恋活に常に邁進している牧村は、ある種リア充と呼べるものかもしれなかった。まあ、成就した試しが無いので、充実はしていても成果や功績はさっぱり無いのだが。
 そんな訳で今日も牧村はクラスの女子を映画に誘い――即座に断られていた。スピードとボリュームのある拳付きで。
「あーあ……大丈夫?」
 そんな牧村の様子を窺ったのは、吉田だった。初めの頃はいちいち心配もしたけれど、あまりに立ち直りが早いしそれ以上に懲りないので、そんな懸念は早々に放棄した。
「うっ……うぅ……吉田ぁ……でも、俺は負けないぜ……いつの日か、彼女を作ってデートするその時をな……!」
「……なんか、最終戦で倒れたラスボスっぽいよ。セリフが」
 吉田がぽつりと控えめに突っ込んだ。まあ、見た目的でレベルを決めてしまうなら、牧村なんて村から一歩出た時に遭遇するモンスターみたいなものだと思うけども。ドラクエで言う所のスライムだ。ベスでもなければメタルでも無く、そしてキングでも無いごく普通の。
 声をかけた相手の女子が、なんでラクガキなんかと映画なんて!と憤っていた。
 そこまで怒る事ないのにな〜、と思いつつ、その激怒の裏側には佐藤への想いがあるからなのかと、吉田はちょっと考えてしまう。佐藤に恋人が出来たという噂を聴いて、変わらずキャーキャー言ってる子も居たけど、一時期立ちあがれない程打ちのめされていた子達は、佐藤をつまりそういう対象で見ていた訳で。
「…………」
 抱えないようにしたいけども、やっぱりこんな時、ふと気にしてしまう。それを振り切るように、牧村を起こす手助けをした。
「ほら牧村。しっかり」
「吉田……お前だけは覚えていてくれよな……俺という男が、最後まで戦い抜いた事を……!」
 しっかりと言われた傍からしっかり出来ていない牧村だった。
 そんな光景を見ていて、一人がふと口を開いた。
「――っていうかさ。吉田を誘えば良いんじゃないの?」
「え?」
 上半身を支えていた吉田が、その声と一緒に手を離したので、牧村は再び床に激突した。ゴチン!と。
「そうよね。結構仲良いし。吉田、ボランティアのつもりで付き合ってあげなよ」
「なんだかんだで、優しくはしてくれそうだしね」
 だったらその発言をした子が付き合えばいいのに、と思うだろうが、自分の事と他人への推薦となるとまた別なのだった。
 吉田は内心大いに焦った。皆には思いっきり秘密だけど、自分にはもう付き合っている人がいる。しかもその相手は、佐藤なのだから!
 うっかり牧村が、現在湧き起こった声に同調して「じゃあ、吉田、俺と……」なんて事を言いだしたら、きっと明日から牧村の姿はこの教室に無い。絶対に無い。
(う、うわぁぁぁ〜〜〜、どどど、どうすれば!!)
 幸い、今は佐藤は図書室にでも言っているのか、この渦中の現場には居ない。とは言え、いずれは戻って来る。まさか自分の命のカウントダウンが始まっているとは思わない牧村は、とりあえず立ちあがるまでに回復し、女子の声をとりあえず聞いていた。
「早速、一緒に映画でも見にったら?」
 そうよ、それがいいわよ〜、なんて声が上がる。きっと彼女達自身も気づいてはいまい。そのイノセントな発言が、一人の此処に居る男子を死の道へ確実に向かわせている事なんて!
 どうしよう!と吉田は本格的に焦った。軽いパニックを併発してしまい、考えがうまくまとまらない。
(好きな人がいるって言っておこうかな……ああああ、でも、誰だって聞かれたらどうしよう……!)
 この女子達の強烈な質問攻めに耐えきれる自信は、はっきり言って皆無だった。
 どうしよう、どうしよう、とすっかり動揺してしまった吉田の背筋に、突如強烈な悪寒が走った。
「!!!!!!!」
 居る!佐藤が!どっかから、この様子を見ている!!!
