未来パロ?な話です♪





 起きて、起きて、という声がする。耳をくすぐるようなその声は、言われている内容とは裏腹に、逆に子守唄でも聞いているように意識をまどろみへと引き込んでいく。なんだか、今より一層眠りについてしまいそうだった。ぺちぺちと頬を叩いてくるものの、全く痛くも無くてただムズかゆいだけだった。口元が緩む。
「も――!こっちは佐藤と違って、フレックスタイムてのじゃないんだから!始業時間決まってんだから、遅刻しちゃう!!」
 大音量で怒鳴られた以上に、被っていた布団をばさぁ!とはぎ取られ、さすがの佐藤も目が覚めた。
 のっそり、と大きな体躯を起き上がらせると、目の前には思わぬ人物が居た。
「あれ、何で吉田が居るの?」
 しかも、エプロンまで着けて。細かい花柄のエプロン。吉田にとてもよく似合っている。
 きょとんとする佐藤に、吉田は呆れたように息を吐いた。
「早く目、覚ませよ。卵焼いて来るからさ」
 まさかこんな目覚めが悪いとは思わなかった……と呟きながら、吉田は部屋から出て行った。ベッドの上に、ぽつんと佐藤が残る。
(どうなってるんだ???)
 佐藤は慌ててベッドから降りて、廊下を歩いている吉田の背中に声をかけた。
「おい吉田、お前、学校は?」
「学校ー?」
 顔を顰めて吉田が顔だけ振り返る。と、その時改めてみた彼女の姿にも違和感。さっきは前にエプロンが掛っていたから見づらかったが、背後からだとはっきり見える。白いシャツに、タイトスカート。見た目は変わらないけど、服装だけは大人びている。
 何だか現状に追いついていけない佐藤に、吉田が言った。
「学校って、いつの話してんの。ほら、早くしないと、本当に会社に遅刻しちゃうぞ」
 …………。
 会社?


 ようやく、佐藤の意識がクリアになった。全く、どうしてここまで来て高校生の気分を引きずり出して来たのか。
(やっぱり、吉田が居るからかな?)
 髭を剃りながら(と、言ってもあまり毛深い方でもないので、撫でるようなものだ)佐藤はこれまでを振り返る。
 山中と高橋の突然の既成事実に、これまで高橋とシェア生活を送っていた吉田が住処に困り、半ばそこに付け入るようにプロポーズしたのだった。本当はもっとムードを盛り上げた場面で言いたかったが、引っ越すとなるとまた吉田の方がゴタゴタするだろうし、そこから落ちつくのを待って、なんてのを佐藤の方が待ちきれなくなった。むしろこれからも、こうやって機を逃してしまうのだろうか、と薄ら寒い予見すらしてしまって。
 今こそ告げよう、と覚悟を決めたのはいいが、この報告を受けたのは訪れた吉田の口からの事だから、佐藤の準備は全くない。求婚に付き物だろう指輪の用意だって、出来ているはず無い……と、そこで思い出したのが高校の時、寝ぼけた吉田のセリフを気にして作った指輪だ。本当は高校卒業と共に贈りたかったけど、贈れるだけの資格が自分にあるのか自信が持てなくて、以来ずっと机の引き出しの一番上に仕舞われていた。それはこの部屋に越してからも同じだった。
 渡す事が出来ない自分の意気地無さに、その時はどうしてこんなもん作ったんだろう、と捨てる事も考えたが、ずっと持っていて良かった。思った通り、吉田は喜んでくれたし、宝石がついたものよりこれが良い、これじゃないとイヤだ、なんてとても可愛い駄々をこねてくれた。本当に、捨てなくて良かった。
 そして指輪を渡した当日、両親が実家に居るという吉田のセリフを受け、その場で報告に向かった。行動するまで時間のかかる自分だが、やると決めたら貯めこんでいた分の勢いもあってか、止まる事が今度は難しい。急な展開で吉田もちょっとびっくりしていたが、一日でも早く一緒に居たいという思いは同じらしく、しっかり自分の手を取ってくれた。あの時の事は一生忘れない。まあ、吉田に絡んだ事は絶対忘れないのだろうけど。それはもう、忘れようとして出来なかった過去が証明している。
 吉田の両親への挨拶はとても円滑に終わった。そして、吉田の荷物は佐藤の部屋に運ばれたのだった。
 吉田が越して来た日、荷物を仕舞い終えてから、ソファに並んで座った所を写真に撮った。記念日として画像に収められたその瞬間は、寝室にそっと飾られてある。
 式も入籍もまだだけど、気分的にはすっかり夫婦の心持ちの佐藤だった。


