*前のお話の後日談
*山とらです~^^




「とらちん、その袋何なの?」
 早速尋ねて来た山中に、虎之介は目敏いな、とまず胸中で突っ込んだ。
 まあ、目を引くのは無理も無いと思う。水族館からの土産であるその包みの絵柄はファンシーである。海洋生物の中でも可愛らしいものをピックアップしているのだ。それは、(一応)恋人の立場としては見過ごせない品なのだろう。とはいえ、そういう勘繰りをするのは自分自身の経験からなんじゃないのか、と虎之介も疑ってみる。
「何でもねーよ。ヨシヨシの土産だ」
「え、あいつどこか行ったのか」
「水族館だとよ」
 そう答えた時、へぇ、と山中が面白そうな顔をして見せる。
「なんだ、デートか」
 にやりとした笑みで呟かれた言葉に、虎之介がへ?と顔を崩す。
「……何でそうなるんだ?」
「何でも何も、高校になって家族連れで水族館に行く訳ないじゃん。絶対佐藤と行ったに決まってるって」
 やたら確信めいた態度の山中だが、虎之介はそれが絶対の事実では無いという事はすでに知っている。
「佐藤と東と3人で行ったつってたけど」
 今度は山中の顔が崩れた。
「……は? 何してんだあいつら」
「普通に遊びに行ったんじゃねーの」
 虎之介はそう捉えたのだが、山中は納得していないのか、でもな、とかでもよ、とか何か顎に手を当てて呟いている。
 佐藤に密かに(本人にばれたら困るのであくまで密かに)対抗心を燃やしている山中なので、佐藤達の動向というか、進展具合が気になって仕方ないのだ。けれど、そういう事情を知らない虎之介は人の事気にしてんじゃねーよ、と半目で白けるしかない。
 そうして悩んでいたかと思った山中だったが、不意に言い募る。
「いいよなぁ~。俺も、とらちんとそう言う場所でデートしたい!!ねえ、とらちん、」
「行かねーよ」
 山中の言いたい事を先回りして虎之介が即座に却下した。えーっ、と不服そうな山中。
「なんで?いいじゃん。それにほら、今日貰った土産のお返しも出来るし?」
 山中が小癪な所はそういう所だ。吉田を巻き込んで断り憎くしているのである。しかも自分が格好良い事を知っていて、それを一番よく見せる表情も弁えている。最初こそは、一々それらに翻弄されてもきた虎之介だったが、最近では耐性もついて来た。
「それとこれとは話が別だ」
 絡ませるように肩に伸し掛かる山中の腕を押しのけ、虎之介はぴしゃりと言った。行くとか行きたくないとか言う前に、金が無いのである。けれどそれを言うと、どんな手段を用いて金銭を工面してくるか解ったものじゃないから、虎之介は行かないとだけ言い張る。
 そこまでの虎之介の胸中を察したか、単に虎之介の態度を崩せそうにないと踏んだのか、山中はそこではあっさり引き下がった。が、完全に引き下がった訳でも無い。
「ね、その土産ってどんなの?」
 やっぱり聞いてきたな、とそこは虎之介の想像から外れていない。
「知らねーよ。まだ中見てねーし」
「じゃ、見よ」
 しかし、当然に言って来たその台詞は想定外である。厚かましいとは思っていたが、人宛ての土産を漁ろうとは。
「……家に帰ってから見る」
「じゃー、家に行く!」
「来んな!」
「じゃあここで見ようよ」
「…………」
 駄々っ子はまだ可愛げが残されているが、高校生の駄々は可愛くもなんともない。
 が、虎之助は山中に甘かった。まあ、ヨシヨシも誰にも見せるなッつー訳でも無かったし……と虎之介は袋を開いてしまう。
 出て来たのは帽子だった。土産にしては意表を突くな、と思って袋から取り出してみると、山中と虎之介は同じような顔になる。
「―――えー、何これ、面白い!」
 それは型としてはテンガロンハットだが、頭部の部分がサメになっている。なるほど、これは水族館土産である。そして、これを手渡す時の吉田の態度も頷けた。何やら、やけにそわそわしていたというか、楽しそうだったというか。一風変わった帽子を見て、自分が軽く驚くだろう場面を想像したに違いない。
 まんまとやられたな~、と虎之介は楽しそうに帽子を回した。
「ね~、とらちん」
 要望通りに土産を見せてやったというのに、山中はまだ虎之介に強請る。
「これ、被ってみてよ」
「へ?」
「んで、写メ撮らせて♪」
「…………」
 虎之介は拳を作った。そしてそれを、山中の頭に落とした。ガン、という衝撃が山中の頭の中で響く。
「痛い、とらちん~」
「お前がまた馬鹿な事言うからだろ! 街中で被れるかこんな愉快な物!!」
「じゃ、家で!」
「だあああっ!隙あらば家に上がろうとすんな!」
 しれっという山中にもう一発浴びせようかと思ったが、これ以上人間的に馬鹿になったら困るので止めておいた。
 それでも山中という男を多少見直せるのであれば、こういう時拗ねたり不貞腐れたりしない所だ。まあ、その代わりやたらしょんぼりした態度で始終付き纏ったりするのだが。ある意味こっちの方が迷惑かも知れない。
