――なんでこんな事になったんだろう――
 吉田の頭の中にはそれだけだった。
 トイレに行く、と言って何とか部屋を出た。ドアを出てすぐ、駆けだす足音が聴こえないように、そっと素早く走り出した。足が酷く痛んだが、とても構ってられない。
 人気のない廊下の突き当たり。そのさらに隅っこに身をかがめ、吉田は携帯のボタンを押した。
(お願いだから、佐藤、出て――!)
 プルルル、という音すらもどかしく、焦る吉田はただ一心に願った。


 折角この週末にじっくり読もうと思っていた海外ミステリ小説だが、内容がちっとも頭に入って来なかった。
 佐藤は読書を早々に切り上げ、日々を過ごす為の義務である家事や雑務に取り掛かったが、元から大した量でも無い。すぐに済んでしまい、手持無沙汰な状態だった。
 とりあえず淹れてみたコーヒーを啜りつつ、ソファに座り佐藤は机の上の携帯を眺め見る。
 ――この三連休を使って吉田は、というか吉田の一家は伊豆に2泊の旅行に出かけている。母親が出した懸賞に当たったのだと吉田は言っていた。現在勤めている部署の都合で出張が多い父親を含めての家族旅行が久しぶりだと、それはそれはとても嬉しそうに語る吉田が、それはそれはとても可愛かった。その時の吉田を思い出し、佐藤は改めて噛み締める。
「お土産、買ってくるからな」
 吉田の居ない週末を思って、今から少々アンニュイな佐藤に気付いてかそうでなくてか、吉田はそう言った。吉田が居ないと思うとそれだけで気が沈んでしまう佐藤だが、自分の事を思ってくれていると解るとすぐにでもその気分は上昇するのだった。
「……お土産だけ?」
 嬉しいセリフでも、ちょっと野次ってしまう佐藤だ。顔を赤らめる吉田が可愛くて。
「……で、電話もするよ。メールになるかもしれないけど」
 佐藤との事は、家族に打ち明けてはいない。そして人目を盗んでの行動を、吉田は得意としない。電話よりはメールの方が濃厚かな、と佐藤は思った。勿論、それでも十分嬉しい。声が聴けたら何よりだけども。
 金曜日の帰り、別れ道で「気をつけて行ってこいよ」と佐藤は吉田の額にキスを落とした。真っ赤になりながらも、吉田は佐藤の気遣いに頷いてみせる。あの時の吉田もとっても可愛かった。
 と、いう訳で佐藤は吉田からのメール(電話かもしれないけど)待ちなのであった。吉田の事だから遊び呆けてメールを送るのを忘れているというのも十分考えられる。しかしそれでも、と待ってしまうのも性というものだろう。佐藤はその性を否定せずに従うことにした。
(まあ、待つってのもいいもんだよな)
 そういう事も出来なかった以前を思えば、今は恵まれ過ぎている。
 ほんの数ヶ月前までは、吉田からのメールを今か今かと待つような生活になるなんて、思いもよらなかっただろう。遡るように佐藤は経緯を辿って行った。
 小池からのパシりで吉田が自分に本命を探りに来た事。
 何となく入った高校で、まさかの再会を果たした事。
 そして、施設での生活。
 完全に騙し打ちの形で入れられた場所とは言え、そこで得た経験は何にも代えがたい。あそこで生活を送った事で自分にも揺れる心があるのだと思い知る事が出来たのだし、そのおかげで佐藤はずっと吉田の事を思い続けていた気持ちも自覚する事が出来たのだから。あの時、施設には行かずにそのまま進学していたら、その場合の現在がどうなっていたかなんて、佐藤には解らない。ただ、周囲を全て詰まらないと切り捨てていた心境のままでいたというなら、吉田への気持ちを自覚する事は無いだろうと思う。
 この感情の無いままに吉田と一緒に毎日を過ごした所で、それこそ意味の無い事だと、佐藤は思うのだった。
 施設に居るだろう皆は、今は何をしているのだろう。何となく、佐藤は思った。
 日本に戻る事をやたら心配してくれたけど、上手い事やっている……と、思う。ジャックのアドバイスに従った通り、笑みを浮かべていたら以前のように苛められる事は無くなったが、やたら注目を集めてしまった。まあ、どうせすぐ過ぎる事だと思うけど、と佐藤は軽く息を吐いた。
