背中がとても温かい事に、吉田はきっと目を覚ましたのだと思う。
 寝る前は向かいで抱きあう様な姿勢だったのに、何故だが今は、後ろから抱き締められるような寝相になっている。
 最初の位置を考えると、どうやら向きを変えたのは自分の方みたいだが、生憎覚えは無い。それだけ、熟睡していたという事だろう。
 寝る前とは違う姿勢の違和感と、たっぷりの睡眠のおかげて、吉田はなんと、佐藤より早く目覚めるという僥倖を掴んだ。が、しかし、この体勢だとまだ夢の中に居るだろう佐藤の寝顔を拝むのは不可能だ。それこそ、吉田の首が真後ろに捻られない限り。顔が真後ろになった自分を想像して乾いたような笑いをし、それでも何とか見れないかな、と必死に捩ってみたがやっぱり無理だった。
 背後からの佐藤の微かな吐息がかかり、とてもくすぐったい。そんな訳で、吉田の目はすっかり覚めてしまった。とはいえ、佐藤を起こす気にはなれない。
 その代り、自分の目の前にぽてん、と無防備に転がる手をそっと引き寄せ、口に当てる。背中に感じるのと同じ温かみが、唇にも感じる。
 全身で好きな人の体温を感じ、幸せに吉田が浸る。
 しかし、そんな穏やかな時間はそう長くは続かなかった。
(……あ、あれ?)
 最初は単なる思い違いかと思ったが、そうではないと思ったのはどの瞬間だっただろうか。きっと口元にある指先が、意思ある動きで唇をなぞった時からだと思う。
「さ、佐藤!!!!」
 吉田は思いっきり叫んだ。起こすんじゃないかという危惧は全く必要ない。何故なら、佐藤は目覚めているからだ。そして、この背後からの密着状態を利用し、吉田の胸をまさぐってその柔らかさを堪能していた。ごそごそと這いまわる掌を、吉田も最初こそただの寝相を思っていたが、そうだとしたら触る箇所が的確過ぎる。
「ちょっと!!朝っぱらから何して……っ!んんっ!!」
 冬用の厚手のパジャマとは言え、ふにふにと胸を揉まれて鼻にかかった声で吉田が啼く。
 2人とも高校生と言う身の上で、夜という時間帯にする方があまりないが、朝っぱらというのはそれに輪を掛けて無かった。というかこれが初めてだろう。
「……昨夜。吉田とこういう事しなくて、ちゃんと寝付けれるかなーってちょっと不安でさ」
 やや覆いかぶさるように、吉田に体重がかからないように上に伸しかかり、耳に直接声を吹き込む。腕の中の吉田がそれだけで感じているのは、文字通り手取る様に解った。
「ちゃんと眠れて良かった、と思ってたんだけど……吉田が可愛い事してくれるから」
 昨日の分すら劣情が湧いて来たのだと佐藤が言う。
 そりゃ確かに、佐藤の手を口に当てたりしていたけど、それはそういう意味じゃなかったというのに!……少なくともこの時では。
「さ、さ、さ、佐藤!……よ、夜にしようよ……」
 どこまでも初心な吉田は、それだけを言うにも顔を真っ赤にさせていた。
 いくらなんでも、寝起き直後でこんな事をしたら、色々戻れないような気がする。
「ダメ。待てない」
 帰って来た佐藤の言葉は、あまりにもにべもないものだった。それだけ、佐藤もいっぱいいっぱいなのだろう。佐藤だって、最初くらいは吉田と同じく、夜まで頑張ろうと思っていたのだが、指先に吉田の唇を感じて理性は潔よく、さよならを決めてしまった。
「そっ、そんなっ!――やぁっ!脱がしちゃダメ―――ッッ!!」
