週末の時間として、最も多いケースが佐藤の部屋で2人で居る事だ。
 今や佐藤の評判は校外にまで及ぶ程になっているし、佐藤は自室に2人きりで籠る怠惰で不健全な感じが少し気に入っている。しかし、完全引きこもり体質でもないから、たまには外出もしたりもするのだ。そう、今日のように。最も今日の場合は、吉田のリクエストがあったからだ。
「何かね、ここがいいよってクラスの人に教えて貰ったから」
 凄い熱心に勧めてくるので、それじゃあ、と吉田も行く気になったのだそうだ。佐藤に最も近しい人物として、何かと女子に凄まれている割には、結構クラスメイトと良好な関係を持っていると思われる。
 佐藤は心のどこかで、かつての自分のように吉田が虐げられ、そんな彼女を救う唯一の英雄になれれば、と思わなかった訳でもない。しかし、ある程度チクチクやられたりはするものの、吉田はそこまで疎まれては居なかった。そうなると、昔あそこまで苛められていたのは、やはり彼らは純粋に自分を嫌っていたからだろう。その点について特に恨んだりはしない。何だかんだと頭の中で理屈をつけて平静を取り繕い、感情を露わにしている周囲を見下していた。そんな部分を、何となく感じ取ったのかもしれない。
 吉田は、そういう所を気付いていたんだろうか。気付かなかったんだろうか。どっちにしろ、自分をかばった喧嘩で目の下に傷跡をこさえても、対応が変わらなかったのは事実だ。

 一本裏道に入った、大きな廂の下に広くオープン席が設けられたカフェ。そこが、目的地だ。
 その店の名前を、佐藤は何処かで聞いたような気がした。評判だったか悪評だったかも定かでは無く、どっちにしろ吉田が行きたいというなら付き合う佐藤なのだ。
 そして、この店がどういう方面で有名だったのかを思い出したのは、オーダーを取る時になってようやくだった。
 周囲が女性客ばかりだった為、吉田にだけ意識を注いだのが気付く事を遅らせた要因になった。そもそも、女性客が多いという時点で気付くべきだったのかもしれない。
 ランチタイム限定の、ワンプレート料理の到着に、吉田が嬉しそうにフォークを持つ。佐藤も自分で頼んだ品物に手を着けながら、普段以上に眉間に皺が寄って居る事を自覚した。

「美味しかったけど……ちょーっと物足りなかったかな。この前行った所の方がいいや」
 吉田の言う「この前」は佐藤推薦の店だったので、そう言われて凄く嬉しいのだが、一先ずそれは保留である。
 例え外出デートでも、最後にはやっぱり佐藤の部屋に行き着く。外に出るのは楽しいけど、ここだと人目を気にする事が無いから、吉田も余計な気を使わなくて済む。最も、別の警戒が必要になる事もあるけども。
「それで……吉田、どうだった?」
 オレンジフレーバーの、スッキリとした後味の紅茶を淹れて来た後、佐藤はやけに真剣に吉田に尋ねる。
「え? だから、量が少なかったって……」
「そこじゃなくて、店員の話だよ」
「………?」
 佐藤がどうしてそこまで聞いてくるのか解らず、しかし吉田は答えてやった。
「うん、まあ、親切だったよ。フォークを落としたらすぐ拾ってくれたし、水が無いな、と思ったらすぐ入れてくれたし」
「そんなの普通のサービスだろ。俺が訊きたいのはそんな所じゃない」
 佐藤は何だかイラついている。それは解るけど、原因がさっぱり解らない。本気できょとんとなっている吉田なのだが、どうやら佐藤にしてみればその反応は誤魔化されているのと同然のようだ。
「吉田……お前、わざとはぐらかしてるのか? 俺を手玉に取って楽しい?」
「は? え!? て、手玉!?」
 何でそうなるの!? と慌てふためく吉田。
「今日行った所の店員、皆、格好いい男ばっかりだっただろ」