 痩せたこの顔は、やたら女性受けのいい作りになっている、らしい。その上笑顔のタブルコンボで、一発で虜にしてしまうようだ。
 もう笑ってみせるのは止めようか、と思ってみるものの、やはり心を蝕んでいた苛められていた記憶が、それを回避している手段の中断を躊躇わせる。それを言ってみたらどうだろうか。今度は、そんなの気にしないで睨んでやれとでも言うのだろうか。
 などと、思っていた時だった。
(お、来た来たv)
 着信の設定で、携帯から発せられる音楽が吉田からの電話だと解る。しかも、メールでは無くて電話のようだ。
 ウキウキとした笑みを浮かべつつ、佐藤は携帯を取った。
「吉田? そっちはどう?」
 時間的には昼さがりだ。美味しかったお昼御飯の感動について、語ってくれるかもしれないな、なんて思いつつ佐藤は電話に出た。
 のだが。
「……吉田?吉田?もしもし?」
『――――』
 吉田から何の声もしない。無言、というよりは電波の繋がりが悪いのだと思われる。
「おい、吉田?」
 それでも何か胸騒ぎを覚え、佐藤は何度も返事ない相手に呼びかけた。
『――さと――さ――此処――に――やこ――』
 やがて、プツプツとセリフを切断したような吉田の声が聴こえる。聴こえるそれだけの声でも、吉田の様子が切迫していると佐藤には感じ取れた。
「吉田!どうした!何かあったのか!」
『――との――ちが――で――う――』
「吉田!」
 佐藤は叫ぶ。そもそも、この自分の声も届いているのかどうか。
 確認できないもどかしさに、佐藤は声を大きくするしか出来ない。
 さっぱり状況を構築しない吉田の声が、佐藤も焦らせる。
「吉田!!」
『――さと――う――』
 回復の兆しを見せない回線の不調。
 それでも、このセリフだけは明瞭に佐藤の耳へ届けられた。
『――たすけて――』
 ――プッ。
「――オイ、吉田!吉田!!!」
 何度呼びかけても、完全に電波が途絶えてしまったらしく、空しい機械音だけが佐藤の耳に届く。
 一度切ってから、また改めてかけ直しても、もう吉田に通じる事は無かった。



(ああああ、切れちゃった……!!)
 折角繋がったと思ったのに!と吉田は自分の携帯を涙目で見つめる。
(そうだ!メールを送ればいつか届くかもしれない!)
 思えば電話を何度もかけ直す時間の分、メールを打つ事に回せばよかったのかもしれないが、とにかく佐藤に連絡を取る事しかあの時は考えられなかったのだ。まあ、今もだけど。
 とりあえず、自分の今の現状と、そこに至るまでの経緯を説明しておこう。ポチポチと吉田はメールを打って行く。
 その作業に集中していた為か、背後から近寄る気配に気付けなかった。
「――見つけた」
 と、いう声と同時に、吉田の携帯が取り上げられる。
「あぁッ!」
 相手の手が頭上にまで伸びると、吉田にはもう手が届かない。
「困るな。こういう事は。まだ知られる訳にはいかないんだから」
 そう言って、吉田の携帯を自分のポケットにしまってしまう。唯一の連絡手段を取られ、吉田はもうなす術もない。
 また、あの部屋に連れ戻されるのだろうか。自分に降りかかった出来事を思い出してぞっとし、それを振り払うように頭を振った。
「こ、こんな事して何の意味があるんだよ!」
 半ば自棄気味に、声を荒げて叫ぶ。しかし、相手は軽く肩を竦めるだけだった。
「残念ながら、それを決めるのは君じゃない」
 そして自分達でも無い、と吉田に告げた。


(吉田……)
 その名前を呟くと、自分を真っすぐにみて屈託なく笑ってくれる彼女の笑顔を思い出す。あと同時に真っ赤になってあわあわする顔とか、頭から湯気でも出そうな程プンスカ怒った所とか。
 ほんのついさっきまで、3日後にはまた会えると思っていたというのに。
 項垂れるようにソファに座っている佐藤の頭の中では、今、猛烈な回転で吉田を救出する事だけを考えていた。
 伊豆に向かった筈の吉田に何が起きたのか。
 両親はどうなったのか。
 吉田は何処に居るのか?