 そんな吉田の抗議も虚しく、するすると滑らかな動きでボタンが外されていく。あっという間に全てのボタンが外され、佐藤の手は吉田の素肌に直に触れる。吉田は寝る時、上の下着は身につけないから、この柔らかみはすぐにでも堪能できた。余すことなく触れようと、両手で胸を揉む。
「あっ、あ!!だ、ダメって……ひゃぁぁぁッ!!」
 弄る手を片手にし、空いた手は下のズボンを一気に下着と一緒に引き下げた。太股付近で止まっている感触が、吉田を真っ赤にさせる。想像するだけで今の自分の姿は恥ずかしい。
 中途半端に脱がされた下肢に、これで邪魔が無くなったとばかりに佐藤の手が滑りこむ。軽く撫でられただけで、吉田の口から甲高い声が上がってしまう。
 まあ、布団に隠れてるからまだマシかな……と堪えようと思った傍から、上の毛布を取られてしまう。
「わ――――!!何すんだバカ――――!!!」
 快楽で滲んで来た目を、違う意味でも潤ませて吉田が叫ぶ。朝からエネルギーを使いっぱなしだ。
「ごめん。先に吉田を気持ち良くさせてからって思ったんだけど……」
 そう言いながら、またしても器用に下を全部剥ぎ取る佐藤。もう今更、とは思うけども、腕に引っ掛かっている上のパジャマ一丁というのは、何とも居た堪れない。隠したい所は全て出ているのだから。
 吉田に軽く侘びた佐藤は、すらっとした脚をそっと持ち上げる。さっきまで指で可愛がっていた箇所は赤く熟れて、襞の中が熱い液で潤っているのが見て解る。佐藤の視線から、そんな自分の状態を察した吉田が泣きたいような顔で赤くなる。それでも――その顔は、しっかり期待していた。佐藤から施される事を。
「……吉田って、シチュエーションに弱いよな……」
「あ、んッ!な、なに……?」
 戸惑う吉田になんでもないと、と言いながら、確認というよりもう一度自分が味わいたい為に、指先をそっと入口に潜らせる。未だ頑なな場所ではあるが、最近では軽く触れただけで綻んでくれる吉田の反応が、佐藤にはとても嬉しい。が、今日の反応はいつもより早いというより過敏な気がした。朝という、普段に無い時間帯が吉田を昂らせているのだろう。佐藤も、こんなに一日の初めから吉田に触れる事が出来るなんて、とかなり舞い上がっている。
「俺の、当てるよ」
 自分も、上のパジャマを脱いで佐藤が言う。朝の日差しが入る室内での佐藤の半身は、吉田には煽情的に映った。ドキン、と胸が高まり、次いで下肢の中心も熱く疼く。
 吉田の足をがっちり抱え込み、色んな意味においてやる気十分のようだ。まさに餓えた狼にような笑みを浮かべる佐藤に、吉田は息を飲む。いつも以上に快楽に狂わされるのが、この時点でも解った。


 吉田の家の浴室の床なんて、冬はそれこそ凶器のように冷たい代物だが、佐藤の家のもそしてここのも、冬は床が温まる仕組みになっていて、その上に坐っても何も支障は無い。浴槽に背を預け、足を開いた無防備な姿勢で佐藤を迎えている。
 時間帯が違うせいで、普段とは違う反応を見せる吉田の体は、少し佐藤が触れるだけで秘所から甘い液をいつも以上に溢れさせていた。その為、ベッドを汚してしまうのではないかと吉田が気になり行為に集中出来なくなってしまった。その対策として、浴室に場所を移したのだ。ここならどんなに濡れても気にする事は無い。