「まあ、本当に付き合えなんて酷な事は言わないけど、一回くらいデートしてやれば牧村も……
 って、吉田。何をキョロキョロしてるの?」
「え、えっと、ううう………」
 確実に居る筈の佐藤が居ない。ある意味、姿が見えるよりも恐怖だ。まあ、確認したらしたらでまた怖いけども。
 こうなってしまっては、仕方ない。人の命には代えられないと、吉田は好きな人がいるから、と断ろうと口を開いた。
 が、しかし、その前に。
「いやー、吉田は誘わねえよ」
 牧村が、至っていつもの調子でへろっと言った。その、力の無さっぷりが、逆に発言に真実味を齎している。
 当の吉田は、せっかく決死の覚悟で断ろうとした所を、先に言われてしまい、ちょっときょとんとしていたが、周囲の女子から何故が猛然な抗議が湧き起こった。
「ちょっと!何、アンタが断ってんのよ!」
「そんな事が言える立場!?」
「吉田……牧村にフラれるなんて……可哀そう過ぎる……!!」
 ついに誰かが同情して涙し始めた。
 別にフラてないと思うけど。反論の仕方が解らない吉田は、黙っておいた。多分、賢い選択だったと思う。
「――おい、牧村に吉田。先生が呼んでたけど」
 突如、女子では無い声の参入に、吉田の肩と言わず身体がビクー!と撥ねた。その声の主は、佐藤だったから!
 佐藤が現れた事により、女子の態度はころっと変わる。リバーシブルの服よりも劇的な様変わりだ。
 教室には入らず、扉口でそう言い、2人を連れ出す事に佐藤は成功した。女子達も上手にかわして。
「助かったぜ〜。佐藤」
 オチケンに向かいつつある廊下で、佐藤の意図を察した牧村がまず礼を言った。勿論、牧村も吉田も、教師から呼ばれる覚えなんてちっともない。ただ、あの場から逃れる為の口上なのだ。どういう訳か(本当にどういう訳か)クラスの女子は「佐藤君が嘘なんか付く筈ない!」というスタンスなので、微塵も疑われなかった。ああ良かった……と、ちょっと思えない複雑な吉田だった。
 まあ、それはさておいて、佐藤にもちゃんとあの混沌とした場から牧村を助けてやろう、という救済の心があった事に喜ぼう。
「ところで、牧村」
 吉田が前向きに捉えていると、佐藤が牧村へ言う。
「なんで、吉田を誘わないんだ? 吉田って、お前の好みからズレてるって事か? 可愛くないって事か? そうなのか?」
「! さささ、佐藤………ッッ!!!」
 吉田は、ここでようやく佐藤の真意が掴めた。牧村を助けたのは、こうして観衆の目の無い場所でとことん追求する為だったのだ!悲劇が始まったと言って良い。
 なんとか宥めようとしたが、佐藤を呼びとめた時点で「吉田はちょっと黙ってろv」とばかりの良い笑顔を向けられ、何も言えなくなってしまった。ごめん。牧村。吉田はひっそりと謝罪した。
 佐藤が、その至って普通の表情の裏で、着実に殺意を膨らませている事に気づかない牧村は、んー?と軽く首を傾げた。ここで何故佐藤に、執拗と言えるくらい問い質されるのか違和感を覚えたのだろう。
 最も、佐藤は吉田が好きで吉田と付き合っている、という構図の上では大変解りやすい。あの場で吉田をホイホイ誘っていたらその場で瞬殺だが、しかしながらあっさり断られるとそれはそれでまた吉田に懸想する者としては許されざる態度なのだ。
 返答如何によっては命の灯火が消し飛びかねない牧村が、佐藤の質問に答えるべく言う。
「だってそりゃー、吉田はもう好きな人が居るもんよ」
 生きている牧村を見るのは今日が最後かもしれない、とそっと追悼の念を募らせていた吉田は、思わぬ牧村の意見に「へっ?」と目を見張った。佐藤も、同じような表情を取っている。
