最近、吉田達が住んでいる付近は少し物騒だった。何者か、不審者が催涙スプレーのようなものを、主に女性にターゲットを絞って無差別に振りかけていくのだ。実質的な被害としては、せいぜい数時間眼が痛くなる程ではあるが、これはれっきとした傷害事件でもある。それに、今後エスカレートしないとも言えない事態だった。
 主な犯行時刻は、日付が変わろうかという深夜ではあるが、勿論注意にこした事は無い。最初の被害が先月頭。最新のは4日前で、教師間で漂う空気はどこか張り詰めていた。以前は、下校時に校門で教師が立つ事はなかったが、今は見張り番よろしく周囲を警戒している。この近辺の学校にて、これと同じ光景が繰り広げられているのだろう。早く解決するなり、鎮静化するのを願うばかりだ。
「吉田、ハイ、これ」
 と、手渡されたのは、何だかどこかで見た覚えがあるような、無いような代物だった。
「何、コレ?」
「スタンガン」
「……スッ……!スタンガンって、あの、電気入れたらバチバチー!ってなるヤツ!?」
 うん、そう。と佐藤は素直に頷いた。その佐藤へ、吉田は手渡されたばかりのスタンガンをぐいぐいと戻す。
「なんでそんな危ないの渡すんだよー!? いらない! 返す!!」
「なんでって……さっきの帰りでも言われただろ。ここ最近、性質の悪い悪戯の被害が出てるって」
 まるで食べている時のように、しかしそれ以上に壮絶に顔を歪めて佐藤が言う。一瞬きょとんとしてしまった吉田だが、自分を心配してくれたのだと、ようやく解った。
「あー、うん……でも、出るのって深夜だし、狙われるのも大人の女の人だろ?」
 そんな遅くに出歩かないし、大人でもないから大丈夫、と吉田は言うが、佐藤は解ってない、と嘆息するしかない。
 この手の軽犯罪で怖いのが、模倣犯の出現である。どちらかと言えば、「面白そうだから俺もしてやろー!」というより、「俺の分も真犯人が負えばいいや」という考えになるのが厄介なのだ。そんなゴキブリのように繁殖した輩の1人が、吉田に早速今日の帰り際から現れないとも限らない。
 そう佐藤が諭すも、吉田は「気にし過ぎだって」とさほど深刻には受け取らない。
「そんなの一々気にしてたら、外も歩けないじゃん。大丈夫だって!空手はもう道場行ってないけど、ちょっとは覚えてるし」
 えっへん、と少し得意そうに言う吉田だが、生憎佐藤は賛同しかねる。通りすがりの人に催涙スプレーを浴びせるという、卑劣な真似をする相手が、道場の稽古のように正面から向かって来るとはとても思えないからだ。
 とは言え、ここであまりくどくど言っても吉田にウザがられてれしまうかもしれない。当面の安全より、そっちの方に危機感を覚えた佐藤はとりあえずこの話題については、今日はこれで留めておく事にした。被害が出た地域も、近くと言えば近くだが、決して近所でも無い。まあ……そうであっても、先述した模倣犯には当てはまらない事だが。
(いっそ、囮でもしてみるか……?)
