淡い桜の花が散り、緑の葉が生い茂る。
 陽が高くなり、日中が長くなる。
 夏の光景である。
 3年間をイギリスで過ごした佐藤にとって、初めて感じる季節の移り変わりだ。前の季節との違いを、佐藤は久しぶりに体感する。
 夏になると、気温が上がる。
 あとついでに、牧村のテンションも上がる。
「……露出が増えるったって……所詮は腕だけだろ」
 すっかりハイな気分の牧村に、その要因に対し冷静に突っ込みを佐藤は入れた。スカート丈は年中同じなので、変わるとすればそこだけなのだ。
 今は昼休みで、ここはオチケン部室な訳だが、佐藤と牧村が2人きりといういつにない組み合わせだ。さっきまで吉田が居たのだが、飲み物を買いに走ってしまった。最初から持っていなかった訳では無く、持っているのを飲み干してしまったので、そのお代りだ。
 異常気象がいっそ通常運転に感じるくらい、日々の気温の変動は激しい。この前まで、セーターを着ていて過ごせていたのに、今日なんて半袖でも暑いくらいだ。吉田はその為の喉の渇きをいやす為、ごくごくとお茶を飲んでいた。で、早々に底が尽きてしまった訳だ。
 夏は女子の露出が増えるぜー!と恋人も居ないくせに無駄に猛る牧村に、佐藤は平坦な意見を入れてみたが、それにめげる牧村では無かった。むしろ、佐藤の読みが甘いとばかりに「チッチッチ」と舌打ちしつつ、指を振って見せる始末。
「甘いぞ、佐藤!たかが腕だが、されど腕だ!柔肌には間違いないんだし、半袖のシャツの隙間から見える向こう側に無限の可能性を感じるとは思わないか!?」
 そんな牧村の口上に対し、佐藤は間髪置かず。
「思わない」
 ただし吉田以外は、とそこは隠しておく佐藤である。ついで言えば吉田にそんな感情持とうものなら、即刻この場で始末している所だ。吉田とは全くの友情であり、牧村の現在の片想いのお相手はあの生徒会長だから、その辺りは良いけども。
「あとさ〜暑いから、髪をアップとかにするだろ〜?そうしたら、うなじとか、うなじとか、あとうなじとか〜〜」
 こいつ、うなじフェチか……と夏の蒸し暑さより鬱陶しい牧村を、佐藤は冷ややかに眺めた。
「それと、微かに透けて見える下着とか……うべしっ!!」
「あー、ごめん」
 いつから転がっていた解らないテーブルにあった輪ゴムを、佐藤は牧村に向けてビバシ!と投げた。さすがに今の台詞は可愛い恋人を持つ身としてアウトだ!そう言う目で見ていなくても、そういう考えのヤツが可愛い可愛い吉田の近くに居るなんぞ!!
 何すんだよ佐藤〜!だから手が滑ったんだって、なんて鼻に直撃した為に涙目になった牧村とやりとりをしていると、吉田がひょっこり戻って来た。
「ん? 何してんの?」
「いや、別に」
 鼻にダメージを食らっているような牧村を見て、吉田がどっちに問うでもなく言う。
 佐藤は適当に促し、牧村も何も言わなかった。さすがに、女子に言える内容ではないと判断したのだろう。さっきの会話は。
 ペットボトルを買って来た吉田は、すとん、と佐藤の横に座る。近い吉田に、佐藤はそれだけで嬉しくなってしまう。
「あ〜でも、今日はホントあっついな〜。購買にアイスとか売ってくれないかな〜」
 ジュースならあるんだし、と吉田は可愛らしい不満を述べながら、パキ、とペットボトルの蓋を開ける。そして、こくこく、と飲み始める。
 佐藤は基本、飲み食いしている吉田を見るのが好きだ。空腹や乾きを癒そうとしている姿がいじましくて可愛く見える。そしてそれを満たした時の、満足そうな顔を見ると佐藤もまた満たされるのだ。
 だが、今日は。
 きっと、さっきの牧村との会話がいけなかったのだろう。吉田が少し動作をするたび、見える範囲の吉田の肌がどうも気になる。
 ペットボトルを飲む為、上に上げた腕に下げている状態では袖に隠されている二の腕部分が佐藤の視界に映る。肌色とは言うけど、吉田のは何だか乳白色の様で、味わったらミルクの優しい味と香りがしそうだ。
「……………」
 ダメだ、ダメだ。
 不意に湧きあがってしまった、内側からの熱を無くそうと、佐藤は軽く目を瞑った。2人きりならまだしも、牧村の居る前でさすがに今の劣情赴くままの行動は取れない。吉田が嫌がる前に、佐藤だって嫌だ。見せて興奮する性癖では無い。断じて。
