この学校でモテてモテて仕方ない佐藤は吉田の事が好きで、そして吉田も佐藤の想いを受け入れているし、吉田からの気持ちも勿論ある。それは2人の間では絶対の事だが、周囲には隠された事実でこの事を知るのは本当に一握りの人間しか居ない。
「ねえ、ヨシヨシ。次の土曜日、暇なら合コン行かない?」
 だからこんな話が来ても、ある意味仕方ないのかもしれなかった。
 そう井上に言われた吉田は、一瞬何に誘われたのかが解らなかった。あまりに自分にとってかけ離れたような単語で。
「ご……合コンって、あの合コン!?」
「どの合コンが他にあるか知らないけど……まあ、一般的は他校の男子と顔を合わせる事よね」
 明らかにテンパっている吉田を面白そうに微笑み、井上は説明を付けたした。
(うひゃ〜、生まれて初めてそんなのに誘われた………)
 なんだか大人に近づいてるようでドキドキしたが、生憎吉田はこの誘いに乗る訳は行かない。何せ絵のモデルになるだけで呪いかける程までに妬く佐藤なのだ。合コンに行くとか言ったら、本当に監禁されかねない。
「あ、あの〜……あんま、そういうのはちょっと…………」
 なるべく佐藤の名前は出さないように、吉田は穏便に断ろうと試みた。しかし大抵、荒立てないように終わらせたい事は、中々その通りになってくれない訳で。
「え、でも、ヨシヨシ付き合ってる人居ないんでしょ?」
 そう言われてしまっては、秘密裏に佐藤と付き合っている吉田としてはぐうの音も出ない。それにさ、と井上は畳みかけるようにセリフを続けた。
「場所はカラオケなんかじゃなくて、ドルチェ食べ放題の店なのよ! しかも代金は全部向こう持ち! いい男が居なくても、どう? 良い話でしょ」
 吉田が甘い物が好きだというのは、あえて尋ねなくとも中学を共に過ごした同級生なら解る事だ。井上が目論んだ通り、ドルチェ食べ放題、の所で吉田の目がキラリと輝いた。
「ドルチェ食べ放題………」
 思わず台詞を反芻していたりする。
「たまにはそうやって良い目も見なきゃ! ね、一緒に行こうよー」
 まるで逃がさない、とばかりに井上が吉田をぎゅーっと抱きとめた。少し息苦しいくらいの抱擁に、あわわ、と吉田は腕の中でもがくが、気になる単語を見つけた。
「一緒に……って、井上さん、彼氏は?」
 出会いを求める場である以上、両者共一人身である事が前提であるのは間違って無いはずだ、と思いつつ吉田は問いかけた。すると、井上はにこっ!と極上の笑みを浮かべる。吉田は経験で知っている。人は凄まじい怒りを抑える時、逆に輝く笑顔になってしまうという事を。
「知らない。あんなヤツv」
 フフーンフーン♪と鼻歌まで歌いだした。この合コンの言いだしっぺってもしかして井上さん? とそこまで訊く勇気は吉田には無かった。
「ヨシヨシもね、覚えてた方がいいよ。将来彼氏とかが出来た時、「付き合ってるからもう大丈夫」なんて思わせないようにしなきゃ、舐められっぱなしなんだから。たまには合コンにでも顔出して、ヒヤヒヤさせた方がいいんだから」
「…………うん、覚えとく」
 そう返事した吉田の脳内に、自分を苛めて楽しんでいる佐藤の顔が過ぎたのは言うまでもない。


 それで結局、吉田はその話を引き受ける事にした。傍に井上が居るなら、男が言い寄った時に自分にその気が無いと解ると、さりげなくフォローに回ってくれるだろうし。
(ま、どうせ声かけてくる男なんて居ないと思うけどさ)
 どこまでも自分の容姿に冷評しか下さない吉田だった。夢見がちだけどリアリストだ。
 それにどうやら、彼氏からみで井上の機嫌は降下の一途を辿っているようだ。他の面子はまだ訊かされてないが、それなりに気の知れた自分が居れば、まだ持ち直しがし易いように思う。だから決して、ドルチェ食べ放題につられた訳ではないのだ。決して!