 浴室の壁に反響して、微かな吉田の嬌声が部屋全体から聴こえる。すでに何度も達してすっかり解れた入口は、佐藤の指を難なく受け入れている。指の中で一番長い中指を、そっと潜らせた。慎重に、何度も出し入れして内部に刺激を与えながら、快楽で緩んだ所を押し進める。初めて侵入する深さになった時、少し身体をのけ反らせ、吉田が啼く。
「んっ……うーっ……」
「痛い?」
「痛くない……」
 でも変な感じ、と熱の籠った声と目で吉田が言う。今まで触れられた事の無い箇所を撫でられているのだから、当然の反応なのだろう。佐藤は好きな子にするのも初めてなら、未経験者相手もまた初めてだった。だから佐藤の方には経験があるにも関わらず、両者手探りで前に進んでいるような状態だ。
 小さい吉田の狭いそこは、熱くてたまにきゅっと締まる。その反応を感じる度、指じゃなくて再び擡げ始めた自身を突きいれたい衝動にかられる。今までにない奥まで指を潜らせているのは、その代償行為の様なものだった。
 中を進む佐藤の指を、吉田の方が感じている。じりじりとじれったい様な弄る動きで、しかし確実に押し開いて行く。閉じている箇所を他人に拓かれる感触に、恐怖以外のものを感じられるのは相手が佐藤だからだろう。
「あぁっ!んっ、あぅ……ふかい、よぉ……」
 何かが耐えきれないように、吉田はふるふると首を振る。佐藤の指を咥えこんでいる内側が、刺激を求めて自らヒクついているような気がして居た堪れなかった。指で塞がれてはいるものの、中を激しく弄られてもいいように沢山潤っているのが解った。
「ふ、ぅ……さとぅ……」
 心許なくなって、吉田は知らず佐藤の名を口ずさんでいた。
 すると、湿ってぺたんとなっている髪にそっと佐藤の唇が落とされる。それは耳まで滑り落ち、劣情に低くかすれた佐藤の声が直接吹き込まれる。
「吉田……」
 名前を呼ばれただけなのに、ゾクッと背筋に強いものが走る。きゅぅ、と指を締めつけてしまった。
 その反応に気を良くしたように目を細め、佐藤は、吉田、ともう一度呼ぶ。
「解る?中指、全部入っちゃった」
「ぁ……ん………」
 確かに、指の付け根を感じる。吉田は震えてその事実を感じ取った。
 小さい吉田は、それに比例して各パーツも勿論小さい。正直言って佐藤は、自分のが果たして収まるのだろうかと不安にも思ったが、こうして中指を全部埋め入れてしまっても、処女膜らしきものに当たらない所を見ると、それなりの深さはあるようだ。
 中の指を、最初はゆっくり、けれども段々と大胆な動きで吉田のまだ無垢な内部を翻弄する。ある程度は慣らされている吉田の中は、指一本だけでは足りなくて空いた隙間からくちゅくちゅと大きな水音まで溢れ出た。
「や、やだぁ……はずかしっ……!」
「ん? 気持ち良くない?」
「き、気持ち良い……けど………あぁっ!奥でそんなに……ひっ!そんな、いっぱい、だめぇ……ッ!」
 困ったように可愛く啼く吉田が可愛くて、佐藤はつい意地悪してしまう。ギリギリまで指を引き、そしてまた全てを収める動きを繰り返した。奥まで突きいれる度、吉田の身体は大きく戦慄き、短い悲鳴のように嬌声を上げた。
 指の長さ以上には勿論届かないのだけど、突き入れる時の衝動でその届かない箇所まで疼きを感じる。
(”欲しい”ってこんな気持ちかな……)
 参考のように読んでいる、ちょっとエッチな漫画でヒロインの子はよくそう強請っている。指よりも太いもので中を擦られた、今よりもっと気持ち良くなるのだろうか。想像だけでゾクゾクとした。
