「ん!」
 と、今口にした物に、吉田の表情は輝いた。
「佐藤!これ、美味しいよ。アスパラに生ハム巻いたの」
 勧められた佐藤は、促されるままにそれを口に運ぶ。物を食べる時、顰め面になる悪癖は未だ健在で、その顔を吉田が嬉しそうに見るのも相変わらずだった。ただ、昔とちょっと違うのは、佐藤はもうそんな自分を受け入れている事だ。吉田の笑みに懐柔されたと取れなくもないかもしれない。
「うん、いいな。簡単につまめるし」
 吉田が気に入っているようだし、佐藤は今度家でもやってみようと思う。他の野菜を試してみても良いかもしれない。
「だろ〜」
 きゅ、と猫のように目を細め、同意して貰えて嬉しそうに吉田が言う。なんとも可愛らしい。
 2人が立ちよっているのは、イタリア風の立ち飲み屋、所謂バールとよく呼ばれる所だ。本場でのバールの役割は、本格的な食事を楽しむ場所というより、その前の準備のようにちょっと腹に入れておく、というような感じだ。しかし吉田達は、夕食を終えた後、夜の締め括りとして訪れていた。とにかく、気軽にふらっと立ち寄り、簡単に飲み食いが出来るのがこの手の店の魅力だ。
 もげもげと食べる佐藤を見ながら、グラスの赤ワインを一口飲む吉田。その後、とても満足げな息を吐く。果実味溢れるイタリアの赤ワインは、吉田の嗜好に沿うものだった。
 ふにゃり、と相好を崩して吉田が言う。
「あ〜、幸せだな〜。お酒は美味しいし、料理も美味しいし、明日もまだ休みだし、それに、…… ………」
 吉田は不意に台詞を終わらせ、不自然な中断を誤魔化すように、またグラスに口付けた。勿論、そんな吉田の不審に勘付く佐藤である。
「吉田。それに、の続きは?」
「え?……べ、別にいいじゃん」
 そっぽを向いてテーブルの上の料理に手を付ける吉田。しかし。
「だって気になるからさ。ねえ、言って?」
「………う〜………」
 吉田は唸る。佐藤がこんなにしつこく強請るのは、知りたいのでは無くて聞きたいからだ。つまり、内容はもう解っている。
 前はこんな時、とことん意地を張ってしまったが、今は楽しい週末の夜に水を差すくらいなら、と打明ける事にした。それに、どれだけ拒んでも結局は言ってしまう……というか言わされてしまうのだし。
 食欲を促すように、店内のBGMはやや賑やかしい。それでも念の為、吉田は佐藤の顔を引き寄せて、両手でトンネルを作り、耳元で内緒話のように囁いた。
「……うん。俺も、横に好きな人が居て、すごく幸せv」
「………ばか」
 わざわざ言うな、と吉田はちょっと佐藤を睨む。が、顔が赤いので威力はむしろ逆の方向に行ってしまった。
 気を取り直すように、吉田はワインを空けた。一般には早いペースだが、吉田にはまだどうって事の無いレベルだ。ここはグラスでワインを提供してくれるので、吉田は次に何を飲もうかと飲みほしながら考える。
「………ん?」
 と、その時。
 飲み干す時の仕草でたまたま視界に入った中、かなり気になるものを吉田は見つけた。
「どうした?」
 吉田の様子にはすぐ気付く佐藤が尋ねる。吉田は「いや、でも……あれ……」と要領を得ない言葉を並べていたが、確信を得たのか猛然と店の外に出る。立ち飲み屋形式のこの店は、店内を完全開放していてドアが無いので、それはもう勢いをつけて飛び出た。
「この……何をしてんだこのやろ――――――!!!!!」
 ドケシシャアア!!!!
