離れてからずっと、恋焦がれて仕方なかった吉田と、奇跡的に再会し、この機を逃してなるかと無事に両想いにこじつけた。まだ吉田は自分の気持ちをよく飲み込めて無い所の方が多いけど、もうすでに佐藤へ恋に落ちている。吉田を見れば解る事だ。
 だから、これからはめくるめく薔薇色で非常に甘露な日々が送れるのだと、思っていた佐藤はまだまだだった。

「ねー、吉田v 昼ごはん…………」
「あ、ぁ、先にとらちんと約束したからっ! ダメ!」

「ねー、放課後遊びに……」
「は、早く帰らないとダメだから! ダメッ!」

「ねー、次の休み俺の部屋………」
「無理無理無理! ダメ、絶対ダメ!」

 自分の気持ちを持て余して真っ赤になる吉田は、勿論それはそれはとてもとても可愛いんだけど。
 可愛いんだけど(2回目)
「吉田」
 吉田の周囲から人が居なくなる隙を狙って、半ば強引にサボりスポットでもある屋上へと連れて行く。そんな身勝手な佐藤に、吉田も思いっきり抵抗したのだが、「騒ぐと一緒に居るの見つかるよ」の一言で貝のように口を閉じた。そう言えば吉田は黙ると解って言ったのだが、少し凹む。そんなに自分と居る所を見られたくないのか。勿論嫌いでそんな態度を取ってるのではないと解っていても、沈んでしまうのはどうしようもなかった。
「吉田、どういう事だ?」
 そんな精神状態のせいか、まるで尋問するかのように吉田を問い詰めてしまう。追い込まれた吉田は、まさに蛇の前の蛙。
「ど、どういうことって…………」
 心当たりがあるというより、追い詰められた事に竦む吉田。そうすると、小さい身体が一層小さく見える。
「昼、一緒に食べるのもダメ。放課後遊ぶのもダメ。俺の部屋に来るのもダメ。だったら、何ならいいんだ?」
 そこでようやく、佐藤の怒りの理由が理解できた吉田は、あぅ、と小さく唸った。
 吉田が自分たちの本当の馴れ初めに気付き、その上で佐藤が告白し。その真摯な想いを吉田が受け止め、未熟ながらも恋仲になってからこっち、吉田は佐藤を避けるようになった。きっと初めて出来た恋人が恥ずかしいのだ、と佐藤もその辺りは解っているが、それならばと作ろうとした2人の時間を潰されては怒りも出てくる。
「だ、だって……誰かに見られたら………」
 殆ど泣きそうな顔と声で、吉田はそれだけを言う。
 もし見られて、女子に知られたら、次の日からどんな仕打ちを受けるか解ったものじゃない。しかし、吉田が拒むのは自分が不遇の扱いを受けるのより、そんな光景を見て佐藤が昔の記憶と傷を呼び起こしてしまうのではないか、という所だった。勿論、学校生活を平穏に過ごしたい、という吉田の気持ちも無い事も無い。結局は自分のエゴを佐藤に押し付けてる、と吉田は俯いた。
 佐藤も、学校で避ける理由が恥ずかしさとは別にそういう所もあるのは気付いていた。ただ、吉田の態度があんまりだから、ちょっと意地悪してやろうと思っただけで。
 本当に、吉田の事が好きで好きで……もう一時だって離したくないというのに。どうしようもないくらい、吉田に溺れきってしまっている。全てが可愛い吉田に欠点をあげるとするなら、自分の想いの深さを思い知っていない所だろう。
「それなら、俺の部屋ならいいんじゃないか? 人目は無いぞ」
 とりあえず怒りを発散出来た佐藤は、幾分優しい声で言う。それに吉田は、泣きそうだった表情を引っ込めて、純粋な意味で頬を紅潮させた。
「いや……それは……だから………」
 こっちの件は、普通に照れているかららしい。もじもじとさせる小さな指が可愛かった。ウブな吉田の反応に、今までこういう経験が無いのだ、と佐藤の心も上昇を見せる。
「だって、もう我慢の限界見えてきてるし。吉田が遊びに来てくれないっていうなら、教室のど真ん中でキスしちゃうかも」
「! ばばば、ば、なに、何言って………!!!」
「本気だから」
「!」
 平坦な声に、佐藤の本気を感じた。そんな真似をしたら、どうなるか解らない佐藤でも無いはずなのに。いやもしかして、本当に解って無い?
 佐藤が、何かを言うべく口を動かす。これ以上自分にとってとんでもない事を言われては堪らない、と吉田は慌ててOKの返事を出していた。