 自分の洗脳に成功した吉田は、着て行く服を考える。真実はどうあれ、一応は合コンの体裁を整えなくては井上達が恥をかく。やっぱりスカートを着ていくべきだろうな、と吉田は色んな服に合わせやすい白いスカートをまず選んだ。そして、襟の形が可愛いブラウス。当日の天候と相談して、毛糸のカーティガンを着ていくつもりだ。服の色をパステルカラーで収めたから、上着は強いオレンジ色のコートを着ていこうと思う。
 これまではちょっとはお洒落というものを気にかけてはいたものの、最終的には「服は動きやすければいいや」と思ってた吉田だが、佐藤と付き合うようになってからは色の組み合わせや流行りの型を気にするようになった。服を夢中で選んでいる時はいいけど、終わったらそれを恥ずかしく思ってしまう吉田だ。佐藤と付き合ってるのだというのを、改めて実感するから。
 手持ちの服で体裁が整うと判断した吉田は、次に最も大いなる問題に取りかかった。つまりは佐藤についてだ。
(やっぱり、言わない方がいいな)
 うんうん、と自分だけで腕を組んで頷く。モデルの時は馬鹿正直に言ってしまったから痛い目を見たのだ。その経験を踏まえ、リスクを回避するのが学習ってものだ。
(とらちんと遊ぶって言っておこうかな……あ、井上さんと遊ぶでいいか。そんなに嘘じゃないし)
 自身が偽るのを得意としているからか、佐藤は嘘を見抜くのが鋭い。吉田の嘘を見抜くなんて、それこそ赤子の手を捻るようなものだろう。だったら、なるべく嘘はつかないほうがいい。つかない嘘は絶対に見破られないのだから。
 そうやって吉田が吉田なりに計画を立てている中、佐藤の方から思わぬセリフを運んできた。
「次の週末、実家に戻る事になって」
 ここで佐藤の言った「次の土曜」は他でもない合コンの日でもある。と、なると、吉田は外出の言い訳を言わなくて済むし、佐藤に見つかるかもしれないという緊張からも解放されるという事だ。佐藤によって不遇な目に遭うのが慣れてしまった吉田は、自分にとって上手い展開になった事に、何かのドッキリかとまず疑った。哀しい性が出来てしまったものだ。
 しかし実家に帰る、と伝える佐藤の顔を見る分には、嘘でも冗談でもましてドッキリでも無いようだ。なんとなくだけど、その結論は間違って無いように思う。何か隠し事をしているとを看破させたら断念せざるを得ない、という覚悟まで決めていた吉田にとっては、渡りに船、というヤツなのだろうか。
「そ、そうなんだ。大変だね………」
「まあ、大変というよりひたすら面倒なんだけどな」
 佐藤が今からうんざりしたように言う。以前も面倒だと表現していたから、本当に、心底嫌なのだろう。思えば、吉田は佐藤の家族構成……というか家族の人となりを知らない。佐藤が言わないからなのだが。
「――って事で、今日家においでv 晩飯食っていけよ、姉ちゃん遅いから」
 どうやら、週末会えない分を今日取りこんでおこう、という魂胆らしい。これから先の事を思い、吉田の頬に朱が射す。
「ん………うん。いいよ」
 頷きがてら、後でとらちんにアリバイ工作頼まなくちゃな、と吉田は思った。まだ家族にも、佐藤の事を打ち明けていな吉田は、一緒に遊ぶ時には高橋の名前を借りていた。彼女なら親もすでに知っているし、帰りが多少遅くなった所で口煩く言われる事は無い。元から秘密事は苦手な性質なのだが、ここ最近そればかりが増えていく事実に、吉田は折に触れては溜息を洩らすのだった。


「あらー、可愛い服。何、デート?」
 玄関で靴を履いていると、背後の母親からそんな野次が飛んだ。
「違うよ! 井上さんと遊ぶの!」
 これまでが全く衣服に無頓着だったせいか、ちょっと可愛い服を着るとそんな事を言われる。髪も以前は伸びると切っていたが、今は伸ばしたままにしている。髪弄りをしてみたいのだ。
「晩御飯はどうするの?」