 どうやって伝えよう、と悩んでいる間にも、追い詰める佐藤の動きにいつの間にか昇り詰めてしまった吉田は身体を大きく震わせ、それで収まらない分は声を上げた。
「あ―――ッ……ッッ! はぁ、はぁ……は……」
 震える身体から佐藤の指が引きぬかれる。とぷん、と一気に溢れた量にもう一度吉田は震えた。


「……うぅ、朝から酷い目に遭った」
「酷いって……あんなに気持ちよさそうにしてたくせにv」
「そっ!!そーゆー事言うなッッ!!」
 沸騰しそうな程、吉田は顔を赤くさせる。さっきまで、貪欲なくらい喘いでいたというのに、一転した初心な反応が楽しい。吉田の基本は快楽に素直な筈だ。羞恥心が抜け去った時が楽しみだな、などと佐藤は思いを馳せていた。
 風呂場での行為の後に、ついでとばかりに朝風呂と洒落こんだ。朝からシャンプーの香りが漂う。
 ベッドを汚す事が気になる吉田には、浴室の行為の方が精神面でし易いのだろう。確かに場所的にも便利ではあるが、その分何だか即物的というか。
 シーツをぎゅぅっと掴んでる吉田も可愛いんだよな〜と佐藤はいつぞやの光景を思い出し、顔を綻ばせていた。佐藤がそんな事を思い出しているとは知らない吉田は、朝っぱらからしてしまった事に、佐藤へむやみに怒りをぶつける事で紛らわす事にした。
 昨日、しないで寝たのだから、その分今日に持ち越されるんじゃないかとは思っていたけども、それでもこんな朝から、目が覚めてすぐにだなんて!
(は、恥ずかしかった……)
 思い出してまた赤面する。気持ち良かったのがまた吉田に拍車をかける。出来れば、するのならスタンダードに(?)夜、恋人の寝室で、というシチュエーションが一番良いと思ってたのに。風呂場は、濡れても気にしなくていいから大丈夫とは言え、味気なく思う。――図らずも佐藤と吉田の中で意見が一致したのだが、それを2人が知るのはまだもう少し先の事だった。
「もー……夜まで待てないの」
 恥ずかしさを紛らわす為か、ぷぅ、と軽く剥れて吉田が言う。うん、待てない、と佐藤はさっきと同じやり取りを、淀みなく行った。そして、同じように赤くなる吉田。胸もぺたんこでセクシーという言葉の欠片も無いこの身体を求められるのは、恥ずかしい以上に嬉しい気持ちもある。そしてそれもまた、恥ずかしく思うのだった。
「だってさ。今月……いやもう先月半ばからかな。こうして吉田に触れるの、ここに来てからじゃないか」
 ベッドの上に並んで座る吉田の腰を、そっと抱き寄せる。そこを突かれると、吉田もバツが悪そうに黙ってしまうしかない。
 年末から年始にかけて、友達の別荘に過ごす事を決めたはいいが、実行に移すのにはかなりの労力を要した。吉田の両親と艶子はすでに対面を果たしていたから、その点のクリア出来ていたが、障害は色々と待ちうけていた。
 まず、期末試験では平均点以上を取る事と、部屋の大掃除は遊びに行く前に済ませておく事。その為、テスト範囲が明かされてからずっとその勉強に明け暮れ、テストが終わってからは部屋の掃除に勤しんで居た。特に掃除の方は、テストの時のように佐藤に手伝って貰う訳にもいかない。もう少し手際が良かったら、いや普段からきちんと掃除をしていたら佐藤にこんなにお預けをさせる事は無かったと思うと、吉田も申し訳ない。
