恋愛経験らしい恋愛経験なんて、佐藤相手のみしかないというのに、吉田はよく、山中に恋の悩み相談に乗ってあげている。
 毎度毎度、佐藤の鋭い追跡をどうにかこうにか巻きながら、こんなどーしようもない人物の話しに付き合っている事にストレスというか、むしろ脱力みたいな疲れを感じるのだが、いかんせん山中の恋の相手が大事な大事な友達の高橋なので、吉田として色々聞き逃せない。まあそもそも、高橋の親しい友人だから相談相手として吉田に白羽の矢が立ったからだが。
 高橋が、今までの山中が相手にするようなタイプでなかったのは、吉田にも解る事だ。だから攻略法が解らなくて、吉田にちょいちょい訪ねて来るのだ。そこは100歩譲って許すとして、相談第一回目の第一声が「とらちんて処女?」だったので、思いっきり鼻っ面を殴らせて貰った。あれでも、かなりセーブした方だ!!
 ただ、本当に困った事に、高橋の方も山中に懸想していると言う事。それは仄かな恋心そのままだった。
 しかし何より、吉田を悩ますのが山中の気持ちがきっちり本物だと言う事だ。
 それでいて手段が思いっきり外れた方に突っ走ってるので、なんかもう、色々疲れる吉田なのだ。
 そして今日も、盛大に迷える迷惑な子羊の先導者にならんと、吉田は山中の相談に付き合うのだった。
(佐藤にバレないように来いって、どれだけ大変だと思ってんだか……)
 女子と帰ってしまうのなら、その隙に出来るが、そうでないときは別の理由、つまり嘘だが、を述べて佐藤をそれなりに納得させないといけない。最も、最終的には代償を払う形で承諾を取っている形になってしまうのだが。代償とは要するに……まあ、そういう事をする訳で。
 今度は何をさせられるのか、されるのか……と今から顔が真っ赤になってしまいそうな吉田だ。
「とらちんが一緒に花火行ってくれないんだよ〜 どうしてだよ〜」
 そして山中は、机に頭を乗せながら、ぐだぐだとこんな事を愚痴っている。
「仕方無いじゃん。その花火大会でジュース売りするんだからさ。とらちん」
「おい!なんで俺がさっき知ったばっかの事をお前が知ってんだよ!」
 ガタタッ!と立ち上がる程激昂する山中を、吉田はむしろ冷やかに眺めていた。
「だっても何も、同じバイトするから」
 極めて単純な事を、あっさり告げる吉田。
 吉田が知っている、のではなく、山中が知らなかったというだけの事だ。しかしそれでも「俺聞いてないし!」と山中はじったんばったんと悔しがる。その様子は、おもちゃ屋の前で駄々をこねている子供を彷彿させた。しかし子供と違って可愛げが無いので、鬱陶しいだけである。
「あれ、佐藤はどうしたんだよ。一緒に花火行かないの?別れたのか?」
「……………」
 ごげっっ!!
「いてぇな―――! 顔は止めろって言っただろ!!」
「佐藤はその頃両親の実家に戻ってるから!それだけ!!」
「ああ、それで退屈で、バイトとかしてんだ」
 それは図星で、吉田はうぬぬと黙った。山中は変な所で鋭かった。自分達の関係を見抜いた件でも解る。
「っていうか、まさかとらちんにその話持ちかけたの、お前とか?
 おいおい、止めてくれよ。自分が寂しいからって人を巻き込むのはさー」
 山中がうんざりとした顔と口調で言った。
 そして、吉田は。
「……………」
 ごすどごすっ!!
「2コンボで俺の顔に何て事するんだよ!!!」
「お前にだけは!お前にだけは人を巻き込む云々とか言われたくないやい―――――ッッ!!!!」
 それは夏休みを控えた、そんな時の事だった。