「んー……多分帰ると思うけど……後で連絡する」
「なるべく早くしてねー」
 井上の口ぶりだと、話して食べて終わり、という感じのようだった。盛り上がれば2次会みたいなノリでカラオケにも行くかもしれないが、そうなったら吉田は辞退するつもりだ。そこまでいけば本当の合コンだし、ドルチェはもう無いし……いや、目的はあくまで井上のフォローだ。うん(←再洗脳)
 だからそんなに遅くはならないだろうと、吉田はそう判断したのだ。
 この時は、まだ。


(ドルチェってなんだろうな〜vv ティラミスとか、パンナコッタかな? ケーキはなんだろう〜vv)
 ドルチェはイタリア語で甘いという意味、と博識な佐藤から教えて貰った為、イメージで浮かぶのはイタリア菓子だった。
 文字通りの甘い誘惑に、吉田はうきうきと足を進ませた。集合は駅前だ。付近のビルに目的の場所がある。
 大通りに出て、商品をアピールする為のウィンドウに、自分の姿が移る。見れると気になるものだ。改めて、自分の容姿がどんなものか、窓に映る姿をチェックする。多分、変じゃない……と思う。にわか仕込みのファッションセンスでは、そのくらいの判断で精いっぱいだ。
(何着ても、佐藤は可愛いしか言わないもんな…………)
 この姿を見ても、きっとそうなのだろう。などと佐藤の事を思ってしまって、吉田は一人顔を赤らめる。執着してしまうのはみっともないと思っているのだ。佐藤の方は思いっきり独占欲を露わにして、吉田はそれを甘受しているというのに。まあ、その辺りは性分なので矛盾が生じても仕方ないが。
 ナンパには気をつけろよ、何て言う吉田にとっては見当違いも甚だしい佐藤の心配事にも、一応頷いてやっている。
(佐藤のセンスもよく解んないな。他にもいっぱい可愛い子居るのに、なんでそんな事……)
「ねえねえ、そこの可愛い子ちゃん。暇なら一緒にお茶しない?」
 自分なんかを誘おうとするのと、今時こんなベタな文句でナンパするヤツが居るのかという驚きに見舞われ、吉田は反射的に声の方を振り返り――ビキィっ!と全身が凍ったような感覚に見舞われた。なぜならそこに居たのは――
「そんなお洒落して、一体どこに行くんだ吉田? 俺も行っていいかなぁ」
 極上の笑みを浮かべた佐藤が立っていた。
「……………」
 その笑顔に、長い一日が幕を開けたのだと察した吉田は、まずは胸中で今日は晩御飯要らないな、と思った。


 現場を踏まれてしまっては、もう吉田に逃げ場は無い。全ての事情を打ち明けさせられた後、井上に不参加の連絡をした。
 で、今は佐藤の部屋。やっぱりというか、姉は居ない。
「――全く、ケーキ目当てで合コンとか、なんだかいっそ泣けてきたよ。俺はケーキ以下か?」
「だ……だって、いっつも佐藤に奢られてばかりじゃ悪いし……」
「へえ、気遣ってくれたんだ。ありがとな」
 そう言うが、佐藤はちっとも有難そうな顔はしていない。
「でも、出来ればそういう場所に行く事に俺がどう思うかって方に使って欲しかったな、その気遣い」
「あぅ……ぅ……」
 珍しく理不尽な論理展開もなしに、ひたすら正論で詰め寄る佐藤に、吉田は白旗を上げるしかない。
 部屋に着いてから始終こんな感じだが、お茶を出してくれた辺り、本気で怒り狂っている、という訳でもないらしいが。
「あの、佐藤、実家に帰ってるんじゃ……?」
 ある意味、今回の話に乗った一番の要因はそれだったというのに、何故佐藤が今ここに居るのか。最初から不思議だったが、とても聴ける雰囲気じゃ無かった。
「ああ。この前家に寄ってくか、って聞いた時、すんなり頷いたから少し不審に思ったんだ。だから今回は行かないでおいた」
 いつもなら、まだ照れの方が先走る吉田とひと悶着とまではいかないが、何回かのやり取りをして成立する事なのに、と佐藤は不審に思ったのだった。
