「う〜……」
 まるで寝ぼけてるような吉田の声だが、そのダルさは決して眠気からのものではなかった。
「もう少し、ゆっくりすれば?」
 隣……というか真横の佐藤は、ごそごそと身を動かす吉田を、諌めるのではなく労わるように言った。何せ、吉田のダルさは彼が原因と言って過言ではない。
「だって、庭でバーベキューするって言ったもん」
 今日こそ手伝わなきゃ、と吉田は言う。昨日、手伝いが出来なかったのは今みたいな事をしていたからだ。同じ過ちは繰り返さない、と吉田は決める。
 皆が続々と戻って来ているのは、外から微かに聞こえる喧騒で解る。昨日の夜も夕食の全部を任せてしまった。今日もこんな調子では母親に知られたらどやされる。まあ、知られる事も無いだろうし、知られたら物凄く困るだろうけど。準備が出来なかったその理由を思うと。
 吉田の、こんなけじめを第一とするちょっと頑固な所も、佐藤には可愛い魅力となる。まあ、呼ばれに来て困る状況もであるし、吉田は別に病気の症状として不調な訳でも無い。現地で、さりげなく吉田に無理のない作業を自分でフォローすればいいのだし。
 じゃあ、行こうか。と軽い調子で佐藤は言い、脇に避けてあった衣服を集める。2人分。
 それを渡して貰い、着ようとした所で吉田がはた、と気付く。
「そうだ。艶子さんに貰った服、着ようと思ったんだ」
 結果として脱いだ事だし丁度いい、と吉田が言う。色気があるんだかないんだかよく解らない発言だ。
「そうか。なら、吉田の部屋に行く必要があるな……」
 ぽつりと佐藤は呟いた。ここは佐藤の部屋なのだ。天蓋突きの吉田のベッドとは違い、シンプルなキングサイズのベッドだ。佐藤と吉田が並んで寝転んでも、全く窮屈を感じない。
 呟いた後、ベッドを下りた佐藤は吉田を招き寄せ、軽々と抱き上げた。何せ佐藤は標準以上に高いので、こうして抱き上げられると吉田は高さを感じて驚く。突然だと、特に。
「あわわわ!きゅ、急にすんなよ!」
 吉田は抗議するが、事前に佐藤が言ってくれたのは類を見ない。もしかして、驚く顔見たさにわざとやってるんじゃないか、という懸念が上がる。多分、それが事実なのだろうけど。
 吉田を抱いたまま、ドアに向かう。ノブを捻る時は片腕で吉田を支えた。全く無理なく、余裕でこなす。
「じゃ、吉田の部屋行こうかv」
 満面の笑みの佐藤が、どこか昨日の艶子と被る物があった。その予感は的中し、しばしの間、佐藤の前でちっちゃいファッションショーを行う羽目になった吉田だった。



 あれも着て、これも着てvという佐藤のリクエストを何とか終わらせ、吉田は決めていた服を着る事が出来た。昼間、ジャックが推薦したワンピースである。しかしジャックが推してくれたという理由は、吉田は伏せておいた。でないと、何だかややこしい事に発展しそうだからだ。佐藤の凄いヤキモチは、野沢からのモデル依頼の時に学習済みだ。
 しかし結果としてこの服は良かった。フリル等の装飾が無いのも、丈が短いのも動きやすくていい。佐藤は足を曝け出すそれにちょっと渋い表情を呈したが、何だかんだで吉田には逆らえないのだ。実は吉田の方が強い立場であるのを、この場では吉田本人以外が周知の事実だ。
 ガタガタと屋外コンロやテーブルをセットしている様は、祭りの準備を彷彿させてワクワクする。
