*死にネタというか、死後の世界を生きる(?)二人という感じで






 ハロウィンにおける代表的なアイテム、ジャック・オ・ランタン。この中にはウィルという悪党の魂が入っていると言われている。
 彼は樹に吊るされた悪魔を発見し、助ける代わりに地獄行を免除させるように取り計らう。
 死後、その契約の元に天国にまで行ったが、そこで天使を言い含め、再び生き返る事に成功した。

 この逸話で解る事は、人間と言うのは悪魔を誑かし、天使をも騙す事が出来るという事だ。


 ここが死後の世界かぁ~、と吉田は妙に達観して目の前の大きな川を眺める。これがいわゆる、三途の川というやつだろう。本当にあったんだなぁ、と感慨すら湧いてきた。
 死んでも尚、意識があるかどうかなんて、それは死んでみないと解らない事だ。そして吉田は、まだ自分としての意思がある事を実感する。
 このまま、どこに行くんだろう。それ以外で思うのは、佐藤の事だ。
 佐藤は先に逝っている。吉田の居ない世界何て生きたくないな、なんて常々言っていた佐藤は、その有言実行を果たしたという事か。勿論、自ら幕を下ろした訳では無く、流れに任せた静かな死去だった。こんな風に思うのは可笑しいかもしれないが、その時の顔が一番美しいとすら、吉田には思えたくらいだ。
 吉田がここへと旅立ったのは、佐藤の三回忌を終えた後である。全部を終えてからなんて吉田らしい、と残された者達は言っているかもしれない。その声を聞きとる事は、吉田にはもう不可能である。
(佐藤、どこかな)
 裸足で河原を歩きながら、吉田は思う。佐藤は生前言っていた。あの世に行ってからも、吉田と一緒に暮らせるようにしたいな、と。その時は夢物語でしかなかったのだが、こうして死後の世界が実現したとなると、せめて再会するくらいは望みたい。
 あの世にも地図とかあるのかな~、なんて思いながらさらに歩く。
 そして、その足が川に入りそうになると――


「―-吉田!!」


 名前を呼ばれ、ぐいっと腕を引かれる。
「……佐藤!?!?」
 間違える事なんて、ある筈がない。
  それは、ずっと聞きたかった声だった。
 耳にするのは実に3年振りだが、全く変わらない――いや、むしろ。
「若返ってる――――!?」
 そこに居たのは、おそらく――16歳の佐藤だった。再会し、告白されて付き合い始めた頃の。
 おいおい、こっちは爺さんのまんまだぞ、と思って自分を見返した吉田は驚いた。自分もまた、若返っているのだ。佐藤と同じように、きっと同じ年齢に。
「な、何で!?」
 すっかり皺の消えた瑞々しい掌をまじまじを見つめ、頭の上のはてなマークを山ほど羅列させた。そんな吉田を見て、佐藤はふふっと笑っている。
「吉田、やっぱり良いなぁ。絶対変わらないんだもの」
 高校で再会した頃と同じような事を言われた。見た目が見た目なので、もう何十年も昔の事の筈なのに、鮮明に思い出す。
 最愛の人を再び手に取れた喜びに、にこにこと微笑んでいた佐藤は一旦その和やかな空気を引っ込めた。
「とりあえず、詳しい事は後回しだ。行くよ」
「え、行くって―――」
 どこに?その吉田の質問は、答える前に口に出す事すら叶わなかった。
 掴まれた手はそのままに、佐藤は渡ろうとした川に背を向け、走り出す。吉田はそれに追いつくに精一杯だ。
 あの川は、渡らないといけないんじゃなかったか。さっき、裁判所みたいな所でそんな説明を聞いた筈なんだけど。
 何分、初めての事なので(そりゃそうだ)吉田にも勝手がつかない。けれど、渡らなければならないものだという事は、すぐに解った。
 何故って。
「おい、あいつ逃げたぞ!!」
「追いかけろ―――!」
 その場で、亡者の見張りをしていた鬼達が、明後日の方へ駆け出す自分達を見て声を荒げたからである。そして、追いかけて来た。
 金棒やら斧やら獲物を持った鬼達に、捕まったら絶対罰則を与えられる、という剣幕で追い駆けられ吉田は自分を引っ張って走る佐藤へと呼びかけた。
「さ、佐藤!! 鬼が、追いかけて来るんだけど!?」
 すると佐藤はチッ、と吉田にも聴こえるくらいの激しい舌打ちをした。砂利を鳴らし、佐藤はその場で軽く反転。そのついでに、吉田も片腕に抱き抱えてしまう。ちょっとぉ!?と一層慌てる吉田を抱き留め、佐藤は空いている片手で瓶の蓋を開け、それを鬼達へと向かって投げる。
 途端、大きな火柱が立ち、鬼達の行く手を阻んだ。劫火のような炎の裏、戸惑う声が微かに聴こえた。
「さ、行こう」
 改めてそう言い、佐藤は吉田を抱き抱えたまますたこらと走り出した。
 正規の道を外れてどこに行こうとしているのか、何をしようとしているのか――
 全く解らないけど、多分自分達はこれからもずっと一緒だ。
 それだけは、解った。