 そんな出来事を頭の片隅に追いやりながら、夏休みに突入した。
 いつもなら、夏休みなんてそれこそ薔薇色だというのに、今年の吉田はちょっと違った。学校さえあれば会える佐藤に、休みとなるとそうもいかない。1日中佐藤に会えない日が何日も続くと、しなければやらない事を忘れているみたいに落ちつかない。
 お盆の頃の5日間を使って、佐藤の家族は親の実家に戻るという。花火大会の次の日にこっちに帰る予定になっている。
 明日になれば会える、という気持ちと同時に、今日は何をしても会えないのだ、という事実を吉田は抱えながら、花火大会を迎えた。
「うー、暑ー。ジュース売りだからちょっとは涼しいと思ったんだけどな……」
「日が暮れても暑ぃなぁー」
 吉田のぼやきに、高橋が答えるように言う。
 そろそろメインである花火に合わせ、人がまた多くなったのが暑さの要因を買っているのかもしれない。
 大きなクーラーボックスに氷水をたっぷり入れ、ペットボトルを突っ込んで冷やしてある。毎年毎年猛暑の気温が更新されているような最中、こういう飲料売り場を今年は特に設けたのだそうだ。なので人手を募った、という事だ。ちなみにこの店舗は主催である市が出している。雇い主がしっかりしている、という面でも吉田は申し込んだのだった。
 まあ、それはさておき、暑い。
 色々暑さ対策をしたつもりだが、ある種焼け石に水、みたいなものかもしれない。しかしながら、タンクトップで頭にタオルを巻いた高橋は、粋な感じがしてとてもよく似合っていた。いかにも夏の女!という感じがして。
「ねぇ、暑いよ、とらち〜ん。もう帰ろうよー」
 そんな風に纏わりつく山中のせいで、ただえさえ暑い中、もっと不快指数が増している。
 直前まで、本当に直前まで粘りに粘っていたのだが、高橋をバイトから引き離す事は出来なかった山中だ。しかし、まさかそれでもついてくるとは。決して見習いたくない執念である。
「さっきからうっせーな!お前だけで帰れよ!」
 もっともな高橋の叱責だった。
 しかし、それには山中はヤダ、と顔を背ける。
「とらちんと一緒に花火見たいんだもん。まだ俺達、そういう思い出無いし」
「……ばっ……何、お前……」
 声を詰まらせるような高橋の顔が赤いのは、夏の暑さのせいではないのだった。
 こういう反応見てしまうと、この2人一応両想いなんだなぁ、と思わずにはいられない。しかし果たして、お付き合いというものはしているのだろうか。自分の中でもその定義がはっきりしてないので、判別の仕方も解らないが。
「やっぱりさ、夏の恋人同士は一回くらい花火を一緒に見なくっちゃv」
 山中が言う。佐藤と吉田の関係を知っているとなると、吉田の傍でそれを言うのは物凄く無神経だが、そういう気づかいが出来る男ではないのだ、と吉田は初めから諦めている。
 まあ、その気持ちはちょっとは解らないでもないけど、必ずしもしなければならない事でも無いし、花火はまたあるんだし。
 だから、別に気にしてない。
 それでもやっぱり、会いたいと思ってしまうけど。


