に着けてみると仕立ての良さが解る。ぴったりと、しかし張り付くような強さではなく肌にフィットする。そして支えのあるおかげで胸の辺りに安定が出来たようだ。悪い仕上げの下着だと、歩くだけでも胸に違和感があるが、これはきっとそんな事は無いのだろう。
「着たよ」
 吉田はやや小さい声で言う。だが、佐藤は。
「下も着けた?」
「ぇ………」
「全部着けなきゃ。出来ないなら俺が………」
「わ――かった!解った!着る!着ます!!!」
 バタバタッ!と背後から慌しい物音がする。その音だけで、吉田の様子が掴めそうだ。佐藤は背を向けたまま顔を綻ばせる。
 ショーツを取り出し、吉田はまたもぎょっとしつつ赤面した。
(こ、これってつまり……紐パンってやつ……?)
 両サイドは離れた細い布だった。勿論、生まれて初めて着ける代物だ。まあ、これなら見て着け方は解る、と吉田は紐を結ぶ。見に着けると、やはり、拭いきれない違和感があった。
「き……着た………」
 さっきよりも余程恥ずかしそうな声で吉田が言う。期待に胸を弾ませ、佐藤は心持ちゆっくりと振り返った。
「…………へぇv」
 吉田の下着姿は、佐藤に想像以上の衝撃を齎せた。少し間が開いたのはその為である。
「も、もういい? 脱ぐよ………ひゃわぁっ!」
 気の抜けたような声を発し、吉田は佐藤に捕まってしまった。丁度、佐藤を座椅子のようにして膝抱きにされた感じだ。
「さ、さ、さ、佐藤……ひ、ぇ」
 胸を包む佐藤の手に、吉田の声も身体もカチンコチンと固まった。慎ましやかな吉田の胸は、佐藤の大きな掌に余すところなくすっぽり収まってしまう。今更に自分の小さい胸が恥ずかしくなった吉田だ。
「いい下着って、手で包まれてるみたいだって言うみたいだけど……どう?」
 耳元で、低く囁かれた佐藤の声に、吉田は身体全体でビクー!と反応する。
「っていうか本当に包んで……や、ぁ、て、手ぇ動かさないでっ………!」
 そろそろとした動きで、佐藤の手が不埒な動きを見せる。何が困ると言えば、吉田の体は愛撫に反応し、期待してしまうまで開発されているからだ。勿論、この佐藤の手によって。
(せ、折角の新品なのに〜!)
 吉田の心配は主に下肢に当たっている。平均は知らない。が、事が終わると佐藤のベッドに染みが出来てしまうくらい、吉田から溢れている。胸を触られる感触に、すでに下腹部の中がもぞもぞとしてきた。
「さ、さとぅ………」
 ひっく、と上擦った声で吉田は懇願する。これがまだ自分の下着なら良かったかもしれない。でも、佐藤からの贈り物なのだ。絶対、汚したくない。
「し、下……脱がせて……お願い………」
 言ってる事の恥ずかしさに、吉田は顔から火が出るどころか顔の中で炎が燃え盛ってるようにすら思えた。頭の中が焦げるくらいに。
「ん、大丈夫だよ」
 何が大丈夫だというのか。少し意味不明な発言をして、佐藤は小さい吉田の耳の裏にキスをする。
「これ、脱がなくても出来るから」
「…………ふぇ?」
 さらに不可解な佐藤のセリフだが、そのすぐに吉田は身をもって知りえた。下着を着けたままだというのに、熱く濡れ始めた秘部に佐藤の指が直接触れてきたのだ。
「えぇぇぇッ!? なに、コレ!? コレ何………ひゃぁっ!」
 期待に綻び始めていた孔に、つぷん、と佐藤の指が潜りこむ。最初こそ隙間なくぴったり綴じていたような其処だが、佐藤が丹念に愛撫し続けたおかげで、濡れたら指の一本は楽々入るようになった。
「これね、クロッチの部分が2枚の布が重なったようになってるの。……気付かなかった?」
 あんなテンパった状態で、そんな事に気づける筈も無い。