 勿論学校は顔を合わせる訳だけど、そこで欲望の赴くまま手を出してはいけないと、佐藤は必死で自分を堪えていた。そんな時を経て、手を出せる状況になった今、いつも以上に自制のネジがゆるんでしまっても大目に見て貰いたい。
 困ったように俯く吉田の額に、佐藤は軽く口付けをする。うひゃっと吉田が撥ねるように真っ赤になった。
「ま、まだするの……?」
 恐る恐る、佐藤を見上げる吉田。怯えは無いだろうけども、いつもとは違う事をするという未知の体験に身構えているような感じだ。確かに、こんな朝っぱらから立て続けにする事は初めてと言える。それもいいかな、と佐藤は思ったけども、一度にあれこれ済ませてしまうのも勿体ない気がした。当然の事ながら「初めて」は一回しかないのだし。
「いや……続きはまた夜にねv」
「……やっぱり夜にするんだ」
 溜息ともつかない吐息を紛らせて言う吉田。
「嫌?」
「……知らない」
 そう言う吉田の顔は赤い。それが初心な吉田の、承諾の返事だという事は、佐藤には勿論解っている。
「広間にでも行こうか。また皆何かしてるだろうし」
 夜まで自重しようと決めたものの、こうして2人きりで引きこもっていてはその決意も危うくなってくる。それも吉田も何となく察したようで、大人しく着いて行く。
「……何かする事ってあるのかな?」
「うーん。今まで通りでいいんじゃないか? したい奴がするんだろうし」
 そっか、と吉田も頷く。
 今日は大晦日。1年の最後の日だ。
 そんな日に朝からこんな……とまた赤くなる吉田を、佐藤は何度見てもやっぱり可愛い、と顔を綻ばすのだった。


 風呂上がりの熱は収まっただろうけど、湯冷めしない様に、と佐藤は室内着の中で一番もこもこっとした上着を着せた。何だかちっちゃいうさぎみたいで見ていて可愛い。
 とことこと広間に向かうと、今までの中で一番人が集まっているように見えた。1年の最後だからと、これまで気ままに外で遊んでいたメンバーも集まっているのだろう。
 人の多い中、佐藤と吉田に初めに気付いたのは、ジャックだった。
「おう、おはよう。……って時間でも無いけどな」
 時刻はそろそろ昼食かという頃だった。朝食は、部屋に持ち込んであった軽食でとりあえず賄った。
「丁度今から昼にしようかって所なんだけど、お前らも一緒で良いよな」
 うん、とジャックに返事をしたのは吉田だった。素直に返事をする吉田が可愛く、ジャックは頭を撫でようとして、気付く。
「ん? 風呂に入ったのか? ヨシダ」
「!!!! へ、変な事とか、してないからッ!!」
「へ? ……あ。ああ」
 何の他意も無い言葉だったのだが、吉田の過剰な反応で、何があったかジャックは悟ってしまった。まあ、この2人はきっちり好きあっている同士なのだし、そういう事をしてもちっとも可笑しくないとは言え、意識してしまうとちょっとソワソワする。
 ジャックが困ったように視線を彷徨わせると、殺気を漂わせた佐藤の視線とかち合った。別に自ら率先して想像した訳でもないのだから、勘弁して欲しいものだ。まあ、こんな好きな人に対し心の狭さを惜しげなく見せる佐藤は、可愛く思うけども。
 そしてジャックは、一旦止めた手を伸ばして、吉田の頭を撫でる。
「昼はオムライスだぜ。ヨシダが昨日好きだって言ってたから作ってみイデデデデデエエェェ!!!?