「おっ、ヨシダ」
 現れた2人に、まずジャックが反応した。快く吉田を出迎える傍ら、佐藤に対してはアイコンタクトで「準備出来てから呼びに行くつもりだったんだけど」という意思を伝える。
「昨日何も出来なかったから、今日は沢山手伝うからね! えっと、何すればいいかな」
 佐藤がジャックの反応に返す前、吉田がニコニコして言う。その一言で、ジャックは合点がいったようだった。
「そっか、そっか。じゃあキッチンへ行って材料持って来てくれよ」
 役目を言い渡された吉田は、嬉々としてキッチンへ向かって行った。やや小走りで去る吉田の背中を、ジャックは和んだ顔で見送った……のは、僅かな間だった。
「―――イデデデデ!!! おい、何すんだ隆彦!!」
 突如、耳を引きちぎられそうな痛みに襲われた。佐藤が耳を引っ張っているのだ。
「見過ぎ」
 簡潔な一言で全てを語った佐藤は、当然のように吉田の跡を着いて行った。おー、痛かった、と佐藤が去ったからこそジャックは呟く。
 あんな男を恋人として傍に置いているのだ。吉田と言う人は、とても大らかで慈しみに溢れる人物だと、ジャックは今一度認識を改めたのだった。


 バーベキューはとても楽しかった。色んな国が集まっていて、実に国際色豊かな夕べになった。吉田も、初めて食べるという食材や調理法が殆どで、でもどれも美味しく感じられた。
 バーベキューとは言ったが、皆、適当に網火や鉄板で出来る物を焼いている、という感じだった。ついには鍋まで置かれて、ブイヤベースが作られた程だった。
 はふはふ、と熱さと戦ってる吉田に声がかかる。
「吉田さん、こんばんわ」
 来るのが少し遅れちゃったわ、と吉田に言ったのは艶子だった。吉田の姿を見た彼女は、にこっと上品な笑みを浮かべている。
「あら、その服。嬉しいわ、着て下さったのねv」
「え、えへへ……」
 ジャックの言った通り、艶子は喜んでくれた。やっぱり着て良かった、とはにかむ吉田。
「隆彦も、褒めて差し上げたら?」
「したよ。たっぷりとな」
「あら。そういうセリフは、皆の前でも改めて言うべきよ?」
「い……言わなくていい……です」
 何故だか敬語になってしまった吉田は、頬を紅潮させて俯いたのだった。


 デザートとして頂いた佐藤・作の焼きリンゴはとても美味しかった。芯をくり抜き、そこにバターとハチミツをいれただけ、と佐藤は説明するが、顔が蕩ける程に美味しかった。吉田が美味しそうに頬張るその様子を一番近くで眺めていた佐藤は、また作ってあげる、と言うとりとめない約束を口にした。その事自体が嬉しくて、うん、と返事をする吉田。その笑顔に、佐藤は軽くキスをした。
 食事が終わり、後片付けも終わると、皆はロビーに移動し、思い思いに夜の時間を過ごした。カードゲームに興じるものも居れば、ギターを持ち出して即興で曲を弾く者に、それに合わせてリズムを取る者も。はたまた部屋には戻らず、ここで読書をする者も居た。
 そんな中で、肉を焼いた煙を浴びていた吉田はそれを気にして着替えに向かった。ついでだからシャワーも浴びるつもりだ。
 古き良き時代、という単語を彷彿するようなたたずまいの屋敷だが、トイレやキッチンなどの施設は最新の物で揃えられている。勿論、ネット環境もバッチリだ!