 まさかそんなにとんでもない下着だったなんて! 着るのは止めよう、という自分の判断はものすごく正しかった。生かせなかったのが悔やまれる。
「ぬ、ぬぬ、脱ぐッ! 今すぐ、脱ぐ―――!」
 じたばたと暴れるが、そんな事をすれば中の佐藤の指をより意識してしまうだけだ。身じろぐだけで、佐藤の指が埋め込まれている箇所から、くちゅくちゅと厭らしい水音が立つ。すっかり反応の良くなった身体に、吉田はもう泣きそうになる。
「えー? そんな事言わないで。折角だから受け取ってよ、俺のプレゼントv」
「そ、そんなのっ……ひゃぁぁぁ……!」
 吉田の間延びするような悲鳴の間、佐藤は軽々と軽い肢体を抱き上げ、場所をベッドの上へと移動した。中の指はそのままに。ベッドに身体が着地した衝撃が、佐藤の指のせいで内部から感じた。
「やっ、やぁ………!」
 佐藤は吉田の片足を肩に担ぎ、すっかり足を大きく開かせてしまう。佐藤の視界のの中心には、ある意味実用的な下着と、そこから僅かに除く指を貪欲に飲み込む秘所が晒されている筈だ。焼けるような羞恥に、吉田は堪らず顔を隠した。
「どう? 着けたまま出来るんだよ。便利だよなーv」
「べ、便利って……やぁぁぁッ―――!」
 呑気な口調で佐藤が言ったあと、その声色とは似つかわしくない激しい動きで中を掻き乱される。あんまり激しい動きで、上半身が連動して揺れるくらいだ。
「脱が無くても出来るんだから……学校とかに着て行くといいよね。時間が足りなくても出来るし」
「がっ……がっこうなんて、着て行かないも……あっ、あっ、あぁぁ―――ッ!!」
 ただ単純に抜き差しする指の動きが、滴る内壁を引っ掻くようにくねる。入口付近の浅い所をまともに触られ、吉田の腰がビクビクと撥ねた。
 はっきり言って、中を弄られるのはあまり気持ち良くない。身体を暴かれているという事実で精神的にキている部分の方が大きい。それでも、時折膨らんだ花芯を弄られた時のように、びりびりっとした快感の刺激を感じる。今みたいに。
「ひぃっ! やめ、やめてっ!いやぁぁぁぁぁッ!!」
 まるでこれまでの動きは其処を探り当てるものだったかのように、カリカリと引っ掻いてくる。勿論指の腹でだから、痛くは無いが、いっそ痛みであった方が良かったと思えるくらい、気狂いするような感触だった。
「あつい、あつ、い……あつい、よぉ……!」
 吉田はうわ言のように呟く。まるで摩擦熱でも起きたみたいに、佐藤に擦られている内部が熱い。溶けてしまうように熱い。
 その熱は触られてる所以外でも湧きおこっている。浅い所を触られているのに、とろとろと溶け始めているのは奥の方だった。
「やめ…てぇ……そんな、ぐちゃぐちゃ……いゃ………あそこ、が、おかしくなっちゃぅぅ……!」
 はくはくと酸欠のように口を戦慄かせ、うわ言のように吉田は啼く。
 今日の佐藤はいつもと違う。中を弄る時は一緒に花芯も撫でてくれるのに、今日はひたすら内部をかき回すだけだ。しかも、いつになく激しく。事が終わった後、元に戻ってるかどうか不安になる程だった。しかし、今の吉田を何より悩ませているのは、その事よりも。
(イきたいっ! 気持ち良くなりたいぃ……!)
 内壁の中で、感じるポイントばかり責められ、身体はすっかり熱を帯びている。しかし、それを弾けさす刺激が足りない。じわん、と背筋を漂う緩い痺れのような快楽だけでは、とても達する事は出来ないのだ。もっと、頭の先まで突き上げるような、強烈な快楽。それを齎す箇所を、吉田は知っている。
 ――赤く膨らんだ花芯を思いっきり抓りたい。取れる程に、めちゃくちゃに摘まんで弄りたい!
(――出来ない! そんな事〜!!)