 ついに焦れた佐藤は、本題をズバリを切り込んだ。
 そうなのだ。佐藤は、オーダーを取りに来た店員――ウェイターを見て気付いた。この店は、店員が皆イケメンである事で有名な店なのだ。
 勿論、その評判に甘んじて料理の質が劣っているという訳でもないから、普通の人だってやって来る。しかし、まず恋人連れは行かないだろう。
 佐藤は考える。この店は、吉田がクラスメイト――おそらく女子に勧められて来た店だ。
 校内に置いて、彼女たちの吉田の認識は佐藤に一番近い人物。反面、吉田の子供っぽい見た目と外見の為に、佐藤が恋愛対象に見る事は無いだろうと高をくくっているが、あまり面白くないにのも事実。そこで、吉田に別の誰かを夢中にさせて佐藤から遠ざけようとする、一連の計画なのではないだろうか。これは。あの店に居る間中、佐藤はずっとそんな事ばかり思っていた。
 佐藤に言われ、吉田はますますきょとんとした眼を丸くした。
「……そー言えば、確かに男の人ばっかりだったなぁ」
 どうりで昼食の時間が平和だった(吉田的に)と思い返す。いつもなら店に入った時、女性の店員がオーダーが決まらない内から席に来るし、水差しを持った店員が常に視界の端に入る。今日、そんな事が無かったのは店員が男性だったからだ。そうか、そーだったのか、と吉田は深く納得した。そんな吉田を前に、深いため息をつく佐藤。もしかしたら計略に嵌められたのかもしれないというのに、あまりに呑気だ。
「で、どうなんだ? 吉田の目から見て、格好いいと思えたヤツは居たのか?」
 これこそ最も気にしているポイントだった。さすがにカフェ界のイケメンパラダイスと噂されるだけあり、そのバリエーションは多岐に渡り、どんなタイプにも対応出来そうな感じだった。マルチリモコンも吃驚なマルチっぷりだ。
 まあ、そのおかげで、自分に対する注目も普段より多少緩和されたのはありがたかったが、うっかりその中の誰かに吉田が懸想しようものなら、そいつの今後の人生は死ぬ事だけを喜びとするような生き方に変えてやると決意を込める佐藤だった。純粋に怖いぞ佐藤!
 佐藤に言われて、吉田は記憶を掘り返しているようだった。これでいかに吉田の中で興味が薄いか解りそうなものなのに、嫉妬で目がくらんでいる佐藤は普段の洞察の100分の1も発揮出来ていないのだった。これも恋は盲目というヤツだろうか。
「うん、まぁ、イケメンって言えばイケメンだけど……そんなでも無いと思うよ?」
 小首を傾げながら言う吉田は、可愛い。
 しかし次の一言は問題だった。佐藤的にかなり。
「だって、父ちゃんの方が格好いいもん」
「…………………………………………………………………………………………………………」
「……ちょっと。なんだよ、そのとっても残念な人を見るような目はッ!!!!」
 自分に注がれる佐藤の眼差しが、自宅の扇風機から送られる風より生ぬるい事に気付いた吉田は、声を荒げた。
 吉田からしてみれば、よく覚えても居ない事で尋問みたいな事をされ、挙句呆れられたのだ。これで踏んだり蹴ったりと言わずに何と言おう。
「いや、吉田……お前……『大きくなったらパパのお嫁さんになるのv』は幼稚園で卒業しとけよ………」
 もう高1だろ、と体内の全てが脱力したように佐藤が言う。そして脳内に過ぎる言葉は、勿論『ファザコン』。
「は――!? 何ソレ! そんなんじゃ無いって!!!」
 今は、と心の中で付け加える吉田だった。
「ウチの父ちゃん、本当に格好いいんだってば! この顔は母ちゃんにそっくりっていうか100%そのままっていうか、何かもうトレースした勢いだけど、全然似てないから!  だから格好いいのは本当! 身内の贔屓とかじゃなくて、本当に、傍目から見てすっごく、すっごく格好いいの! とらちんも井上さんも格好良いって言ったし!! ホントのホントなんだって! 真剣に格好いいんだってば!!」
