***吉田ママがすでに二人の仲を承認済、という体でお願いします^^


「ねえ、義男」
 本屋から帰って早々、リビングに着けば早速とばかりに吉田は母親から何やら話を切り出された。説教だったら嫌だなぁ、と微かに顔を顰めつつ、何、と短めに答えてみる。すると、母親は言う。
「あんた、式はどうするの?」
 式?と吉田は首を傾げた。
「ああ、成人式?」
 まだ遠い先の事かと思えば、しかし考えてみればあと4年の事だ。ふと目の前まで迫ってきているように感じた。
 が、母親が指したものとは違うようで。
 大仰に首を振りながら息子に語り掛ける。
「違うわよ。そんな式じゃなくて、佐藤君との結婚式」
「ああ、佐藤との――――っって、へえぇぇぇぇぇぇぇ――――――――ッ!!?!???」
 吉田はその小さい体で、家を揺らすような大声を発した。うっかり普通に返事をしそうになったが、その寸での所で吉田は正しい反応を示した。
「な、な、な、何言ってんだ母ちゃん!?」
 しきりに狼狽する吉田の前で、母親は呑気に茶を啜っていた。
「何、しないつもりで居たの? まあ、その辺は何だかんだであんたたちに任せるけど、せめて晴れの姿くらいは見せて欲しいもんよ?」
「……ちょっと、何か色々言いたい事が多すぎるんだけど、とりあえず母ちゃんの中でどっちかがドレスとか着たりしてんの?」
 結婚式での晴れの姿とはそういう事だ。吉田がげんなりしながら問いかけると、母親はちょっとだけきょとんとする。
「……まあ、どうしても着たいっていうなら止めはしないけど……」
「着ないよ! 着たくないよ! なんで着たいと思ってると思えた!?!?」
 生温い視線をそっと伏せて言う母親に、吉田はテーブルを叩きながら言った。
「えー、吉田のドレス姿、俺はちょっと興味あるけどな」
「佐藤まで何を……って、佐藤ぉぉぉぉぉぉ―――――――――ッッ!!?!?」
 再び、ご近所までに響かせるくらいに叫ぶ吉田。そのすぐ横に居るというのに、佐藤はにこにこした笑顔を浮かべて坐っている。
「何で! どうして!? いつの間に来た!???」
「アンタがさっき本屋に行ってる間よ」
「だったら何で今まで教えなかった!? っていうか何で来るって事前に言わなかったんだよ!!」
 前半は母親、後半は佐藤に向けて怒鳴った。まず最初に、佐藤が答える。
「近くに立ち寄ったからちょっと顔が見たくて。顔を覗かせるだけのつもりだったんだけどさ」
「玄関先に着た時、私がごみを外に出してた時だったたから、お招きしたのよね~♪」
 息子に語り掛けた時より、半オクターブほど高くして言う母親だった。そういえば、吉田もテーブルにお茶が出ていて妙だなぁ、と思ったものだ。少なくとも、急須で淹れた物は出さない。これは佐藤の為に用意されていたのだろう。実際、早速いそいそと湯飲みに注いでいる。佐藤は礼を言い、それを受け取った。
「それで、寝る部屋の戸棚がちょっとがたついてたから、見て貰ったのよ」
「ちょっと、何させてんの!?」
「だってお父さんは出張中だし、あんたの背じゃ届かないばしょだし~」
「だったら、父ちゃん帰って来るまで待ってろよ! 佐藤を使うな―――!」
「出張で疲れて帰ってくるお父さんに、頼めないでしょ!?」
 段々ヒートアップしてきた親子喧嘩に、佐藤はまあまあ、と仲裁を入れた。顔が笑っている辺り、佐藤の胸中は呑気である。
「やはり、ちょっとネジが緩んでましたね。しっかり締め直しましたから、もう大丈夫ですよ」
「ありがと~、助かったわ!」
 今さらのようにほほほ、と上品ぶって笑っている母親に、吉田はそっぽを向いた。けれど、自室に籠ろうとしない辺り、吉田の怒りもそんなでもないのだな、と佐藤は当たりをつける。
「やっぱり、男手があると良いわよねぇ。高い所の収納にも手が届くし、防犯にも効くし」
 そんな事を心配しなくても、高い所は踏み台を使えば良いではないか。母親はふん、と鼻を鳴らす。それに母親のあの拳をもってすれば大抵の事なら撃退できるだろうと思う吉田である。学校の女子とこの母親ならさぞかし良い勝負を繰り広げる事だろう。
 ねえ佐藤君、と母親は呼びかけた。
「もしよければ、晩御飯、ご一緒出来るかしら?」
 この問いかけに、ちらりと佐藤と伺ったのは吉田だった。佐藤は姉と二人暮らしである……が、何やらそれだけでは片付かないような事情があるような、ないような。単に佐藤の気の持ちようの問題かもしれないが。
「ええ、いいですよ。喜んで」
 そう答えた佐藤は、本当に喜んでいるようだった。