 ただ、ここにはシャワー室は個室完備されているものの、風呂が無い。艶子曰く、毎日風呂に入る程の慣習があるのは日本人くらいなのだそうだ。ここを建てた人物は外国人だそうで、さほど重要性を抱かなかったのだろう。
「もう少し時間があれば、作る事も出来ましたのに」
 と、艶子はその美麗な顔をちょっと物憂げにして言った。溜息つきで。どうやら、この突然の来日に驚いたのは佐藤だけではなさそうだ。そう呟いた艶子は、何だか出来の悪い兄か弟に対して呟いているようだった。
 この連帯感に、自分は入れないのだろうな、と吉田は何となく感じる。
 初めこそ、それに寂しさを覚えたものだが、今となってはそれを踏まえて自分は自分の関係を築いて行けばいい、と前向きに思える。出来ない事を悩むよりは、出来る事に頭を使おう。そんな感じで。
 部屋にテクテクと向かう途中、「ヨシダ、ヨシダ」と脇から声をかけられた。ジャックだった。
「ん?何?」
 何かあったのか、とジャックが立つ場所へと赴く。ささっと周囲を見渡すその様子は、何だかまるで隠れるような風体のジャックだ。
「ヨシダにいい物をあげようと思ってな」
 いい物?と首を傾げる吉田。お菓子かなぁ、と呑気に想っていると、その眼前に丸い小瓶が差しだされる。
「? 何、これ。可愛い瓶だなー」
 両手でそれを受け取る。中には、琥珀色の液体が入っているようだった。
「それは、な。ヨシダ」
 佐藤以上の背丈のあるジャックが、ぐっと身をまげて吉田の顔の傍で囁く。とっておきの秘密を告げるように。そこまで身体を折らせてしまって、何だか申し訳ないなぁ、とジャックの姿勢を見てそんな事を思う吉田だ。
「我が家に伝わる、とっておきの秘薬だ」
「ひ、やく?」
 飛躍じゃないよな?と脳内で処理をする吉田。
「ああ。飲むと、素直になるまじないがかけられてある。好きな人に対しては、特にな」
「す、素直になるって……どういう事?」
 詳しい説明を求める吉田に、ジャックはにやりと笑う。
「普段、したくても出来ない!って思い込んでる事が出来るようになる、って感じかな。
 隆彦はややこしいヤツだからさ。変な茶々入って拗れる事とかあるんじゃないか?」
「う……いや、まあ……」
 言葉を濁したものの、思い当たる事が2つ3つ。いや、4つ5つ……もっとかも。
 小瓶を握りしめた吉田に、ジャックは今度はにこっと微笑んで言う。
「まあ、ヨシダに上げたものだから、ヨシダが好きにすればいいよ。
 飲んだら、ちょっと身体が熱くなったり、眩暈がしたり、頭痛もするかもしれないけど、それは薬が効いてるって事だから、大丈夫。
 ――それじゃ、健闘を祈る!」
 Good Luck!と、最後は英語で吉田を讃えた。


(素直に……かぁ……)
 自分用の部屋のシャワー室で、湯に打たれながら吉田はぼんやりと思う。
 思えば自分のコンプレックスとか気になり過ぎる周りの状況(主に女子)とか、何より佐藤の意地悪な性格のせいで、色んな事が奥にぎゅうぎゅうと詰め込められているような気がしないでも無い。
(……う〜ん……)
 胸中で呟いて、吉田はシャワーを止めた。
 そう言えば、佐藤はよく「もっと素直になればいいのに」なんて吉田に言って来る。その時吉田は「十分素直だよ!」とか言い返すのだが、そういう時は大抵色んな事を堪えている時なのだ。図星をさされ、だから余計に頑なになる。
 昔、苛めっ子達から助けてもらった過去のせいだろうか。何だか佐藤は自分の事を神聖化というか、美化していそうな気がする。自分だって、そんじょそこらの人間なのだ。何も大したことは無い。心の底を穿り返した所で、出て来るのは醜いエゴかもしれないのに。
 ――でも。
 素直になってと言っている佐藤に、本当に素直になってみたら。
(もっと好きになってくれる……かなぁ)
 別に、現段階の気持ちを疑っている訳でもないけど。
 好きな人の願いに応えたい気持ちもあるし。
 さっき貰った小瓶を手に取る。コルクの蓋を開け、一気に飲み干す。
「んっ!?……けほっ、……ぅ……」
 普通のジュースみたいな飲み物を想像していた吉田だが、飲んだ液体は、何だか喉を焼くようなスースーした感触を齎した。丁度、消毒液を塗ったような感じだ。まあ、甘くて、美味しかったのだけど。
 中の液体を飲み干し、やや経った頃。
(……あれ、何か、眩暈……?)