 佐藤の家に遊びに行く。そんなビックイベントを控えてしまった吉田に、すべき事は山ほどある。まず着て行く服を考えなくてはならないし、それを超える程重要なのがアリバイ作りだ。
(だって、そんな、男子の家に遊びに行くとか言えないし………!)
 あの母親の質問攻めから逃れられるとは、到底考えられない。勿論ずっと秘密とまではいかないが、とりえず今はまだ黙っておきたい。
 違う誰かの家に遊びに行く事にしておこう。それが一番簡単に済む。その計画を立てた時、吉田の脳裏に過ぎたのは中学からの親友だった。
「と、とらちん!」
 成長するにつれて強面も育ってるような高橋を、吉田は呼びとめた。何だ? と高橋が振り返る。
「あの……実は。次の休み、とらちんと遊んでる事にしてもらいたいんだけど………」
 色々テンパってる吉田の説明はさっぱりだった。高橋が顔を顰めてはぁ?と言ってしまってもそれは仕方無かった。えと、あの、と吉田も一生懸命説明する。
(でも、やっぱり佐藤の事は伏せておきたい)
 ごめんね、と今は言えない謝罪を心で述べた。
「その……違う所に行くんだけど、その事母ちゃんに知られたくなくて、だからとらちんと遊んでる事にして貰えないかなーって……」
 さっきよりは中身の増えた吉田のセリフに、高橋もようやく事情が飲み込めた。真っすぐな性根の彼女にしては妙な頼みだが、逆にそれほどの事でもあるのだ。顔のせいでいらない偏見を買っても、吉田は普通に接してくれたし、その差別と一緒に戦ってくれた。出来る事は、勿論してやりたい。
「ああ、よくわかんねーけど、いいぜ。よーするにお袋さんから連絡来たら一緒に居るとか言っときゃいんだろ?」
「う、うん! ごめんね、ありがとう………」
「いいって事よ。まあ、どこに行くか知んねーが、気をつけろよな」
 高橋としては、普通に行く相手へ声をかけただけなのだが。
 吉田としては色々思う事が多すぎて、多少ひきつった顔で頷いた。


 当日着て行く服だが、思い切って普段着を着て行く事にした。普段着と言っても、外出用というのが前提だが。
 思えば佐藤の家族も居るのだ。あんまり気張った格好でいかにも家デートに来ました! という感じではあまりに恥ずかしい。出来れば「あらクラスメイトが遊びに来たのね」程度で済まして欲しい。出来るなら。頼むから!(←祈った)
 それによく考えてみれば、高橋と遊びに行くと言うのにあんまり可愛い服を着てしまっては、そこからバレる惧れがある。服選びは本当に慎重にいかなければならない。
(あんま野暮ったいのもダメだしなー)
 目指すのは可愛いと普通の丁度境にあるようなコーディネイト。しかし何かを参考にしようにも、室内には漫画の雑誌しかなかった。これからはティーン誌も買ってみよう……そう決め、とりあえず携帯のネットでそれっぽいサイトを探す吉田だった。
 とりあえず、柄の気に入ってるパーカーを着て行こう。ロゴの入ったTシャツはダサいかなぁ……
 吉田のコーディネイトがようやっときまったのは、夜もとっぷり更けてからだった。


 佐藤の家はマンションだった。入口からセキュリティが要るという厳重っぷりで、入口の前に佐藤が待っていてくれた。
 思えば、互いに私服時を見るのはこれが初めてだ。制服とは違うラフな格好の佐藤に、吉田は訳も無くドキドキしてしまう。
(凄いなぁ。何を着ても格好いいんだ)
 しかも私服のセンスも良いように思う。佐藤本人の魅力でそう思わせているのかもしれないが。今更、自分の出で立ちが気になってしまった吉田だ。
「吉田、ミニスカートとか履かないの?」
「ふぇ?」
 エスカレータ待ちの最中、ふと佐藤が口を開いた。
「足が綺麗だから、もっと見せるといいのに。……あぁ、でも俺の部屋、床に座る感じだから、中が見えちゃうか。坐ると」
「え……な、何………」
 今のはどういうつもりで言ったのか、と吉田は顔を赤らめてぐるぐるしていると、エレベーターが到着した。なんとなくうやむやにされたように、吉田は佐藤と共に乗り込んだ。


