*佐藤だけおにゃのこ化しててます〜
 美女×ブサカワ男子、みたいな(笑




「だからー、絶対ウェイトレスにするべきだって!」
「何言ってんのよ!断固ギャルソン服よ!!」
 さっきから延々と、おそらく30分くらい同じ事を言い争っているが、両者白熱して居る為に正確な時間の流れを把握出来ているものは居ない。……吉田を除いて。早く決着つかないかなー、と思いながら、この論争の焦点であり原因である佐藤を、そっと覗き見る。言葉の弾丸飛び交うこの戦場のような教室内で、佐藤はいつものように凛々しく座っている。伸びた背筋を伝う長い黒髪は、綺麗な川のせせらぎを何となく彷彿させる。
 男女が真っ二つに割れてる意見と言うのは、今度の文化祭で催すカフェに、佐藤に着せる衣装をウェイトレス服にすべきか、ギャルソン服にすべきか、という事だった。本来なら女子である佐藤は、ウェイトレス服になってもらうのが摂理かもしれないが、この前の競技大会にて、学ラン姿で応援してみせた佐藤の姿に、クラス内に留まらず、全校の女子がノックアウトされた。そして2匹目のどじょうを求めるように、今度はギャルソンの格好をしてもらおう、という魂胆だった。
「だいたい、佐藤さんのスカート姿なんて制服で毎日見てるんだから、たまには違う姿見せて貰ってもいいじゃない!?」
「制服のスカートとウェイトレスのスカートを一緒にすんなよ!俺はなぁ、この日を夢見て今日まで過ごして来たんだ!それを何故いきなり奪おうとする!!?」
 誰かが何かを言う度に、周囲から「そうだそうだー!」という声が上がる。担任はもう放任する方向を決めたようで、無の境地に達していた。吉田はその気持ちが痛い程よく解る。
「う〜ん、いつ終わるのかなぁ、これ……」
 心底困り果てたように呟いたのは、秋本だった。秋本もまた、吉田と同じくこの議論には参加していない。本人は否定しているが、秋本には可愛い幼馴染兼未来の彼女が居る訳だから、他の女子に夢中になったりしないのだろう。
 もしかしたら、洋子ちゃんと帰る約束でもしているのかもしれない。だとしたら、いよいよこの事態は気に入らない。
「……………」
 むぅぅ、と吉田は自分の顔が険しくなっていくの感じた。それが他人に勘付かれる前にと、席を立つ。
「秋本、俺ちょっと外の空気吸って来る。まあ、俺が抜けた所で誰も騒がないと思うけど、何かあったらメールくれな」
「あ、うん」
 本来HRの時間に抜け出すのは許されない事だろうが、目の前の堂々巡りに嫌気がさしている秋本は吉田のこの行動を止めたりはしなかった。それに、HRと言っても時間的にはとっくに放課後だった。教師もその辺り緩くなっているようで、明らかに視界に入っただろう吉田を黙認する方向に出た。
 戸を開く時と同じく、そっと閉める。僅かながらに音を立てたが、中の喧騒にかき消された事だろう。
 どこまでも続く様な言い争う声に、吉田は深い、深いため息をついた。


