日曜日とは安息の日の筈だ。だというのに、佐藤は疲労困憊しきった体で自分の部屋へと戻った。
 そのまま上着を脱ぐ事すら億劫そうに、佐藤はベッドの上にどさりと倒れ込む。
 そして、一言呟く。
「……あー、吉田に会いたい……」
 いつだって、脳裏に過ぎるのはその姿。


 さすがに時間が時間なので、直接会うには叶わなかった。吉田の家の生活サイクルがどうなっているかは詳しくは知らないが、もう風呂すら済ませた頃だろうか。
 通話の方に掛けてみれば、吉田はすぐに出て来た。すでに自室にいるらしく、そこで他愛も無い会話を楽しむ。
 家族とする話はあんなにも疲れるというのに、相手が吉田になると真逆の効能を佐藤へと齎す。
「……ああ、吉田の声に癒される……」
『いやいや、大した事何も言っても無いけど』
 他愛も無い会話の隙間、ぽつりと零した佐藤の呟きに、大分疲れてるんだな、と吉田は突っ込む傍らそっと労った。まあ、通話をしてきたという所で、佐藤の精神が割とギリギリなのは吉田にも解る所だが。
 そんな佐藤の状態が解るから、実際に乞われた訳でもないが、吉田も直接会ってやりたいと思う。会って、まあ、ぎゅっと抱きつくくらいは。それくらいなら、自分から佐藤にもしてやれる。本当は、それ以上したい気持ちもあるけれど、それは普段、羞恥心の蓋によって固く固く綴じられていた。南の島は色んな意味で開放的になって、ちょっと緩んでしまったが。
 佐藤は今日、実家に帰っていたという。佐藤の家族事情は深くは知り得ないけど、行くとなればそれを知ったその日から、憂鬱な顔を覗かせる様子なのだから推して知るべきなのだろう。吉田だって、空気を読む事は出来る。……少しくらいなら。
 面倒くさいというより、やたら複雑な佐藤に対し、もっと気が効くようになりたいなぁ、なんて思う吉田だが、佐藤の身の回り程で吉田程佐藤の事を解る人物も他に居まい。あるいは余程、佐藤自身以上に。
 佐藤が自覚以上に疲れてると踏んだ吉田は、ちらりと部屋の時計を見る。夜分遅い、と十分呼べる時刻であるが……
「……あのさ、」
『うん?』
「今からそっち、行こうか?」
『……へっ?』
 佐藤に似つかわしく無い間抜けな声だ。そこまで変な事言ったかなぁ、と吉田は首を傾げつつ尚言った。
「まあ、夜遅いけど……」
 電車や自動車を使わなければならない距離では無い。行こうと思えれば、行ける距離だ。まあ、物理的にはだが。
 母親に見つからずに抜け出すのは至難の業だな……と決してその方面に長けていない頭脳で、必死ながらに策を講じていると、
『……っふ、はは、はははっ』
 笑われた。完全に笑われた。
 嘲笑ではないようだけど、吉田は真面目に、佐藤に会いに行こうとしていたのに。何だよ!と憤慨すると、電話越しの佐藤が言う。
『うん、ありがとう。そこまで言ってくれるとは思わなかった』
「……そこまでって程じゃないと思うけど」
 母親に怒られる危険を除けば。吉田からしてみれば、英語を教えてくれる方が余程大変だと思う。それに、現時点の自分が出来る事なんて、たかがしてれているし。
『来た所で、どうするんだよ?』
 完全に仮想の話として佐藤が言う。茶化すような口ぶりは些か腹が立つけども、吉田は言う。
「そりゃまぁ、話をしたり……話をしたりとか、」
『話ししかしてないじゃん』
 自分でも思っていた事を言われてしまい、吉田がうぐっと唸る。
「じゃあ、佐藤はどうするんだよ」
『……言って良いの?』
「!!!」
 声のトーンを一気に変えて、毒のような甘さをはらんだ声に、電話越しながら中てられた。ぼっと顔が赤くなる。
 ここで何する気だ!と突っ込めばますます相手の思うつぼだろう。かと言って、黙っているままも悔しいし、と必死に台詞を探していると、
『……ありがとう』
 もう一度、佐藤が言った。二度目の方が、やけに耳に残った。電子音ではなく、直接佐藤の口から発せられたものが吹き込まれたみたいで、何やら色んな所がむずむずする。
『じゃ、また明日』
「うん、おやすみ」
『おやすみ』
 低く、心地よく響く声で佐藤がそう告げ、電話を切った。物言わぬ末端機となったそれを、吉田は充電器を差し、机の上に乗せる。
 行こうか、なんて言っておきながら、この時点で吉田はすでにパジャマに着替えていた。本当にいくつもりであれば、当然着替えるなり上に着こむなりしたけども。
 もそもそ、とベッドに潜り、寝る姿勢を整えてから吉田は思う。
 佐藤、解ってるのかな。
 なんだか、あんまり通じてないような感じだったけども。
 多分、佐藤が会いたいって思う時、大体俺も佐藤に会いたいって思ってるよ。
 口にも出せず、文面にも起こせない剥き出しの本音は、大事に大事に包んで胸の真ん中に、そっと置いてある。



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