 玄関口に着いて、お茶を淹れてくるから先に行っててくれ、と佐藤に言われた通り、室内でちょこんと吉田は佐藤が来るのを待っている。その間、室内観察に事欠かない。まず目に入るのは、この広い部屋にある沢山の本達だ。本をたくさん読むから、頭がいいのかなぁ、等と思いつつ、顔をきょろきょろさせて見渡す。明らかに難しいような本もあるし、吉田も知ってる著者の本もある。後で読ませて貰うかなぁ、と思っていたら、佐藤がやって来た。マグカップを両手に携え「おまたせ」と言いながら佐藤がやってくる。
「ね、お姉さんは?」
 事前に佐藤の家族構成……というか生活環境は聞いていた。親元を離れて暮らしていた姉の部屋に学校が近いから、転がりこんでいるという。しかし、この家に佐藤と吉田以外の姿をまだ見ないので、怪訝に思った。
「ああ、出かけてるよ」
 居ない、と佐藤は言う。
「そっかー………」
 ちょっと見てみたかった気持ちもあるけど、会わずに済んだ安心もある。同じ女性の目として自分がどう映ってしまうのか、とても不安だ。しかも、佐藤の姉となると。
 佐藤の淹れてくれた紅茶を飲んで、ちょっと気を落ち着かせる。芳醇な香りが緊張した精神に心地良い。
「吉田」
 お茶の効能でまったりしていた吉田は、佐藤の声ではっとなる。そして、佐藤が自分の横に座っている事を初めてしまった。てっきり、対面に座ると思っていたのだが――
 この近い距離感に、吉田が危機を覚えるより早かった。佐藤が行動に移ったのは。
「ひゃ、わっ……あわわわッ!!………」
 じたばたと、逃げたかったのかそうでなかったのか、おそらく本人も解らないのではいだろうか。それほどまで、吉田は慌てふためいていた。まるで捕食される為に捕まったという自覚ある小動物みたいに。
 今の吉田の状態と言えば、胡坐かいた佐藤の足の上にちょんと横抱きで乗せられてしまった感じだ。実際の様子はさておき、吉田の感覚としては四方八方を佐藤に包まれてるような気分になっている。これは落ち着かない。
「!!?っひ、」
 ちょん、と頬に少し温かいものを感じ、その感触に驚いた後それがキスなのだと悟り再び戦いた。
「吉田………」
 自分の首元に吉田の頭が来るように抱き寄せ、佐藤は飢餓を訴える程に切望していた吉田の全てを堪能した。抱き心地や髪の感触。唇で触れた時の味や極至近距離で解る吉田個人の香り。望んで望んで、でもどうしようもなくて一時は諦めたものが全て自分の腕に収まる所にある。
(幸せ………v)
 そんな気持ちを抱くのは、佐藤はこの時が初めてかもしれなかった。
 いつだって、怯えていた。何かに、誰かに。相手の望む行動を取らないと、すぐにでも切り捨てられた揚句不当な扱いを浴びそうで。
 でも、吉田はそんな事はしないから。自分のままで居ても、唯一疎外しなかった吉田だから。もしかしたらこれから、身勝手な自分に愛想を付けて別に誰かを見つけてしまうかもしれないけど、今この時だけは、絶対に自分のものだ。
 多くは望まない。たった短い間でも、思い出が出来ればそれを糧に生きていけるのだから。その間の吉田の時間を奪ってしまう対価は、なんでもするから。
 身を寄せる吉田の鼓動が、どんどん早まってるのが抱きしめている腕で解る。意識してくれるのが、凄く嬉しい。
(うーん、いきなり最後まではしないけど………)
 決して他人には見せない素肌に触れる所まではいきたいな。佐藤が邪な企みを立ててる時、ふと吉田からの重みが増したように思えた。重みとは言っても、佐藤にとって吉田の体は羽のように軽いのだが。
 よく見てみれば、ガチガチに強張っていた身体から力が抜けている。とはいえ、これはリラックスしてるというよりも……
「……吉田?」
 身体の向きを変え、顔が見れるようにする。少し長めの髪をささっと分けてやる。
「……ふにゃ〜…………」
 すると、熱っぽい抱擁に容量オーバーを起こした吉田が目を回し、失神寸前になっていた。