「……触り過ぎ」
「こっ、こら佐藤!!止めろって!!」
 まるで刑事が容疑者を確保するように、ジャックの腕をねじり上げる佐藤を、吉田が慌てて止める。
「ジャック……お前なぁ、俺がこういう反応するんだって解って、どうして吉田に触るんだ?」
 出来る事なら隠したい吉田への独占欲を、佐藤は英語に乗せてジャックにぶつけた。おかげで、腕にぶらさがっている吉田(←佐藤を止めようとした行動)は、ハテナマークを飛ばしている。
「うーん、解ってても危険に飛び込みたいお年頃だから?」
「殴るぞ」
 佐藤の目は本気だった。さすがにおちょくり過ぎたな……と身の危険を感じたジャックは反省する。
「てか、俺がスキンシップする方だってのも、隆彦だって解ってるだろ?恋愛とか関係なくさー」
 ジャックが吉田を撫でるのは、佐藤やヨハンの肩に腕を回すのと同じ感覚なのだ。
「そりゃヨシダの事は、嫌いか好きかだと好きになるけど、それは男女の愛とは全然違うって。
 お前と艶子みたいなもんだよ」
「……そう言われるとまたビミョーなんだがな……」
 恋に発展するものじゃないという、この上無い例えではあるが。佐藤は苦々しい顔つきになる。
「何話してんだよー!英語じゃ解らないよ!!」
 おいてけぼりにされた不満からか、吉田は佐藤の腕をぐいぐいと引っ張った。すでに締めあげたジャックの腕は、佐藤の手から外されているにも関わらず。
「んー。ヨシダがいかに魅力的かをちょっと論議してたんだv」
 ニカッと明るくジャックは笑って言う。本当懲りない奴だ、と佐藤は思うが今度は嫉妬までは届かなかった。
「へ? へぇぇッ!!?」
「うん、まあ。そうだな。昼飯食いに行くぞ吉田」
 魅力的って!?何が!?何処が?!と困惑する吉田を、丁度腕を組んでると言えなくもない状態だったのを良い事に、そのままつれていく佐藤。その様子を、ジャックは目を細めて眺める。施設に居た頃と比べて、佐藤が大分自由になっているのが見て解る。それは勿論、傍らに居る小さな存在のおかげだろう。
 この調子がずっと続けばいいが、何せ何が起こるか解らないのが世の常と言うものだ。佐藤と吉田が出会った事からしてその類なのだし。
 ジャッキは仲間である佐藤は勿論、吉田の事だって個人的に好ましく思っている。なのでこの2人が好きあってくれているのが、ジャックにとっても最良の状態だと言える。つまりは自分の為なんだな、とジャックは自己完結をし、2人を見守っていく事を決めるのだった。


 年末年始は日本人にとって、親戚一同が集まり近況を教え合う儀式のような意味合いもある。が、諸外国はそういう事柄をむしろクリスマスに済ます。
「って事は、クリスマスがお正月みたいなモンなのかなー」
「……何だかややこしいな……」
 無邪気な吉田の物言いに、佐藤は若干首を捻った。
「おーい、皆集まれー!」
 その声と共に、芳しい匂いが伴う。甘くて香ばしい匂いだ。バターの香りもする所を思うと、おそらくパイだろう。そして、そんな吉田の予想は当たる。
「わっ!大きい!」
 直径が30センチ以上ありそうな、大きいパイだった。甘いものが好きな吉田としては、見ているだけでワクワクしてくる。
「ヨシダ。このパイは特別だよ。中にコインが入っている。それが当たったら、その人が王様だ」
「……それ、公現祭のガレット・デ・ロアじゃないか?」
 すかさず佐藤が突っ込んだ。諸説あって正確な所は若干不明な所も多いが、とりあえず大晦日にするイベントでは無いのは確かだ。
「まあ、いいじゃないか。楽しいんだし」
 佐藤の折角の注釈は、あっけらかんとした声で一蹴された。
 こうして伝統ある行事が単なるイベントに移行してしまうんだな、と佐藤は諸行無常を感じる。時代の流れと言えばそれまでだが。
「なあ佐藤。王様って、つまりは王様ゲームって事?」
