大事過ぎて傍に置けない。
 そんな物が、吉田にだってある。


 えっ、と贈られたそのペンダントを見て、吉田は目を丸くした。
 麻を編み込んだ縄で作られた天然石のネックレス。これから迎える夏の服装のどんなタイプでも似合いそうな、シンプルで可愛いものだ。
 それは良いのだが、吉田が驚いたのはその天然石である。
 深い藍色に金色が舞い散る石。ラピスラズリ。和名では瑠璃と呼ばれるものだ。
「英語のテスト、頑張ったもんな」
 ご褒美、とネックレスの贈り主である佐藤が柔和な笑みで言う。この度のテストで、吉田は目出度く英語のテストで50点を超す快挙を成し遂げた。英語は中一の段階で挫いた彼女にとっては、まさに奇跡の様な功績だ。勿論、奇跡では無く、吉田が勉学に励んだ純然たる真っ当な結果なのだが。
 それでも、と吉田は思う。教える役が佐藤でなければ、とてもこんな点数を取れるとは思えない。そして、佐藤との再会はまさに奇跡なのだ。となると、やはり吉田は奇跡と呼びたい。それが目に見える物に反映し、改めて再確認出来た心地なのだった。
 佐藤は決して、人の努力を物品で讃えるのが良い事だとは思わない。この辺り、育てられ方の反動でもあった。良い物さえ与えれば正しく育つなんて、見当違いも甚だしい。
 けれども、贈物というのは贈り主の心が宿るのだ。つまり、自分の真心を贈ると言う事。そういう事なら、素直にあげたいと思う。吉田から教わった事だ。
 そう思えるようになったら、街を歩く楽しみが出来た。並ぶ品々を見て、これは吉田にあげたいな、と思える物を探したり見つけ出すのが楽しい。さすがにその全てを与えられる筈もないが、その中でさらに吟味を重ねるのも、また一興だ。
 そうして、テストを頑張ったご褒美、という名目の下、佐藤は自分の中で厳選を重ねた物を贈ったのだった。
 今回の贈物に関して、佐藤は吉田が喜んでもらえる、という若干の自信があった。と、いうのも。
「天然石があったりする店に入るとさ、吉田、その石ばっかり手に取ってたから」
 例えば、今あげたアクセサリであったり、自分で作るの為にトンボ玉になっていたり、小さいプラスチックの箱に入った標本だったり。
 それだけを手にする訳でもないが、必ずと言って良い程ラピスラズリを見つめては、しかしまた元の場所に戻すのである。
 明らかに興味を持っている仕草である。けれど、実際に購入した場面には遭遇していない。単にすでに持っているだけなのかとも思ったが、吉田はアクセサリの類はあまり持たないと言っていたから、仮にそうであっても大丈夫かな、と。
 そう思って選んだ品であったのだが、吉田は喜びよりも戸惑いの方が強い様子である。勿論、喜んでいる節も確かに見受けられるのだが。
「吉田?」
 中々に複雑な光景に、佐藤は吉田に声を掛けて本人からその真意を尋ねる。
「ラピスラズリ、嫌いだった?」
 そうではないだろうと思っているが、あえてそう尋ねてみる。きっと吉田はそんな事ないと言うだろうから、そこから真相に踏み込むつもりだ。
「き、嫌いじゃない……っていうか、好きだけど」
「………」
 気持ちが通じ合って付き合っている自分達だけど、吉田から直接の「好き」はまだ言われた事は無い。意味合いは全く違うと解っているが、容易く「好き」と言わせたこの石が多少憎く感じる佐藤であった。
 でも、と吉田が話を先に進めるので、佐藤は意識を石から吉田へと移す。
「なんかさー、好き過ぎて持てないっていうか」
 どういう事だ?と佐藤が少し考える中、吉田は続ける。
「無くしたりしたら、もう立ち直れないっていうか……あ、元から無くすつもりなんて無いんだけど、だから余計にそうなったら怖いなっていうか」
 初めから持っていなければ、無くす事も無いし、そうなってしまった事で自分を責める事も無い。
 何やら、渡英前の自分みたいな考えを言う吉田を、佐藤は少し新鮮な気持ちで見つめた。今まで知らない彼女を知ったような感じだ。
「お店に行けば必ずあるし、そういう時に見れたらいいかな、みたいな感じだったんだけど」
 そこまで言って、吉田はふと表情を綻ばせ、ペンダントの石部分に触れる。
「そんな風に避けてたのも、こうやって手元に来る為だったのかな」
 石を触った指が愛おしそうに、本当に愛おしそうにそっと撫でる。
「…………」
 佐藤に打ち明けた事ですっかり心の整理が出来たのか、今となっては吉田は純粋に贈物を喜んでいる。にこにこ、と嬉しそうな笑みを浮かべて。