 なんだか凄く気持ち良い。
 極上の毛布に包まれ、温かい空間でぬくぬくしてるような感じだ。とても心地良い。
 ああ、気持ちいい。これなら、すぐにでも寝ちゃいそう。
 ん? もしかして、寝てる?
「――――ッ!」
 ガバッ! と吉田は起き上がった。そして、身体にかかっていたものがパサリと落ちる。毛布にくるまれてるみたい、と思ってたら、本当に毛布が掛った状態だった。しかも、とてもふわふわして軽くて温かい。これが毛布というなら、いつも自分が使っているアレはなんだろいうのだ、というようなのが。
「!?!?!」
 寝起き直後で脳内の情報が激しく交錯している。それに区切りをつけさせたのは、佐藤の声だった。
「ああ、起きたか」
「!!!」
 ベッドの上で、吉田はぴょんと跳ねあがったようだった。
 吉田の寝ているベッドに背を凭れ、佐藤は読書をしていた。
「さ、佐藤………」
 読みかけた本に栞を挟み、傍らに置いてベッドサイドに腰掛ける佐藤。
「あ、ああ、あの、ね、ね、寝ちゃって………??」
 そりゃ確かに知らず夜更かししてしまって、寝るのが遅くなったとはいえ、そんな意識が途切れる睡魔に見舞われたというのだろうか。ちょっと前の自分の状態が思いだせない。
「ちょっと抱きしめ過ぎちゃったかな……」
 小さく笑って告げる佐藤の言葉に、吉田はようやく思い出せた。佐藤に抱きしめられ、体温とか匂いとかを思いっきり感じてしまった吉田はもうそれだけで一杯になってしまって、等々意識を保てる限界を越えてしまったのだ。改めて顔を赤らめる。
(恥ずかしい……)
 思いっきり馬鹿にされると思いきや、佐藤はとびきり優しい顔で自分の頭を撫でている。いっそいつもみたいに揶揄を飛ばしてくれた方が、余程マシだったかもしれない。でも、撫でる手の感触は心地よかった。毛布にくるまれてる時より、ずっと。
 ふ、と佐藤の近くなった気配を感じた。俯いていた顔を上げると、佐藤の顔がそこにあった。ドキ、と心臓が撥ねる。
 吉田と目が合ったのを確認した後、佐藤はその顔中にキスを降らせた。頬に額に……唇に。
 いずれも、小鳥がつばむような軽いものだ。触れたというより、当てたと言った方がいいかもしれない。
 これじゃ足りないのだ、と佐藤の内に居るものが声を上げる。
「ね、吉田」
「………?」
 こんな戯れのような口づけで、すでに吉田の目元は赤く、そして双眸は潤んでいる。その表情にこのまま押し倒して全てを拓いてしまいたい欲求にかられるが、そこはぐっと堪える。
「もっとキスしていい……?」
「へ、ぇ?………んっ……!」
 尋ねるような口調だったくせに、吉田の返事も待たず佐藤は口づけた。まずはその小さい唇を味わうようにまんべんなく自分のを押しあて、そして。
「!!!」
(はわわわ、し、舌がっ………!)
 唇に触れた舌の感触に、吉田の身体が大きく戦慄く。逃がすまいと、シーツの上にある吉田の手を佐藤がぎゅう、と掴む。
 最初はそれに固まった吉田だが、何度も何度も佐藤の舌が唇を撫でるから、背中にぞくぞくとした痺れのようなものが走ってくる。その感じに耐えるよう、ふと呼気を漏らした瞬間、その隙間にするりと佐藤の舌が入り込んだ。驚き過ぎて、今度は撥ねる事も無かった。
 吉田の舌は唇と同様、小さくて可愛くて、なんだか甘い味もするように思う。なんだか、本当に吉田を食べてるような感じだ。
 食べる、と言えば、あの眉間に皺を寄せてしまう悪癖は今出てるのだろうか。いやきっと、蕩ける様な表情を浮かべ、吉田を味わってるに違いない。今までのどの食物より、吉田は美味で、極上だから。
 吉田とは舌同士を絡ませる嫌悪感が微塵も湧いてこない。前に、抱いた女性の誰かがこの行為をしつこく迫って来たが、少ししただけで佐藤は早々に気分が悪くなった。何とかその場は、後腐れもなく逃れる事は出来たけど。
 今は自分の気持ちに手一杯の吉田も、その内相手の――この場合佐藤の恋愛遍歴を気にしたりするのだろう。佐藤だってそうなのだから。もしかしたら、別れを切り出されるかもしれない大きな爆弾だ。爆発してしまう目に、もっと吉田に触れておこう。
 そんな心づもりで居る佐藤を相手にしている吉田は、堪ったもんじゃなかった。まだ恋愛に対してビギナーであるというのに、こんな貪るような激しい口付けを受けて、まだ正気を保っているのが奇跡なくらいだ。少しでも気を落ち着かせようとしても、口内でうごめく佐藤の舌がどうしても気になる。
(あ……な、なんか………)
 頭がぼーっとして、意識が違う所に行ってしまいそうな感覚が襲う。行く場所が解らない所へ向かうのは怖い。素直な恐怖に、吉田は掴まれては無い方の手で、佐藤の腕をぎゅっと握った。
 そんな吉田の心情を察したのか、佐藤は吉田の後ろ頭に手を当て、抱え込むように抱きしめた。さっきより、余程密着の激しい抱擁だが、どうしてか吉田はこの時はむしろ安堵していた。
 こんなにキツく抱きしめて貰ってるなら、どこへ行こうとしても、佐藤が捕まえて居てくれるから、大丈夫。
 殆ど霞のかかったようなぼんやりとした意識の中、この時は佐藤だけが吉田の全てだった。