「うーん、まあ、そんなもんだ」
 両者の大まかなルールを比較し、とりあえず頷いておいた。まあ、王様役が居るのは確かなんだし。
「面白そう!当たるといいな〜」
 吉田のその声を合図のように、パイが切り分けられて行く。数は適当だが、気にする面子では無い。
 これにしよ〜と吉田が大きめの一切れを取る。佐藤も適当に取ろうとしたのだが。
「ほら、隆彦」
 何故か、佐藤にだけ皿が差し出される。思わず顔を見ると、軽くウインク。
「……………」
 佐藤は、その皿を受け取った。何となく、これから起こる事を予想しながら。


「美味しい!これ、中に入ってるの何かな」
 これまで吉田の知っているパイの菓子と言えばアップルパイくらいなものだが、中身は勿論りんごとは違う。
「アーモンドのクリームよ。焼き上げて水分が飛ぶから、スイートポテトみたいになってるでしょ」
 艶子の説明を受け、なるほど、と納得しながらパイを堪能する。パイは美味しくて文句は無いけども、当たりの証であるコインは見つからなかった。残念、とちょっとだけ肩を落とす。
「うーん、外れたー」
「あら、吉田さん。王様になって皆を従わせたかったの?」
 それなら私と気が合うわvと艶子が微笑む。
「いや、そんなんじゃないけど……」
 しかし艶子にそう言われて、そう言えば王様になった所で何をしたいのか、さっぱり考えて無かった事に気付いた。ただ、王様になりたかっただけで。これ、佐藤に知られたら笑われるなぁ……と赤くなりつつ佐藤の方をそっと窺う。
 半分だけ食べたパイを前に、佐藤はそれ以上手をつけようとはしなかった。どうしたんだろ?と佐藤をさらに窺うと、その吉田の視線に気づいたか、佐藤が振り向く。ばっちりと視線が合ってしまい、思わず反射的にぽっと吉田は赤くなった。
 最後の一歩手前まで進んでいると言うのに、これくらいで赤くなる吉田がなんとも愛らしい。その吉田に向け、佐藤はにこっと笑う。
「当たっちゃったv」
「へ? あっ、あ――!ホントだ!」
 視線で指す皿の上には、銀色のコインがある。いいなぁいいなぁ、と吉田は皿を覗きこんで羨ましがった。
「おお、隆彦が王様か!」
 ジャックは声を上げる。それに続いて皆も「隆彦が王様になったぞ〜」とやんやと囃し立てる。
「ヨシダ。王様の命令は絶対だからね。逆らっちゃダメなんだよ」
 ヨハンが悪戯な笑みで、吉田に言う。逆らっちゃダメ、の下りで吉田はえっと顔を引き攣らせた。何せ、王様は佐藤なのだから。普段の素行の数々が瞬時に脳裏に過ぎる。
「吉田」
 佐藤に呼ばれ、ビクッ!と吉田は戦いた。
「なななな、何かな!」
 実にぎこちなく吉田は佐藤を向いた。いや、教室では手を出せない不満も手伝って、あんなちょっかいを仕掛けているだけかもしれないし、それなら存分に手を出せる今、そんな無体な事はしない……と、思いたい。
「吉田」
 と、佐藤はもう一度、改まって吉田の名前を呼んだ。とても大事に、丁寧に。その発音に、吉田は自分の名前を呼ばれているだけなのに、妙にドキっとしてしまう。自分を見る佐藤の目が、とても優しい事もあるからだろうか。
「吉田。俺の傍にいて」
「え………?」
 困惑する吉田の横で、ヨハンがそっと「王様の命令は絶対だよ」ともう一度繰り返した。ああ、なんだ。その流れか……と吉田はドギマギする胸を落ちつかせようとする。
 だって、今の言い方は、何だかそう、プロポーズみたいな……
「隆彦。他には?」
 艶子が促すように言う。佐藤は、そうだな、と吉田の肩を抱きつつ思案する。
「とりあえず、俺と吉田が座るソファに柔らかいクッションを敷いて。それと、吉田の好きそうな甘いのと飲み物も持って来て、あとジャックは何か面白い一発芸でもその辺でやっといて」
「……何で俺だけ命令のハードルが高いんだ」
