*未来パロ?な話ですv




 良く言えばスタイリッシュでシンプル。悪く言えば味気なくて素っ気なかった佐藤の部屋だが、最近富に、そこらかしこに生活色が滲みでている。
 例えば、冷蔵庫に張り付けてある、次回買い物時に買うべき物のリストメモを留めてある猫のマグネット。以前の佐藤の部屋では、絶対に有り得ない代物だ。
 佐藤1人の生活なら決して無いだろう物が、あちこちに置かれてある。この変化の理由はとても解りやすく、佐藤だけが暮らす部屋では無くなったからだ。
 現在の寝室のベッドサイドには、吉田とソファに並んだだけの写真が、とても大切に飾られている。吉田の表情はちょっと固く、でも肩に回る佐藤の手をごく自然に受け入れていた。
 その写真を撮った日は、吉田がこの部屋に越して来た日。同棲初日という記念日なのだった。


 同棲、というが、実質佐藤は結婚生活と思って疑わない。後は籍を入れたり、式を挙げたりという作業が残っているだけで。
 不意に――というか、突発的な事で吉田がこの住居に越してきてから、およそ1カ月強。そろそろ、一緒に暮らすというこの環境に慣れて来た頃だ。最初の頃、吉田なんて朝目覚めて佐藤の姿を見る度、吃驚した顔で自分の頬を抓っていたくらいだ。夢かと勘違いしたらしい。しかし夢と間違えるという事は、以前に似たような状況の夢を見た事があるという事で、佐藤を嬉しくさせたのだった。吉田の夢の中でも、自分は吉田と一緒に居るのだ。
(――これで、良し)
 ぱたん、と静かに冷蔵庫を閉じる。これで明日の準備はオッケーだ、と佐藤は満足そうに、袖まくりした腕を組む。
 夜も更けている現在、佐藤の傍に吉田の姿はこの部屋に無い。今日の彼女の予定は、終業後に友達と一緒に飲み会なのだ。
 金曜日という日にちを踏まえ、明日を気にせず大いにはしゃいでくるだろう。よって、いつもより遅れる朝を想像し、ブランチにちょっと凝ったものを出そうと今から下拵えしておいた、という事だ。明日は温めればいいだけの状態にして。
 使った器具の後片付けを済まし、風呂から上がった所でちらりと時計を見る。時刻は11時を少し過ぎた。
 飲み会の面子は佐藤も良く知る人物なので、そこは安心してもいいだろう。とは言え、まだ帰らないようなら、そろそろ連絡を入れてみようか、と思った時だった。
「佐藤!佐藤!ただいま!さーとーお―――――!!!」
 静かだった室内が、吉田の声で途端に彩る。室内の空気以上に顕著な反応を示したのは佐藤で、満面の笑みを浮かべて玄関へと向かった。
「おかえり」
 玄関では、ぺたんと座りこんだ吉田が、両手でよいしょよいしょと靴を脱いでいた。
 振り向いた時の真っ赤な顔といい、さっきのやたらテンションの高い大声と言い、吉田が愉快に酔っぱらっているのが解る。
 佐藤を見た吉田は、その姿を見た途端、唇を尖らせて頬をぷぅと膨らませた。
「遅いっ! 愛する奥さんが帰って来たんだから、もっと急いで来てよ!」
 プンプン、とこんな怒り方をする吉田は、酔った時にしか見られない。どうやら、吉田は酔った時、感情面で開放的になるみたいだ(衣服面で開放的にならなくて、佐藤はとても良かったと思う)。
 しかし、そういう状態になると言う事は、普段に貯め込んで居る事が多い、という事だろう。酔った時に、心にもない事は言えない。むしろ建前を忘れたのが酔っている状態だ。
 今のセリフだって、佐藤が「吉田はもう俺の奥さんなんだよね」と言った時には「まだ婚姻届出してないから、奥さんじゃないもん!」と真っ赤になって突っぱねると言うのに。
 ちょっとくらい、普段でも出してくれればいいのにな。そんな事を思う佐藤だ。
「はいはい。ごめんな」
 吉田の感覚的に遅かったらしい佐藤は、その事を謝罪しつつ、吉田の靴を脱がせてやる。近くなった佐藤に、吉田が手を伸ばし、抱っこvと強請ったので丁度いいとそのままリビングまで運んだ。出窓に並べたヌイグルミ達に、吉田は「たっだいまー!」と元気よく挨拶した。
 部屋を引っ越した訳でもないのに、佐藤の部屋は依然と大分様変わりをしている。異国に居る旧友達に言わせるとその違いは「まるで別の部屋かと思った」との感想だ。まあ、無理もない事だと言える。以前、この部屋に置いてある調度品や日用雑貨は機能を重視したもので、色は無色――黒か、白か。その間のグラデーションばかりだった。別に拘りがあった訳でもなく、ただモノトーンなら無作為に購入しても、全体の調和は取れるだろう、という見解の元だ。コーディネイトに熱心ではないが、かと言って色調の煩い室内では寛げない。
 そんな佐藤の室内だったが、吉田が持ち込んだ品々のおかげで、いい意味で賑やかになりつつある。
 なまじ無地のキャンパスみたいだった部屋の模様が功を奏したのか、吉田の私物であるちょっとファンシーな物達がとてもしっくり馴染んでいた。大きな調度品は佐藤の部屋にあるものを使うから、処分というか整理したが、細々とした物は持ち主と一緒にこの部屋にやって来たのだ。
 例えばゾウの形をデフォルメした可愛いフォルムの置時計。てんとう虫のキッチンタイマー。眠ったシロクマの形をクッション。まるで、もうずっとそこにあるかのように置かれている。だから佐藤も、固定電話の横にあるペン立ての中で、メモを取る必要のあった時、それまであったペンではなく、可愛い花柄のペンを選ぶのだった。