 佐藤は思ってみたが、しかし狙われるのは、明らかに非力さを念頭とした対象ばかり。平均を上回る背丈の自分に、狙いを定めるとはとても思えない。囮は諦めた方が良さそうだ。
(まあ、いざって時には手段は選ばないけどな)
 何処にとも居るとも知れない犯人に牽制するように、佐藤は胸中で呟いた。


 あの後、この悪質な愉快犯の被害は出る事も無く、教師の口から出る下校時の注意も別の項目へと刷り代わって行った。事件の記憶は、積み重なる膨大な情報の渦に消えようとしていた。
「あれ」
 と、冷蔵庫からソースを取りだした吉田は、その中がほぼ空であるのに気付いた。
「かーちゃん!ソース無いよー!」
 新しいの無い?という声の元、戸棚をごそごそと漁る音がする。
「あらやだ、買い忘れてたみたい」
「えー。トンカツなのににソースが無いのはヤだよー」
 唇を尖らせてブーイングをする吉田だ。ソースをかけないトンカツなんて、文字通り味気ないではないか!それはあたかも、醤油をかけないサンマの如し!!……わざわざ例え直す必要のない例えかもしれない。
 ソースが欠かせないのは、母親も同じだった。
「じゃあ、ちょっと買って来て」
 現在カツを揚げている最中で、手を離す事無く言う。吉田もその状況は解って居るから、すでに買いに行く体制に入って居る。いってきまーす、と声を上げ、外に出る。
「わー、もう、暗いなぁー」
 誰ともなく吉田が言う。ちょっと前のこの時間は、まだかろうじてとは言え、太陽の光があったというのに。スーパーは近くなので、歩いて行く。ぶっちゃけ自転車を出すのが面倒なのだ。
 スーパーに付き、お菓子を買いたい欲求に幾度か負けそうになったが、母親の怒りの形相を思い浮かべて我慢した。自分の小遣いならともかく、今持っているのは家計なのだから。
 そして無事に任務を果たし、自動ドアを潜りやや歩いた所で――
 人と、ぶつかった。
「わぎゃッ!!」
 相手は突進という程走っていたので、吉田の小さい体躯は全くの不意打ちであった事もあり、弾かれるように飛ばされた。ぶつかった衝撃は、相手にも齎していた。それまでの勢いが消え、転倒しそうになるのを踏みとどまる事で免れようとしていた。
「もー!何すんだよ!!」
 いきなりぶつかった吉田は、当然の権利として怒鳴った。どう見ても、原因は前後不覚になるほど猛然と走って来た相手にある。そりゃ確かに、自分も左右の確認を怠ったけども、あれほどの勢いで走る人が居るなんて想像しないだろう。普通。
 そして、そんな傍迷惑な疾走で吉田にぶつかった相手と言えば――なんか、やたら黒かった。これから季節は寒さを孕む一方とは言え、まだ夏の名残りが微かに残るこの時期、そんないでたちは少し暑いんじゃないだろうか、と吉田は思った。黒いズボンに黒い服。あるいは、揃いのジャージか何かかもしれない。そして、極めつけのように黒いニット帽。そんな帽子を被るには、まだ早すぎる。
 この人、すんごい寒がりなのかな、としげしげ見ていると、相手の男――20歳そこそこだろうか、は、何故か悪態のように舌打ちをして、謝りもせず去って行った。ぶつかった時と同じような勢いで。
「あっ!コラ――――!!」
 謝って行けというのと、そんな調子ではまた誰かにぶつかるという意味を込めて吉田は怒鳴った。しかし吉田の叫びも虚しく、あっという間に男の姿は消えて行く。
 なんなんだよもう!と些細な不幸にささくれ立った吉田ではあるが、夕食のトンカツをペロリとたいらげた所で、もうどうでも良くなったのだった。


 次の日――
 朝礼で、担任が言いだす前から早々、クラス内ではその話題で少しばかり騒然していた。むしろ、登校中からもその話はちらほら聴こえていた。吉田がそれをネタとして会話をしたのは、登校中に一緒になった井上からだった。
「ねえ、ヨシヨシ。知ってる?ちょっと前に、スプレーかけていく変質者が出たでしょ。あれ、また出たんだって。しかも昨日」
「えっ!昨日!?」
 自分がトンカツにソースが無いというピンチに遭っている時、余所ではそんな事件が起きていたとは!