 ぽわーん、と頭の中だけ宙に浮いたような、不思議な感覚。逆上せた時にちょっと似ているかもしれない。
(そういや、そんな症状(?)が出るとかジャックが言ってたっけ……)
 ふわふわと均衡を失ったような身体を、ぽてり、とベッドに預ける。シーツが冷たくて気持ちいい。身体が熱いのだろう。
 心臓がドクドクと脈打っているのが解る。
 運動もしてないのに、こんなに動悸が激しくなるのは、佐藤に触れられた時くらいだ。丁度ベッドに寝そべっているからか、その時の事をまざまざと思い出してしまい、いよいよ身体が熱くなる。
(う〜ん……)
 ころん、と寝がえりを打ってみる。
 何だか、身体の奥が落ちつかない。記憶の再生じゃなくて、実際に佐藤に触って欲しいと訴えてるみたいだった。普段の吉田なら、そんな恥ずかしい事、思うだけで実行に移さないのだが、今は。
(佐藤、戻ってるかな)
 再び昨夜のように、仲間の中で埋もれている佐藤を思い出す。あの分だと解放されるのは先の事のように思えたが、それなら待っていればいいと、吉田は佐藤の部屋に向かった。


 向かった、とは言え、佐藤の部屋は吉田の隣だ。大した距離も時間も無く、あっという間に着く。
 コンコン、と一応ノックしてみる。鍵はついているが、皆もかけていないようなのであっても無い様なものだ。ドアノブを捻れば開くかもしれないが、そこは礼儀という事で。
 しかしこの場合はして正解だった。誰?とちょっと素っ気ない言葉で佐藤がドアを開ける。相手が吉田とは思って無かった対応なので、彼女の小さい姿を見つけた時、ちょっと驚いたような表情をした。
 相手の姿に驚いたのは、吉田も同じ事だった。
「シャ、シャワー浴びてたの?」
 半裸の姿、肢体をなぞる水滴、やや上気した肌等の佐藤の姿に、吉田はドギマギした。
「ああ、うん。酒をかけられてな……全く、アイツら」
 悪ノリする時はとことんなんだからな、と顔を顰めてぼやく。そんな姿も、今の吉田にはとても魅力的に見えて、ぽーっと見入ってしまう。
「ま、また、皆の所に行く?」
「んー、別に? どうせ好き勝手にやってるだろうし。ほら、いつまでもそんな所居ないで、中に入れよ」
 と、言って佐藤は招き入れる。佐藤にとってこの訪問は予想外みたいだったが、かと言って歓迎しない筈が無い。
「吉田が来るなら、お菓子やジュースでも持ってくれば良かったな」
 佐藤が持って来た物と言えば、発砲ミネラルウォーターだ。つまりは炭酸水だが、別の飲み物を割るのではなく、そのまま飲む為の孤立した飲み物だ。ひっかけられた酒の香りで咽かえるような佐藤が、気分を内側からスッキリしたいと思って持って来た物だった。
「ちょっと、取って来るよ。すぐに戻って――?」
 ドアに向かおうとする佐藤の背中に、吉田が抱きついた。とん、とした軽い衝撃だが、佐藤が受けたそれは精神的なものが手伝って、その歩みを止めるのに十分な程だった。
「吉田?」
 昨日みたいな疎外感はもう克服したと思ったが、違ったのだろうか。
 違い過ぎる体格差のせいで、吉田の手は佐藤の胴を回りきらない。きゅぅ、と衣服を掴む手。
「………お菓子いらないから、佐藤と居たい……」
 背中にくっついたままの吉田から零れたのは、そんな言葉だった。
「……吉田?」
 佐藤はもう一度吉田の名前を呼び、背後の彼女の様子を窺おうとしたが、見えるのは可愛い頭頂しかなかった。
 衣服を掴む手を、そっと握りながら向かう合う体制に直す。ちょっと俯き加減の吉田の顔は真っ赤で、しかし何かに酷く傷ついたり打ちのめされたりという感じは無い。と、いう事はさっきのセリフは弱さが出た訳では無く、純粋に甘えていると取っていいのだろうか。
「……どうしたの?何か、凄い素直だな。今日の吉田は」
 ちょっとからかうように言い、頬にキスをした。全く抵抗する素振り無い所か、それを喜んで受け入れるように微笑みすら浮かべている吉田。
「ん〜、おまじない貰ったから……」
(おまじない?)