 ソファにそっと降ろし、酒が残っているのが漂う香りで解る吉田に、佐藤はまず水を出した。顔を赤くし、ふにゃふにゃと身体を弛緩する酔った時の吉田は、まさにマタタビを与えられた猫みたいだ。
「はい、お水」
 ありがと!とやはり大きな声で礼を言って、グラスを受け取る。ごくごくっと一気に飲み干してしまった。
「ぷは〜っ!美味しいvv 何か、スッキリした!」
「うん、ちょっとライムを絞って入れてあるから」
「そっかー。いい匂いすると思ったんだ。もっと欲しい!」
 吉田のリクエストはとっくに想定内だ。さっと次が差しだされる。
 その2杯目も、ぐびぐびっと飲み干す吉田。しかし今回は、飲む動きが勢いについて来られなかったらしく、口の端から水がだばーっと零れてしまった。
「ありゃりゃ」
 という呑気な声は、吉田のものだ。
「もっと落ちついて飲めって」
 一番被害を受けたのは襟もとで、ぐっしょり濡れてしまった。それを拭こうと、持って来たタオルを胸元に寄せたのだが。
「や〜vv 佐藤のえっち〜vvv」
 胸元を隠し、吉田が暴れる。本気で抵抗しているのではなく、ただただ佐藤をからかいたいだけなのだ。はたしてこれは普段の意趣返しなのだろうか。
「今は違うって。ほら、服濡れてるだろ」
 今はって何だ。今はって。と吉田が平常ならそう突っ込んだだろう。
 少し距離を取った吉田に近寄ると、またきゃあきゃあ騒いでその手を阻む。酔っ払い相手に、濡れた服を拭きたいからじっとしてて、という理屈は多分通用しないだろう。しかし幸い、この時の佐藤には酔った吉田を手懐ける最強のカードを持っていた。
「せっかく、吉田の為にデザート作ってたんだけどなー。そんな態度するなら、あげるのやめちゃおうかな〜」
 デザート、の単語に吉田がピタッと面白いくらいに止まった。にやにやと笑みを押し殺しながら、すっかり濡れた胸元をタオルで拭う。零したものがライム入りの水だから、困った染みがつく事は無いだろう。
「結構濡れてるな。ちょっと脱いでおこうか」
「ん」
 デザートの効力で素直になった吉田は頷く。その後、服を脱がす作業は実にスムーズに進んだ。
「ねえ、デザートって、何?」
 インナーであるキャミソールだけになった吉田が尋ねる。
「杏仁豆腐だよ。座って待ってて」
 しかし、この佐藤のセリフに、吉田はイヤ!と首を振る。そして、立ちあがった佐藤に後ろから抱きついた。
「佐藤についてく!」
「おいおい……」
 と言っておいて、ちょっと困ってかなり嬉しい佐藤である。まあ、準備といっても冷蔵庫から品物を出すだけだし、吉田の好きにさせておいた。背後からぴったり抱きついた吉田は、佐藤と同じ方向、同じ速度で歩いて行く。顔も背中にくっつけて、佐藤、いい匂いがするvとご機嫌だった。
 腰に回る吉田の手が、より下方に回ったら……、と一瞬佐藤は思わなかった訳でもないが、さすがにそんな大胆な真似はしなかった。酔っても、やっぱり吉田は吉田なのである。
「はい、どうぞ」
 と言い、再びソファについた所で佐藤が小さいガラスの器を吉田の前に差し出す。
 出したのは豆乳で作った杏仁豆腐。シロップは砂糖を使わないで作ったリンゴシロップを使ってある。あと、酒を飲んだ後にいい、と聞きかじった柿のコンポートも添えておいた。寝る前に食べる物なので砂糖は控えめに、むしろ舌触り等を楽しめる物として作っておいた。
 吉田はきらきらした目でそれを観賞した後、頂きます!と言って小さいスプーンを手に取った。
 ばく、と一口食べると、蕩けるような声を出す。
「ん〜、美味しい!!これって佐藤が作ったんだよな!凄いなぁ〜」
 ぱくぱく、と食べる速度がむしろ感想を語っているようなものだった。食べている吉田も嬉しそうだが、それを見つめる佐藤もとても幸せそうだ。
「佐藤って、ホントに料理上手だな〜vv 父ちゃんも母ちゃんも言ってるよ。いいおヨメさんが来て良かったって」
「おヨメって……まあ、いいけど」
 一旦突っ込みかけたが、すぐ引っ込めた。
 佐藤が吉田の家に籍を入れる事については、もう決定事項だし。何にせよ、吉田の配偶者と認められて嬉しくない筈が無い。
 元から大した量でも無かったそれは、あっという間に吉田の腹に収まった。ごちそうさま!という吉田の声も、満足した事が窺える。そんな吉田の髪を、佐藤は優しく撫でる。
「で、風呂はどうする? 今から入る? それとも、明日の朝?」
 んー、と吉田は身体ごと傾げて考える。
「今から入る!」
 答えた吉田に、準備は出来ているよ、と佐藤は言おうとしたが、その前に吉田が言った。
「佐藤も一緒に入ろv」
「え、……いや、俺は」
 もう入ったから、と言おうとしたが、佐藤のセリフは再び阻まれる。
 佐藤を見上げる吉田の目が、大きくうるうるとし始めて来たからだ。
「何で?一緒に入ってくれないの?嫌いになった?胸が小さいからダメ?チビでガリガリだから?」
 これは本気で言ってる、というより、胸の奥にある漠然とした不安が今のをきっかけとして現れたものだろう。高校生の時から、色々堪えさせているんだなぁ、と佐藤は改めて吉田を労った。ここまでして自分の傍に居ようとしてくれるのは、吉田だけだ。
「そんな訳ないよ。一緒に入ろう。頭洗ってあげるからな」
 そう言って、頬にキスをすると、わぁい!とはしゃいだ吉田からキスを返させる。ちゅっ、ちゅ、と頬と唇に。
「抱っこで連れてってv」
「はいはい」
 吉田より、佐藤の方が余程嬉しそうに、華奢な身体をそっと持ち上げた。




