*前からの続きです^^**


 水泳の補習に一生懸命取り組んだらしい吉田は、とてもぐっすりと昼下がりの惰眠を貪っている。そういえば、前日、赤点にならないようにしっかり泳いでくる!と意気込んでいた吉田を思い出す。よもや体育の教科で落第する羽目になるとは思わないが、吉田としてはそういった不安要素は微塵も残したくないのだろう。確かに、来年必ずしも同じクラスになるとも限らないが、学年が違うのなら完全にそれは不可能に終わる。
 来年の今ごろ、自分達はどうしているだろう。どうなっているだろう。恐ろしくもあるし、楽しみでもあった。
 日々、可愛くなっている吉田を思い、きっともっと、可愛くなっているのだろうな。予想とも想像とも違う、未来予想図に吉田の寝顔を覗きこむ佐藤は、ふふ、と顔を綻ばせていた。かつての施設の仲間達や、現在通っている学校の女子ならず、佐藤を知る者が全員驚くような、蕩ける程の甘い笑顔で。
 プールで泳げるほどの気温ではあるが、万一でも体を冷やしてはいけないと、佐藤はタオルケットを吉田の身体にかけてみた。吉田はそれを撥ね退けるでもなく、きゅぅ、と可愛い掌でそれを軽く掴んでみせる。感触が気に入ったようだ。自分のした事で吉田が喜んでくれるのなら、佐藤も嬉しい。
 と、ここまでは至って穏やかに、佐藤も小さなこの幸福を噛み締めていられたのだが、事態は主に佐藤にとって思わぬ方へと傾いていく。
 体が小さい分、それをカバーしようと何かと忙しなく動いているような吉田だが、すっかり動く事に慣れている身体は寝ている間も落ち着く事が無いのか、寝相が悪いとまではいかないが、吉田は割と頻繁にころころと寝がえりを打つのである。自分の寝床では無い、というのも多少関係しているのかもしれないが。
 ころん、と横に転がった吉田の、スカートの裾が半端に捲れる。
 そこから、とても柔らかそうな太股が現れて。
「……………」
 しばし、そこに釘付けになっていた事に、佐藤ははっと我に返ってようやく自覚した。
 覗きこむ為にしていた頬杖の手で、眉間を押さえて精神の統一を図る。
 佐藤には、苛めて可愛がる以外、他には取り立てて偏った趣味や趣向は無い。と、思っていた。少なくとも、吉田と再会するまでは。
 吉田の、どんな表情もどんな部位も可愛いのだが、何と言うか、特に足に注目しているのでは、と佐藤は自分で自分を疑い始めていた。
 すらっと伸びる足がどうも気になる。空手で鍛錬していた吉田の足は、ひきしまっていて、でも柔らかそうで。
 特に、普段の立ち姿などではスカート内に隠れている太股が、例えば床に坐っている時とかに見えた時、佐藤の目はそこを見逃さない。
 どんな服でも吉田は可愛いが、やはり短めのスカートを穿いて来た時なんかは、普段よりもテンションが上がっているような気がして止まない。何だかその辺のオヤジみたいで嫌だ、と佐藤はちょっぴり落ち込んだ。
 吉田の前では格好いい恋人でありたいのに、変なフェチを持っていると思われたら大変だ。人目を気にする半面、他人からの評価は全く興味の無い佐藤だが、吉田だけは気になる。自分がどう思われているか。
 だがしかし逆に、吉田が佐藤に対し、特に此処が好き、という事があっても全く気持ち悪い事は無いし、むしろ嬉しい様な気がする。それこそ、仮に自分と同じく足が特に気に入っていると言われてたら、舞いあがれるくらいの気持ちではある。
 けれど肝心なのは、吉田がどう受け取るかだ。自分にとっては何でも無い事でも、人によっては見過ごせない問題であるというのは、多々ある事だし。
 とりあえず、吉田の足を気に入っている事は自分だけの秘密だな……と佐藤は今一度意識を引き締めた。
 と、その時。
 うつ伏せにでもなりたいのか、吉田がさらにうにゃにゃ、と寝言の様な声を上げて体を回す。
 足をもそもそと動かすので、その分裾が上がってしまう訳で。
 後少しで、下着が見えそうな程。
「……………」
 ここまで煽る吉田が悪いと実行派の佐藤と、ここまで無防備にしてくれる信頼を無碍にしてはならない、と理性派の佐藤が脳内で激しい討論を繰り広げ、最終的に吉田に嫌われたらどうする!と気弱な佐藤の意見が採用された。
 だがしかし、実行派の佐藤が大人しく引き下がった訳でも無い。今にも、理性派と気弱な佐藤の隙を狙い窺い、吉田を押し倒そうとしている。いや、すでに横たわっているが。