「んぐはぁッ!!?」
 自分の衝撃が何者なのか理解できていない相手――山中は、吉田の飛び蹴りに吹っ飛ばされた。
 山中がいくらろくでなしのダメ人間とは言え、さすがの吉田も彼の姿を見ただけでは、その背中に蹴りは入れない。
 ――そう、山中が1人だけなら。
 第一のターゲットを潰した吉田は、目標その2に顔を向けた。
 そこには、吉田の見知らぬ女性が驚きに目を丸くして立っていた。


「いーですか!?」
 吉田は、その見ず知らずの、山中と仲睦まじく歩いていた女性に詰め寄った。
 友達の恋人(あるいは結婚相手)の浮気現場、なんて、出くわして中々即座に行動に移せないものだが、吉田の場合は本人の性格と、そして何より場数の経験により素早い対処が可能となっていた。多分、良い事ではなくて悲しい事なのだと思う。
「一体どんな調子の良い事言われてコイツと付き合ってるのかは知りませんけども!!
 ホントはコイツ、もう本気の本気でもうどうしようもないヤツなんです!付き合っていて碌な目に遭いませんから!!良い事なんて、これっぽっちも無い!!たった今から赤の他人以下になる事を酷くお勧めします!!」
「酷くお勧めって、お前が酷いよ!っていうか、何かすごい誤解してるから!!!」
 頭からゴミ捨て場に突っ込んだ山中だが、もう回復していた。明日が粗大ゴミの日で、誰かが捨てたマットレスに山中感謝しなければならない。転倒のダメージがそれが大分吸収してくれたのだ。
「うっさい!何が誤解だ!!まあ最初から全然全くさっぱり期待してなかったけど、結婚してからもやっぱり浮気してんじゃないか!このアホンダラ!!!スカポンタン!!」
「す、スカポンタンだと!?」
 アホンダラよりそっちが気になる山中のようだった。
「あ、ああ!」
 と、吉田が怒りの口上を述べている横で、何かに気付いたか山中の浮気相手(推定)の女性が、声を上げる。
「あの、もしや、こちらの方が奥様で?」
 彼女としてはこの殺伐しつつある状態を、何とか纏めたい一心だっただろうが、生憎最大の爆弾を投下してしまった。
 そこに佐藤が現れて来て――
 吉田は山中を責めるのをいったん保留して、佐藤を沈めるのに全力を注いだ。


 山中に対する吉田の態度には一切の気遣いや配慮は無い。
 それは勿論、吉田の中での山中への評価の低さがそうされているのだが、しかし時としてその乱暴な物言いが仲の良さ故の遠慮の無さ、という風に取られてしまう場合もある。不可抗力と言えばそれまでだが、佐藤は納得出来る筈も無かった。それでも佐藤が山中を生かしているのは、山中がもう高橋という人を見つけたからだ。それが無ければとっくに消えているだろう。まあ、高橋の件がなければ、そもそも吉田も山中に話しかけたりもしないだろうが。
 山中の、1人空回りのライバル心で吉田を襲ったのはもう随分前だが、佐藤はまるで当時の怒りをそのまま存続させているようだった。いや、しているのだろう。
 一方山中も、当初は名前を聞くだけで気の毒な野良犬のように震えていたが、今はなんとか第三者が同席してくれたら佐藤と同じ空間に居るのも耐えれるようになってきた。しかし此処まで来るのには実に長い道のりだった。思い出すと長くなるから、止めるけど、と吉田は回顧を中止させた。
「んー?アンティークショップ………??」
 結果的に、先ほど吉田に命を救われた女性が残して行った名刺を吉田は読み上げる。残して行ったというか、すでに山中が貰っていたものだ。まあ、この店には行けないだろうけど。色々な意味で。
「一体何を買おうとしてたの?」
 山中に骨董を愛でようという高尚な趣味は無い筈だ。そこに女性にモテたいという願望が絡まない限りは。
 いや、だからな、と料理に手を付けつつ、山中が言う。話し合いの必要を感じ、今まで飲んで居たバールに山中を連れて戻って来たのだ。話しこむ事を想定して、席は奥の方に移した。