 そんな吉田に、佐藤は。
「わっ!?」
 急に、ぎゅう、と抱きすくめられ、佐藤の体温で自分の何もかもを包まれて吉田は目を白黒させてあたふたとした。佐藤は急に色んな事(この場合、キスとか。抱擁とか)をするけども、今日はまた特別に突然だった。
 もー、なんだよ!と照れ隠しの半面を含んだ怒声を上げると、佐藤が言う。
「何かこう……色々込み上げちゃって」
「え? 吐く??」
 具合が悪いの?とどうやら本気で窺ってる様子に、佐藤は毒気を抜かれてしまい、さらに一周して軽く吹き出した。何だよぅ、と笑われた事に不満を抱く吉田の口に、ちょん、と啄ばむ様なキス。
 ただただ嬉しかった。吉田の好きな物を届けるのが自分で。自分の贈った物をそんな風に喜んでもらえるなんて。
「好き過ぎて持てない、って気持ち。良く解るな」
 普段よりもさらに密着した様な抱擁を続け、佐藤は言う。
 そして、佐藤も吉田同様、その好きな物を結局は間近に置いて、現在は腕に抱きしめている。
「なーんかさ、この石見てると不思議な気分になる」
 星型にカットされたラピスラズリを掲げ、佐藤の腕の中、吉田は言う。
「ホントに夜空みたいで。最初は、石だって事も解んなかったかも」
 本当に、夜の星空が欠片となって落ちてきた様な。
 キラキラと輝く宝石よりも、吉田の関心は断然この鉱物に向いた。この石が、あたかも夜空のような装いになったのは、ただの偶然だろう。だからこそ、余計に尊いと思う。
「着けようか」
 佐藤がそう言い、一旦吉田の手からペンダントを取る。そして、とても大事そうに、ゆっくりと首にかける。何だか、厳かな儀式の様で、吉田はなるべく動かない様にしていた。
 首にかかり、胸元で夜空の石が灯る。鉱物だけあって、肌に触れるとそれはひんやりとした。
「うん、良い感じだ」
 ペンダントをつけた吉田を見て、佐藤は満足そうに目を細める。その優しい視線に、居た堪れなくなったように、吉田はちょっとだけ目を逸らした。熱くなる顔を持て余しながら。
 確かに、佐藤のチョイスは良い。このデザインなら、普段着でもちょっとした外出着でも合う。佐藤の目が確かなのは解っていた事だが。自分より余程自分を解ってる、と吉田が一番思っている。
「本当はムーンストーンのと迷ったんだけどな。こっちにして正解だった」
 その石は名前に準えて三日月の形をして居た、と佐藤が言う。
 自分を照らしてくれる吉田は、太陽のようであり、また月の様でもあった。心地よい眠りと確かな安息を齎してくれるもの。そういう、光。
 吉田はムーンストーンの実物が解らなかったが、佐藤から乳白色の石だと言われ、そっちも良さそうだな……と思い。
 ふと閃く。
「あ、だったら、そっちを佐藤にあげる!」
「え、」
 勉強見てくれたお礼!と弾ける笑顔で吉田は言った。中てられてクラクラしてしまうあたり、やはり吉田は太陽のような雄々しさも含んでいた。
「じゃあ、買いに行こうか」
「うん!」
 佐藤が、吉田の喜ぶものを見つけたと喜ぶように、吉田も佐藤に対して良い物が贈れると、とても満足そうだ。
 佐藤が吉田にそうしたいように、吉田だって佐藤の喜ぶ事がしたい。けれど、物を贈るにしても何をあげれば良いか、吉田は佐藤以上に悩む。本は好きそうだけど、基本的に物欲が薄い様な佐藤なのだ。欲しい物は?と聞いても、真っ直ぐ指を差されるのは自分自身。
 真面目に訊いているのに、と不貞腐れてみると、真面目に答えているのに、とそんな返事。
 確かに、佐藤が自分と居ると満たされているのは解る。かと言って、何もしないでいるというのは、吉田には無理な話だった。
「今すぐ行く?」
 と、佐藤。外出出来る時間は、確かにある。
 吉田は、ちょっと考え。
「今日は、部屋でごろごろする」
「うん」
 テストが開けて、久しぶりの逢瀬だ。顔は毎日見ているものの、こうして触れ会えないとなると、会っては居ても何だか遠い。
 だから今日は、その分を埋める日。
 佐藤は、改めて吉田をぎゅっと抱きしめる。力加減は、繊細に。
 今度は吉田からも、背中に腕を回してくれる。さすがにこの体格差では、抱き返すというのは出来ないけども。
 2人の間に挟まれたラピスラズリは、すっかり体温に染まり、温かみを帯びていた。



<END>


*表でも鉱物話を書いたのでおにゃのこでも!!
 鉱物ってホントに素敵ですー´▽`