 しかし、驚くのはこれからだった。
「それでね、今度のは結構この辺に近いのよ。多分、ヨシヨシの家の方が近いんだと思うけど……」
 と、井上が口頭で伝えた場所は、確かに吉田が脳内イメージがすぐに思い浮かぶような、そんな馴染みの場所だった。頻繁に通るという程でも無いが、近いのも確か。
「うーん、でもパトカーの音は無かったような……?」
 思い出せるのはトンカツが美味しかった事と、テレビのバラエティで大笑いした事と、佐藤のメールのやり取りをした事くらいだった。佐藤のメールは、絵文字もないのにやけに甘ったるい……なんて、思ってる時では無くて。吉田はふやけそうな表情を正した。
「ああ、それはね。被害に遭った人、警察には電話しないでまず友達にかけたんだって。物が盗られたとかいうのでもないから、すぐに警察に駆け込むのが気が引けたみたい。で、とりあえず友達の迎えで無事に家に帰って、家族や友達と話しあって、そこで警察へ連絡したって訳」
 へー!と、吉田は思わず感嘆の声をあげてしまった。何故って。
「井上さん、よく知ってんね!」
「まあ、ここに来るまでに色んな人が話してたから」
 自分の近辺で起きた傷害事件だというのに、ピントがずれているような返答に、井上も苦笑するしかない。そう話している内に、高橋と合流する。彼女も、すでに井上ほどはないが、昨日起きた一件は知っていた。吉田の家から近い事も。
「ヨシヨシ、暫くは学校から帰ってもあんま出ない方がいいぞ。どうしても外出する用があんなら、すぐに呼べよ」
 真顔で言う高橋に、吉田もちょっと困ってしまう。
「だから、平気だってば!もう、とらちんも心配性なんだから……」
「……?”も”?」
「あ、いや、こっちの話。こっちの話」
 うっかり佐藤の存在を明かしそうになり、吉田は慌てて誤魔化した。
「そうね……でも、私も注意はしておいた方がいいと思うな」
 ちょっと笑みを浮かべながら、和やかといって良い2人のかけ合いを見守っていた井上も、ちょっと口を挟む。井上さんまで!と吉田はちょっと剥れる。
(佐藤といい、とらちんといい……そんなに頼り無さそうに見えるかなぁ?)
 確かに、身長は低いし、全体的に細っこいし、未だ小学生と思われるけども。……自分で思ってみて、ちょっと落ち込む吉田だった。
「これまでのはさ、深夜だったけど、昨日はちょっと早い時間だったから。被害に遭ったのも、別の高校の子でね」
「え。そうなんだ」
 声を上げた吉田と一緒に、高橋も表情で驚いた。
 ちょっと前に騒がした催涙スプレー魔は、深夜、大人の女性を狙った物がその特徴だった。まあ、大人と言う括りになったのは、時間帯と場所の都合だと思うが。
 これは、佐藤が以前言っていた模倣犯の類なのかも。それを2人に言ってみると、「へえー!ヨシヨシ、鋭いねー!」と思わぬ称賛を貰ってしまった。貰うべきは佐藤であるというのに。
「そっかぁー……確かに、同じ人だって限らないもんね。ヤだな、増えないといいけど……」
「全く卑怯っていうか、どうしようもないよな!見つけたら、殴ってやる!」
 ある種、対称な反応を見せた2人だった。なんだか、ちょっと可笑しく思えた吉田だった。
「早い時間って、どのくらいだったの?」
 ちょっとそこが気になり、吉田は井上に尋ねてみる。
「えーっとね、7時前くらい……だったかな?夕飯前っていうのは確かなんだけど……」
 朝礼でもっと詳しい情報が出るかも、と井上は付け加えた。
(7時前かー。丁度、ソース買いに行ってた時だな)
 そういえば、あの時とても失礼な男とぶつかったのだ。自分から当てに来たようなものなのに、謝りもしないでそのまま行っちゃって、季節に合わない格好してて……
 ………………。
「犯人の姿とかって、解るかな」
 再度、井上に尋ねる。
「うん。年は若くて20くらいだそうよ。身長は普通で、全身真っ黒い服装だって」
 ……年は20くらい……全身真っ黒い服装……
 そこを脳内で繰り返す吉田に、井上がさらに言う。
「でね、まだ早いのに、ニット帽被ってたんだって。それも黒色だって」
「へー。それは結構怪しいな」
「でしょ?」
 高橋の同意を得て、井上が相槌を打つ。
「………………」
「? ヨシヨシ、どうかしたか?」
 いつになく固い表情で押し黙る吉田に、高橋が怪訝に思った。あー、うん、と吉田は言葉を濁すようにしてから、言うだけ、という感じで言った。昨日、それっぽい感じの男とぶつかった、と。顔色が変わったのは、吉田から聞いた2人だった。
