夏は良い。
 いや、吉田と付き合うようになってから、四季というもの全てが輝かしく思う。そして、明日を焦がれる気持ちも。
 帰国して、吉田と恋仲になって。毎日にこんなにも新しい彩があっただなんて、佐藤にとっては何より偉大な発見だ。
 それぞれの季節にそれぞれの良さが勿論あるのだが、やはり自分は夏をお気に入りにしてしまうのかもしれないな、と佐藤は感じる。
 と、いうのも。

「ん〜、やっぱ日に焼けたな」
 オチケンの部室、自分の腕を見ながら吉田がぼやくように呟いた。一応日焼け止めは塗って居るらしいが、やはり完全に紫外線を遮断するというのは難しそうだ。衣服ですら超えて来る。
 昔は焼けた肌が魅力の1つとして上げられたようだが、今となっては肌の天敵くらいに言われている。しかし、日焼けサロンが絶滅しない辺り、小麦色の肌への信仰はまだまだ根強いようだ。
 日に焼けたと言った吉田だが、特にその事に気に病んでいる訳でも無い。本当に、ありのままを言ったようだ。
 ある意味、自分に無頓着のようだが、佐藤として見れば意固地になって白い肌を保とうとするより余程健康的で良いと思う。気持ちは解るが、日焼けを避ける余り、たまに商店街を歩くとダースベーダーまがいの出で立ちをした御婦人達に遭遇して、かなり吃驚する。
 若さを保つのでは無くて、綺麗に老いていけばよいのに、と母親や姉を脳裏に浮かべ、改めて思う。その点吉田は、自分を自然体に受け入れている所が佐藤には好感を持てる。しかも最近――自分と付き合うようになってから、少しだけ気に掛けている辺りが愛おしくて堪らない。
 ここの紅一点でもある吉田が居ない時、時に牧村と佐藤の2人きりだと、話の内容がかなりバカっぽくある。あるいは一般の男子高校生の会話かもしれないが、いかんせん佐藤はその一般を知らないのだった。
 吉田に女性を感じない牧村ではあるが、一応出す会話は選んでいるらしく、自分に向けて語りかけるその内容は、確かに吉田に聞かせてやれるものではないな、と変に納得する。
 女性の身体のラインがどうとか、透けて見える下着の線がどうとか。例えその対象に自分が加わって居ないにしても、同じ女性として苦々しく思うだろう。特に吉田は、そういう内容に免疫が無くて初心だから。そんな所は可愛いが、進展を遅らせている要因でもある。最も、一番はそこを上手く導いてあげられない佐藤の方なのだろうが。
 そしてそんな、牧村と全く中身の無い会話の中、日焼け跡ってやっぱ良いよな!と牧村が無駄に滾って居た。言わずもがな、プール開きの付近の事だ。日焼けが良いんじゃなくて日焼け跡が良いんだ。より詳しく言えば焼けた所と焼けてない所の対比が良いのだ云々。
 自分はともかく、相手の居ないくせによくここまで想像できるな〜、などとかなり失礼な事を佐藤は思っていた。
 そう、自分はともかく。
 牧村の話してくれる猥談紛いの内容に、つい吉田を当てはめてしまう佐藤だ。これはもう、仕方ないと思うしかない。そういうお年頃だ。
 日焼け跡のある吉田の素肌を想像し、ふむ、と瞑想のようなものに耽る。吉田は健康的なイメージだが、元の肌の色は薄いように思う。それはすぐに染まってしまう所や、容易くキスマークの付く所から判断する所だ。
 軽い日焼けでも、解る程にその色の違いが浮き出る事だろう。
 想像だけでワクワクして来た。
 そして今、吉田は日焼けしたと自ら宣告してくれたではないか。
 これは逃す手は無いぞ……と、佐藤は早速週末の部屋デートに向け、プランを練り始めていた。


 吉田は暑い寒いに弱くは無いが、同時に強くも無い。
 本日、日本の何処かで最高気温を叩きだしたらしい。年々更新されている様な最高気温は、一体どこまで上がってしまうのか。
 そんな中、汗だくになりながらも、吉田は佐藤の部屋に行っていた。他の予定なら、今日は暑いから止めよう〜〜と言ってしまえるかもしれないが、こればかりは。
 学校で毎日顔を合わすけど、この時間は吉田にとっても大事なのだ。やはり、校内ではクラスメイトの付き合いからなるべく逸脱しないようにしている(あくまでなるべく、だが)。それは自分達の関係が秘密裏で築かれている為の考慮で、断固死守しなければならない所だが、折角同じ学校に通っているのにその中で恋人らしい事がまるで出来ないのに、吉田も不満を抱かない訳でも無い。
 それを、こういう時に一気に解消出来るのだ。その機会は潰したくない。
 要約すれば、吉田も佐藤とイチャイチャしたい、という事だ。