 居間に向かうと、支度を控えた朝の食卓がある。それを見て、佐藤は改めて幸福感に浸った。
 吉田の座る側に、銀色の光るものが見える。他でも無い、自分の上げた指輪だった。支度の邪魔にならないようにと、そして何より指輪を傷つけないようにと外されているのだ。
 備え付けの最新のシステムキッチンは、機能がどうのというより吉田には位置が高いようで、彼女の為に踏み台を作ってやった。それを大いにそれを活用し、吉田はフライパンで目玉焼きを作っている最中だった。ハムも一緒に焼かれているようで、香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。
 テーブルの上には、きんぴらごぼうとポテトサラダが置かれていた。これらは昨日、こっちの方に住んでいるという友達を尋ねる際、ついでと立ち寄った吉田の母が寄越したものだ。「ちゃんと隆彦君にまともなの食べさせてるんでしょうね?」なんて言いながら。
 それに「大きなお世話だよ!」と吉田が言い返し、吉田以上に負けん気の強い母親の為、玄関先で親子喧嘩が巻き起こり、佐藤は笑みを押し殺しながらそれを眺めたものだった。
 テーブルには、他にまだ空の状態の茶碗とお椀が並べられている。1人暮らしだった時の朝は、コーヒーとバタートーストくらいだったが、吉田が来てから朝は炊いたご飯になった。まあ、佐藤もパンやパスタで済ませていたのは1人分を炊くのが面倒だから、という部分の方が強い。冷凍ご飯を解凍するのも、なんだか侘しいし。
 それに吉田も、別に絶対朝は白米派、という訳でも無い。ただ、親友から結婚祝いと貰った夫婦茶碗と箸のセットを使いたいが為なのだ。並べられた茶碗は、デザインが同じで色と大きさが違う。それを見ると、胸の辺りがくすぐったくなる。
 ただ、これをくれたのが山中だというのが少し引っかかるけども。まあ、高橋と選んだというから、その辺は自分の中で整理しておこう。
 自分達の報告をする時、半ばサプライズを取ろうと話す内容は秘密のままに会う約束を取り付けたのだが、すでに向こうはこの祝いの品を用意していた。それを言いだしたのは高橋かと思えば、山中だったのが驚きだ。
 山中は自分達の関係をすでに知っているから、吉田の方から畏まって話がある、なんて言われたらその内容に予想をつけやすいだろうが、それでも正直言ってこんな心遣いをするヤツとは思っても無かったのだ。やはり高橋との事でコイツも人を変えたのか。最も、それでも吉田を襲った事は一生かけて許さないが。それとこれとは別なのだ。
 またとらちん達から驚かされちゃった、と茶碗一式を抱える吉田は嬉しそうに言い、その笑顔を見て佐藤も微笑んだ。
 居間に着いた佐藤は、席には着かずに忙しなく吉田が動くキッチンの方へと向かった。傍らに置かれている鍋には、味噌汁があるのだろう。蓋をそっとあけて、先に中身を見てしまう。
「おっ、絹さやだ」
「あ。もー、行儀悪いぞ」
 勝手に鍋を覗く佐藤に、吉田が唇を尖らせて言う。ついで、とばかりにその口にちゅっと軽い口付けをした。トマトより真っ赤になる吉田の顔。
「な、何すっ……あーっ!涙目になっちゃった……」
 フライパンを見て、吉田が言う。
 黄身が崩れた目玉焼きを、そう表す吉田が可笑しくて可愛い。その涙目は、佐藤が引き受ける事にした。
「ん。出来た。ほら早く食べよ……って、わわわ!?」
 フライパンから皿に目玉焼きを移し、あとはその皿を運ぶだけと、踏み台から降りようとした所を佐藤に抱きしめられてしまう。踏み台に乗ったままの状態で抱きしめられると、吉田の足は宙に浮いてしまう。不安定さより、佐藤に全てを委ねてるような格好が恥ずかしい。
「んなっ!ちょ、ちょっと、こんな事してる時間無いって……!」
「車で送って行ってやるよ。それなら余裕だろ?」
 抱き上げた事でいつもより近い耳に、直接吹き込んで言う。その感触に、吉田は息をのんで身を強張らせる。耐えているのだ。色々と。
「そ、そ、そんなんしたら皆に見られるし……」
「見せたいんだよ。お前しょっちゅう合コンに誘われるからな」
 過去の事例を思い出し、佐藤がムスっとする。
「合コンじゃなくてただの飲み会だよ〜。女子の方でも酒が強いのが居たら安心っていうか、都合がいいっていうか。そんな感じでさ」
 何の心配も要らない、と朗らかに言う吉田に、佐藤は一層不安になる。
 価値観の狭い学校では無く、こうして社会に放り出され、否応無しにストレスを抱える中で吉田みたいな存在がどれだけ癒しになるか。佐藤は子供の頃から鬱屈したのを抱えていたから、吉田のそういう所にすぐ気付けたのだった。
 そう言えば、吉田の父も「母さんは自分の魅力が解ってない」みたいな事を零していた。その辺り、今度酒を交えながらじっくり語り合いたいな、と佐藤は思った。
「……で、本当に降ろして欲しんだけど」
 改めて吉田が言う。まだ、不格好なおんぶの姿勢のままなのだ。
「……ん〜、離したくないなぁ……」
 などと佐藤は呟き、ぎゅうとより抱きつく。
「このままじゃ、朝ごはん食べれ無いじゃん!まだ寝ぼけてんの!?」
 んもー!と吉田が喚く。恥ずかしさの方が強いだろうけど、朝っぱらから怒られるのも詰まらない。とりあえず、踏み台の上に降ろした。
「ね、吉田。おはようのキスして?」
 あえて、ちょっと顔を傾けて佐藤は言う。こういう仕草に吉田が弱いと、知った上での計算だった。案の定、うぐ、と吉田は言葉に詰まっている。
「い、今更じゃん……」
 起きてどのくらい経ってるの、と吉田は言いたそうだ。
「今更でもいいだろ。してよ。ね?」
「……………」
 真っ赤になった吉田が、ちら、と佐藤を見上げる。この様子だと、どうやらしてくれるみたいだ。佐藤の心が躍り出す。
 吉田の小さい手が佐藤の頬にかかり、踏み台の上の足を伸ばす。
 吉田からのキスを、佐藤は目を閉じて待った。
 そんな佐藤の耳に、何かの出来上がりの合図なのか、ピピピというけたたましい電子音が飛び込んで来た。