 果たしてここに、朝とか夜とかいう概念はあるのだろうか。もしかしたら、時の流れすらも無意味かもしれない。それでも、過ぎるものだけは実感する。
 空には太陽も月も無く、惑星のような、けれど絶対に星では無い何かが浮かんでいる。まあ、綺麗、と呼んでも良いものだろうけど。
 暗い空の中でも、周りの景色がはっきり見えるのが不思議だった。けれど、少し経てばそんな現象にも大分慣れて来た。人とは須らく、結構タフに出来ている。
 あんまり、見渡しながら歩くとコケるよ。そんな佐藤からの台詞を思い出すも、広がる光景に吉田は目移りしてしまう。
 石階段をとんとん、と下り中庭まで躍り出る。噴水から噴き出る形は次々と形を変えてまるで生き物の様、周りに咲く花々は吉田がこれまで見た事も無い物ばかりである。
 もっよよく見ようと、垣根の所まで近づく。そして、顔を寄せると――
 ッパン!!!
「わぁッ!?」
 見えない何かが爆ぜ、ついでキャハハと子供のような笑い声がした。思わず尻餅をつき、目を瞬かせているとその吉田の元へ佐藤が訪れる。腰に手を当て、吉田を見下ろし、ついで笑い声がした方に顔を向ける。
「全く、吉田をからかって良いのは俺だけだって言ってるのにな」
「い、今の、何!?!?」
 立ち上がった吉田は言う。佐藤は軽く肩を竦めて言った。
「さぁな。妖精か魔物の仔じゃないかな」
 それよりお茶しよう、と吉田の手を引き、佐藤は中庭を後にした。




 三途の川から歩きに歩き、森を抜けて吉田がまず見たのが、この重厚な石造りの城だった。目の前で初めて見る城と呼べる建築物に、ぽかんと見上げる吉田の手を引き、佐藤は当然のように敷地内へと入っていく。城の中にまで入ると、まずは大きなシャンデリアが天井から吊るされた玄関ホール。その先へ続く廊下には赤い絨毯が引かれており、左右にあるドアには全てが芸術と呼べそうな装飾が施されていた。野沢さんがここを見たらはしゃぐかもしれない、と吉田は思った。
 その中の一室、生活空間というよりは談話室のような部屋に通され、座り心地が抜群のソファに吉田は腰掛ける。その横に、当然のように佐藤が。
 状況は落ち着いている筈だ。そろそろ説明をして貰えるだろうか。すぐには口には出さず、吉田は佐藤を見上げた。その視線に答え、佐藤がゆっくりと口を開く。
「ここまでくれば、もう大丈夫だ」
 あの鬼達も追い駆けては来ない。そう、断言する佐藤の声には何の不安も焦燥も無かった。
「えーと、ここってどこなのかな……あの世なのは間違いないよな?」
 生まれ変わった覚えも無い。というか、どういう感覚が襲えば生まれ変わったのかも解らないが。
 うん、あの世だよ、と佐藤は言う。
「ただ、日本の地獄じゃなくて……敢えて言えば、魔界?」
「まッッッ!?!??」
 三途の河を見ても驚かなかった吉田だが、それには仰天した。確かにこの世ではない以上、あの世と呼ぶべきかもしれないが、地獄がまだ人間が落ちる所なのに対し、魔界なんて全く違う存在の住む世界ではないか。
 そう、悪魔、とか。
「そそそ、そんな所に居て大丈夫なのか!?」
 下手したら、鬼よりもやばいのでは。あたふたと動揺する吉田を、可笑しそうに眺め、佐藤はさらにとんでもない事を言った。
「ああ、それはないよ。
 だって俺、悪魔と契約したし♪」
 それを聞いて、吉田は。
「………、……………けっ、け!!?!??」
 契約ってなんだ―――――!?という声が、石造りの城に響き渡った。