 山中は、そこでまた適当に注文したハムやらサラミやらの盛り合わせに勝手に手を付け、勝手に食べて勝手に「お、美味い」と言っていた。あとできっちり代金を払わせようと吉田の方針は決まっている。
「ほら、俺ら式は後回しにしたけど、結婚記念日は今年になるからさ。せめて何か贈りたいな、って思って」
 自分が器用な性質では無い事を、本人が一番良く解っている高橋が言い出した事だ。山中にしても、身重の彼女に打ち合わせや何やらであれこれ煩わしくしたくは無かった。それはいいのだが、かと言って何もしないのも寂しい。
「だったら、宝石店じゃないの?なんでアンティーク?」
 浮気の可能性を捨てていない吉田は追究を緩めない。この名刺だって、山中の偽装かもしれない。こいつはこういう時(にだけ)とことん頭が切れるタイプなのだから。
「ほら、骨董品って、人の手から手を渡って来た物って感じじゃん?出来たての新品よりも、俺はそういう温かさをとらちんにあげたいんだよ……」
「ふーん、なるほ……」
「それに、値段に対して見栄えある物もあるだろうしな」
 山中の考えに賛同しそうになった吉田は、佐藤の一言により若干冷たい視線を山中に向けた。佐藤が言った時、「あっさり気付かれた!」みたいな顔をしてたし。
 まあ、値段に対する打算的な考えはこの際置いといて、贈物をしたい、という所だけは買ってやろう。
「それで、そこまで決めたのはいいけど、俺も詳しい方じゃないからさっきの人に詳しく尋ねようと思ったの。仕事終わりで時間の空いている時で、って言ってくれたから。
 ほら、疾しい所なんて何処にもないだろ!?」
 どんなもんだ、と胸を張って言う山中だが。
「だったらなんで肩に腕回してた」
「………………………」
「コラ。黙るな」
 得意げな顔のまま止まった山中に、吉田が言った。
「だってー!とらちん実家に帰っちゃって、寂しいんだもん―――!」
 折角一緒に暮らせると思ったのに!と山中が咽び泣く。実家への帰省のその理由は、山中への三行半……ではなくて、単に体調の管理の為だ。吉田なんかは、てっきりそのまま実家まで着いて行ってしまうかと思ったが、そこまで厚かましくもなれなかったようだ。最も、いよいよという時は山中も彼女の元へと訪れるだろうが。
 折角の新居に1人きりというのは、その辺だけは吉田も不憫だと思うけども。
「知るかそんなもん!夜が寂しいんだったらエロビデオでも借りて、1人で抜いてればいいだろ!!」
「おまえ……凄い事言うな……」
 あまりのぶっちゃけぶりに、若干引き気味の山中だった。
「そんなの………! ………… ……………………」
 反論しかけて、吉田は思い出す。いや、そもそも忘れて掛けてた時点でどうかと思うけども、吉田もまた一度に複数をこなす器用さには薄い人間なのだ。山中への激昂に、すぐ横の佐藤の存在を失念していても仕方ないというか。
 山中に向けて行った台詞とは言え、ばっちり佐藤の耳にへも届いてしまっている。あわわわ!!と吉田は慌てふためいた。
「え、えええと、べ、別にその、佐藤にもそうしろって言ってる訳じゃ無いくて……!って、でもだからと言って他の女の人と遊ぶのが良いって訳じゃなくて、あーもぉぉぉぉ〜〜〜〜!!!」
 極限まで真っ赤になった吉田は、目を回して台詞らしい台詞を紡ぐ事も出来なくなってしまった。ここまでパニくるの珍しい、と佐藤もつい最後まで見届けてしまった。
「うんうん、吉田の言いたい事は解ってるから。大丈夫だよ。
 ――で、お前はまだ逃げるな」
 佐藤はにっこりとほほ笑んで吉田を慰めると同時に、この隙とばかりにこっそり退散しようとしている山中を引きとめた。佐藤は、器用な人間だった(自分の感情以外は)。
「それで、何を買うか決めたのか?」