 出て来るとは思って無かった単語に、佐藤は胸中で首を捻った。
 まあ、また大方艶子やジャック辺りが余計なおせっかいを焼いたのだと判断する。大方の所では間違っていない予想だ。
「佐藤がさー、よく素直になればいいのに、ってよく言うから、本当に素直になれば喜ぶかなって」
「吉田……」
 ああ、なんて彼女は自分を舞い上がらすのが上手なのだろう!と一種感動のようなものを受け、言われたセリフを心に染みさせる。
「今、素直になってるのかな……」
 自分じゃ良く解らないけど、と吉田は言う。
「どう? 変かな、やっぱり」
「何言ってんの。骨抜きになってダメになりそうだよ、俺」
 実際吉田が本気を出して佐藤を誑し込もうと出たら、呆気ない程堕ちてしまうのだと思う。まあ、吉田は決してそんなキャラでは無いけれど。
「それで、素直になった吉田はこれからどうしたい?」
 吉田はとても解りやすいが、その反面佐藤の予想を飛び越える行動も良くしてくれる。次の発言もその内だった。
「……うーん……佐藤に、沢山触って欲しい、かな……」
 ――この後、佐藤の中でベッドに吉田を横たわらせた記憶が希薄なのは、それだけ素早い行動を取った為と思われる。


 どこ触って欲しい?と聞くと、全部、という返事が返る。真っ赤になって返事も出来ない吉田も可愛いけど、素直に欲求を口にする吉田もまた可愛い。
 吉田が着て来た寝間着は、今朝見たのと似たタイプだが、丈が短い。これで朝のようにうろつかなくて本当に良かった、と思う。
 裾を上げると露わになった太股の、内側を掌で大きく撫でてやる。すると、吐息ともつかない溜息が吉田の口から熱っぽく零れた。
「気持ち良い?」
「ん……」
 小さくだが、吉田が頷く。こうして素直に態度に出してくれると、佐藤の方にも余裕というか、安心が生まれるのか、普段より気が落ちついて事が進められる。
 肩の紐をそっと外して、露わになった乳房を優しく撫でる。最初の頃、全く慣れていない吉田は触られる度に痛がったが、今は佐藤も力加減を覚えて来たし、何より吉田が慣れてきた。腹部と胸の境から、ゆっくりと全体を撫で上げる。
「……う〜、どうしよ……」
 佐藤の掌に身じろぎながら、吉田が言う。
「声が出ちゃう……」
 困ったように、眉をひそめる吉田。
「胸撫でてるだけなのに、もうそんなに感じちゃってるの?」
 わざと意地悪を言って、相手の真っ赤な顔を見たがるのは佐藤の困った癖のひとつだ。しかし、今日の吉田はいつもとちょっと違う。色んな意味で。
「だ、だって何だかいつもよりドキドキしちゃって。触られるとビクーってなって……素直になるだけじゃなかったのかなぁ……?」
 こんな効能(?)は聞かされてない、と吉田は首を捻る。
「身体も素直になってるって事じゃないか?」
 殆ど出まかせのような佐藤の言い分だが、吉田は「あ、そっか」と納得したように頷く。普段と違うような空気を湛える吉田だが、そういう反応はいつもの吉田だった。どんなになっても吉田は吉田なんだな、と佐藤は嬉しく思って笑みを浮かべる。
「じゃ、どこまで感じやすくなってるのか、試してみようかv」
 にっこvと佐藤は笑いかける。
「ん、何……ひゃ、あッ!」
 ちゅう、と敏感な先端が佐藤の熱い口内に含まれた事に、吉田甲高い声をあげて戦いた。
「ぁんっ!あっ、そ、そんな吸っちゃ、ぁっ、あっ!――んぁぁぁぁっ!か、噛んじゃだめぇーっ!」
「痛い?」
「い、痛くないけど……はぅ……んっ、んーっ!」
 付け根を歯で軽く甘噛みし、それでより突き出た先を舌で突くと、面白い程吉田が反応する。ざりざりと舌で撫でると、背を逸らして感じ入る。その身体が突っ張った感じが取れて弛緩した時、しっと足の間に手を忍びこませると、下着の布越しでも解る程にそこが潤っていた。触れた感触は当然吉田に伝わり、胸元に顔を埋める佐藤に、何だか強請るような顔をしている……と、思うのは錯覚ではないのだろう、と佐藤思う。