 それでちょっと周囲に探りを入れてみたら、中学から仲の良い井上が合コンを計画しているという情報を入手した。そして、その日は、まさに自分が不在の時で佐藤の脳内に嫌な想像が成り立つ。で、試しに待ち合わせ場所に多く使われる駅前に行ってみればビンゴだった。つまり吉田が白状する前に全て佐藤は知っていたのが、あえて吉田の口から言わせた訳だ。まさにドS。
「……行かないで済むものなの?」
 吉田が恐る恐るという風に問いかける。
「こういう時に行かないで済むように、いつもは顔を出してる」
 どうやら結構な無理を通したようだ。両親の、佐藤への心象が悪くなって無いといいな、とちょっと心配になった。
「こんな、可愛い服着ちゃってさ………」
 まるで子供の拗ねたような口ぶりだったが、襟元を撫でる手に吉田はひやりとしたものを感じた。このまま、服を破られるのではないか――そんな考えが頭を過る。
「酷い事されると思ってる?」
「!」
 まるで見透かしたような事を言う佐藤に、そんな事無い、と否定しようにも震えて声が出なかった。佐藤の感情に中てれて。吉田の前で佐藤が取りつくろわない、というのもあるし、吉田も佐藤の心の機敏を察し易い。以前、サディストなオーラを教室でも出した時、誰よりも強くそれを感じたのは吉田だった。
 小刻みに震える頬を、佐藤は撫でる。
「……いっそ酷い事が出来たらいいのにな」
 そうしたら吉田の心にずっと残る事が出来る。自分から苛めの記憶が失せない様に。
 悔むような羨むような、吉田には推し量れない複雑な声。その呟きが終わると、吉田の体はベッドの上に押し上げられていた。背中に感じる感触は、今となっては慣れたもの。しかし。
「ダッ……ダメ!やめて!お願い、本当に止めて!」
 金縛り状態から抜け出た吉田が、手を足を使って覆いかぶさる佐藤を押し退けようとする。いつもとは違うような素振りに、怪訝に思った佐藤は吉田を見る。
 逃げる意思は無いみたいだし、嫌がってはいるがそれは嫌悪からでもない。しかし、照れて恥ずかしがっているからの抵抗でも無さそうだ。
「どうして?」
 ただただ疑問だけを思った問いかけに、吉田は答える。顔を真っ赤にして。
「だ、だから……あの………」
 視線をあちこち忙しなく動かし、それでようやっと吉田はその訳を言い出した。
「さ、佐藤とじゃないから……し、下着がバラバラっていうか……へ、ヘンなのだからっ………!」
 その発言は、取りも直さず佐藤の時は下着も選んでいる、というより脱がされるのを由として着ている、という打ち明けでもある。そんな事を暴露させられ、吉田の顔はこれ以上無いくらい真っ赤っかだった。
「…………」
 一方、そんな吉田を見ろしていた佐藤は、頭上に教会の鐘が現れリンゴーン♪と福音を奏でていた。駅前で、めかし込んでいた吉田を見た時、佐藤の胸の内に嫉妬やら虚無感やらが渦巻いた。吉田は自分の為にも可愛い服を着てくれるが、自分の為だけしか着ないという訳では決してないのだ。自分だけのものには出来ないという現実を改めて突き付けられたようで、見つけてから声をかけるまで、佐藤が多少の時間を要したのを吉田は知らない。
 しかしどうだろう。吉田は自分と居る時は下着も気にかけるという。その他はしないと。自分にだけ対応を変えているのだ。それがどんな事であれ、佐藤をどこまでも高揚させる。ましてこんな可愛い事となっては!
「……ふぅーん、変なのってどんなの? 見てみたいなv」
 底抜けに明るい佐藤の声が、自分にとっての最悪のセリフを言っているといのを吉田がちゃんと把握するのに、ちょっとの間があった。その間がまさに命取りだった。
「な、何を今……!!! ッッきゃぁああああああああ――――ッ!」