 くそ、このラキガキどっか消えないかな……と本性を滲ませた視線を牧村に送ってみる。何かを感じたのか、びくぅ!となった牧村だが、しきりに不思議そうに周りを見るだけで部屋からは出ないようだ。チッ!(←舌打ち)
「ジャスミン茶って、初めて飲んだけど美味しいな」
 喉は潤ったらしい吉田が言う。普段飲むお茶は売り切れていたそうだ。この暑さ、飲み物を求めるのは吉田だけではなかったという事か。
「飲んだ事、無かったけ?」
 佐藤が尋ねると、吉田は考えるように、こてんと小首を傾げる。
「んー、ペットボトルのは、多分初めて、かな」
 そう言って、またこくん、とペットボトルに口をつける。今度は喉の渇きというよりも、味を確かめる為に飲んだようだ。
 その様子を、佐藤はさっき以上に注視してしまう。今度は、飲み下す時の喉の動きや、ペットボトルにつけられた唇。そもそも、上向いて露わになった喉元に釘付けだ。ああ、あの首筋、舐めてやると良い反応するんだよな……そんな事を想像してしまい、危く喉が鳴りそうになった。いくら触っても飽きないとは思っていたが、ここまで足りなかったとは。吉田に知られてはならないと、手で口元を隠す佐藤。
 そんな佐藤の異変には気付いていないのか、吉田は牧村と昨夜放送していたらしいバラエティ番組について歓談している。普段なら嫉妬の対象にもなるが、今は意識がこっちに向かないで何よりである。
 が、佐藤が吉田を好きで、隙あらばちょっかいを出すように、吉田だって佐藤には構いたいのである。
「でもさ、佐藤ってホント汗かかないな〜」
 いっそ感心したかのように、しげしげと佐藤を見る吉田。そんなに見つめられると、と上目遣いの双眸に佐藤は困ったやら可愛いやらだ。
「暑く無いの?」
「いや、熱いよ」
 こっそり本音を忍ばす佐藤である。
「なら、ちゃんと汗かかないと!じゃないと、身体に悪いって!」
 確かにこの状態が続くのは体によろしくないな、と佐藤は胸中で同意する。もやもやするというか、悶々するというか。
「かく時はかくから、大丈夫だよ」
「そう〜?」
 疑わしげな吉田の目。だから、そう見られると困るんだけど。
「じゃ、後で証拠見せるから」
「?? 証拠?」
 きょとんとする吉田に、にこにことする佐藤。
 その佐藤の背後に、牧村はどうしてか悪魔の羽のようなものが見えたと言う。


「汗かくって、こういう意味か―――――!」
 と、真実を知った吉田が滾ったのは、佐藤の部屋の浴室、というか浴槽の中である。その中には、当然のように佐藤が一緒だ。まあ、一緒に汗を掻いたのだから、当然(だろうか?)
「ちゃんと汗、かいてたろ?」
「……うう、そうだけど……」
 う〜、と顔をこれ以上ないくらい、赤らめて唸る吉田。佐藤は、昼休み以来抱えていたもやもやが解消されてスッキリ!という心持だった。汗を掻くって素晴らしい!(吉田とだけ)
「あのさ、」
 背後からの、吉田の肩の丸さを目で堪能しつつ、そして髪を弄りながら、佐藤が尋ねる。
「女子も、男子が夏服に変わると騒いだりする?」
 唐突な佐藤の言葉に、吉田も振り向いて「は?」という表情になる。我ながら突然だったな、と佐藤はちょっと省みた。吉田に対しては、ぽろっと思った事を伝えてしまいがちなのだ。
 佐藤の質問に、吉田は目をぱちくりさせていたが、不意に表情を険しいものにする。何故ここでこの反応だ?と今度は佐藤がきょとんとする場面だ。
 むー、と口を真一文字にしていまった吉田だが、少しの後には「女子が佐藤の夏服格好いいって言ってた」と呟く様に言っていた。なるほど、これでこの拗ねようか。
 可愛いなぁ、と濡れた頭に頬を寄せる。
「吉田は?」
「へ?」
「俺の夏服。どうだった?」
「どう……て、半袖だな〜くらいにしか……」
 そのままな事言う吉田だが、見える耳はとても赤い。それは単に、入浴中だから、という訳でも無さそうだ。
 その可愛い反応を示す耳に、ちゅっとキスを1つする。途端、わぎゃっ!と愉快な声を上げて驚く吉田。
「いやー、夏って良いな〜」
「…………」
 この流れでそんな事言われても、と同調出来ない吉田を、佐藤は腕に抱き留めた。




<END>