*前の続きです^^*


 新しい吉田のパジャマはワンピース型。ゆったりとしたラインが眠る吉田の体を優しく包んでくれている。
 それは見ていてとても可愛らしい。そう、見る分には。
「…………」
 この服を着ている時に吉田の素肌に直接触れるとなると、上の襟口から入るか、裾を大きくたくし上げるしかない。しかし、裾は裾でもスカートの裾なので、そこを上げればなんというか、脱いだも同然の姿だ。それは何というか……ちょっと思春期らしく、佐藤は色々と思う。
 けれど、こうして売り物になっている以上、当然買う人は居る訳で、その人たちは一体どうしているんだろうか。あるいは、恋人と居る時は着けないのか?いやまさかそんな。
 まあ、そんな事を悩む必要が無いほど、吉田はぐっすり眠っていた。起こしたらその場で天罰でも下りそうな安らかな寝顔だ。天使の寝顔だな、と夜目でもくっきりと顔の拝める佐藤がそんな風に思って相好を崩す。
 このまま、ずっと見ていたいが、そうしたら本当に朝でも迎えてしまいそうだ。別に一晩二晩の徹夜なんて痛くも痒くもないのだが、吉田の隣で取る睡眠はとても心地よくで、それが無いのも惜しい。
 佐藤はそこからまた、数分吉田の顔を拝んだ後、額にそっと唇を落とし、胸の中でだけおやすみ、と囁いて自分を瞼を落とした。


 半分くらいの覚醒だった。顔に枕、身体に布団の感触を感じ、寝返りを打つ。
 その時、ふとした違和感。
「ぁ……?」
 微かな声を上げて、佐藤は起床した。のっそりと起き上がると、そこは自分の部屋では無かった。
 吉田の家の居間である。吉田自身の部屋ではとても佐藤が寝転がれるスペースが無いとの事だ。最も、吉田がそう言い張っているだけで、事実と食い違っている可能性は大いにあるのだが。
 佐藤の目下の目標は、吉田の部屋に入る事である。勿論覗けれたらそれはとても良いのだけど、そこに吉田の意思が伴っていないと無意味だ。今日も、いや昨日も「ダメー!」と可愛く拒まれた為目的は達成されていない。でも、それは楽しみが先に延びたようなもので、佐藤に不満は無い。
「…………」
 どうも寝過ぎたらしい。頭がぼうっとする。
 寝過ぎる、なんて感触は実に久しい。体調が不調な時を除き、そんな事があっただろうか。
 睡眠時は人間に限らず、生物にとって最も無防備な時間で、故に意識が完全に沈んだと見せかけて機能している所もある。
 それすらも、完全に停まっていたというのだろうか。
 まあ、ここは安全というか、安らげる。今住んでいる部屋より、実家よりもずっと。
「……吉田?」
 と、ここで吉田が居ない事に気付いた。昨日、吉田は最後まで自分の部屋で寝ると粘ったのだが、佐藤がそれをさせなかった。こうなったら、とことん一緒に居たい。
 それに寝顔も堪能したかった。自分の部屋に招いた時、吉田は度々転寝をしてくれるけど、やはりそれとは違うもので。
 眠る吉田にキスをしたら、こっちがとても幸せな気持ちになれた。だからだろうか。こんなに寝過ごしたのは。
 見れば、佐藤の起床にして初めての時間だった。逆にこんなに寝れるものかと、一種妙な感動を覚える。
 辺りを軽く見渡しても、吉田の姿は無い。そりゃあ吉田は小さくてそして可愛いが、一般家屋のリビングで姿を眩ませる程小さくは無い。
 トイレか、買い物にでも行ったかな、と思っている時、どこからともなくかちゃり、とドアノブが動く小さな音がした。そして程なく、ひょこり、と吉田が顔を覗かせる。
「あっ、佐藤おはよう」
 朝日よりも暖かくて明るい吉田の笑顔。佐藤も、必然的に笑顔になる。
 そしてその姿を見て、吉田の不在の理由を知る。そして、不満げに顔を曇らせる。
「なんだ、着替えちゃったのか?」
 吉田はもう、あのパジャマでは無くて普段着に着替えていたのだ。おそらくだが、自室で着替えたに違いない。
「だってもう、起きたし」
 寝てないのにパジャマのままなんて変だ、と吉田が言いたいようだ。むぅ、と軽く唇を尖らせる。
 これ見よがしに、佐藤はため息をついた。
「もっと見ていたかったのになー。写メも撮っていなかったし」
「と、撮らなくて良いから!!!」
「それって、実物見せてくれるって事?」
「!!!?!?? ち、違うー!!」
 にこっと笑顔で現れたかと思えば、拗ねたようにしてみせ、そして今は顔を赤くして怒鳴っている。
 朝から吉田の百面相が見れて、佐藤は実に幸せだった。