 少なくとも、佐藤の目の前でそんな淫らな真似は出来ない。中を翻弄され、動きを封じられてる身としては、佐藤の壊れそうな愛撫の矛先がそこへ向かうのをじっと待つしかない。哀れな生贄にも等しかった。
「凄いね、吉田のここ、もうぐっしょり……」
 まるで観賞するように見つめ、うっとりと呟く。その間も、吉田を苦しめる指の動きは止まらない。
「やだっ!言わないでっ……!」
 佐藤のセリフに、吉田は恥ずかしさで気が狂いそうだった。達しないけれど、弄られる度に感じては、しとどに熱い液を零れさせている。溢れるままのそれは、吉田の太股を伝う程の量になっていた。きっと、佐藤の指もびしょ濡れだろう。
「ひっく……う、うぅ――――ッ!!」
 ベッドに沈む上半身を捻り、シーツを掴む。ぎゅぅぅっと強く掴んでいる様が、吉田が感じている内部の印象でもあった。
「も……もぉヤだ――! こんなのイヤっ! 気持ちイイのがいいッ! 気持ち良くなりたい――ッ!イきたいっ! イきたいイきたい―――ッ!!」
 溢れる愛液がまるで粗相をしているようで恥ずかしくて、吉田は現状の終焉を、望んだままに口にした。それでも、佐藤の動きが一向に変わらないのを感じると、吉田は自ら行動を起こした。自分の手を下肢へと動かす。今のままが続くより、自慰を晒す方が余程マシのように思えた。
「――あぁッ!?」
「ダメ。……それはまた今度ね」
 何気にさらっととんでもない事を言いつつ、佐藤は吉田の手を阻む。
 佐藤の大きな手で、吉田の両手首を戒めるのなんて、それこそ赤子の手を捻るより簡単なのだろう。まるで枷のような佐藤の手に、吉田はじわじわと涙を零れさす。
「や……お願……もうダメ、ヘンになる、可笑しくなるぅ……!さ、さとぉ……!」
 憐みを誘うくらい、吉田の表情は悲壮感が漂っている。しかしその情絆されるには、吉田の顔は淫らに蕩けきっていた。これでは別の情が湧く。所謂欲情だ。
「大丈夫。こんなに感じるんだから、ここだけでもイけるよ?」
 いつか来る挿入の時に備え、吉田の中は快楽に貪欲になって貰いたい。それこそ、苦痛すら感じない程に。
「む、ムリ……っ! さ、触って、お願い……あぁッ! あぅッ! うぅぅ――――ッ!!」
「ほら、頑張れ頑張れ」
 佐藤の指がよりピンポイントに、其処を摩る。小刻みに、強く。その振動の余波が、身体の隅々まで行き渡る。ゆっくりだが確実に、吉田は昇り始めている。
「あ―――う―――ッ!ぅん、ん、んんん――――ッ!!!」
 微かに掴んだ絶頂の予感を逃がさないと、吉田は佐藤の指に神経を集中させる。
 ぐぐぐぐ、と身体の中で何かがせり上がり、秘所がじゅわ、と溶けたような感覚。いつもとは少し違うような、しかし熱が一気に広がって霧散するするのは同じだった。強いて言えば、普段よりゆっくりとその波が来たような感じだった。
「ぁ―――……はぁっ! はぁっ、はぁっ……は………」
(イけた……のかな……?)
 疼きは無くなったが、あの弾ける感覚が無かったせいか、何だか心許ない絶頂だった。指がずるりと引き抜かれたのを皮切りに、吉田が喘ぐような呼吸を繰りかえす。散々弄られた秘所が、じんじんと熱を持って疼く。
「――ひっ!?」
 ビクン、と体内を駆け抜けた強い電流のような感覚に、弛緩していた吉田の身体が撥ねる。どれだけ強請ってもほったらかしにされていた花芯に、熱く濡れたもので撫でられる。性感帯を直接弄られるような、凄まじい快感だった。
「あ、ぅ―――やぁぁぁぁっ!ぃやぁぁぁ――――ッッ!!!」
 今まで耐えたご褒美だ、とでもいうように、佐藤の愛撫は確実に快楽を与えている。大きく膨らんでいて、施し易い事も手伝っているのだろう。ただえさえ弱いポイントなのに、いつもより張り詰めた状態で丹念に愛されては、感覚を抑える事も、抵抗する余裕も無い。
 頭の中が真っ白で、佐藤の舌が僅かに蠢くだけで身体が勝手に跳ね上がる。佐藤に押さえて貰っていないと、ベッドから落ちそうだと思う程に。今までにない程の激しい反応に、吉田は絶頂を迎える恐怖すら覚えたが、その時はあっという間にやって来た。
「ひゃぁぁぁっ、ダメっ、やぅ、や、あっ、あ、あっ、あっ!きゃぁっ、きゃぁぁぁぁあああ――――ッ!……………、………」
 甲高い悲鳴を上げて、吉田は完全に果てた。


「……ひっく……ぅ……う………」
 目は開いているものの、意識を飛ばした吉田を、そっと壊れものを扱うように丁寧に風呂に入れて、あげた後。
 ふわふわのバスタオルで包まるように身体を拭いていると、我を取り戻した吉田がぽろぽろと涙を零し始めた。