 ピピピピ!
 ピピピピピピピ!
 ピピピピピピピピピピピ!!!!!
「………………」
 その音で、佐藤は目を覚ました。目の前にあるのは、無機質な天井。視界に入る範囲で、高校の制服が見える。
(――夢、か……)
 佐藤は手を伸ばし、ベットサイドの目ざまし時計を――思いっきり、叩いた。時計の音は止まった。音と一緒に形も無くし、永遠に。


「さ、佐藤?何だか朝から機嫌悪くない?」
 春の一陣の風のように、爽やかに現れる佐藤をそう評価するのは吉田だけだ。高校の制服に身を包む彼女を、佐藤はじぃぃ〜、と見つめる。そして。
「……夢の内容が良過ぎて目覚めが最悪だった」
 ぼそり、と事実だけを伝える。
「それはなんていうか……災難だったねというか……」
 その不機嫌が飛び火してきませんように、と吉田は祈るしかない。現実だって大変なのに、この上夢の中の事まで付き合わされては堪らない。吉田は、何とかそっと、佐藤を宥めようと試みた。
「ま、まあ良くある事だよ。この前さ、ケーキバイキングに行く夢見たんだけど、どれにしようかなって迷ってる間に目が覚めちゃって。
 ああああ、どれか一個でも食べておけばよかった……!」
 言いながらその時の悔しさを思い出したのか、吉田が戦慄いて言う。
「ふーん、なら、今度ケーキバイキング行こうか?」
「え、本当?わーい、行きたいー!」
 とりあえず現実の吉田とデートの約束を取り付けた事で、佐藤の機嫌もちょっと治る。とは言え、夢の事が頭から離れた訳でも無く。
 あまりに実感の強い夢だった。夢というよりちょっとだけ未来にタイムスリップしたような感じだ。と、なると未来の自分はあのまま吉田からおはようのキスを貰ったのだろう。全く羨ましい。
「ねえ、吉田」
「ん?何?」
 ケーキをたらふく食べている自分の姿が吉田の脳内に詰まっているのか、その表情はルンルン♪といった具合だった。ならばその幸せ、少し分けて貰うじゃないか。
「吉田から、キスしてよ」
「―――――。えっ?」
 いきなりな申し出に、固まる吉田。
「だから、キスしてってば」
「な、な、な、流れがいきなり過ぎるっ!!」
「だって、キスして貰いたくなったんだもん」
 だもんとか言うなっと吉田が真っ赤になりながら突っ込む。
 夢の中の自分は、吉田からキスして貰ったに違いない。ならば自分もそうでなければ!と佐藤は夢の中の自分へ猛烈な対抗心を燃やしていた。吉田にしてみれば全く迷惑な話である。
「で、でも、学校だし……」
 あー、うー、と吉田が困る。真っ赤になって困る。吉田にとって、あくまで場所が問題で、行為自体には何ら支障はないのだ。それを改めただけ、今朝は良しとしようか、と佐藤が欲求を撤回するような発言をしようとした時。
「……ほっぺた、なら………」
 まるでお願いするように――いや、実際お願いしているのだろう。顔を赤らめたままの吉田は上目づかいでじぃ、と佐藤を見つめた。これで落城しないヤツが居たら、見てみたいものだ。佐藤は思う。
「……じゃあ、とりあえず、それでv」
「とりあえずって……」
 放課後に自室へ連れ込む気で居る佐藤に、吉田は感付いた。それでも、その事を拒もうという態度を取らない吉田が、佐藤は本当に好きだ。真っ赤に染まった頬が、酷く愛おしい。
 吉田と過ごす場所が、自室じゃなくて自分達の家になるといい。
 今はまだ夢見るだけが関の山かもしれないが、いつか絶対叶えてみせる。そんな気持ちも込めて、佐藤は周囲の目を盗んで吉田の頬にそっとキスをした。



<END>


*佐藤視点で書いてみましたw
 未来パロというか夫婦パロ楽しい……