 佐藤から山中への口調はどことなく威圧的だ。最も、それだとしても一応の会話が成されている辺り、かなりの進歩だ。
 決まってないよ、と山中は佐藤から顔を逸らしつつ言う。こっちもこっちで、それなりの進歩なのだ。少なくとも、姿を見て卒倒しなくなった辺り。
「さっきも言ったけど、アクセサリはとらちんあんま着けないからな〜。ネックレスやらイヤリングもダメだし、髪飾りも、妊娠してから髪の毛短くしちゃったし。
 あ〜でも、髪の短いとらちんもすっごく可愛いよな〜vvvv」
「……………………」
 ここが店内では無くて、傍らで吉田の肩を抱いて無かったら、すぐにでもその締まりのない顔をぶん殴ってやりたい佐藤だった。
「指輪とかは?」
 佐藤の前で暴言してしまったパニックから回復した吉田が言う。
「うーん、指輪はちゃんと式した時に贈ろうかなーって。
 アンティークだから食器とかもいいけど、やっぱり身につける物がいいし……」
 身につける物というか、常に持っていて貰いたい、と言った所だろうか。
 何だか色々と突っ込む所や問題も多いけど、愛する人へ贈物をしたいという気持ちは本当のようだ。昔から、山中はそうだ。目的と方法を間違えても、本質だけは外さないのだ。そこがまた厄介なのだ
 その心意気だけを買って、吉田も親身に考えてみよう、という気になった。いつも身につける物で、装飾品よりかは実用的寄りの物。
 あっ、と吉田は閃いた。
「そうだ、懐中時計なんて、いいんじゃないか?」
「え?時計??」
 うん、時計、と吉田は繰り返す。
 山中としては、もう少しロマンティックなのがいいな〜とか思ったりしているのだが、吉田の続く台詞には一応耳を傾ける(無視したら佐藤が怖いので)。
「腕時計よりお洒落だし、いかにも骨董って感じもするし。実用性あるし」
 ふむふむ、と吉田の主張を聞いていて、山中も段々その案に傾倒しつつあった。数も沢山揃ってそうだし、その中で自分好みのを探し当てるのは然程難しい話しでも無いかもしれない。蓋にも装飾が施されている物なら、見栄えにも期待できる。
「そうだな……懐中時計、いいかもな」
 そうだろそうだろ、と吉田も嬉しそうに首を縦に振る。
「それに何より、胸ポケットに入れておいたら、銃弾が当たって命守ってくれそうだしな!!」
「…………………………………………」
 最後の最後で色気の欠片も無い事を言う吉田に、恋人として今の発言はありなのかどうかのか、佐藤に聞いてみたい気持ちになった山中だった。佐藤は変わらないという意味の無表情を決め込んでいる。
「……じゃあ、懐中時計に狙いをつけて、色々探してみるよ。話に乗ってくれて、ありがとな」
 山中にしては素直に礼が出て来た。高橋の教育の賜物だろうか、と佐藤は思ってみる。
「いいよ、べつに。山中の為じゃないし。変なもの貰ったらとらちんが可哀そうだし」
 ツンデレみたいな台詞をそのままの意味で使う吉田だった。
「んで、もう帰るの?」
 上着を着込む山中を見て、吉田が言う。
「ああ。店とかもう仕舞っちゃってるから、探しに出るのは明日にするよ」
「そっかそっか。――そんじゃ、お前の分、780円な」
 吉田がにっこり、と山中に向かって金額を告げる。止まる山中の動き。
「っえ――――!なんだよ、それ!金取るのかよ!」
「当然だろ!自分で食ったもんは自分で払えっつーの!!!」
 座っていたとしたら、立ちあがらんばかりの勢いだが、今は元から立ちあがっている状態だ。何せ立ち飲み屋なので。
「こっちはこれから色々と金かかるんだぞ!?そんな相手から金を毟り取ろうってのか!」
「それとこれとは話が別だよ!大体、お前に無駄に金を持たせてたら、ろくな事に使わないんだから、取るときはきっちり取る!!」
「そんな子供のお年玉を取り上げる母親みたいな事言うなよ」
「お前みたいな息子なんか狙い下げだ―――!!!