「……うぅ……酷いよぉ……バレンタイン頑張ったのに……ケーキもクッキーも無しで、こんな恥ずかしい事………」
 そう言ってあぅー、とより一層泣く吉田に「お返し目当てに頑張ったのかよ」と佐藤も少し突っ込みたくなる。
 最も、お返し目当てというより、初めてのホワイトデーに対して期待と希望を持っていたのは確かだろう。……まあ、一生忘れなれない、という点ではクリア出来てると思われる。
「身体が可笑しくなって死んじゃうかと思った………」
 そんなまさか、と佐藤は思うが、吉田は真剣に思い悩んでいるらしく、下手に突くのは止して置いた。
「ごめん。悪かったよ。俺も初めてのホワイトデーだから、吉田みたいに頑張っちゃった」
「…………」
 佐藤が本当の言葉で告げると、俯く顔と共に沈んでいた機嫌も、上昇を見せ始めた。
 何も佐藤も、吉田を辱めて傷つけるのが目的ではないのだ。例えその結果が限りなく酷似してしまっていたも。吉田もその辺りの事はちゃんと解っている。だから、自我も崩壊せず保たれているし、この場でおとなしく、佐藤の腕の中で落ち着いている。まあ、逃げ出すまでの体力が無いとも取れるが、それでも激しい抵抗はするだろうし。特に吉田の場合。
 吉田は、スン、と一回鼻を啜ってから、散々啼かされて調子のいまいちの喉でもって言う。
「あのね、そんなに気持ち良くしてくれなくて、いいの。佐藤としてるのが嬉しいから……それが解らなくなっちゃうのは、嫌だ」
 さっきの吉田はまさにそんな状態だったのだろう。思い出したのか、また、グスッと鼻を鳴らす。
「あんなのはヤだよ………」
 ぽろぽろと涙を流す。肉体的負担を強いられたより、心の繋がりを確かめられなかった事の方が、余程吉田には辛い事だったのだ。
 佐藤の胸にチクリと痛みが差す。吉田に対してだけ、佐藤は自分に人間らしい感情が起こるのを自覚している。例えば歓喜、寂蓼――罪悪感。
「うん……ごめん」
 佐藤はもう一度謝り、バスタオル越しではなく直接小さな身体を抱きしめた。自分の想いの丈をぶつけたら、壊れてしまいそうな華奢な体躯。大事にしなければならないと、解っている筈なのに。
「吉田を前にすると熱上がっちゃってさ……これからはそーなる時は一緒に気持ち良くなろうなv」
「……何だかあまり根本的な解決になって無い様な……」
 まあ、吉田としてもここで「絶対しない」と誓われて、それでされちゃうよりはこうして言われてた方が、まだ受け入れ易い……と、思うような気がする。
 それに、他の女子の前ではまさに王子様のように爽やかでスマートな佐藤が、我を忘れて獣のようにがっつくのを見ると、自分は特別なんだ、と思える。勿論出来れば控えて貰いたいけど。
(だってマゾじゃないし……)
 甚振られるのが嬉しいとか、世の中にはそういう人種(?)が居るようだが、吉田には想像もつかない世界の事だ。やっぱり、優しく抱きしめられるのが、一番嬉しい。
「まだ身体ヘン?」
「……んー……ちょっと、大丈夫」
 身体はふらふらするが、意識はもういつも通りだ。佐藤の腕に寄りかかりながら、吉田は答えた。
「そっか。実はちゃんとケーキ用意してあるんだ。シフォンケーキ、丸々一個」
「丸々一個!?」
 もし犬でも猫でも、今の吉田に尻尾がついてたら振り切れる程にブンブンと揺れているのだろうな、と思える表情だった。
 食いつく様子の心境につられたか、身体も佐藤に乗り上げるように詰め寄っている。疲労困憊した吉田の最も効果的な回復が、恋人である自分の抱擁よりもケーキ1ホールだとは、少し情けない気分がしないでもないけど。
(でも、この笑顔には敵わないよな)
 キラキラと期待に満ちた、とても純粋な笑顔。これほど澄んだ笑みを、どれだけの人が浮かべられるだろう。きっと、自分には出来ないと思う。――と、いう佐藤の考えを吉田が知れば、猛烈に異議を飛ばすだろうけど。
「ホイップクリームもつけてあげる」
「ふえぇ……クリーム付きなんだ」
「いや、俺がこれから泡立てるんだけど」
「えー、じゃあ、出来たてだ! 嬉しいな〜vvv」
 にっこにっこと吉田は上機嫌だ。さっきまで悲愴な面持ちで涙を零していたとは思えない程。
 眩しい笑顔に、佐藤の顔も綻び、そっと吉田の柔らかい頬に手を添える。その感触に、気持ち良さそうに目を細める吉田。そして、言う。
「だから、佐藤って好き」
 えへへ、と今度ははにかんで笑う。
 それをまともに見てしまった佐藤と言えば。
「……………」
「ん? 佐藤? ケーキは? ……佐藤?」
 ケーキを食べる時間が少し後送りになってしまったのは、吉田の自業自得と言えば、それまでかもしれなかった。



<END>