 可愛い悲鳴だなーと吉田の細い足を持ち上げた佐藤が満悦の笑みで思う。持ち上げられた足はスカートを捲り、隠したい物を露わにしてしまっている。ぼがん!と頭が破裂したような羞恥が吉田を襲う。
「や、や、や、や、止めてよぉぉ………ッ!! 見ないでぇ………!!」
 恥ずかしさで顔を真っ赤にし、ぐすっ、ぐすっ、と嗚咽を漏らす姿は佐藤のお気に入りのひとつだ。だって、こんな顔は自分しか見てないのだから。
「別に変じゃないよ。可愛いじゃん、ウサギで」
 いっそ無神経なくらいの佐藤のセリフの通り、コットン素材の下着には可愛いウサギのイラストがプリントされていた。円らな目がなんとも愛らしい。ニンジンを持っているのはご愛嬌だ。勿論可愛いには違いないが、16歳が自ら好んで選ぶ物ではない。小学校の頃から体型の変わらない吉田が、その時の衣服を着れなくなるまで使い続けているのは想像に難くない。それが本人の意思か、母親の方針かまでは解らないが。
「か、か、可愛いって……可愛いって………!!」
 羞恥心が限界以上の飽和状態になった吉田は、ろくに言葉も紡げない。はくはくと口を開閉する様は金魚のようだ。丁度赤いし。
「そんなに嫌なら、脱いじゃおうかv」
 今の段階でこれ以上無いってくらい最悪なのに、佐藤は常にそれを凌駕してくれる。今度は止めても何も言えない間に、するっと下着が下肢からすり抜けた。こんな場でなければ、その手つきに惚れ惚れしたいくらいだ。
「――――――ッッッ!!」
 今度こそ、本当に頭の中が爆発してしまったかのように、吉田はますます紅潮した。目に涙も浮かぶ。
「………ゃぁ……う……ひゃっ………!」
 首元に顔を埋めた佐藤が、ぺろりとそこを舐め上げる。首が弱点の吉田は、それだけで身体全身が反応してしまう。
「ん………ぅんー……っ………」
 悩ましげな声を上げつつ、吉田が身を捩る。しかし何も付けていない下肢を気にしてか、その動きは実に控えめだった。別に今日が初めて見られるという訳でもないのに。初さが抜けないのが吉田の可愛い所なのだ。
 舌で首を可愛がる傍ら、両手はブラウスのボタンを外していた。しかし、全てではなく胸部が晒せられるくらいに留める。
「服、可愛いから。脱がすの勿体ないよな」
 そう言いながら。
 しかし、確かに衣服は脱がされてないものの、ショーツは取らされ、ブラジャーは押し上げられ、局部のみ露わになっているこの状態は全裸よりかなり恥ずかしい。けれど脱がしてくれと頼むのも恥ずかしく、吉田はどうにも動きのとれない状態だった。
「あっ!」
 なだらかなラインの乳房に、佐藤の大きな手が被さる。他人の温度に驚き、吉田は声を上げた。
 肉つきが薄い事が関わっているのか無関係なのかは定かではないが、最初の頃は触られると痛みを感じた。しかし佐藤も力加減が解って来たのか、吉田が慣れたのか、最近は訴える程の痛みは感じなくなった。
 佐藤は胸を掴み上げるように周囲を握り込み、より上向いた色づいた突起にねっとりと舌を這わす。
「ふ……ぁ……さ、佐藤……やらしい、よ…っ…………」
 執拗に繰り返されるその動きに、吉田から抗議があがった。
「仕方ないだろ。お前の前なんだから」
「――きゃぁぅっっ!」
 そう言った佐藤は、さっきよりも色の濃くなった先端を吸い上げる。強く与えられた刺激に、吉田の背中が弓なりに反った。
 吉田は胸が感じやすい。それは小さい事を気にしている反動のように思えた。
「や、やぁっ! そ、そんなしない……でぇっ……!」
 ちゅうちゅうと吸いついてくる佐藤はまるで赤子のようだった。胸に顔を埋める佐藤の頭を、吉田は掻き抱いた。少しでも紛らわそうと勝手に腕が動いたのかもしれないが、まるでもっと、と強請っているような行動だった。
「ふぁ……――んあぁぁぁぁぁッ!」
 軽く甘噛みされ、感覚に慣れてきた頃にこの刺激は溜まらなかった。甲高く吉田が啼く。
(やだー!ヘンな声出ちゃった……!)