 きちんと休憩を取って行かなければ、倒れてしまうのは目に見えている。そんな訳で、吉田は休憩に入った。立ちっぱなしで凝った身体を解す為にも、ちょっと辺りを散策した。
 ぱっと見て、多いのは家族連れや友達同士だが、吉田は自分の状況的に恋人同士で来ている人達に目が行ってしまう。きっと、この後一緒に花火を見るのだろう。最も、それが目的だろうが。
 最近の流れなのか誰か仕掛け人でも居るのか、浴衣が結構目立つ。もしかして、今日佐藤と一緒に祭りに行くとなったら、浴衣を新調させられていそうだ。下駄も巾着も。しかし、現実は佐藤は参加しないし、吉田もノースリーブのシャツである。佐藤は、明日帰って来る。
 そして明後日には、一緒に遊ぶ予定を入れている。どこかに行くという明確な事は立てていないので、また部屋でごろごろする事になりそうだ。
(あ、そうだ。何かお祭りの物でも買ってあげようかな)
 さすがにたこ焼きやチョコバナナは持っていけないが、リンゴ飴や綿あめ等の飴類なら大丈夫だろう。
 どれにしようかな〜と、屋台を眺める為、顔を横に向け居た為に正面からの人にぶつかってしまった。どん、という衝撃にはっとなる。
「ご、ごめんな……さい?」
 まるで疑問形のように声が上ずってしまったのは、相手がお面を着けていたからだ。しかも、祭り仕様のファッションみたいに頭の横に掛けているようなのではなく、完全に顔を隠すように被せてある。小さい子供ならまだそれもいいだろうが、相手は立派な体格をした男性。背が吉田よりもはるかに高く、顔を見る為にかなり上を見ないとならなかった。
 この人ゴミの中、浴衣を微塵も崩さすに居るその相手は、ぼんやり眺める吉田の頭にぽん、と手を置いた。
 その手の感触や、顔が見えなくても全体から漂う雰囲気で、吉田は相手が誰だか、予想がついた。
「佐藤……?」
 80%は確信していて、残りがちょっと怪しい。そんな感じの吉田の声に、相手はちょっとだけお面をずらし、綻んだ口元を覗かせた。
「なんだ、もうバレちゃったか」
 その声は、当然のように佐藤だった。