「……とりあえず、それはもういいよ」
 佐藤は力無い声で、吉田を止めた。例え父親だとしても、自分以外の男をして「格好いい」を連呼されるのはあまり気分がよろしいものでもない。
 まあ、吉田の言葉を鵜呑みにするのであれば、格好いい父親の為に吉田の美男子に対する判断基準が知らず高まり、今日行った店に居るイケメン程度では「格好いい」とは思えても、心が動く程ではないのかもしれない。
 そう言えば、と今までを思い返してみれば、山中にしろ村上にしろ、おそらく吉田は「格好いい男子」という認識はしていても、他の女子のように黄色い歓声を上げて夢中になるなんて事は無かった。山中なんて、あからさまなモーションまでかけてきたというのに。
 そして今日も、並み居るイケメンを余所に、カフェめしをもぐもぐ食べながら「ドラクエが携帯ゲームに入ったんだってー」と吉田は実に無邪気だった。自身の立場を理解して女性客に愛想を振りまくウエイター達は知らないだろう。少なくとも吉田の中では、その端正な顔立ちよりも携帯アプリの方が話題性に勝ると言う事を。ザマーミロ!(←by佐藤)
 立てた仮説が正しいのであれば、吉田がこれまで男子に惚れずに頭の中をお菓子とゲームで満たして来れたのは、全て父親のおかげという事になる。ありがとうお父さん!と佐藤は未来の義父(強制的に決定)に感謝を述べた。
 まあ、その代りというか、女子に対する評価はかなり甘いみたいだが。「とらちんは美人でいいなー」という呟きに、佐藤は「はあ?」と言いそうになった。だって吉田の方が何百倍も可愛いのに。確かにあっちの方が胸は大きいけど。
 周囲の目を引くこの顔に、何の意味があるのかと幾度となく自問自答を続けた佐藤だが、今なら言いたい。格好良過ぎる父親を持った、吉田の目に適う為だったのだと!!!
 まあ、吉田なら、根暗デブのままの自分でも受け入れてくれそうだが。そこはそれ、という事で。
「……本当なんだから……」
 ファザコン認識されるのが不本意なのか、佐藤の耳に入る入らないを別として吉田がぶつぶつ呟く。言われるのを避けたいのが図星の為だとしたら、さっきまでは守る壁となって居た吉田の父親を、佐藤は越える必要があるだろう。まあ、父親なんてそもそも越えるものだしね、と考えを切り替える佐藤だった。そういうものは普通自分の父親にだが、普通じゃないからいいのだ。うん。
 膝を抱えて拗ねる吉田に、「もう解った」と言おうとして、ちょっと考える。この流れ、いいように都合出来るかもしれない。にやり、と佐藤は気付かれない様にほくそ笑んだ。
「だって、言葉だけ言われてもなぁー」
 実にしらじらしい言い方だが、吉田は気付けない。
「本物見せてくれたら、俺も納得出来るんだけどなv」
「…………えっ、え……! そ、それ、は………」
 途端、目を剥いて、うろたえて赤くなる吉田。吉田のこういう顔を見ると、佐藤は嬉しくなってしまう。
「ねえ、今度紹介してよ。吉田の部屋にも行ってみたい」
「……え、あ、うー、い、行っても面白くないよ!!」
「面白くなくてもいいから、行きたーいvv」
「そ、そんな事言われても……!!!あの、えーっと……!!!」
「♪」
(吉田、可愛いv)
 そんなやり取りは、佐藤の気の済むまで続けられた。


 後日、行って来たと報告した吉田に、女子達が「どうだった!?」と迫り。
 「美味しかったけど、量が少なかった」という感想で皆がっくりと肩を落とした。
 そんな光景を、佐藤は少し離れた所から見て、嬉しそうに微笑を浮かべていた。




<END>