「もうこんなになって、凄いね……胸だけでイケそう?」
「む、無理だよぅ……気持ち良いけど……」
 こっちもちゃんとして、と無意識か下肢を佐藤に擦り寄せる。こんな仕草、いつ覚えたんだかな、と苦笑しながら、自分との行為の中でしかあり得ない事実に溺れそうになる。
 ちゅ、と可愛いキスを唇にした後、改めて胸に顔を埋め、吉田を絶頂へと追い詰める。両方とも美味しそうに色づいた先端を、片方を口に含みもうひとつは指で可愛がってやる。くにくにと弄る度、子犬が鳴くような声が吉田から絶え間なく発せられた。
 さて、そろそろ、と肝心な箇所を人差し指でつぃ、と撫でる。それだけの感触に、吉田肢体全体がビクンと撓った。
「ひゃ、ぅっ、んっ!んっ、んんん――――ッッ!!!」
 数回、亀裂をなぞるように指を滑らしただけで、吉田は容易く昇り詰めてしまった。佐藤が言ったみたいに、身体も素直になって快楽を救い取り易くなっているのかもしれない。
 まだ狭い吉田の秘所が、伸縮を繰り返して熱い液を溢れさせているのが布越しで解る。強めに推すと、下着から滲み出る程だった。
 これではもう着けている意味はないな、と脱がそうと足を持ち上げる。見れば案の定、クロッチ部分はぐっしょりと濡れて、下にある肌すら透けさせていた。脱がすと、甘い香りの愛液がつぅ、と糸を引く。
(うわ、凄いやらしい……)
 ごくり、と佐藤の喉が鳴る。露わになった其処は、いままで弄っていた先端と同様、赤く染まって期待に震えている。足の間から窺える吉田の様子は、柔らかいベッドに身を沈め、今の絶頂で乱れた息を整えようと身体が調整を行っているのか、胸が上下する様が酷く劣情を駆り立てる。
 自分を見降ろす佐藤に気付いたのか、ふにゃりとした笑みを浮かべる。
「おっきい声出ちゃった……」
 皆に聴こえたかな、と呟く。
「平気だろ。まだ皆でワイワイやってるだろうし」
「ん……そっか」
 頷くだけの些細な仕草が、今の佐藤の劣情を酷く揺さぶる。
「吉田……」
 目をとろんと蕩けさせている吉田の顔中に、キスを降らす。まだ大した運動もしてないのに、佐藤も息が荒い。乾いたような喉を潤す為、吉田に口付け、口内の唾液を貪る様に救い取った。
「んく……ふ……ぅ……」
 たどたどしくも自分の動きに合わせる吉田を抱きしめ、今日こそはより深く触れる予感に佐藤は震えた。



「――えっ、じゃあ、瓶の中はただのお酒だったの!?」
 思わず上げたヨハンの声に、ジャックは悪戯が成功した子供みたいに笑う。
「じゃあ、秘薬とか素直になれるとか、全部嘘って事?」
「強ちでらためでもないけどな。酔えば気が大きくなるだろ?恥ずかしくてダメっていうなら、酒でも飲んでテンション上げれば簡単にクリア出来そうじゃねえか。
 まあ、でも、ヨシダの場合、酒を飲ますだけじゃなくて、おまじないだって言った方が効くと思ってな」
 ジャックのその目論見は正しかったが、とりあえず現時点ではまだ誰も知らない。
「なら、隆彦に酒をぶっかけたのも、その計画の内な訳か?」
 昼間、あちこちで買い漁ったマンガ本から一旦顔を上げ、言う。
「まあな。本当に飲んでくれるかどうかは解らないけど、何時飲んでくれてもタイミングが合うようにな。酔いが覚めてからじゃ、何の意味もないし」
 それに隆彦も大人げないから、酒をかけられたりされたらすぐに部屋に引っ込んむだろうし、とジャックは言うが、大人げないのはどっちだというのがこの場に居合わせた全員の突っ込みでもある。
「……あんまり、手を出さない方がいいんじゃないかな」
 視線はすでに紙面に戻し、頁をめくる。彼の言葉を受けて、ヨハンも僕もそうだと思うよ、と控えめに主張した。
 と、その時。
「あれっ、隆彦」
 誰とも無く、その名を口ずさむ。半ば反射的に振り向く3人。
「…………」
 佐藤はどかどかと空間に入り、その足取り以上に乱暴に空いている席に座る。