 そう言えば、佐藤に告白された直後、そんな指摘を食らって思いっきり否定した事もあった。吉田は、思い出す。
「さすがに、別の誰かに恋してる子を誘う訳にゃ行かないだろー」
 至極まっとうな意見だ。しかし、ちょっと物言いが。
「で、でも……さっき誘った子だって、その、佐藤を……」
 佐藤の本命報道の後、屍化していた子でもあった。佐藤を恋人対象として見ていたのだ。吉田は、横の佐藤を気にしながら言った。ちらちらと窺う佐藤は、全く何ともない事のように聞き逃していた。こういう時の佐藤は、中身が読めなくて困る。解りやすい時も、たまにあるけれど。
「だって佐藤なんてどう見てもハードル高すぎじゃん。ずっと手の届かない相手より、俺の方が気楽に付き合えるんじゃないか〜って思ってくれるかもしれないだろ?」
 そ、そうかな〜?と賛同しかねるの吉田と牧村と、一般的な感覚から外れているのは果たしてどっとか。
「それに、吉田とは友達だからな。友達としてのの仲の良さと恋愛の仲の良さが違うって事くらい、弁えないとな」
 牧村はちゃんと解っているのだ。吉田が気軽に声をかけたり、女子にビンタ食らって伸びているのを助け起こしてくれるのは、吉田にとって牧村が友達だからだ。しかし相手がそれを解ってるかどうかはまた別の話なので、佐藤は何気にヤキモキしていた。
 そう言えば、と吉田は思う。秋本の幼馴染である洋子は、とても可愛らしい。しかし、牧村が彼女をデートに誘う事は無かった。一見手当たり次第のように見える牧村だが、分別するべき所はきっちり弁えているようだ。
 秋本に対し「付き合っちゃえよ!バカ!」なんて乱暴な激励を飛ばすように、吉田の恋も、それとなく見守っていたようだ。
「なんか、ややこしい事情でもあるのか悩んでるみたいだけど、上手くいくといいな」
 中々本質にズバっと切り込んだセリフに、吉田は曖昧な表情でしか返せなかった。人間、あまりに核心を突かれると無反応で居るしかない。どっちが先に恋人出来るか、競争だぜ!と顔の割に(←失礼)爽やかな事を吉田に言う牧村だった。
「……いいヤツだな、あいつ」
 牧村と分かれ、2人きりになった時、佐藤が誰ともなく呟く様に言った。
「うん」
 吉田も頷く。佐藤は、続けて言った。
「なんで彼女が出来ないんだろうな」
「……それを言ったら……」
 おしまいだよ、と言ったら本当におしまいのような気がして、吉田は口を噤むしか無かった。
「まあ、今は周りが厳しい状態かもしれないけど、良いヤツなのは確かなんだから、この先それを認めてくれるいい人が出てくるだろ」
「うん、そうだね」
 吉田は、一日でも早くその日が訪れるよう思いながら、にっこり笑って頷く。
「今はラクガキ野郎とか言われちゃってるけど、牧村は良いヤツだしな」
「そうそう。いくら周りが違うと言っても、それでも地球は回ってたんだし」
「地動説レベルの事なの!? あ!っていうか、そもそも周りが厳しいのは佐藤が………!!」
 今更のように吉田が突っ込みを入れる。ギャーギャー喚く吉田を、佐藤は楽しそうに眺める。
 その後も、早く牧村に良い人が見つかりますように、という吉田の祈りも虚しく、誘っては断れる牧村の日々が続くのだが、1つ変わった事として、吉田と牧村が話す時、牧村に対しての佐藤の表情から険しさが無くなった事は、上げられる。



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