「……………」
 背後でのっそりとした動きを感じ取り、佐藤は栞を挟んで読書を中断した。
「起きたか、吉田。どうする?今からなら、どこかに行けそうだけど」
 にっこり、と笑みを浮かべてこれからのスケジュールを相談する佐藤に、しかし吉田は返事が出来ないでいた。
「……あのさ」
 思い詰めたように、吉田は言う。
「……これから、佐藤の部屋で眠っちゃった時、起こして欲しいんだけど……」
「ん?」
 どういう意味?と表情で尋ねる佐藤。
「だ、だって、なんか……変な夢見るから!」
 言った吉田は顔が真っ赤で、何か全体的にぷるぷるしていた。その様子はとても可愛い(by佐藤)。
「どうした?怖い夢でも見たのか」
「こ、怖いっていうか……まあ、多分……いい夢……だと……」
 もにょもにょと言葉を濁す吉田。
(で、でも!あんな夢って!あんな、酔ってもあんなに弾けた性格になんてなんないもん――!!!)
 絶対絶対なん無いもん!!!と吉田はソファの上で悶絶した。ソファは佐藤がゆったり座れる程の物だし、吉田は平均を下回って小さいし、寝るには何の不都合も要らないのだった。
 真っ赤になってあうあうと狼狽する吉田を見て、ちょっとそっとしておいた方がよさそうだなと思った佐藤はそっと立ち上がり、部屋から出て行く。
 混乱しているらしい吉田の為に、水をあげよう。よりスッキリ出来るように、ライムでも絞ってみて。



<END>

*酔って弾けた性格になった吉田が書きたくなっただけです(笑)