「だってこれ、とらちんに似合うと思うんだけど?」
「……それ、褒め言葉だって使ってんのか?」 
 吉田だって、実用よりも観賞用に贈ってくれたのだと思うし。それに何よりサメが似合うと言われても嬉しくは無い。あまり。
「ね、ね、一回で良いから!」
「その一回でどうせ写メとか撮るんだろ!被らねーよ!てか、返せよ!」
 虎之介に被らせる気満々の山中は、いつの間にか帽子を手にしていた。被せようと画策はしているものの、若干だけ山中の方が背が高いとはいえ、明らかな差の無い相手の意表を突いて帽子を被らせる、という事は出来ないでいる。それでも頭に乗せようと迫る山中をやや強引に押しのけ、虎之介は言ってやる。
「ンなに被らせたけりゃ、自分の頭にでも乗せとけ!」
 虎之介の台詞に、山中の動きがぴたりと止まる。そして、手の帽子をんー、と眺めて。
「……俺が被ったら、とらちんも被ってくれる?」
「…………はあ?」
 お前、何言ってんだ、という虎之介の突込みは間に合わず、山中はかぽっとその帽子を被ってしまった。何となく、あ、と思う虎之介。
 帽子からはみ出る髪を弄り、整えた後山中は虎之介と向き直る。
「どう?」
 顔はいつもの山中だ。けれど、その頭上にはサメの帽子が乗っている。
 その姿を見て、虎之介は。
 ―――ブッ、と噴出した。それから、ははは、と軽く笑った後、言う。
「ばーか、何してんだよ」
 笑った為に細められていた目は、そう言った後に開く。そして虎之介が見たのは、何故か顔中を真っ赤にした山中だった。
 まさか熱中症か?と訝しみながらも心配に思っている中、山中が叫ぶ。
「と、と、とらちん、ズルイ!!」
「あ?」
「ズルイって、そんな顔……あ~、マジヤバい……可愛い……」
 最後にそう呟いて、両手で顔を覆ってしまう山中は確かにマジでヤバそうだ。人が見れば避けて通るこの狂相だというのに。
 可愛い、なんて。言われた事も無いし、あったとしてもそれは手酷い揶揄か誹謗かのどっちかだ。本来の意味として使うのはそう、山中くらい。
(……いや、たまにヨシヨシとか井上とかも言って来るな)
 けれどまあ、あの2人は中学からの付き合い出し、それに言われたとしても今の自分のように動悸は激しくなったりはしないだろう。自分を可愛いという山中は可笑しいが、その山中に可愛いと言われて嬉しく思う自分が最も変であると、虎之介は思う。
 顔を覆ってしまっている今の山中は無防備も良い所だ。隙だらけの山中から、帽子を奪取するのは何をするよりも容易い事だ。あっさりと、虎之介は手を伸ばして帽子を掴んで取り戻す。
 帽子が取れた感触はさすがに山中にも伝わっただろうが、虎之介の純な笑顔にすっかりやられている今ではそれどころではないようだ。
 普段、何百何千と好きだの愛してるだの言われるより、こんな反応を見た分の方が余程自分は好かれているのだと実感する。
「……おい、山中」
 しばし、帽子をくるくると指で回していた虎之介だが、やおら声を掛ける。
 ん?と顔を上げた山中は普段通りの顔ではあったが、顔は余韻の為か薄らと染まっている。その色合いに、虎之介は背中に少しぞくりとしたものを感じた。
 その感覚はどうにか抑え込み、山中に言う。
「今は人が居ねーから……今の内だけだぞ」
「え?」
 山中は話に着いていけていないようだったが、理解を待ってやるまで人は良くは無い。
「ほらよ」
 短くそう言って、帽子を被る。案外、被り心地は悪くは無い。
 帽子を被って見せた時、山中は目を真ん丸にひん剥いた。それを見て、また虎之介が可笑しそうに笑う。
 本日2度目の虎之介の笑顔に、山中の箍は簡単に外れた。
「~~~~、あーもう、とらちんてば最強に可愛いッ!!」
「のわっ!?」
 勢いだけで抱きついてきた山中に、虎之介の反応は遅れる。踏ん張りが利かず、そのまま2人でアスファルトの上に倒れてしまった。
 山中の下敷きにされてしまった虎之介は、痛い事この上ない。肩とか肘とか、きっと痣になっているだろう。
 けれど、そんな自分の身よりも、蕩けたような顔で自分に抱きついたままの山中の方が気になる虎之介だった。


 吉田から貰った例の帽子は、服飾ではなくインテリアとして虎之介の部屋にある。ヨシヨシのこういうセンス嫌いじゃねぇな、と思いつつ、被ってやった時に写メ撮り損ねたと訴える山中がもう一回被ってとしつこく強請るのは辟易していた。
 けれど、この先同じように強請られたら、またいつか被ってしまうのだろう。そう思ってしまい、何が困るかってそれを本気で拒む事の出来ない自分だった。好きな人の、山中の喜ぶ顔が見たいというのは一応現在お付き合い中の虎之介にも芽生えている感情だ。
 その時ばかりは、こいつも本来の役目を全うして貰おう。
 サメの帽子をぽん、と軽く手を置いて、虎之介は自室を後にした。




<END>