 あまりに流暢に言うものだから、全てい言わるまで口が挟めなかった。ジャックは苦い顔で言う。
 皆が佐藤の命令に赴くように、やいのやいのと準備する中、吉田だけは何もせずに――いや、吉田も佐藤の「命令」通りに傍にいた。
 佐藤の命令に従って整われたソファに佐藤と並んで座り、用意されたカップケーキと紅茶を摘む。佐藤の命令だと言うのに、良い目にあっているのは自分なのが何だか可笑しかった。
「吉田ー。俺にも食べさせてv」
 はぐはぐ、と美味しそうにケーキを頬張る吉田を見て、佐藤から次なる命令が下る。吉田は、はいはい、とカップケーキを口元に運ぶ。
 相変わらずなになった佐藤に、吉田はやっぱり噴出してしまった。不貞腐れたような顔付きになった佐藤に、あ、ヤバい、と思ったのも後の祭りだ。案の定「キスして。ここで。今すぐ」と無茶振りが来た。
 う〜、と吉田は散々唸った後、言う。
「……ほっぺたで勘弁して」
「仕方ないな。言い方が可愛かったから、許してあげる」
 何様だ、と言えば今の佐藤は王様なのだろう。吉田は、ひとつ深呼吸をして、覚悟を決める。
 皆の視線を感じる。
 でも、嫌なものじゃない。
 さっきのがプロポーズだったら、これは誓いのキスになるのかな。
 そんな事を思いつつ、佐藤の頬にそっと口付ける。と、その唇が離れるタイミングを見計らうように、佐藤は吉田の額にキスをした。
「吉田、可愛いv」
「あ、あああ、あんまり度が過ぎると、ゲームでも怒るから!!」
 皆が居るのに!!と憤る吉田の顔は赤い。まあ、原因は怒りの他にもあるだろうし、そっちの比重の方が多いだろうけど。
「………。佐藤」
「ん?何?」
 吉田は折角、やっと佐藤を呼べたようなのに、何でも無いと言って言いたかった事を胸に仕舞ってしまった。今言った「傍にいて」という「命令」は、今だけのものなのか、それとも、今後ずっと――
 いや、これでいてけじめははっきりつけてくれる佐藤だ。こんなよく解らない形じゃなくて、もっとこんな自分にも解りやすい明瞭な方法でしてくれるに違いない。そんな思いで胸を馳せ、今は何も言わない事にした。
「吉田。傍に居てね」
「……同じ事言ってるけど」
 まさか忘れた訳でもないだろうけど、と吉田も言ってみる。
「いいだろ。言いたいんだから」
「……まあ、それなら……うん。……うんー?」
 言いたいのならいいか。と思おうとした傍からそれでいいのか、という疑問が浮かんできたようだ。処理出来ないで首を捻る吉田が可愛かった。
 折角、仲間のくれたチャンスだ。普段は強請れない事も、今はゲームの名を借りて「命令」出来る。しかし実際は自分はそんな立場では無いのだ。その権利すら無いと思う。
 この休みが終われば、これまでの生活に戻る。周囲に明かされない自分達の関係は、阻害されなければ祝福もされないだろう。この場のような雰囲気を、自分で作れる確かな手応えや自信を持てたのなら、その時は、その時こそ改めて言おう。傍に居て、と。
 いや、傍に居させて欲しい、と。
 ちゃんと言えるようになる、その時まで。
「吉田。待っててね」
「ん? 何が??」
 肝心な所を隠した佐藤のセリフは、当然吉田には意味不明だ。しかし佐藤は教えてやらないで、その口に軽く口付けた。唇の感触に、大きく目を見開いた吉田の頭の中には、もう佐藤の訳の解らないセリフなんて吹き飛んだ。
 皆の前で!と涙目で真っ赤になって憤慨する吉田を、佐藤がしまったやり過ぎた、と少し困ったように諌める。
 そんな2人を、他の皆もまた楽しそうに眺めるのだった。



*ふぅー、施設メンバー&佐吉話はこれにてオチ!!クリスマスの話だというのに長くなったな〜;;
次からまたいつもの生活ですが、施設メンバーとの絡みが楽しいのでまたすぐに出て来ると思います(笑)