 吉田の混乱を収めた後、佐藤は説明した。日本と西洋におけ、る魂に対する扱いの違いについて。
 輪廻転生のある日本では、魂は管理される資源であるが、西洋にとって魂は固有の財産となり得る。悪魔のステータスとは、魂の所有で格付けされるのである。悪魔との契約で魂を引き渡すのは、つまりそういう事だからだ。
 あの世でも一緒にいよう、と吉田に誓った事を、死後の佐藤は勿論覚えていた。それを実現したかったのだが、日本に居ては輪廻転生――転生のシステムに組み込まれてしまう。転生はランダムであり、施す側でさえどこの肉体に落ちるか解らないという。そんな仕組みであれば、生まれ変わった吉田を追うのは、あるいはその逆も不可能に近い。
 そして佐藤は考えた。思い出すのは施設で過ごした時の事。戦時中に実際に呪術を用いて敵国を滅ぼそうとした国である。その手の文献は探せば山の様になり、かつて苛められた無念を晴らすべく、それらを読み漁っていたのだがそんな情念は割と呆気なく薄れてしまった。丁度その頃、女遊びに傾倒……というか、流されていたからだろう。
 あの時得た知識が、こんな所で役に立つとは。
 佐藤が思いついた妙案は、悪魔と契約を交わす事である。悪魔に所有されれば、転生される事はもう無いだろうと。
「でもさ~、それって本当に大丈夫なんか?」
 中庭にある、東屋のような一角。その中で紅茶とスコーンでティータイムと洒落込みながら、吉田はスコーンをもそもそと食べながらそんな事を口にする。何せ、相手は悪魔だ。悪魔と言えば騙す存在ではないか、というのが吉田の懸念であり、見解である。疑い深くもなる。
「うん、契約はちゃんと果たしたし、ここに居るのもその一環なんだから」
 吉田におかわりの紅茶を淹れながら、佐藤は答えた。
 ここに居るのが契約の内とは、吉田も初めて聞く事だ。そうなんだ、とスコーンを片手に軽く目を丸くする。
「なんでも、定期的に誰かが住んでいないと、住居として認められなくて余計な税金がかかるんだと」
「……なんか、結構世知辛いな」
「この世がこの世なら、あの世もあの世って事だよ」
 イチゴジャムを口にした筈なのに、吉田の表情は苦った。まあ、そもそもお化け屋敷なんて見たくも無い程苦手な自分が、こうして魔界でお茶を楽しんでいること自体、すでに奇妙な事かもしれないが。人生、何が起こるか解らない。もう死んでるけども。
 佐藤はカップに注いだ紅茶に吉田が好む量の砂糖とミルクを入れて吉田へと差し出す。受け取った吉田は口に付け、自分好みの味にふぅ、と目を細めて満足そうに息を吐いた。スコーンはミルクティーと一緒に食べてこそ、その美味しさを感じるのである。その様子を見る佐藤に、笑みが灯る。
「……吉田、」
 と、ぽつりと佐藤は零す様にその名を紡いだ。何?と見上げる目はどこまでも真っ直ぐに射抜く。
「ここに居るのが辛くなったら、いつでも言えよ? 契約は俺にだけ掛かっていて、吉田には結ばれていないから」
 何せここには、自分しか居ない。後は気まぐれに妖精が紛れ込んだりもするがそれだけだ。孤独だと言われ、佐藤に否定する材料は無い。
 吉田との思い出を失いたくない佐藤は転生なんて御免だが、生まれ変わった吉田の人生はここでずっと幽閉されている暮らしよりも、うんと輝いて幸福に満ち溢れたものかもしれない。佐藤にそれを邪魔立てするつもりは毛頭なかった。
「何言ってんだよ、」
 と、吉田は佐藤の胸を軽く小突く。
「生きてる時から言ってんじゃんか。ずっと一緒にいるって。
 大体、俺が居なくなったら、ここで佐藤が1人になるし。それって、すげー嫌だ」
 大して知恵の無い自分が佐藤にしてやれる事なんて、それくらいなのだ。求められるのなら、叶えてやりたい。
 それこそ、もう、永遠に。
 一生という概念すら越えて、自分という存在が持続するまで。
「―-うん……」
 佐藤は一瞬、とても痛ましいものを見るような、少しだけ遠い目を浮かべた後、その腕に吉田を抱き留めた。うわぁ、と吉田が慌てる。
 じたばたと暴れ、顔を出した時――
「―-………」
 佐藤の手が頬に添えられ、深く、深く口付けられた。ぎゅっと目を瞑り、袖を握り締め得る。
 たっぷり、どれくらいそうしていたか。もう、ここには時間と言う概念すら希薄だった。
 ようやっと口が解放され、ぷはっと息継ぎのように呼吸する。もう死んでいる状態だけど、もう一度死ぬことってあるのかな、なんて思う吉田だ。
 佐藤は頬に沿えた手をそのままに、空いた方の手で髪を優しく撫でつけている。
「他に誰も居ないから、いつでもやりたい放題だな」
「~~~~、言い方ってもんが……」
 感覚を攫うように、口を手で拭っていた吉田は台詞を途中で切った。注いで、目が真ん丸になるくらい大きくひん剥く。
 これは自分と言うより、自分の背後に何かあるのか、と軽く振り向いていみれば、そこには3人……というのか、3体なのか3匹なのか……とりあえず、小人の背中に蝶の羽が生えたような妖精たちが居た。姿を消してはいたものの、ずっと纏わりついていたのかもしれない。
 まだ妖精の言語は解らない佐藤であるが、彼ら(彼女ら?)の態度から推測するに「今、キスしてたね」「うん、してたね」と話し合っているようだ。そういえば、妖精って噂話しが好きなんだっけ、と佐藤は生前読み漁った文献から得た知識を思い出す。そして殊更、恋の話が好きだとかで。
 吉田も、佐藤と同じく妖精たちの会話をその態度で察したようだ。いや、吉田の場合、見られたという時点ですでにもう、十分だ。顔を赤くさせ、ふるふると震えている。
「ふ、ふ、二人っきりじゃないとしない――――――!!!!」
 こっちに来てもそれが発動してしまうとは。
この世でもあの世でも、魔界に来ても何だか根っこの部分は変わらない自分達みたいで、でもそれが嬉しく思う佐藤だった。