 まず、高橋に連絡を取ってみて、吉田の両親の携帯の番号を聞き出してみよう。その傍ら、吉田の家にちょっと忍び込ませて貰って、懸賞に当たったというツアー会社と連絡が取れそうなら試みてみる。
 そう考えながら、佐藤は適当な上着を掴んで外出の支度を整えた。夜には帰って来るだろう姉には、何か適当に告げておけばいい。
(艶子にも連絡してみるか)
 彼女の持つ財力や本人の能力には大いに期待できそうだ。無事救出出来た暁には、吉田からその場で礼を言わせればいいだろう。笑顔付きで。それで十分だ。
 自室から出た所で、やけに騒々しい音が近寄っているのに気付いた。この音はおそらく――ヘリコプターのプロペラが回っている騒音だ。
 煩いな、と思って何気なく振り返った佐藤は、目を見開く。
 視界の先にあるバルコニーの向こう。まるで登れとばかりに、縄梯子が垂れ下がっていたからだ。


 その縄梯子を伝って、佐藤は今ヘリの中に居た。縄梯子を登るときは、足に力を入れると梯子が揺れて不安定になるので、腕の力で昇る事がポイントだ。
 ヘリの運転手は、とある場所に連れて来るよう言付かっている、とだけ佐藤に言い、あとは何の質問にも答えなかった。この場でその首へし折ってやろうか、とも佐藤は思ったが、ここは大人しく従う事にした。着いた先にそのまま吉田が居るかどうか解らないが、とにかく行ってみなければ始まらない。
 ヘリは街の上空を飛んでいき、海にまで出た。そしてさらに進み、島が点在する区域に到達する。その島々は、とても誰かが住んでいるようには見えないものだった。その中の1つに佐藤は降ろされたが、少なくともここは無人島ではないというのが解る。何故なら、目の前には立派な屋敷が佇んでいるからだ。漆喰の壁と黒い木材が組まれているそれは、何となく大正時代を彷彿させる。
 佐藤はその門を、ノックする事無く開いた。鍵がかかっていようものなら蹴り倒す心持ちだったが、生憎その必要は無かった。
 荘厳な扉を開け、ロビーとでも呼べそうな空間に出る。2階の壁伝いの廊下に繋がる大きな階段の向こうにも通路があり、部屋がありそうだった。
 さてどこから探し出そうか、と佐藤が巡らせていると――
(……ん?)