「……んん、……」
 そんな葛藤の真っ最中、吉田から声が上がり、佐藤も脳内の佐藤達も、ぎくりとして吉田の動向を窺う。
 ただの呻き声のようなものだろうが、吉田から発せられたとなると、何とも悩ましい声に聞こえてしまう。なので、佐藤は悩むのである。
 口元に軽く握りしめた拳を寄せて眠る吉田は、佐藤の心情も知らず穏やかなものである。が、不意にふにゃ、と口が動き、笑みの形となる。
 そして、今度は吉田の口から、意味ある単語が発せられた。
「さとう……」
「!!!!!」
 時折吉田が、どかんと真っ赤になるが、きっと今の自分がそんな状態だ。意識してでも嬉しいのに、無意識下での呼称はなんというか、困るぐらいに嬉しい。胸がドキドキする。何だか、熱い。空調管理はしっかり機能しているのに。
 もはや吉田の足だけではなく、スースーと軽い寝息を零す口も、小さい爪を乗せた指も、再会以前より大分長くなった髪の掛る細い首も、華奢な肩も、何もかもが煽情的で挑発的だった。
 辛抱が効かなくなった佐藤の取った行動は。
 未だ快眠を続ける吉田に向かい、そろそろと手を伸ばす。
 そして。
「吉田、吉田、」
 肩を揺り起し、覚醒を促す。丁度睡眠の深い頃だったか、これくらいの揺さぶりではまだ目も開かない。
「吉田、」
 仕方ない、とがくがくと吉田が大きく動く程に揺さぶる。その甲斐あって、んにゃ?と間の抜けた様な顔で、吉田が目を開けた。
「ん〜……あれ……?」
 吉田としては、佐藤が戻るまでと床に寝転がった所で記憶が終わっているので、ベッドに横になっている状況が不可解である。けれど、目の前の佐藤を見つけ、すぐに佐藤が移動したのだと理解した。そして、ちょっとだけのつもりが、大分寝てしまった事も。
「ご、ごめん」
 折角の休日を大事にしたいのは、吉田も同じ事だ。なのにその時間を、自分の勝手で浪費させてしまい、慌てて謝る吉田。
 うっすら頬を染める吉田に、休んでくれた方が良いよ、と慰めるようにぽん、と掌を頭に乗せる。むしろ佐藤としては、眠ってしまった事より自分を煽った事の方に謝って貰いたいくらいだが。そんな事言えはしないが。
「沢山泳いだから、体力使ったんだよ。おやつにプリンを作っておいたけど、もっと食いでのある方が良かったかな」
 きっとこの日も暑いだろうと、ツルッと食べれる爽やかなものをプリンを作っていた佐藤だった。ミルクで作られた滑らかなのも良いが、吉田としては皿の上に台形にきっちり乗り、その登頂にはカラメルが乗っている方が嬉しいらしい。ついでに、アイスや果物で彩って、要するにプリンアラモードだ。それを用意してある。盛りつけなどは、これらかだが。
 佐藤が言うと、吉田は眠気を彼方に吹き飛ばしたように、プリン!と歓声を上げる。有名なブランドの衣類や鞄や、宝石類よりも甘いお菓子の方に嬉々とするのは、年齢では無くて吉田という人間なのだと思う。
 この先、月日を重ね、年齢的にも社会立場的にも大人になっても、吉田はやっぱり、プリンの方を喜びそうな気がする。
 その時の自分は、何をして居るだろうか。叶う事なら、そんな吉田にプリンを作ってあげられる身分で居られたのなら良いのだけど。
「そういや、晩御飯はどうする?」
 おやつを食べるとなって、吉田の中の食欲が本格活動し始めて来たらしい。特に今日は、全身運動をしてカロリーを欲しているだろうし。
「うん、ドライカレー」
「えっ、カレー!?」
 沢山運動して来る吉田を思って、おわかり出来るメニューにしておいたのだ。けれど、吉田からはあまり芳しくないような声と顔。その理由は、勿論佐藤は解っている。
「大丈夫だって。辛くはしないよ」
「……ホントに?」
「ホント、ホント。ちょっと味見してみる?」
 茶化すように言う佐藤に、吉田はまたも微妙な顔つきをする。これの理由はちょっと解らないな、と窺うようにじっとその顔を見つめてみると、すでに出来ている事に不満を抱た吉田からの、一緒に作りたかった、という可愛い我儘が零れ落ちた。
 唇を尖らし、不貞腐れたような吉田を見て、さっき抑えた欲が飛びだしそうになり、佐藤はとても、かなり困って。
 でも、嬉しくて。
 じゃあ次は一緒に作ろう、と些細な約束を交わす。すると、不満そうな吉田もすぐに笑顔になった。
 きっとその”次”は早いだろう、と、どちらともなく思いながら。




<END>