 とにかく金は払って行け!!お前に甘くしてやるのなんて、とらちんだけなんだからな!!」
「いや〜、そんな。エヘヘヘv」
「しまった喜ばせた――――!!!!!」
 頭を抱えて悔いる吉田だった。


 山中を送り出し、テーブルにある分を平らげた後、吉田も佐藤も店を後にした。時間も時間だし、このまま帰宅する事にして。
「全くもー、あいつ、ホントに変わってないんだから!!!」
 プンプン!と山中に腹を立てる吉田。払うのを決めた後も、山中は「ちょっとはまけてくれよ」とダメな方にしつこかった。とは言え、対山中への最強切り札の佐藤がついている吉田だから、結果としては吉田の望むままだった訳だが。
「生まれて来る子、絶対とらちん似がいい!山中に似て良て良い所なんて……ああ、とらちん大好きな所は、似てもいいかな」
 そこだけは許す、と何に対して尊大になっているのか、吉田は言う。
 1人で賑やかな吉田の横、無言な佐藤はその頭の中で色々考えていた。悩んでいたと言うか。
 酒に強い吉田は、目に見えて酩酊するにはかなりの量が居る。とは言え、飲んだ分だけの酔いも、ちゃんと回っているのだ。
 理性が程良く緩む酔いの時、吉田は羞恥心が抜けてガードが特に緩くなる。そんな時の吉田は、ベッドの中でとても素直になって愉しめる。バールで飲んでいて、佐藤は今日はそんな吉田が来ると期待していた。
 しかし、山中のせいで、すっかり酔いが覚めてしまっている吉田だ。そんな展開は望めないかもしれない。勿論佐藤は、恥ずかしがってる吉田を徐々に乱して行く普段の過程も大好きなのだが、積極的な吉田を心待ちにしていた分、気分が空回りしてしまうというか。
 それもこれも山中のせいだ、ともはやここには居ない人物に恨みを送ってみる。せいぜい、どこかで滑って転べばいい。そして何か効率的にすっ転んで大ダメージでも食らっていれば!
 そんな風に、地味に呪念を送っている佐藤の手に、吉田の小さい指がそっと絡む。今は少なくない吉田からのスキンシップだけども、佐藤はそれらにいちいち胸が弾むような感情に見舞われていた。
「あーあ、なんだか山中のせいで酔いが覚めちゃった。家でまた、ちょっと飲もっかな」
 何かお酒、あったよね、と上目づかいで佐藤に訊く吉田。その顔が、ほんのりと朱を宿しているのは、佐藤の気のせいでは無い。
「……そうだな。そうしようか。つまみとか、買って行くか?」
「ううん。家にあるのでいいよ」
 それは早く帰りたい、というサインなのだろう。佐藤は、自分の手に絡む吉田の指を、そっと握り返した。すると、吉田が甘えるように身体を寄せて来る。いや、佐藤の方からしたのかもしれない。あるいは両方から、かも。
 楽しい週末の夜は、まだ終わりを見せそうにはなかった。これからもっと、甘い時間を控えている。
 他に人の姿は見えない。このまま、ぴったりと寄り添うように帰路を歩いた。



<END>


*オマケ*
「とらちんv はい、これ、プレゼント!」
「何だよ、だしぬけに……って、懐中時計?」
 久々、という程間が空いた訳でもないが、ちょっと会って無かった所から、開口一番と同時に何か小さな箱を渡される。本人の表現が正しければ、プレゼントだと言う。
 シックに飾り立てられたリボンを解いて箱を開けると、そこには掌に収まるくらいの、懐中時計があった。
「うん、そうv やっぱり、記念日っていうか記念の年だから、何か贈物したくってさ」
「へえ……ありがとな。嬉しい」
 真っ赤に顔を染めて、贈られた時計をとても大事そうに掌に包む。そんな彼女の仕草があまりに可愛く、山中は場合が場合では無ければ、今すぐにでも事に及んでしまいたかった。
(ああ〜、可愛い!俺のとらちんはなんて可愛いんだ!!)
 色気の欠片も無い吉田とは大違いだ!と浸る山中の前、嬉しそうに懐中時計を眺めている高橋は、言う。
「懐中時計っていいよな。なんか格好良いし……それに、胸ポケットに入れておいたら、銃弾が当たって命守ってくれそうだしな」
「……………………………………………………………………………………」
「どうした、お前?そんな顔して」
「いや、なんでも……」
 何だかんだで、自分との付き合いより吉田との過ごした時間の方がまだ長いのだ、と思い知った山中だった。
「それはそうと、頭の包帯どうしたんだ?」
「え、いや。ちょっと転んじゃって……」
「転んでそうなったのか!?どれだけ効率よくすっ転んだんだよ」
「まあ、うん……そうだね」
 溜息着く様に気遣ってくれる高橋に、佐藤が脳裏に浮かんだ山中はそれだけしか返せれなかった。

*おわり*