 そう遠くは無いがまだ近くも無い向こう、ドタバタとした喧騒らしきもの音が聴こえる。そして、それはこちらへと向かっていた。
「だから――!そんなのヤだって言ってるのにぃ―――――!!!!」
 通路から突如身を表した、その人物の名前を、佐藤は気付けば叫んでいた。思いっきり。
「吉田!!!……って……吉田――――!?」
 2度も名前を呼び、そして2度目の声が困惑を極めていたのは他でも無い、吉田の容姿にあった。
 その大声で吉田も佐藤の存在に気付き、面食らった顔つきになった。
「あ、あれ、佐藤……あわ、わッ!!」
 階段を駆け下りしていた吉田の足がもつれる。無理も無い。おそらく彼女にとって人生初であろう、ハイヒールを履いているのだから。
 段を踏み外し、あわや転げ落ちる、という所で佐藤がすかさずその身体を抱えた。安定した身体に、ほっと安堵する吉田。
 佐藤も一緒に胸を撫で下ろしたいのだが、そうも行かなかった。
「吉田……お前……」
「え?」
「あ――! 何だ、もう来ちゃったのかよ!」
 大げさに嘆くような声が、突如鳴り響いた。佐藤が面食らったのは、突然大きな声がしたからでも、人がいきなり現れたからでもない。それが、自分の知っている人物だったからだ。
「ジャック……何時の間に来たんだ?」
「あら、酷い事言うのね、隆彦。皆、帰国してからの貴方の事、凄く気にしてたのよ?」
 ころころと綺麗に笑いながら、艶子が現れる。その後、続いて施設の中で特に懇意だった一同が姿を現した。まあ、ジャックを見てからこの展開は予想していた感じだ。
 まあ、皆が心配してくれていたのはよく解っているし、こっちに戻ってからの詳細を特に伝えたりしていない。その非は認める。
「だからって、いきなり押し掛けるヤツがあるか。事前にちょっとくらい報せておけよ」
 こっちにも都合があるんだから、と佐藤が苦言を漏らしても、ジャックは豪快に笑って見せるだけだった。
「普通に来たんじゃ、面白くないだろ!――それより、着飾った彼女にコメントはいいのか?」
 にやり、としたり顔でジャックが言った。
 確かに、今の吉田は普段に無い格好をしている。白いハイヒールに、純白のドレス。――まるで、ウエディングドレスのようだ。
 肩ほどまで伸びている髪も纏め上げられていて、髪飾りとしての大ぶりの真珠が、朝露を浴びたみたいに吉田の髪を慎ましやかな光で飾っていた。整髪料のせいだろうか。いつもはしない甘い香りがした。
 じぃ、と見つめる佐藤の視線にはっと気付いたのか、吉田は白い服に良く映える程顔を赤くした。
「つ、艶子さん〜〜……ひぇっ!」
 ハイヒールの不安定さから身体を支える為に佐藤に寄りかかっていた吉田だが、そこから身を離して艶子に助けを求める。……が、いともあっさり捕まってしまった。勿論佐藤に。
 吉田が進もうとした先に居た艶子は、捕まった吉田を見て、受け入れの体勢だった広げた腕を元の位置に戻した。ちょっとがっかりしている。
「何で艶子の所に行こうとするんだよ……」
 明らかに不貞腐れた声を、それでも熱っぽさも込めて吉田の耳に吹き込んでやる。すると今度は頬や顔と問わず、鎖骨の部分まで真っ赤になった。吉田のこういう反応が、佐藤にはとても可愛いのだ。
「だ、……だって、もうコレ脱ぎたい……!」
「え、どうして? もっと見せてよv」
「や……やーだぁ―――!!」
 うえええん、と恥ずかしさで涙目になる吉田を、佐藤はとても嬉しそうに抱きしめた。その腕の中で、尚も暴れる吉田。しかし、抵抗は無駄に終わる。
「考えたんだぜ、隆彦をどう皆で出迎えるかって。出来れば驚かす方向で」
 まあ、この連中が穏便で平和的に出迎えるとは思わないが。佐藤は胸中で呟く。吉田を抱きしめたまま。
「そこで、吉田さんにも手伝って貰う事にしたのよ。自然な演出を狙いたいから、吉田さん本人にはあまり詳しい事は伝えず、一方的にね」