「よう、隆彦!」
 しっかり隣に移動したジャックは、佐藤の肩を叩く。
「可愛い彼女はどうしたんだよ!今まで1人で居た訳じゃないんだろ?ん?」
 あまりに不躾なジャックのセリフに、ヨハンは赤くなったり青くなったりだ。ああ神様、僕にもう少し勇気と力ががあったらジャックをここから引き離すのに!それを為し得ない自分に、ヨハンはもう一度神に縋った。
「……吉田は、寝てるよ」
 不機嫌な程に低い声だが、ジャックはそれを照れ隠しと取った。
「そうかそうか!で、お前はここに居ていいのか?」
 第2ラウンドはどうだ?と暗に囁くジャック。
 しかし、佐藤はジャックの方なんて見向きもせず、ただ前方を凝視していた。現実から目を逸らすみたいに。
「当分起きないと思うよ。ぐっすり眠ってるから。……ちょっと揺さぶっても起きないくらいに」
「……………」
 ここでジャックは、というか3人は、佐藤に漂う不穏な空気というか、哀愁みたいなものを感じ取った。
「……寝てるのか。ヨシダは」
「そう」
「ぐっすりと」
「そう」
「……そうか……」
「……………」
 佐藤の心情が伝染したように、3人も押し黙る。
 ……どうやら、アルコールで促進された吉田の中の睡魔は、最後をするまで堪える事をさせなかったようだ。物言わぬ佐藤がそう語っている。
「……夜なのがいけなかったのかな」
「そもそも、お酒を飲ませたのが間違いだと思うよ」
「要するに、何もかもダメだったんだろ」
 ジャックが呟きヨハンが続き、最後でばっさり切り捨てられた。
 とりあえず、激しく落ち込んでいる佐藤に関しては、遠くで見守る方向で。


 あのまま、あそこで燻っていても仕方ない、と佐藤は吉田がベッドに居る自室へと戻る事にした。
 ……正直、今の状態で眠る吉田の傍にただ居るというのはかなりキツいものがあるのだが、それでも傍に居たいという思いの方が強い。意外と自分を追い込む佐藤だった。
 吉田を起こさない様、そっとドアを開ける。まあ、あのぐっすりぷりでは、ちょっとやそっとで起きないのは実証済みだが。
 月明かりの室内は、照明を落としても動き回る事が出来る。ベッドにまで辿りつき、すやすやと眠る吉田の寝顔を見ると、やはり戻って来て正解だったと思う。ふ、と顔を穏やかに緩める佐藤。
 しかしここからが問題だな、と佐藤は微笑だった顔を引き締める。ここからではシーツに隠れて見えない肢体が、潜り込めば否応無しに触れてしまう。寝間着は整えたが、すっかり濡れそぼった下着は脱がしたままだ。新しく着けさせようにも、はっきり言って色々耐えられない。
 まあ、見なければいいのだ。見なければ!
 意識を引き締め、そっと隣に潜り込む。やはりさっきの普段より大胆な吉田の行動の秘密は、ジャックが飲ませた酒にあった。大方そんな所だろうな、と思っていた所、本人からの自己申告で事実がより明らかになった。とりあえず、ジャックには一発蹴りを入れておいた。大虎を吹っ飛ばす佐藤の蹴りを貰った今のジャックがどうなってるかは、各自の予想で補完して貰いたい。
 同じベッドに戻ると、吉田からの良い香りがして、佐藤はいきなり困る。ちょっとだけ、離れて眠ろう、と佐藤は思ったが。
「ん………ぅん、」
 意識は無くても、佐藤の気配を感じ取ったのか、ころん、と佐藤に身を寄せる。胸元に頬を寄せた吉田は、好きな人の匂いに包まれたからか、幸せそうにむにゃむにゃと口元を蠢かせた。
「………………」
 勿論、そんな可愛い吉田を佐藤が引き離せる筈もなく、佐藤はこのまま夜を迎える決意をした。
 ……今夜は、長くなるだろう。
 さっきも思った事だが、今は大分その意味を違えて佐藤は思った。


 寝付いた時間の都合だろう、その日の朝は吉田の方が早く目が覚めた。しかしその快挙に彼女は浮かれる事無く、大いなる問題に頭を悩ませていた。
(な、な、な、なんでパンツ穿いてないの……!!)
