世の中には、胸の大きさが左右が違う事で悩む女子は多いのだという。
 贅沢な悩みだ、と吉田には思わざるを得ない。なにせ吉田には、差が生じる程の大きさが元から無いのだから。
 噂では、背中の肉も胸に回して谷間をつくる事が出来るらしいが、自分はその方法を取っても拝めないかもしれない、とすら吉田は考えている。吉田にとって、あまりに重大な問題だった。
 しかし。
「別にいいじゃん」
 と、この深刻な吉田の悩みを、あっけらかんとした声で一蹴したのは佐藤である。
「何度も言うけど、吉田の胸、俺は好きだよ。柔らかくて可愛いしv」
「そっ、そそそ!そんな事言うなバカッ!!」
 あまりに率直過ぎる佐藤のセリフに、吉田は真っ赤になった。
 元気付けようと思ったのにぃ〜、と殊更押しつけがましく良い、楽しそうな意地悪な笑みを佐藤は浮かべている。
 夏から冬に移り代わり、厚手の服を来た所、さっぱり膨らみが隠されてしまう自分の胸に、吉田は何度か解らないコンプレックスに苛まれていたのだった。最も、生地が薄くなる事で身体の線が解りやすくなる夏もまた、同じように悩んでいる訳だが。
 しかし佐藤にしてみれば、何を苛み、悩む必要があるのかと思う。だって、唯一の恋人である自分がそれでいいと言っているのに。
「そりゃまあー、世間では大きい方がいいみたいな風潮があるけど、それはあくまで観賞用で好きな人とはまた別なんだって。
 ていうか好きな人には、そういう事あまり気にしないもんだよ」
「……う〜……でも………」
 吉田だって、頭の中ではそれくらい解っている筈なのだ。
 だけど。それでも。
「でも、さ、佐藤だって、自分の、その、ア、ア、ア、アレ、とか……が、他人より小さかったら、悩んだり、気にしたりしないって言える!?」
 アレとはつまり、まあ、ナニというかソレというか。
 顔どころか、吉田は首元までいっそ可哀そうなくらい、真っ赤だった。目が潤んでるし。
 佐藤は、ぽりぽりと頭を掻いて。
「……そういう言い方されたら、まあ、気にするとしか答えようがないけど」
 しかし何ていう例えを出すんだ、とさすがの佐藤も少々戦いた。それだけ、なりふり構っていないという事だろうか。
 ほらやっぱり!と咎めるような吉田の表情だが、佐藤は然程でもない。
「でも、俺は吉田が気にしないって言えば、それでいいかな、って思えるけどなー。
 ……それでも、吉田、俺のじゃ不満あるの?」
「――――ッッッッ!!!!!」
 今、吉田の頭上にヤカンを乗せたら確実に瞬沸しそうなくらいだった。
 あ、満足してくれてるんだv と言うと、ますます顔を赤らめ、仕舞には顔をくしゃりと歪めさせた。しまった、やり過ぎたか、と佐藤はちょっと後悔する。
「そう……いうのじゃっ……ない……けどっ!き、気になっ……ちゃうのは、気になる……もんっ!!!!」
 羞恥に喉を詰まらせながらも、吉田は訴えた。言いきった所で、何かがぷっつりと切れたのか、涙腺も緩んでぽろぽろと涙を零し始めた。さっきから溜まっていたものが、決壊して溢れ出た。
「なんだ、よぅ……!いつも……バカにしてっ……からかっ……って……!!」
 こっちは本気で悩んでいるのに、と吉田はついに、ぐすっぐすっ、と嗚咽を上げ、目を擦り始めた。
 吉田の真っ赤な顔が可愛くて、潤む目がもっと見たくて、つい意地悪を言ってしまったが、昨日今日で直るようなものではない身体的なコンプレックスを責めるのは、確かにあまり良くなかったようだ。例えその主旨や目的が違っていたとしても、やっている事は昔、肥満体形を揶揄してきた苛めっ子達となんら変わらない。それらから助けてくれたのは、他でも無い吉田なのに。
「ごめん。ごめんって。バカにした訳でもないし、からかった訳でもないよ」