 それは吉田にとってもドッキリになるんじゃないのか、艶子。佐藤は胸中で呟く。吉田を抱きしめたまま。
 喜んで貰えたみたいで俺らとしても嬉しいよ、とジャックが言い、さっき取り上げた吉田の携帯を本人に返した。
「お前……まさか着替え覗いたんじゃないだろうな?」
 鋭い佐藤の視線に、ジャックはおどけたようにホールドアップのジェスチャーをした。
「それこそまさか、だ。ヨシダの着替えには艶子が付きっきりで、俺らはまるで奴隷みたいに命じられるまま、ドレスの入った箱を運んだだけだぜ」
 その口ぶりだと、着せられたドレスは今着ているものだけではなさそうだ。果たしてどんなドレスをどれだけ着たのか。絶対記録として画像を残しているだろう艶子に、後で尋ねようと佐藤は決めた。
「そういや、何か俺が来るのがまだ早いみたいな事、さっき聞こえて来たけど……これ以上何を加えようっていうんだ?」
 吉田をしっかり抱きとめたまま、佐藤が言う。髪にしろドレスにしろ、何かする余地は無いと思うのだが。
 ああ、それはな、とジャックが言う。
「本当の計画としては、でっかいケーキのハリボテの中にヨシダを潜ませて、隆彦が来たらそこからヨシダが割って出て飛び付くっていうサプライズだったんだが、ヨシダがどうしても嫌だって言ってなぁー」
 その途中、逃げ出して来たのがさっきの吉田に繋がるようだ。余程やりたかったのか、ジャックはちょっと残念そうに言う。
「……いや、ジャック。その演出は日本人のテンションには辛いものがあるぞ……」
 佐藤が渋い顔で言う。それは吉田が逃げ出すのも無理も無い。異文化交流って、何だかんだで難しいよな、と佐藤は思った。
 あの電話にしても、そんな恥ずかしい演出に躍起になっているジャックを説得して貰おうと、吉田が佐藤に連絡を着けようとしたものなのだろう。ターゲットにネタバレをしてしまえば、サプライズを実行する必要も無くなるし。
 全く人騒がせな事だ。寿命が2,3年くらい縮まったかもしれない。
(まあ、何事も無くて良かった)
 吉田にしては、何事も無いとも言えないような状態だけども。
 もう隠れて消えてしまいたい!という程の羞恥に見舞われている吉田を、佐藤はその真っ赤な顔を楽しそうに眺め、包むようにぎゅぅ、と抱きしめた。


 皆はこの屋敷を拠点にし、暫く日本観光と洒落こむらしい。
 この来日の目的は観光だと思うだろうが、主な理由が自分だと思うと、ちょっと照れくさい佐藤だった。割とこの手の無償の愛情みたいなものに、免疫が薄い自覚はある。
 皆の仮住居としてのこの屋敷には、しっかり佐藤用の部屋も準備されていた。そこへ、佐藤は文字通り吉田を連れ込んだ。ドレスのままに。
 2人きりになったそこで、佐藤はこれまでの経緯を吉田から教えてもらう。
「伊豆の駅に着いたら艶子さんが居てさ、昔の友達が来てて、皆と一緒に佐藤を驚かすのに協力してって言われて。その場でヘリコプターで運ばれたんだ」
 いきなりヘリに乗る事になって驚いた、と吉田は言う。
 それより、佐藤には気になる事が。
(駅に着いたら艶子が居たって……やけにタイミングが良過ぎる)
 と、いうよりこれは図ったというべきだろう。
「なあ、艶子に旅行の事話したのか?……いや、その前に、懸賞で当たったって聞いたけど、何の懸賞だ?」
 尋ねる途中、別の可能性が浮上したので佐藤はそっちに切り替えた。吉田は、2つ目の質問から答える。
「んー?どれとは母ちゃんもとくに言って無かったな……。忘れてんじゃないかな。色んなのに適当に応募してるぽいし」
 そうか、と佐藤は頷く。
 もしかしたら……もしかしたら、その懸賞旅行すら艶子の謀略の可能性がある。この計画を気取られる事無く、吉田を連れ出す為の手段として。そこまでやる人物だ。艶子は。まあ、これに関しては取り分け確かめようとも思わないが。