 聞けば、吉田も今し方起きた所だったらしい。起きてややあってから着替えに部屋に入り、そして佐藤が目覚めたという流れだ。というより、横の吉田が抜け出したから、佐藤も目を覚ましたのかもしれない。そうでなければ、お互いどこまでも惰眠を貪っていたのかな、と佐藤はちょっと楽しく思う。
 吉田は特に、朝はパン派、白米派、というこだわりは無かった。何にする?と話し合う場で中華粥にしてみようか、という流れになった。何となく、何時にないこの日に、普段はあまり摂らない朝食にしてみたかった。
 冷蔵庫のものは好きに使って良い、とは昨日の段階ですでに言われた事だ。佐藤はその中をざっと見渡し、冷凍庫に手を掛ける。そこには本来ピラフを作るのを目的としたのか、小エビと輪切りのイカが冷凍されたパックがあった。これは使えそうだ。鳥ガラの元もある事だし。
「出来ればホタテがあったら良かったんだけど」
 佐藤が言うと、吉田はちょっと考えてから、あ、と声を発する。
 それから、冷蔵庫では無くて居間にある戸棚をごそごそと探す。あったー、と声を上げ離れていても解り易い吉田の様子だ。
「母ちゃんが酒のつまみにしている干しホタテ!これ、どうかな?」
 吉田は勿論酒は飲めないが、つまみを文字通りつまみ食いしている。いかにも酒の肴という珍味はまだ美味しいとは思えないが、こういうのなら。
「うん、いいかもな。入れてみよう」
 吉田の提案に佐藤も乗っかる。
 本当はもっとじっくり煮込んだ方が良いのだろうが、そこはまあ、この際言ってられない。
 ある程度粥らしいとろみがついた所で完成とした。大きなお椀に入れて、レンゲを用意する。
 普段は母親と食事を摂っている場所で、今は佐藤と向き合って食べている。何だか、酷くその事実が吉田にはくすぐったく感じられた。
「あ、美味しい!」
 ふうふう、と湯気を濛々と立たせる粥を十分に冷やしてから、レンゲをぱくりと口に入れる。口の中で味わって、吉田は思ったままを口にした。
「中華粥って初めて食べる」
「まあ、これは殆どなんちゃってだけど」
 正規のレシピからほとんど外れているだろう。佐藤がそうつけ食われるが、吉田は美味しければよい、とあっけらかんとした意見。
「味のついたお粥って美味しい。おじやとかとはちょっと違うな、やっぱり」
 言われてみればそうだな、と佐藤も納得した。おじやとも、雑炊とも違う。粥はあくまで粥なのだ。
 吉田は殊の外、この佐藤の「なんちゃって中華粥」が気に入ったらしく、加減がつかめなくて少々多かったかもしれない量も完食した。また今度、作れる機会があれば良いな、と佐藤は思う。
「吉田、どこか行く?」
 食事の後の皿洗いをしながら吉田に尋ねる。久々と言って良いお泊りデートを両親は堪能すべく、今日の夜まで帰ってこない。時間はたっぷりある。けれど、そう見えて過ぎてしまえばあっという間だ。有意義に過ごしたい。
 最も、佐藤はこうして吉田と一緒に居るだけで十分、いや、お釣りが出る。吉田の過ごしたい休日に、そこに自分が加われたら、とそれだけなのだ。
 洗い終えた食器を布巾で拭きながら、吉田はんー、とちょっと考えている。視線が上に彷徨っている無邪気な表情だ。
「別に、出かける予定も無いかなって……佐藤は?」
 そう、逆に問いかけられたが、吉田がそうなのなら佐藤も決まったものだ。
 家でゆっくり寛ぐのが今日の予定となった。


「佐藤の部屋程じゃないけど、ウチにもDVDあるよ」
 と、言われて佐藤はその選択権も譲られたようだ。細い本棚に並ぶDVDのタイトルを眺める。吉田の言った通り、佐藤の所持する3分の1程も無いラインナップだが、結構持っているものが重なって佐藤は何となく嬉しくなった。まあ、単にそれだけ有名な作品でもある、という事なのだが。
 その中の1つを手に取る。すると、横に居た吉田が口を開く。
「それ、父ちゃんと母ちゃんが初デートで見た映画なんだって」
「え、そうなんだ」
 思わず二度見してしまう佐藤。だが、そのすぐ後に吉田が「あっ、違った!」とまた声を上げる。
「初デートじゃなくて、付き合う前って言うか、まだそうなる前の頃に見たんだって」
 言われ、佐藤は改めて納得した。初デートの映画にしては、あまり相応しいものだとは思えなかったからだ。しかし反面、意識している人を誘うには適した物だ。面白かったと満足して貰えて、次に繋げられるような、楽しめる作品。
「じゃ、そういう事なら、これを見ようか」
 DVDを片手に、すぐ隣の吉田に話しかける。すると、自分で言い出したエピソードを思ってか、え、え?とわずかに動揺を見せる。
「決めた、これにする」
 あうあう、と言葉に迷っている吉田をあえて放置し、佐藤はウキウキした顔でDVDをセットする。あーっ、とその光景に吉田は声を上げたが、それは流すなというものでは無いらしく。
「ちょっと待って!!! ジュースとお菓子!!!」
 吉田の映画鑑賞には、それが欠かせないようだ。
 勝手に上映される映画と違い、DVDなのだからチャプター選択画面で止まると言うのに吉田は始まっちゃう始まっちゃう、と半ば焦って用意をしている。
 勿論佐藤は再生しないで、吉田が来るのを待ってやる。やがて程なく、コーラと煎餅とポッキーを見つけた吉田が佐藤の隣に座る。
「佐藤の部屋にみたいに、ソファがあったら良いのにな~」
 誰にとも向けてではなく、呟く吉田。
 じゃあ、吉田と暮らす時は絶対ソファを揃えるよ、なんてそんな戯言を佐藤は胸の中でだけ、呟いてみたり。
 再生ボタンを押して、始まった映画に吉田は目を向ける。そんな吉田を、ここぞとばかりにたっぷり見てやる佐藤。
 この映画を見たという、その時の吉田のご両親も自分と同じ行動をしていたんだろうか。
 いつか、吉田の両親と会って話がしたいなぁ、と、吉田宅の訪問にもう1つ目的の増えた佐藤だった。




<END>