 やけに下半身が解放感著しい訳である。それに気付かず、昨日みたいに屋敷内を出歩かなくて本当に良かった。
 いや良くない。
 自分の真横でこんな時も格好いい寝顔を晒している佐藤と、昨日何があったのか。それがさっぱり記憶に無いのである!これは由々しき問題だ!大問題だ!!
 パンツを穿いていない、という現実を踏まえると、恐ろしいというか顔から火が出そうな想像しか浮かんでこない。他の可能性もあり得無さそうだし。
 あわわ、あわわわ、と吉田が真っ赤になって悶絶している時、佐藤が目を覚ました。
「ん〜……吉田、おはよ」
 寝起き直後の、気だるい感じの半裸な佐藤に、違う意味でちょっとドキっとなったが、すぐに今まで抱えていた問題を思い出す。
「……あ、あの……き、き、き、昨日………っ!!」
 真っ赤になって、セリフすらままならない吉田の様子を見ると、昨夜の記憶がすっぽり無いのが解る。予想しなかった事態でもないので、佐藤は胸中の嘆息で終わらせた。
 吉田に説明してやろうと口を開く前――いい考えが佐藤に過る。
「昨日。……昨日、か」
「そ、そう、昨日!なんかあった、というか何かした、というか……!!」
 おろおろとしたような吉田に、佐藤は思わせたっぷりに言う。
「うーん……それは……とても、俺の口からじゃいえないなぁ。まさか吉田が俺にあんな事するなんてv」
!!!!!
 吉田の身体は激しいショックを受け、硬直した。


「さ、佐藤!ねえ、本当に何があったのってば!」
「え〜? 口にしたら、俺、お婿に行けなくなっちゃうもの。吉田が責任取ってくれるなら、言ってあげるv」
「ううう、嘘!それ、嘘だね!またいつもみたいに、からかってんだろ!」
「吉田がそう思いたければそれでいいよ。真実は俺だけ知ってればいいんだ……」
「何神妙な顔で神妙な事言ってんだ―――――!!!!」
「ははは、吉田、顔真っ赤v」
「ささささ、佐藤―――――!!!」
 朝食の為にと、食堂に出てからも2人はずっとこんな調子だった。食堂には他に人も居るが、佐藤は元より吉田もそんな事には構っていられないようだった。まるで押し問答のように、昨夜の事を問い詰めている吉田の様子から、彼らもまた昨日の記憶が彼女から欠落しているのを知る。果たしてそれが佐藤にとっていいのかどうかは解らないが、とりあえず現在において格好のからかいの種になっているようだから、まあいいよね☆(←主にジャックの言い分)
「ある意味、2人だけの世界、って感じだな」
 やいのやいのと言い合う佐藤と吉田を見て、ジャックはそんな感想を抱き、隣に呟いてみせる。
「確かに、な。……それと、今の様子を見て思ったんだけど、隆彦は艶子と違って根っからのサディストじゃなくて、Sっ気のある苛めっ子、て所なんだな」
「どう違うの?」
 ヨハンが尋ねる。
「艶子は甚振る事自体が楽しいけど、隆彦は”好きな子を”苛めるのが楽しいんだよ。だから、好きな子以外が素直に従ってみせた所で、面白くもなんともないのさ」
 そっか、とヨハンは表情に影を落としながら呟く。
 そんなやり取りをする3人の前で、佐藤はとても嬉しそうにに、吉田を苛めて楽しんでいた。心から。
 その笑顔を見て、今後の行方が不安だった友人が、とてもいい相手を見つけた事に、皆はそっと祝福した。……まあ、分吉田には謝りたくなるけど。困ったヤツでごめん、と。 
 とりあえず、俺達は朝飯にしようと、ジャックはキッチンに向かった。後ろから吉田の声が響く。
「ね――!本当に、教えてよ―――!」
「ええー?そんなの、恥ずかしい」
 まだやり取りは続いている。最終的に、佐藤は事実を打ち明けるのだと思うけども。……多分。
 結局艶子が帰りのヘリを飛ばすまで、この佐藤にだけ愉快なやり取りは続いたのだった。



<END>

*こ、これで終わりです…!長くなった…!
吉田は多分酔ったら大胆になると信じている(笑)
それはそうと、日本のマンガ読んでた人の名前が解らなくて地味に困るという。いつか名前出るといいな…山中の下の名前とかも。