 いい体格をした男性の、お面に寄る完全顔面武装(?)は結構人目を引いたが、好奇な視線だけしか寄せられなかった。普段はこれにもれなくスカウトと逆ナンパのオプションが付く。
 とある一画に、2人は場所を落ちつけた。ここは屋台とも遠いし、花火が見えるポイントでも無いので、ちょっとしたデッドスポットみたいになっている。
(これは……タヌキ? ネコ? それとも、キツネ???)
 佐藤の被っているお面を見て、元にしたモチーフを推測しようとしている吉田。
 いや、そんな事に頭使ってる場合じゃないのだ、と本筋に戻るのは早かった。まあ、やっぱり気になるけど。
「か、帰るのって明日じゃなかったっけ?」
 何度も何度も、確かめたのだから間違い。なのに、どうしてか佐藤はここに居る。確かに居る。
「うん。でも、やっぱり吉田に会いたくて。学校の行事があるって嘘言って、先に帰って来たんだ」
 可愛い悪戯っ子の笑みを浮かべる佐藤。もっといえば、その悪戯が成功したような顔で。
 自分がそんな事を言ったなら、あの母親はまず学校に問い合わせるだろうな、と吉田は思った。成績のいいヤツって、それだけで信頼に繋がるから!ずるい、と思う。
「わざわざ浴衣に着替えたの?」
 100%あり得ないとは言わないが、その格好で帰省から戻ったとは考えられない。佐藤は、こっくりと頷く。
「勿論。だってさ、折角吉田に会うんだし、格好つけていかないとv」
 しれっという、こんな佐藤が吉田はちょっと恨めしかった。自分にはとても居ない。まだ、なのかもしれないが。
 それと自分の為にお洒落をしたという佐藤に、なんだか吉田の方が恥ずかしくなった。ただえさえ、気温だけでも暑いのだから、これ以上身体の熱をあげないで貰いたい。
「それに、お面で顔隠すなら、浴衣の方が違和感薄れるかと思って」
 まあ確かに、普通の出で立ちで顔にお面をつけていたら、アブナい人か何かの罰ゲームだと思うだろう。……浴衣でもそんな気がしないでもないが。
 さらに聞けば、被っているお面はここで買ったものでは無く、来る途中の100円ショップで買ったものだそうだ。道理で、何か妙な訳だ。
「……で、それはともかく。
 なんで吉田、そんなに離れちゃうの?」
 大げさに見積もって、2メートルくらいだろうか。自分達の間の何もない空間が、むしろ佐藤には邪魔だ。そう思って、それとなく近づいたら、それと同じ距離、あるいはそれ以上を吉田がまだそそっと動いてしまう。和やかに話しつつ、水面下ではそんな戦いが繰り広げられていた。
「だ、だって!!」
 と、言う吉田はちょっと泣きそうだ。
「佐藤はいいかもしんないけど、こっちはジュース売ってて汗だくだし、服もこんなんだし、髪もボサボサだし!!」
「髪……ああ、吉田、今日は2つ結びなんだな」
 初めて見る。可愛いvと本人に対して惚気る佐藤似に、吉田は結んだ髪を掴んだ。
「もっと見せてよ」
「や……ヤダよ。ガキっぽいって言って、からかうんだろ」
 実の所、山中に対して「小学生にしか見えない」と言われて殴るというやりとりがあったのだ。ちなみに殴ったのは高橋である。ヨシヨシの敵はとらちんの敵だ!
「そんな事無いって。可愛いよ。普段もそうすればいいのに」
「…………」
 剥れる顔が、佐藤にとってどんどん可愛い表情になるのを、佐藤はその変化を楽しんだ。
 髪型が変わると、イメージも変わる。受ける印象の違う吉田を見て、また1つ彼女を知れたような気持ちになれた。
「2つ結びが嫌なら、1つに縛ってみたら?」
 そっちも見たくなった佐藤だ。
「うーん、それをするのにはちょっと長さが足りないっていうか……」
 呟く口調の吉田には、挑戦して挫折したような雰囲気が漂う。吉田の髪は癖が強いから、ある程度長さがないと纏めきれないのだろう。
「じゃあ、今度俺が結ってあげようか」
「え〜、出来る?」
「多分、出来るよ」
 何も纏める手立ては結ぶ事に限らないのだから。ピンやアクセサリなどを使えば、アップに出来ると思う。
 イメージ内の手順を、少し実践しようと佐藤が吉田に向かって手を伸ばすと――
「ダ、ダメッ!!」
 しかしその手は突っぱねられる。今のやり取りで緩和されたかと思ったが、思いのほかガードが固いみたいだ。
 本気で嫌がっているのが見えて、佐藤はそれ以上手が出せない。照れや羞恥ならドンドン突き進む佐藤なのだが。
「汗臭いから、こっち寄っちゃダメッ!!」
「……全然だけど」
「ダメったらダメなの!!」
 両手をクロスさせるように、×印を作る仕草は微笑ましいが、なんだか十字架で動きを封じされる吸血鬼になった気分の佐藤だ。近寄れない。
(……うーん、驚かそうと思ってメール無しで来たのは、ちょっとミスったか)
 驚いた吉田の顔は可愛かったが、その分触れあえない現状が辛い。まあ、立場を置き換えてみても、汗だくの所に来られるというのは、少し困るのかもしれない。
(どうせしょっちゅう、汗だくで抱き合ってるのに)
 その事実を突きつけると、殴られた挙句口もきいて貰えなくなるのは目に見えているので、言わないが。
「吉田、明日は空いてる?」
「へ? う、うん」
「じゃあ、予定前倒しって事で、明日家に来いよ。
 ――あ、今日の疲れが溜まってるなら、無理して来なくていいけど……」
「だ、大丈夫だって、このくらい! そんじゃ、明日行くね」
 さっきの不意打ちの寸前まで、会いたさに焦がれていた所なのだから。断る理由なんて、ある筈もない。
「そっか。良かった」
 ふわり、と優しげに笑う佐藤。大抵、こうやって笑う時は、頭に手を乗せてきたりするのだが、吉田が拒んだ為か、今は出されない。
「……………」
 そうなると、ちょっと、というか大分物足りない吉田だ。佐藤のペースに翻弄されてしまうが、多分、スキンシップは嫌いじゃない。多分、好きだ。
 そろそろ、とらちんの所に戻らないと、と思いながらも、吉田はちょっと言ってみる。
「ほ……本当に、汗臭くない?」
 きゅぅ、とハーフパンツを掴みながら吉田が言う。
「………。うん、全く」
 吉田の意図をすぐ汲み取った佐藤が、即座に答える。その速さと言葉の少なさに、本音だと解る。
 一歩二歩と吉田に近づく。
 今度は離れなかったし、拒む事も無かった。