 髪を撫でようとして、今はセットされていた事に気づき、撫でようと上げた手を肩に回した。
「ごめんな。折角の家族旅行だったのに」
 仕組んだのが艶子だったにしろそうではなかったにしろ、吉田がここに連れてこられた原因は佐藤であるのは確かだ。吉田が自分の家族を、直接口にはしないけどもどれだけ大好きかは、普段の話でなんとなく解る事だ。それを引き裂いてしまった事は、ちょっと心苦しい。
 肩に置かれた手に、またぽっと頬を染めながら、吉田は言う。
「ん、ま、まあ、ちょっと残念だけど……でも、母ちゃんと父ちゃんにしてみれば夫婦2人きりの方がいいのかな〜っていうか」
 無理をしてそんな事を言ってるんじゃないだろうか、と佐藤は吉田をじっと見つめる。
「そ、それに……。………。……………」
 明らかにセリフ途中だというのに、黙り込んでしまった吉田に不審を抱く。しかし、顔がどんどん赤らんでいく事に、言葉を紡げない理由が解った気がした。
「……吉田も、俺と一緒が良かった?」
「!!! あ、ぅ……そ、その………」
「嬉しいな」
「……………」
 佐藤が素直にそう言い、微笑みを浮かべると吉田はいよいよ真っ赤になり、俯いてしまった。全く、可愛らしい。
「どうせなら、両親も一緒にくればよかったのにな。そのドレス、似合ってるよ」
 見せてやりたい、と言うと吉田はとんでもないとばかりに首を振る。
「全然だし、こんなの!何かよく解んないままいっぱい着せかえられて、艶子さんも佐藤の友達も、全然聞いてくれないんだもん!似合わないから止めた方がいいって言ってるのに!日本語解ってるくせに!もう!!」
 ぐすん、とぼやく吉田に、止めようと訴えても素知らぬ顔して行動する彼らの様子が見て取れるようだった。思わず、笑みが零れる。
「オマケにケーキの中に隠れてとか言われるし……出来ないから、そんなの〜……」
 うぅぅ、と、その時思い出したか、肩を落としてぼやく吉田。
「…………」
「ん? どうしたの、佐藤。なんかビミョーな顔してるけど?」
「いや、何ていうか……」
 と、多少言葉を濁す佐藤。
「その、吉田の口からあいつらの事、改めて友達とか言われると、な……まあ、うん。アレだな」
「…………」
 珍しくセリフに迷ってるような佐藤を、吉田は興味を抱いて覗きこむ。
 そして、にっ、とネコのように目を細めて笑う。
「やっぱり、皆の言ってたの本当だったんだー。
 佐藤って、照れ屋なんだってなv」
「なっ……!」
 わー、佐藤、赤くなった!と言葉に詰まった佐藤を、囃し立てて吉田は笑う。
(アイツら、何処を何まで言ったんだ!?)
 さすがに、荒れすさみまくった女性遍歴まで言ったとは思えないが。……思いたくないが。
 吉田と付き合ってからは薔薇色の日々だが、吉田への気持ちを自覚するまでは黒歴史もいい所の佐藤だった。あの時の自分が目の前に居たら罵倒しつつ殴り飛ばすかもしれない。
「佐藤も、結構可愛いところあるよなーv」
 ふふふ、と珍しく優位の立場に酔いしれるように、吉田は笑う。
「……ふーん。余裕だな」
 しかし低く呟かれた佐藤の声に、一気にテンションが下がった。背中にドライアイスでも当てられたみたいに。
「……あ。そうだ。着替えなきゃ……ふぎゃっ!」
 そそくさと着替えを理由に、佐藤に宛がわれたこの部屋から出ようとすると、背後から抱きつく形で佐藤がそれを阻止する。
 そのまま、ベッドになだれ込む姿勢になり、いよいよ身の危険に晒された。脳内で赤ランプがくるくる回っている。
「着替えか。そうか。なら、俺が手伝ってやるぞvv」
「……え……ぅ………ぁ……」
 そう、上から覗きこむ形で極上の笑みを浮かべる佐藤に、吉田は青くなったのか赤くなったのか、自分でも解らなかったという。




*何気に2日目に続きます(笑)