 時間の流れを自分で操れないのをこれほど口惜しいと思った時は無い。
 吉田の為だったら宇宙の真理にさえ挑もうと言う佐藤は、見送りの為玄関口へを赴いていた。勿論、誰の見送りかと言えば吉田のだ。
 気づけばすっかり日も暮れ、帰らなければならない時間になっていた。
(うぅ、足がフラフラする…………)
 滞在していた全ての時間という訳ではないが、それでもかなり頻繁にキスを交わした。それこそ、今まで出来なかったツケをまとめて払ったかのような。
 初めの長く激しい口付けの後、もろに腰の砕けは吉田は本当に立つ事が出来なかった。読む本にそういう描写が出てくる時もあるが、まさか自分がそんな目に遭うとは。人生何が起こるか解らないとはこの事か。
「吉田、送っていかなくて本当に大丈夫?」
 心底気遣うような声で、佐藤は訊く。歩けなくなった吉田を見て、帰りは自分が自転車で送って行こう、と決めたのだ当人が猛然と拒んだ。曰く、うっかり母親とかに見られたら死ぬほど恥ずかしいから、だそうだ。見られてもいいのに、とは佐藤の意見だ。
「だ、大丈夫だって! もう結構しっかり歩けるし!」
 頑張れば、とこっそり注釈を胸中で加えるずるい吉田だった。
「あの………」
 吉田は、言う。帰る前、どうしても伝えなければ、と思う事があるからだ。
「……その、やっぱり、学校で2人きりで居る所とか、見られるのは……あんまり………」
 きっと、佐藤は寂しい顔をしてるだろうか。直視する勇気が無くて、吉田の視界は地面に移る。
「でも……嫌いじゃない……から」
 むしろ好きだ。好きすぎて、どうすればいいのか解らなくなっている。
「うん、解ってる」
 自分勝手な意見に、佐藤は優しい声で理解してくれた。吉田の胸の中に、じんわりと温かいものが広がる。
「ちょっと、屈んで?」
 ちょいちょいと手招きをして、吉田は佐藤の顔を引き寄せる。言われるままに寄せてきた佐藤の顔に、吉田は――
 ――ちゅっv
 この日、吉田が見た最後の佐藤は、触れるだけのキスにちょっと驚いた顔をした佐藤だった。
「じゃ、じゃあね! バイバイ!」
 後はもう恥ずかしくて、居た堪れなくて吉田はダッシュで岐路を辿った。図らずとも他に気を取られた為、調子がいまいちだった足もフルに活躍出来るようになった。その分、吉田は自分の部屋に着くなりそうそう、へたり込んでしまったけど。
 一方、佐藤はまた時の流れに腹を立てていた。
 もっと早く流れて月曜になって、早く吉田と会わせろ――と。



<END