天高く馬肥ゆる秋、という諺がある様に、秋の空は夏の時よりも高く感じる。人は色の濃淡によって質量を感じる為、そういう錯覚をするとこの前何となく見ていた情報バラエティー番組が言っていた。
「良い天気だな~」
 珍しく長閑に(普段は女子の猛攻が凄まじい)帰宅中の吉田は、隣を歩く佐藤に向けてでもなく、ただ思った事を口にする。背の低い自分ながら、腕を伸ばせばどこまでもどこまでも伸びるような空の下、思わず感嘆に近い言葉が出ようものだ。
 良い天気と言うものの、雲一つない快晴、という訳では無い。けれど、陽の光を遮らない程度の鰯雲は、むしろ季節感を演出している。もう秋なのか、と思うと同時にいつの間にか過ぎ去った夏も思う。その最中は何時過ぎるのかと思う猛暑であったが、やはり、いつかは過ぎ去るものだ。これからくるのは息も凍らす寒波だと思うと、それはそれでうんざりというかげんなりするが、まだ来ていないものを憂いていては人生損してばかりだ。何か別の事を、と吉田が会話の切り口を探していると。
「なあ、吉田」
 別に先手を打った訳ではないだろうが、佐藤が口を開く。吉田が自分の方を向いたのを見てから、佐藤は言う。
「紅葉狩りって、行ってみたいと思う?」
「――は!? なんだいきなり!?」
 そりゃ、言い出したのはいきなりだけど、と大仰な吉田の反応に、佐藤はむしろ切り出した自分の方を恥ずかしく感じたようだ。ちょっと気まずそうな顔をする佐藤は、標準以上の顔立ちの良さを持って居てもその辺の高校生のようだ。
 吉田は首を微かに傾ける。歩行中でなければ、腕を組んでいた所だろう。
「紅葉狩りかー……なんか、渋い趣味だよな」
「そうか?」
「少なくとも、とらちんの間じゃそんな事出てこなかったし」
「そう」
 と短く返事した佐藤は、何やらかなり嬉しそうな感じだった。そんな時の表情は、吉田の心臓を直接揺さぶって、性質が悪い。
「佐藤、紅葉見に行きたいの?」
 単純にそう考えて問うと、さっきの吉田のように佐藤もちょっとだけ首を傾けた。
「いや……っていうか、吉田が言う通り良い天気だし、適当にどこか行ってみたいなって……そうなると、今の季節なら紅葉狩りかなって」
 単に無作為に歩くより、目的があった方が良い、と佐藤は言った。それに関して吉田も異議は無い。
 確かに、今の季節ではn花見とは洒落込めないだろう。いや、花見と銘打ったとして対象は桜のみに限られている訳でも無い筈だ。まあその辺は考えるとややこしいから、ほっとこう。秋には佐藤が言うように、この時こそ旬であり、愛でるものがある。
 どこ行く?
 近くの公園で良いよ
 お昼はどうしよっか
 コンビニで適当に買って行こうか
 何時に出る?
 吉田の良い時間に合わせるよ
 まるでキャッチボールのように、その日の予定が埋まって行く。その心地よさを感じているのは、二人共だった。


 近所とはあまり呼べない近場に、ちょっと自然の多い大きめの公園がある。近所の小学校か幼稚園が遠足に選びそうな場所だ。
 今日という日に、吉田は全く飾らない服を着こんだ。デパートや街中に行く時は少し選ぶけど、今日は純粋な散策なのだし。
 行ってきます、と母親に一声かけて吉田は外に出た。今日も、良い天気だ。別に日付に縛りがある訳でも無いから、今日みたいな良い天気の日に、という漠然とした日取りだった。次の週末が良さそう、という佐藤のリサーチの下でとりあえず仮決定はした。当日、つまり今日、見事に良い天気となった。
「佐藤!」
 待ち合わせの十字路についてみれば、すでに佐藤が居た。電信柱にちょっと隠れるようにして立っている。
 待ったかと尋ねたら、今着た所という。けれど、佐藤はいつもこう言うから、段々真偽が怪しくなってくる。
「んーと、どっち行けば良いんだっけ」
「こっち」
 どちらとも行くのが初めての場所の筈なのに、佐藤はすでに旧知の場所のように案内していく。さすがテストで良い点取れる頭の奴は違うなぁ、なんて妙な感心をする吉田だった。
 広い道路のある表通りから背くような道のりで、何を作っているか解らない工場の傍を通る。今日は土曜日だというのに中の機械は稼働しているようだった。ご苦労だなぁ、と胸中で呟く。
 そういった工場の類が続き、最も大きな施設を通り過ぎたら、目当ての公園であろう木々の群れが見えてきた。
「あっ、アレか!」
 人差し指で指示し、吉田は弾んだ声で言う。目的地は、もうすぐだ。
 辿り着いた公園は、一回りするとなると2,3キロになろうかという広さだった。テニスコートやサッカーをするグラウンドを横に、小さめのアスレチックが置いてある区間の方に足を運んだ。一応の目的である紅葉は、そこにあった。
 ベンチも設置されていたから、そこで腰を下ろして昼食タイムとする。ここに来るまでにあったコンビニの中、適当に立ち寄って購入したものだ。折角だからと、吉田は期間限定のオニギリや総菜パンを買った。限定、と言われると擽られるものがある。
 まずは舞茸の入ったオニギリの方から。
「ん!うまーい!」
 むぐむぐ、と口の中で噛んで飲み下してから吉田は言う。喋りながら話さないという母親の躾はきっちりと行き届いていた。一方の佐藤は、いつも買っているようなパンを齧ってはもげもげとした顔を浮かべている。いつも通りな光景に、吉田は口元を擽ったそうに緩めた。
「なあ、これからどうする?」
 今日の目的であった紅葉狩りは済ませた。というかその最中である。その後の事を全く決めていなかったと、吉田はこの時気付いた。まあ、帰る時間になるまでここでぼーっとするというのも手だけども、今の季節で帰宅時間となると大分風も寒くなる。
「ん?んー……」
 もげもげと食べながら、佐藤も今後のプランを今考えているようだった。どうしようか、なんて台詞が今にも聴こえそうである。
 吉田はすっかり考えるのを放棄して、辺りの景色を眺める。道すがら、ああ綺麗な紅葉だな、と思う事はあったが、こうして最初から観賞の為に赴いたのは多分初めてだ。
 俺も自然の良さが分かる男になったのかな~、なんて思っていると、傍らで何かがひらりと落ちて来た。視線を落としえみれば、まさに見ていた紅葉である。落ちてきたばかりなだけあり、綺麗な真紅て土汚れも無い。
 吉田はそれを破いてしまわないよう、そっと持ち上げた。
 そして。
「佐藤、ほら」
 付け根の部分を持って、佐藤に見せるように掲げる。そうして、遊ぶようにくるくると回した。
 佐藤はそれを眺めてから、ふっと笑って手を指し伸ばす。その仕草を見て、吉田は佐藤の手の平に紅葉を乗せた。
「ありがとう」
 礼を言ってから、佐藤はその紅葉を大事そうに、財布の中へをそっとしまった。
 財布の中、異彩のように鮮やかなその赤色。
 けれど、それよりもちょっと染まった吉田の頬の方が、余程綺麗な赤色だと佐藤は思った。


 その紅葉は栞として佐藤の読んでいる文庫本の中に忍ばされる事になり、それをみた女子生徒がロマンチックなのね、なんて褒めそやすが、「吉田と出掛けた時に貰った」などと飄々と言って女子からの怒気が吉田へと当てられるのは後日の事である。



<END>