 羞恥に目が滲む。それと、違う場所が潤い始めて来てるのも吉田の羞恥を煽る要因だった。下着は取られてしまったのだから、溢れたら塞いでくれるものは何もない。このスカートは気に入ってるから、ダメにしてしまのは惜しい。
(ど、どうしよう………)
 自分で伝えるのなんて恥ずかし過ぎる。でもスカートも気になる。しかしそんな不安はする必要は無かった。吉田が思った後、すぐに両足を抱え上げた。ばさり、とスカートが胴体側に掛ったのを感触で解る。しかし下肢を全て晒しているのは、この体勢なら視野に入って解る事だ。
「あ………ぁ………」
 吉田の足は最終的に佐藤の腰に回された。佐藤の体が邪魔をして、足を閉じる事は出来ない。吉田の足をそのままに、佐藤がさらに吉田の体の上に伸し上がる。佐藤との下肢の距離が近くなった。まるで、今にも……
(本番、するのかな………)
 全てを晒し、快楽を共有したがまだ佐藤は吉田の中に入っていない。なので吉田は首の皮一枚で、ギリギリ処女、といった具合だった。
 佐藤の一部が自分の中に入る事に抱くのが、不安なのか期待なのか、吉田は考えるといつも解らなくなってくる。今もそうだ。でも、止めさせようとは思わない。吉田からの意思ははっきり言って解らないけど、でもそれだからこそ心底欲しがっている人がいるならその人にあげてやろう、と思うのだ。そう、佐藤に。
 ドキドキと、吉田の鼓動が早まっているのが何故か見ているだけで解る。それに口角を持ち上げ、なんだか曖昧な表情の笑みで佐藤は言った。
「ね、スマタ、って言って解る?」
 質問と言うよりは確認のように佐藤が訊く。
「な、なんとなく…………」
 もごもごと吉田は返事をしたが、本当は何となく所ではなくきちんとした形で知っている。最も、実地ではなくあくまで本から得た知識ではあるが。つまりは、互いの秘所を擦り付け合わせるのだろう。
 佐藤のを見るのはこれが初めてではないし、触れてもいるし舐めた事だってある。それでもまだ触れてない所に佐藤の昂りを感じ、吉田の動悸と熱がぐんと上がる。
「ひゃぁっ!」
(ふわ、佐藤の……が………)
 胸への愛撫で十分に熟れた秘所が擦られ、身体が大きく戦慄く。触れてるのが佐藤のだと思うと、尚更だった。
「吉田のここ、気持ちいいね。熱くてぬるぬるしてて………」
「ばっ、ばかぁっ!!」
 何度か其処を行き来した後、佐藤がうっとりと微笑みながら感じたままを言った。当然羞恥に胸を焼いた吉田だが、その間も続く熱い感触に、甘い声で啼いた。内部を拓かないこの行為は、当然痛みを伴わない。ぬるま湯に浸かってると気付かない内に逆上せてるように、吉田もいつのまにか身体の隅まで、擦られてる箇所のように熱く蕩けきっていた。
 気持ちいい。とても。
 指でするより舌でされるより、一番気持ちいいのかもしれなかった。
 しかしそんな風に吉田が心地よい快楽を得るのはそこまでだった。念願の箇所へ自身が触れる喜びに、知らず佐藤の動きが早まっていく。擦りつけられる速度と度合いが強くなり、与えられる感覚が吉田の処理を超え始めた。
「や、さ、佐藤、待っ、て………っきゃぁっ!」
 ひと際大きく吉田の声が上がったのは、先ほどまでの緩い快楽で存在を露わにしてきた花芯を強く擦ったからだ。佐藤も、そこに擦り付ける時のこりこりとした感触が気に入ったのか、悲鳴のような吉田の声をBGMに何度も繰り返した。
「あぁぁぁっ! やぁっ、そこばっか、ぃやぁぁぁっ!」
「感じすぎて可笑しくなっちゃう?」
「………っやぁぁぁぁんっ!」
 吉田がそう啼いたのは、佐藤の意地悪なセリフに対する返事だったのか、大きな快楽の波が押し寄せたのか。大きな伸縮の後、とぷり、と愛液が湧く。自分の怒張がそれを拾って、なんとも嫌らしい水音を奏でた。特に秘孔を先端の太い所が過ぎる時、大きい音をたてた。その音で昂った後、一番敏感な所を責められるものだから、吉田はもう為す術も無かった。気持ちいいと、羞恥を置いて啼いてしまう。
(ヤバいな、想像以上だ)
 体内で徐々に膨れ上がりつつある快楽に、吉田が啼いているのと同時に佐藤もまた切羽詰まっていた。散々弄られた秘所はとろとろに解れ、佐藤をも濡らしている愛液が溢れる孔は、まるで来るのを待っているように薄く開いてヒクついている。見なくても、擦れる感じで解った。
 このまま突き入れてしまいたい。下部でしか感じ得ないこの粘膜に包まれたら、どれ程の快感と満足感を得られるのか。その欲望は吉田に触れていると常に過るものだが、かなり際どい事をしている今日はまた特に強かった。
 吉田も、この行為に興奮しているのか、普段より身体が解れている。擦っている先端が、くぷ、と僅かに入り込んだ。
「あっ、あッ!―――くぅ、んっ!」
 微かに抉られるような動きに、吉田が一層艶を帯びてた声を上げる。
(今、ちょっと入った……?)