 そうして振る舞われたのは鍋だった。くつくつ、と出汁が良い香りを立ち昇らせている。
「ごめんなさいね~鍋で。今度はもっとちゃんとしたのを用意するからね」
「いえ、鍋も美味しいですよ。温かいですし」
 そりゃ鍋だもんね、と吉田は手羽先を食べながら胸中で突っ込んだ。
「お鍋が始まったばかりで何だけど、佐藤君はお鍋の締めには何がよいかしら?おうどん?それとも雑炊?」
「ちょっと母ちゃん、俺の意見はー?」
「あんたは出されたの食べてないさいよ」
「ひどっ!!!」
 衝撃を受ける吉田に、佐藤は眺めて小さく笑みを零す。
「じゃあ、雑炊をお願いします」
 さらり、と告げた佐藤の方を吉田は向いた。ちょっと驚いているような、そんな顔。その表情の意味したい所は解るけど、同時にそんなに驚く事かな、と佐藤は可笑しくなる。佐藤が選んだのは、吉田が好む方だ。
「あら、義男と一緒なのね」
 にこっとした笑みで母親が言う。吉田は何やら身体が軋んだ。
「それは勿論、」
 と佐藤は言う。
「好きな人の物は自然と好きになりますから」
「ばっっ!!! なっっっ!!!!!」
「まあ~♪」
 ろくに言葉も紡げなくなった吉田に対し、母親はころころと笑っていた。


 結局、鍋の間も始終そんな感じで、吉田は味わう所では無かった。それでもやっぱり、雑炊は美味しかったけど。
 食後、剥いた梨が出された。それもあらかた食べ終わって時計を見れば、もう良い時間だ。
「では、そろそろ帰りますね」
 お鍋、御馳走様でした、と母親の前なので佐藤は行儀良い。あまり見る機会のない敬語で話す佐藤に、吉田はちょっと妙な気分だ。しかもその相手は母親だし。
 母親は、吉田を向いて行った。
「義男、途中まで送ってあげなさい」
「えぇ?」
「いえ、それは……」
 怪訝な顔を浮かべる吉田。佐藤はそれには及ばないと言おうとしたが、その前に母親が言い募る。
「今は男だからって安心できないのよ? 佐藤君は格好良いんだから、変な連中に狙われるかもしれないじゃない!」
「…………」
 まあ確かに、あの女子達も普通とは言い難い部類だと思うが。
 その後、反論の隙も与えず、半ば押し出されるようにして2人揃って家の外へと出た。それでも玄関口で母親は、最後までにこやかに佐藤に手を振っていた。
「また来てね、佐藤君。本当にいつだって良いのよ」
 決して社交辞令では無いと伝えるように、何度もそう言う。佐藤は解りました、と軽く会釈するように頷いた。
 そうして二人で歩きだす。
「……な~、佐藤」
 母親まで届かない範囲に入ったと判断したか、吉田が小声で言い出す。
「今日、本当に立ち寄っただけか?」
「そうだよ。他に何かある?」
「……………」
 それをまさに訊こうとしていたのに、先に言われて何だか出鼻を挫かれた。
 本当に近くに来ただけなのか、一人では抱えきれない何かが起きたのか。案外、母親はそれとなく察し、佐藤を夕食に招いたのかもしれない。
 そんな考えを展開していたのか顔に出たのか、本当に何もないって、と佐藤が言った。
「本当は家の中に入るつもりは無かったんだけど、お母さんがどうぞどうぞって言うからさ」
「……ごめん、強引な母ちゃんで」」
 想像以上だった展開に、吉田が脱力しながらも謝った。佐藤にとってはむしろ良い出来事と呼べるのだが。歩きながら肩と落とした吉田を面白く眺めていると、でもさ、と吉田が続ける。
「だったら、メールで今から行くくらい入れてくれても良かったのに」
「んー……まあ、やっぱ最初はそこまでも無かったっていうか」
 会えたらラッキー、くらいのつもりだったのだ。敢えて連絡を入れる程でも無かったというか。実際、あそこで母親と出会わなければ、そのまま家の前を通り過ぎていただろう。
 別に何も遠慮もしていない、と佐藤は告げてみるのだが、吉田は何やら納得していない素振りだ。まあ、吉田が自分を寂しそうだと感じたのなら、それもまた一つの事実なのだろう。吉田と居ない時、佐藤はきっと始終寂しいのだから。
「だって……」
 と吉田は呟くように言う。その様子は、むしろ不貞腐れているような雰囲気で。
「だってさー……折角近くに居るなら、連絡くれたらすぐに会えるし……それにさ……母ちゃんてば、佐藤の事……、…………」
「…………」
 ぽつりぽつりと、途切れながら言う内容は、つまり、要するに……
「何、母親に妬きもち?」
「ち、が、」
 それだけしか吉田が言えなかったのは、佐藤に抱きすくめられたからだ。むぎゅっと胸板に押し付けられる。
 あまりに押さえつけるものだから、鼻が潰れると抗議するようにもぞもぞと激しく動く。結局は、佐藤が腕を緩めてくれたので顔を上に向ける事が出来た。そうして、優しい笑みを携えた佐藤が目に入る。
「…………」
 そして、吸い寄せられるように口付けていた。熱く激しいのではなく、暖かくて染入るような。さっきの鍋みたい、と色気のない事を吉田は思った。
「……ここ、外だけど」
「うん」
 本当に今更のように吉田が言った。終わった後で言った所で意味はまるでない。佐藤もそれを解って甘んじて頷いている。
 もう一度、別れ際にキスをした。
 今度がどっちが引き寄せたから解らなかったから、きっと二人が同時に仕掛けたのだろう。
 熱い頬を持て余しながら、吉田は家に戻る。勿論この熱さはさっき食べた鍋のせいでは無い。


 突き詰めれば自分達の事なんだろうけど、出来るなら周囲からの理解も得られたいと思う。そういう点を鑑みれば、母親が佐藤を気に入ってくれて何よりなのだが、ちょっとちょっかい出し過ぎなんじゃないだろうか。
 佐藤は俺の恋人なのに、と佐藤が聞いたら有頂天の極みに届きそうな事を吉田はちょっとだけ思っている。




<END>