 世俗の欲を絶ち切る為……なんてのは大袈裟だが、クラスの喧騒から少しでも離れたかった吉田は、屋上を選んだ。遮られる事の無い風が、吉田の髪をかき回して行く。屋上には、吉田の他には誰も居なかった。この学校には中庭もあるから、ここは憩いの場にはあまり適していないのかもしれない。
 ――人が居ない方が良い。そんな声が、不意に脳裏に蘇った。
 吉田はフェンスに凭れ、また溜息をついて――
「よ・し・だv」
「!!!?!?!!!???」
 急に視界が真っ暗になり、吉田は飛び上がる程に驚いた。真っ暗だけど、温かい。瞼の上も、背中も。
「なななな、何すんだよ、佐藤!!」
 ばたばたと慌てて後ろを振り向けば、佐藤が佇んでいた。風の吹く中、さりげない仕草で髪を綺麗にまとめている。
「嬉しいなー。一発で解ってくれたんだv」
「……いや、だって……こんなことするの、お前しか……
 っていうか!何で佐藤がここに来てんだよ!?」
「吉田が居るから」
「そーじゃなくて!! 今、お前のせいでクラスが大変になってんだぞ!?」
 渦中の人物が、こんな所でのうのうとしていていいのか、と吉田が問い質す。しかし佐藤は、軽く肩を竦めただけだった。
「そんなこと言われても。向こうが勝手にヒートアップしてるだけだし」
 まあ、確かに。混乱のきっかけとして佐藤が特に口出しをした訳ではない。……良くも悪くも。
「佐藤がさっさとどっちを着るか言えばいいじゃん。何も言わないから、こんなんになってんだろ」
 とはいえ、そこまで熱の入った状態で素直に意見が受け付けられるか疑問だが……まあ、佐藤になら出来るだろう。そういう確信が持てた。
「秋本だって、迷惑してんだぞ!洋子ちゃんと帰る約束してるかもしれないってのに」
 ぷんぷんと怒る吉田が可愛い。佐藤は微笑んでしまう。
「吉田、妬いた?」
「――へ?……ばっ……ばばばば、ばか。何言ってんだよ!!」
 一拍の間を開けて、吉田が真っ赤になって反論する――が、それはもう肯定してるも同然だった。その嬉しさに笑って見せる佐藤は、吉田しか知らない顔だった。
 自分の付き合っている相手の服を、クラスメイトが勝手に言い争っている事態だ。佐藤が逆の立場に立たされたら吉田の服は自分が決める!!とその場で言い募ってしまいそうだ。
 妬いてない、妬いてない、と吉田は自分に良い聞かすようにぶつぶつ言っている。問い詰めてやってもいいけど、折角2人きりになれたのだから、そうやって苛めるのはこの場では保留にしておこう。
「吉田は、どっちがいいと思う?吉田が選んだ方にする」
「ふぇ!!? え、や、だから、自分で決め……」
「だって、吉田に可愛いって言って貰いたいから」
「!!!!!」
 たったこれだけの事で、首まで真っ赤になる吉田だった。これまで全く付き合った経験がないのが丸解りで、佐藤は幸せに思った。付き合うのは、自分が初めてなのだ。
「あぅ、その、お、俺は………」
 吉田はぐるぐるする頭の中で、ウェイトレスな佐藤とギャルソン服な佐藤を思い浮かべた。どっちも想像の段階で、顔が赤くなる程可愛い。いや、格好いい?もうどっちでもいいか!
 結論が出せないまま、佐藤の前に突っ立って時間だけが過ぎる。どれくらい経ったか、不意に佐藤が顔を近づけた。ふんわりと風に乗って良い香りがした。キスされる、と思った吉田は反射的に目を閉じる。
 ぎゅっと硬く目を閉じた、不器用なキス待ちの吉田に、佐藤は微笑み額にだけキスを落とした。おそるおそる目を開ける瞬間が堪らないのだ。
「……本当に、俺が言った方にすんのかよ」
 佐藤の事だから、あえて逆を実行しそうな気がする。しかし、勿論vと軽快に言う佐藤に吉田も信じてみるか、という気になる。
 そして教室に戻った後、佐藤は吉田の選んだ方の衣装を着ると、その選んだ本当の理由を隠して上手く皆(主に男子)を納得させた。混沌を極めたHRは、こうして呆気ないくらいに終わった。
 ――そして、当日。
「ついにこの日が来たわね〜vv」
「衣装合わせの時でも見たけど、やっぱり本番よね!」
「……あ〜あ、なんでこうなっちまったかなぁ〜……」
「クラス模擬店をカフェにしたまでは計画通りだったんだけどなぁ……」
 女子の浮かれっぷりと、やや落胆した男子の様子で解るように、佐藤の着ている衣装はギャルソン服の様だった。パリッとした白いシャツに、長いエプロンがすらっとした背丈の佐藤の魅力をこれでもかと見せつけている。そして勿論、佐藤がこの服を選んだのは吉田の意見からだった。
 どっちもどっちだけど、他の男の前でフリフリとした可愛い衣装を着て欲しくはなかったのだ。ただえさえ、佐藤の人気は凄まじいものなのに。
(……俺って、独占欲強いのかな?)
 そう思い、吉田はちょっと項垂れた。
 吉田の独占欲なんて、佐藤のに比べれば富士山の前の小石くらいなものだろうが、佐藤が悟られまいと自重を効かせているからか、吉田がその真理に気付く事は無い。
 しかし、男子からの人気を懸念してギャルソン服にしたは良いが、今度は女子の勢いに拍車をかけてしまったようで不安になる。この学校の女子はとてもパワフルで、男子が束になってもとても太刀打ちできない程だ。
「ちょっと、吉田!」
 吉田が思い悩んで居ると、声が掛った。
「何ぼーっとしてんのよ。ほら、あんたの衣装よ」
「あー、ありが……とって、なんだコレ―――――!!!?」
 手渡された衣装は、可愛いフリフリで一杯だった。明らかに男子の衣装では無い。
「なっなっなっ、なん……!??」
 どういえば良いのか、混乱したままの吉田は上手く台詞が言えない。そんな吉田を見かねて……という訳でもないだろうが、服を持って来た女子が勝手に説明を始める。
「ほら、佐藤さんがギャルソン服着るから女子の人員が減る事になるでしょ?だから、その分を吉田に回せば良いって――佐藤さんが」
「なっ………んなぁぁ―――――――!!!!???」
「後の事まで考えてるなんて、さすが佐藤さんよねv」
 感心というより感銘を受けたように、ほぅ、と溜息を突いている。しかしそんな反応に突っ込みを入れる場合では無い。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ!俺、何も聞いてないんだけど!!?」
「え? いう必要あった?」
 酷ェ。
 いや、ここで一番、最も、そもそも酷いのは―――!!
「さ、さ、佐藤ぉ―――――――!!!」
「コラ吉田!さんをつけろ、さんを!!」
 何だか男子に突っ込まれたが、そんなの気にしている場合では無い。佐藤を探し、吉田は駆けだす。
 果たして概ね想像通りの形相で自分の元に訪れた吉田に、佐藤がまた嬉しそうに笑うのだった。



<おわり>