「えっ……それ、ヤバイんじゃない?」
「そいつ、どこに行ったんだ!? ぶっ飛ばしてやる!」
「だ、だから、気のせいかもだってば!そんな人、他にも沢山いるだろうし……」
 言わなきゃ良かったかも、と吉田はちょびっと後悔した。ここまで真剣に取り合うなんて、あまり思ってはなかったのだ。
「でも……時間と場所を考えると、合ってると思う。ヨシヨシとぶつかった時、逃げてる最中だったのかも」
「おう、ヨシヨシ。警察行こうぜ、警察」
 特に高橋はやたら血の気盛んで、今にも討ち入りでもしそうな顔をしている。このまま警察に行ったら、むしろ彼女が捕まりそうだ。
「2人とも、心配し過ぎだってば!大体、何か証拠掴んでるとかじゃないんだから、たまたまぶつかっただけの相手を血眼で探し出したりしないしないって。そんな事したら、余計に疑われるだけじゃん」
 確かにそうかもしれないけど、と2人は一応の納得はしたが、不安は払拭されていないようだ。見れば吉田でも解る。
「まあ、でも……次に何かあった時は、言ってね。ヨシヨシが巻き込まれたりしたら、嫌だもの」
「うん。ありがと」
 井上のセリフは、そのまま吉田の気持ちでもある。素直に感謝し、礼を言う。
 やや過剰だと苦笑いしてしまう2人の反応だが、逆の立場であったら、同じ態度を取って無い保証も無い。
「あ、そういえばさ、昨日のテレビで見たんだけど――」
 吉田が見たものとは、どこぞのメーカーが出した新しいお菓子についてだった。もう食べた?美味しいのかな、ととりとめのない会話を交わしながら、3人は昇降口に入る。
「……………」
 そんな様子を、1人の男がじっと見ていた。


 案の定、というか、やはりその日の朝礼は昨日の事件についてで丸々時間を取っていた。井上の見解は正しく、この場ではより詳しい情報が提示された。教師曰く、昨日の事件は前に起きたのとは違う犯人らしい、という事だ。被害者が語る人物像が、全体的に違ったのだと言う。模倣犯が出るかもしれない、という佐藤の予想も正しかったという事だ。
 吉田の席からは、佐藤がこちらを見ない限り、自分が彼を見ているのも気付かれない位置だ。教師の話を聞いているふりをしつつ、そっと佐藤の方を見やる。
 井上達の手前、吉田は昨日あった男が犯人であるという説を全面否定していたが、実際の吉田の感想と言えばその疑いは半々、いや、犯人なんじゃないか、という方が強い。
 だからこそ――佐藤には言えない。あれだけ佐藤からの心配を悉く打ち払った立ち場として、「やっぱり犯人に遭っちゃった!」ではなんだか物凄く格好悪い。それ見た事か、と佐藤に見下されるのも癪だし、実例を手にしてボディーガードの名の元、朝とかに家まで迎えに来られたら、若干困った事になる。その時間は、まだ母親が居るのに!
 まあ、2人に言ったように、ただぶつかっただけの相手を探し回るバカはきっと居ないだろう。そもそも、犯人であったかどうかもよく解らないんだし。
(――って事で、佐藤には言わない方向で)
 自分内会議が終わった吉田は、胸中でうんうんと頷いた。
 とは言え、一応は注意しておこう、と吉田はその日の帰りから、周囲を気にするようになった。あんまり気にして、佐藤に「キョロキョロしてどうした?」とか突っ込まれてしまい、加減を覚えるのに少し手間取ったけど。
 ――これまで、割と呑気に育って来た吉田は知らないのだ。世の中には、途方も無く、どうしようもない愚かな、大馬鹿ものが居ると言う事。得てして犯罪者とは、そういう人物が成る事を。
 そんな吉田だから、下校時、佐藤と別れた後でも、自分に注がれる見張るような鋭い意識に、気付けないのだった。


 男は、吉田を再び見かけた時、とても驚愕した。まさか、女だったとは!と。
 正直、小学校が中学校の男子かと思い、近辺の小・中付近をさりげなく探索した努力は、まるで見当違いだったという事だ。
 とは言え、偶然は自分に沿ってくれたようだ。顔を見られたからには、口止めをしておくべきだろう。絶対に口外しないと。
 ――しかし、女だったとは。男はもう一度胸中で呟く。
 てっきり男の子供とばかり思っていたが、女であるならまた別の手がある。顔はマズいが、用は身体が女であればいい。最近、久しくヤっていない所だし、丁度いいだろう。男は下卑た笑みを貼り付け、ゆっくりと後ろから吉田に近づいて行った。


(――ん?)