 ぽーっと熱に浮かされた頭では、その判断が覚束なかった。あるいは自分の欲求がさせた幻覚のようなものかもしれない、と思ったから。もう、どこもかしこもが熱くて熱くて堪らない。
「さ、さと……熱い、熱いよぉっ………!」
 可笑しくなっちゃう、と訴えると、佐藤があの特有の笑みを浮かべる。悪戯が施されたのは、吉田が嫌な予感を抱くより早かった。
「熱いって……ここが?」
 確認するような事を言い、そのくせ吉田の返事も待たずに強く擦り付ける。
「やぁぁぁぁッ! ダメっ、熱いッ、そこ、溶、けちゃうぅ………―――ッッ!」
 ビクビクッと細い腰が痙攣するみたいに震える。限界が近いのだ、と見て解った。責める動きは止めず、佐藤はことさら優しい声で尋ねる。
「このままイいきたい? 俺ので吉田のやらしくて可愛い所、擦られてさ」
 揶揄するようなセリフに、吉田の秘所がきゅぅん、と軽く締った。もう羞恥も余裕も無くなった吉田は、佐藤のそんな言葉にも素直に頷く。涙が滲む目元は真っ赤で、全体的に汗でしっとりとしている吉田の肢体は何とも煽情的だった
「ひゃっ! あ、ぅ、あッ、あ――――ッ!」
 素直に答えたご褒美だと言うように、吉田の敏感な箇所を佐藤は強く責める。しかし強すぎる快楽は吉田にとって苦痛だった。それでも今に無い領域に入り始めている事で、頭の中が軽くパニックに陥っている。そんな時、吉田が縋るものは他でもない、自分にこんな仕打ちをしている目の前の佐藤だった。無意識の内に、手が佐藤を探している。
(あ…………)
 無意味に彷徨ってるだけの手が、ふ、と温かさで包まれる。佐藤の手が、握っているのだ。
(佐藤………)
 次いで、口づけが齎された。近くなった佐藤との距離に、暴れる快感はそのままだか安堵感も広がっていく。このまま、勢いに流されても、佐藤が捕まえてくれるから大丈夫。そんな気持ちに包まれる。
「んんっ! ん、ふ……んぅーっ………!」
 と、その時佐藤が離れるように身体を上に浮かせた。口を塞がれ、いかないで、という代わりに小さい肢体でぎゅぅ、としがみ付く様に抱きしめた。半ばぶら下がるかのような形に、佐藤もすぐには引き離せなかった。
「く、ぁ―――ッ!」
 軽い苦悶の声をあげたのは、吉田ではなく佐藤だった。半ば意識の飛びかけてる吉田は、どこか遠くでその声を聞く。そして次の瞬間、腹の辺りに熱い液体をかけられたような感触に見舞われる。
「ん、う………?」
 何だろう、と吉田が疑問に思っていると、身体に重さを感じた。身体を支える力でも無くしたか、佐藤が吉田を潰さない様、ベッドに突っ伏す。すぐ耳元で感じる佐藤の荒い呼吸で、彼がどんな状態かが解った。そして、自分の腹を濡らしているものも。
 どうやら、男性というのは精液を出すとかなり消耗するものらしい。本では無く最近の実践で得た吉田の知識だった。そして達した後、疲労困憊で顔を赤くさせ必死で呼吸を整えようとする佐藤は、吉田にとって凄く可愛い姿に映る。さっきまでの熱と疼きも忘れ、愛しさで胸が一杯になった吉田は、すぐ横で肩を大きく揺らしている佐藤を、また抱きしめた。


「ごめん」
「?」
「あんなの、かけられて嫌だったろ。それに、俺だけ………」
 突然に謝れ、なんの事かと思えば、吉田にとってはそんな事、と言えてしまうものだった。確かに仮に他人のに触ったとなればそれはもう、生理的な嫌悪で吐き気すら起きるだろうけど、佐藤のなのだ。好きな人が自分の体で気持ちよくなって貰って、何が嫌だと思うのだろう。ヘンな佐藤、と吉田は胸中で呟いた。
 でも、それでさっきから腹ばかり洗っている佐藤の手つきにも納得出来た。確かに、そこら辺りに浴びていたのだから。そうしている今も、腹部で佐藤の大きな手が這う。
「〜〜、もう、くすぐったいよぅ」
 柔らかいスポンジと、きめの細かい泡のおかげでどれだけ洗われても皮膚が痛む事は無かったが、何も感じない訳ではないのだ。小さく笑いながら身を捩る吉田を、背後の佐藤が覗き込む。
「ヘンな感じになんない?」
 ここでいう「ヘンな感じ」とは「エッチな気分」に置き換えられる。吉田は、んー、と首を傾げて、