 佐藤と居ると時間を忘れる。
 いや、時間が解らなくなるのだ。一瞬がとても長く感じられる事もあれば、その逆もある。
 吉田が我に戻ったのは、どん、という腹の底から響くような音だった。
「ああ!は、花火始まっちゃった……!」
 あわわ、と吉田が慌てて発言した事で、久しぶりのキスも終わりを告げた。
 ここからでは見えないが、代わりに打ち上げられる音がこれでもかと教えてくれている。パラパラと火花が散る音や、人々の歓声も聴こえた。
 花火が始まると立ち止まる人で道が混むから、その前に戻ろうと思ったのに。まあ、すり抜けて移動する事は出来るだろうから、その辺りの心配はいらないだろう。
「戻るの?」
 確認のように呟く佐藤だった。うん、と吉田が頷くと、佐藤はちょっと考える。
「俺もその売り場、行っても良い?」
「え?うーん………」
「邪魔?」
「そ、そんな事は無いって!!」
 本気で思っているとは思えないけど、佐藤からこういう自虐っぽいというか、遠慮するような発言が出ると、吉田はちょっと焦ってしまう。佐藤の底に広がる孤独を、何となく感じているからかもしれない。
「で、でもさ、とらちんと一緒だから……」
「ああ、山中か」
 佐藤がちっと舌打ちしたのは、絶対聞き間違いではないだろう。
「これで誤魔化せないかな」
 これ、とは勿論愉快なお面の事である。どうかなー、となんとも言えない吉田である。山中はあらゆる意味で吉田の理解を超えているので、反応の想像すら掴めない。まあ、それは佐藤にも同じ事が言えるけども。
「まあいいや。とりあえず、行こう」
 と言って佐藤は歩き出す。佐藤の来訪で困るのは山中だけだが、その怯える理由を高橋に追求されるとちょっと困るかもしれない。
 それはそうと、そろそろ戻らないと、と吉田も思っていたので歩く佐藤に手を引かれ、大人しくついていく。着いた先はその場で考えよう。
 花火の見える表通りに出ると、案の定人が軒並み立ち止まって花火を観賞していた。しかし、完全に流れが止まった訳でも無いので、それを上手く利用しながら2人は目的地を目指す。
 悠長に眺めている事は出来ないが、花火が打ち上げられるのを、吉田は歩きながら目に入れる。

――やっぱりさ、夏の恋人同士は一回くらい花火を一緒に見なくっちゃv

 そんな、能天気な山中の声が過ぎる。
 別に花火くらい、と思っていた吉田だが、そのセリフに不本意ながら同意してしまったのも確かだった。


「ごめん! 長く留守にしちゃって〜」
「別にー。もっと出てても良かったけど?」
 そう言ったのは山中で、生意気な口をきいたとして高橋から拳骨を貰う。
「まあ、人ごみで大変なんだろうなって思ってたさ。
 ……で、そいつ、誰だ?」
 明らかに不審者を見る目つきで、高橋は佐藤――彼女にしてみればモチーフ不明のお面を眺める。
「え、えーっとね……」
 果たしてこの場で素直に佐藤だと正体を明かしていいものかどうか。吉田が迷っていると、山中が盛大に吹きだす音がした。
「何だよ、そのけったいなお面!!! そんなに見せられない顔なの? 見てやろう見てやろう♪」
「あッッ!! 馬鹿――――!!」
 吉田が止めるのも効かず、悪ふざけが過ぎた山中はお面をずらす。
 そして。


 卒倒した山中を救護班に運ぶ為の役を高橋が担い、売り場には吉田とお面付きの佐藤だけが残った。
 吉田を1人にする事に躊躇いがある高橋は、佐藤が居て助かった、なんて思ったが、そもそもその佐藤が原因で彼女は持ち場を離れる羽目になったのである。高橋だけが知らない真相だった。
「2人きりになれたな、吉田vv」
 ルンルン♪とした口調で言う佐藤。
「……そだね」
 この時ばかりは、山中に謝罪したくなった吉田だった。
 佐藤の傍らで憂いる吉田の頭上、花火の大輪がまた夏の空に見事に咲き誇った。



<END>