 まさか春休みに宿題が出るとは。これが義務教育との差か……!なんて噛み締めながら、吉田は春休みに出された課題、主に英語と闘っている。
「あ、そういえば、今日エイプリルフールじゃん!」
 途中の休憩、吉田が言った。嘘をついても許される日、とはされているが、日本の学校は大抵この日は春休み真っ只中なので、クラスメイトとはしゃぐという事にはならずに割とスルーされやすい。気付いた所で、嘘を吐く相手も居ない、という状態である事が多いのだ。実際、吉田の前には佐藤しかいないし、エイプリルフールだともう宣言してしまったし。
「ああ、そうだなー。折角だし、嘘でも言うか?」
「そう言ってから言われてもなぁ……」
 悪戯なノリを浮かべる佐藤に、吉田は唸るように言った。先にタネを見せて行う手品よりもなんか虚しい。この日にちゃんと嘘をつけた日っていつかなぁ、まあ律儀に嘘を吐かなくてもよいんだろうけど。今日の佐藤は紅茶を淹れてくれて、ミルクティーは優しく、苦手科目で凝り固まった頭も解してくれる。その、飲んでいるミルクティーで思い出した。
「そういや、変な夢見たんだ」
「へえ、どんな?」
 夢の内容なんて、退屈な話のTOP3に入る話題だが、それが吉田となれば佐藤の興味は疼く。普段、あまりそういう事を口にしないから尚更だろう。吉田の見た夢、凄く興味がある。前のめりになる佐藤に、そこまで面白いものじゃないけど、と自分でハードルを下げてから吉田は言った。
「何かな、俺は死んで三途の川を渡りそうになるんだけど、そこを佐藤が連れてって魔界の城で一緒に暮らす……っていうだけの夢」
 でもやけに鮮明だったんだよなー、と吉田は起きた直後を思い出す。あの夢の中でも、自分は佐藤に淹れて貰ったミルクティーを飲んでいた。だから、今思い出したのだ。
 佐藤の反応が気になった吉田は、ちら、と見上げてみる。すると、佐藤は。
「………、……………」
「え、ちょっと、何真剣な顔してんだ!?」
「いや……その手があったな、と」
「どの手だよ!?」
 いっそそれがエイプリルフールの嘘であって貰いたい。思っただけだよ、なんて佐藤は言っているが、そこがむしろ問題なのでは。
 まあ、でも。
 死んでからも一緒には居たいと思うから、あれが正夢でも良いかな、なんて思っている吉田である。

 死んだ後の事はは死んだ後でしか解らない。
 だから、今は。
「さ、残りの課題やっつけようか」
「うえ~~」
 シャープペンを握り締め、目の前のアルファベットの羅列に吉田は呻き声しか上げられなかった。



*夢オチでした~(´▽`)


<END>