「いらっしゃい。水風呂張ったよ」
 にこ、と出迎える佐藤に、吉田はえっ、と止まった。確かに、到着一番でシャワーを借りようとは思っていたけど。佐藤の部屋にはすでに2,3着吉田の着替えが常備置かれている。たまに佐藤が勝手に増やしたりもする。
「今日、すっごく暑かっただろ? 着替えも洗えばすぐに乾くな」
「う、うん」
 それは良い。とても何よりなのだが、しかし……
「……佐藤も?」
 一緒に入るのかと。
 夏の気温とは別に顔を赤らめながらそう言うと、佐藤は当然、というように頷いた。
 別の意味で暑くなりそう、と吉田は今から火照るようだった。


「あ、良い匂い」
 そのままの吉田の感想が、佐藤の耳に心地よい。
「アップルと、グレープフルーツの香り、だったかな」
 瓶に書いてあった表示を思い浮かべながら佐藤は言う。所謂入浴剤なのだが、佐藤が今回使ったものは、こうして水風呂でも対応出来る仕様になっていた。湯の場合は湯気と共に香りが上ってくれるが、水だとそうはいかない。それでも、浴槽にはすでに爽やかな果物の香りで満たされていた。香りからも涼しくなる。
 到着と同時に風呂場直行なのは、佐藤の計画の内である。なので、浴室でも取れるティータイムを画策していた。炎天下を歩いて来てくれた吉田の為に、冷たいものを。それでいて、体を冷やさないものを。
 そう思って佐藤がまず作ったのは、生姜シロップのグラニテだ。炭酸抜きのジンジャエールを凍らせたものと言った方が想像は容易いだろうか。
 かき氷のようにガラスの平皿に持って、アジアのかき氷の様に周りに具材のようなものを適当に乗せてみた。イチゴやバナナ、そしてチョコレートボンボン。
 グラニテで冷やされたチョコレートボンボンは、外側がよりカリッとして歯触りを楽しませた。中のフィリングのチョコレートは、吉田の好きな甘さの物だ。
「えへへ〜、何か、すっごい贅沢している気がする!!」
 美味しい美味しい、と佐藤特製のかき氷に、吉田は嬉しさと美味しさを同時に主張する。
 そこまで喜んで貰えると、作った甲斐もあるというものだ。それに、佐藤にもちゃんと恩恵がある。
 吉田の日焼け跡、やっぱり良いな、と浴槽の淵に腕を預けながら、真向かいのその肌をじっくり堪能する。濃い日焼けではないが、なるほどしていない部分を比べるとはっきり色が違うと解る。
 自分だけがそれを拝められる特権に酔い知れながら、佐藤は目の前の吉田をじっくり堪能した。
 が、少し調子に乗り過ぎてしまったようだ。
「………佐藤、」
「ん?」
「じろじろ見んな」
 む、と口をへの字にした吉田に、佐藤はここでしまった、と焦った。不躾に見過ぎた、と。
 普段の教室内、女子達に囲まれた中でも実は佐藤は吉田を見ている。その時は見られている吉田は元より、周りの女子達にも気取られないくらいのスキルは持っているのだが、やはり吉田と2人きりだとそういう所は弱くなる様だ。油断しているとも言えるし、安心しているとも言える。
「ごめん。でも、見たい」
 さらりと謝罪しつつ、本音も明かしてしまう。
 駆け引きは楽しい時もあるが、無用に思う時もある。今がそれだ。
 佐藤が素直に本音を吐露すると、吉田が慄いた様に身体を揺らした。
 恥ずかしいけど、そういう風に求められるのは嬉しい。そんな感じだ。そんな風に思われると、佐藤としても光栄である。吉田は自分の容姿に自信が持てないようだが、佐藤だってある意味そうでもある。この姿に価値があるなんて、到底思えない。
 佐藤のそのままの台詞を聞いて「見たいって言われても……」と口の中でもごもご呟いていた吉田だが、こうして身体を隠していると折角のかき氷が食べられないのも事実。
 む〜〜、とあれこれ葛藤した吉田の出した結論は。
 ばしゃばしゃ、と広くない湯船の中で吉田がもそもそ動き、佐藤の胸に背中を預ける形で落ちついた。吉田としてはこれでヨシ!という感じなのだろう。確かにこれなら、腕で隠す事無く、佐藤には見られない。
 少しだけとは言え、離れていたさっきよりも密着したこの方が余程好き勝手されてしまうだろうに。甘いのか、信頼されているのか。
 背中とは言え、吉田の肌は柔らかい。男はオオカミなんだって、吉田はいまいち良く解って居ないのかもしれない。
 最も、他に知らないだけなのだろうけど。
 食べている時は勘弁してやろう。だから、食べ終わったその時は。
 背後の佐藤が不穏な事を企んでいるとは知らず、器の中のかき氷は、ほぼ無くなろうとしている。

 茹だる様な夏の暑さを外に、吉田は涼しい室内で、蕩けそうな熱に見舞われる事となった。



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