「何て言うか……ちょっと疲れちゃった」
 あのまま流されてれば良かったかもしれないが、ダウンした佐藤を介抱したさに性的なものが一旦キャンセルされてしまった。そして吉田も、それなりに体力を消耗している。あの行為を再び施せば同じように感じるだろうが、苦痛と疲労が比重を占めてしまうかもしれない。それでは意味が無いのだ、と佐藤も思う。
「はーあ、俺、凄くかっこ悪いな……」
 相手に重みを与えないよう、背後から凭れる。預けた吉田の肩からは、吉田の匂いがした。
「え、かっこ悪い? なんで?」
 本気できょとん、となる吉田だった。
「先にイくわ、吉田はほったらかしだわ………」
 ぐりぐり、と落ち込んでるのを慰めて貰いたい、というアピールのように顔を擦り付ける。動物のような仕草に、吉田の顔が綻ぶ。
「別に格好悪くないよー。それに、その、き、気持ちよかったし………」
 顔を赤らめてもごもご言う吉田は可愛い。なので、佐藤はキスをするのだ。頭に額に、耳に頬に……唇に。
 回復がまだの今では、欲情する程の体力も無いが、ただ触れ合っているだけで満たされるものもある。佐藤も吉田も、心地良さに身をゆだね――
 ――ぐぅぅぅきゅるる………
「……………」
「……………」
 一拍の間を開け、噴出したのは佐藤だった。故に、張本人は吉田だ。
「だ、だって! ケーキ一杯食べようって思ってお昼あんま食べなかったんだもん……!」
 その上、その計画は頓挫し、さらには体力を著しく消耗させられた。当然と言えば当然すぎる事で、むしろ何故今まで気付けなかった、と吉田は自分を責めたいくらいだ。くつくつと楽しそうに身体を揺らす佐藤に抱きしめられ、吉田は色んな意味で赤くなる。
「そっかそっかv じゃ、少し経ったら食べに行こうか。好きなだけケーキ食べていいよ」
「えっ、いいの!? ……でも、この辺りに食べ放題あったっけ?」
 どこかリアリストな面の強い吉田は、目を輝かせた後、首を傾げてそう言った。佐藤はまた頓珍漢な事を言う吉田の頭を、拳で小突く代わりにキスを落とした。
「ばーか。そんな事気にするなよ」
「でも…………」
「俺がしたいの」
 どうせ100個も200個も食べる訳じゃないんだろ、と半ば力尽くで納得させる。吉田も、佐藤が一度言いだした事は何が何でも押し通すというのは、うんざるするくらい思い知っているから、もう反対の意は唱えなかった。代わりに、美味しいケーキをたらふく食べる期待に胸を弾ませる。
「ん〜、どこのケーキにしよっかなv」
「最近近くに出来たばっかりの所があるけど」
「あっ、じゃあ、そこにしよう!」
 言いだすのは佐藤だが、決定権はいつだって吉田にあるのだ。
 無論、その店は事前のチェックで味の保証が出来ている。おかしな所に吉田を連れていける筈がない。
 湯船に浸かり、食べたいケーキの名前を羅列する吉田の声は、まるで歌ってるようだった。そう広くない浴室内。他に誰も居ない2人だけの空間で、大好きな人を腕の中に留めてその声に耳を済ませる。佐藤にとってはこれ以上無い至福のひとときだった。
 最も、出だしがあまりいいとも思えなかったが。
 自分に黙って合コンに行こうとしたのがバレた気まずさは、ケーキの事で頭いっぱいの吉田の中からは一時撤退しているようだった。言えば思い出すだろうが、一先ずは黙っていよう。
「――とりあえず、チョコ類はコンプリートしたいなv でもロールケーキもいいし、やっぱり苺のショートケーキも欠かせないし………」
 たまにはこれから始まる、文字通り甘い時間を過ごすのも悪くないと思うから。
(――まあ、暫くしたら言ってやろう。それでもう絶対行かないって言質取って、でもって今日の代償に……)
 そんなお仕置きプランを佐藤が企んでるとも知らず、吉田はただただ、ケーキが目の前に並ぶのを待ちわびていた。
 ――その後、ケーキを食べすぎたと言って、若干体重の増えた吉田が佐藤を避けまくり、またひと騒動起こるのだが、この時はまだ平和だった。この時は、まだ。




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