 ただ単純に苛めるのが面白くて、という本音はここでは隠しておく。
「ただ、何て言うかさ。俺は吉田の事、凄く好きでとても可愛いって思ってて、それなのに吉田が何だか自分の事、可愛くないってみたいに言うから……例え吉田本人でも、吉田の事可愛くないなんて言うの聞くと、俺も何かイライラしちゃって」
「……………」
 吉田は無言だったけども、それは拒絶では無かった。膝の上に抱き寄せた時、何も抵抗しなかったのがそう言っている。
「胸がどうとか、関係無いよ。俺は吉田の事が好きだから、吉田の全部が可愛くて、大好きだよ」
 膝の上に乗せた吉田の頭に、そっと頬を寄せて佐藤は呟いた。祈りでも捧げるように、大切に。
 ふっ、と吉田が微笑んだのが、顔を見ないでも佐藤は解った。吊られて、口元を佐藤も緩ます。
 苛めっ子体質でSっ気もあるけれど、やっぱり好きな人の笑った所を見るのは好きだ。幸せな気持ちになれる。
 涙が少し残る目を瞬かせて、吉田は言った。
「えへへ……佐藤、ウチの父ちゃんみたいな事言ってる」
「………………………………………………………………………………」
 身を寄せている佐藤の身体がやや強張ったのを、残念ながら吉田は気付けなかった。
(父ちゃん……って……)
 折角和解で来たと思ったのに、吉田が思うのは父親の事か。別の男か。
 ふつふつと、佐藤の中のサディスティックな面が濃くなっていく。やはり吉田は気付かずに、セリフを続けていた。
「でもさー、父ちゃんてば、言い方が不味くって、その後母ちゃんに殴り飛ばされて……うわっ!」
 その時の事を思い出すように、吉田は言っていたが、急に身体が浮いたのに声が途切れる。
 気付けばベッドの上に仰向けになっていて、佐藤が覗きこんでいる。凄く優しい笑みなのに、凄く抗えない迫力に満ちているのは何故だろうか。
「さ、佐藤?」
「吉田ー。そんなに胸を大きくしたいなら、協力してあげるv」
「えっ、な、何……ひゃ、やぁぁぁッ!!!」
 ぐいぃぃっ!とトレーナーの裾をたくし上げられ、胸部がすっかり露わになる。室内は快適な温度に保たれているとは言え、非常に胸がスースーする。が、しかし、途端に熱いもので先端が包まれた。もう片方も、少し痛みを感じる程に抓られる。
「い、いきなりなんなの……!やだっ、そんな、引っ張っちゃ、ヤぁ……!!」
 きゅうぅ、とひと際強く抓れた事で、吉田の背が浮き上がる程撓る。最初こそ、慣れない行為に触られるだけで痛がったものだが、今では少し刺激――痛みがあるくらいが感じるようになってしまった。それなのに、胸の大きさが相変わらずで、吉田はそこが凄く恥ずかしいのだった。
「胸に刺激与えたら、おっきくなるって言うだろv」
 以前笑みを浮かばせたまま、吉田の胸を弄りながら佐藤が言う。
「え、で、でも、それって迷信って……」
 実際、胸を刺激される度に大きくなっていたとしたら、今頃吉田は巨乳になっていないとつじつまが合わないと思う。
「そうかもしれないけど。でも迷信とは言え、そうややって伝えられているって事は、そこに何らかの真実が含まれてるかもしれないし」
「な……なんかもっともらしいけど、凄い適当っぽい!!」
 吉田は、理屈には弱いが、勘は強かった。
「まあいいや。さっきから胸の話しばっかりしてたから、触りたくてしょうがない」
「え―――ッ!!ちょっと、何それ――――!!!」
 その絶叫を最後に、吉田の口からは甘い声しか出なくなり、しかも佐藤の満足するまで胸のみを弄られ、いつも以上にくたくたになってしまった吉田だった。
 おそらく、吉田は気付いてない。その顔は、生き写しのように母親にであるが、うっかりした失言で相手の神経を逆なでしてしまう所は、父親にまるでそっくりだという事を。




<おわりv>