 ふと気配を感じ、吉田は足を止めて後ろを振り返った。
 するとそこには――
 何も、誰もおらず、ただ完成な住宅が軒を並べているばかり。
(気のせいか……)
 吉田は一人なのに、まるで誤魔化すように頭をぽりぽりかいた。
 結局あの1件から、事件は起きず再び人々の記憶の中から風化しようとしていた。あれだけ口うるさかった高橋も、今はもう言わないでいるのに、自分が気にしてどうするんだろう。それとも、ずっと言われてたから、自分の中ではまだ残っているのだろうか。折角佐藤にも、バレないで済んでいると言うのに。
 なんて事を思いながら、吉田は帰路を歩き始めた。


 吉田が――男にとっての目標が、遠くに行く足音が聴こえる。それでいて、男は全く身動きの取れない状況にあった。いや、身動きが取れないなんていう生易しいものではない。少しでも動けば、死ぬ――殺される。そんな予感すらさせた。
 あと少しで、吉田に手を伸ばすという射程内に入った時、その身体はまるで竜巻にでも巻き込まれたかのように、突然と、そして音を一切立たずにその場から攫われた。どこかの路地裏。気まぐれな野良猫しか通らないような細い路地に、男と――彼をここへ引きこんだ人物だけが居る。
「おい、よく聞け」
 その相手が言う。今までに聞いた事の無い、低くて凍るような声だった。
「俺は、お前の事なんてどうでもいい。だから、警察にしょっぴくような事もしない。――時間が勿体ないからな」
 だが、と声はまだ続く。
「――絶対に――二度と――永遠に――彼女の前に現れるな」
 男は頷けなかった。頷けるような状態でもなかったからだ。口を塞がれ、喉は掴まれている。とても返事なんて出来ない。しかしそれはつまり、最初から自分の意思は求められない事を意味していた。従うしかないのだ。
 選択の余地は、無かった。


 口と喉を戒めている手を話すと、男は転がるように路地から抜けて行った。相手のトラウマになるよう、忠告をしたからもう大丈夫だ。どんなに鈍感な奴でも解る程の殺意を浴びせてやった。気の弱いヤツなら、この先ずっと夢でうなされるだろう。
 ふぅ、と息を吐き――男を押さえていた手を、佐藤はハンカチで拭いた。不快感が残る。
 ――佐藤の懸念通り、浅はかな模倣犯が現れ、どうやらそいつが吉田に接触したらしい。登校の時、吉田が中学の同窓達との会話を聞きとった佐藤は、すぐに把握できた。その日から早速、いつもの別れ道で吉田と別れた後、こっそりとその後をつけて無事に家にたどり着くまでを見張っていた。
 正面切って、彼女の楽観さを指摘したうえで堂々とボディーガードをした方が、吉田を守るには簡単だったかもしれない。
 でも、そうはしなかった。彼女がこの1件を杞憂だと思っているなら、そのまま杞憂にしてやりたい。人を傷つける事を楽しみとし、またそれをするのが自分には当然の権利だと思っているような腐った輩が、吉田の世界に入って欲しくなかった。吉田の記憶に、あんなヤツを埋め込みたくは無かった。だから、文字通り闇から闇に消えて貰う事にした。
 勿論、世界が甘い事ばかりでは無いのは知っている。それにいずれ吉田が直面する事も。
 それでも、自分の中で輝くものを作ってくれた吉田だから。
 だから自分も、吉田の世界が明るく、何時までも輝くものになるようにしたい。
 その光に、何時か灼やかれて爛れてしまったとしても、佐藤はそう願わずには、いられないのだった。



*長くなりましたので一旦区切って後日談ぽいのを上げますね〜
吉田をスト―キングしてたのは犯人の男では無くて佐藤でした、とかいうオチです