驚いた事に、生徒会長のまち子に捧げる牧村の恋はまだ結末を迎えてはいないようだ。
 即座に告白、即座に失恋が常である彼にとっては、少なくとも高校で知り合ってから移行、吉田の知る限りでは最長である。
 とは言え。
「……来週は生徒会の会議で、その次は父方の祖母のお茶会なんだってさ~。さすが生徒会長ともなると、色々忙しそうだな」
「そ、そうだな~……、…………」
 吉田は辛うじてそれだけの相槌を打ち、隣に座る佐藤に関しては完全スルーを決め込んだらしい。と、いうか吉田と2人だけの時間を邪魔されての密やかな反骨精神でもある。
「ま、でも、ずっと誘って行けばいつかはデートに行ってくれるよな!俺はめげないぞー!」
 そう言って、オチケンの部室から飛び出した牧村は確かにめげていなかった。
「………あのさ、」
 牧村の気配が完全に消えた後、吉田が呟くように言う。
「俺、思うんだけど……どう考えても嘘だよな、その予定って」
「何だ、今まで本当だと思ってたのか?」
「……思っちゃないけど……」
 いくら生徒会長が多忙でも、そんな毎週末に何か予定が入っている筈も無い。時には佐藤に鈍い、と罵られる自分ですら解る事だ。
「……牧村は気付かないのかな」
「気づきたくないか、あるいは本当に気付いてないかのどっちかだな」
 はたまた、気づきたくない気持ちが無意識に真実から目を晦ましているとも言える。人が信じるのは簡単な事実よりも自分が望んだ現実だけである。
「っていうか、ちゃんとフってあげれば良いのにな」
 デートに応じれないのはその気がないからだと、はっきり言ってしまえば良いのに。吉田は思う。
 けれど、そんな吉田とは裏腹に、佐藤は生徒会長に牧村をフる気は当分ないだろうな、と踏んでいる。少なくとも、自分と牧村が同じクラスであり、情報源になり得る以上は。
 表面上は済ました態度を取っているが、その実(牧村には生憎だが)生徒会長だって他の女子と同じく、佐藤にご執心だ。佐藤はきっちり見抜いているし、野沢双子も解っているようだ。吉田は、まだ気付いていないようだが。
「じゃあ、はっきり言ってやろうか?」
 佐藤が言うと、吉田がうーん、と腕を組んで唸る。
 吉田だってもう高校生だし、それなりに世の中というものを学んできている。真実を全て知る事が良い事と言えない事も、騙されて平穏無事に済むのならその方が良いのかも、と思う。多少使い方は間違っているかもしれないが、寝た子を起こすな、という気分なのである。
 牧村にとってせめてもの救いなのは、さすがに生徒会長に選ばれるだけあり、彼女がそれなりの人格者であった事だ。牧村が入っても居ない生徒会業務に首を突っ込んでいるのは、単に牧村が彼女と一緒に居たいという健気な心で成されている。
 その様子は傍から見て楽しそうで、だから一層真実を打ち明ける気が失せる。それに彼女は3年生であるし、今年で卒業だ。あと数か月、楽しい夢を見た所で牧村に何の非があるだろうか。難点があるとすれば、こうして惚気や愚痴の為に、校内での2人きりの時間を邪魔されるくらいで。
(……ううん、それは結構な問題かもしれない……)
 少なくとも、佐藤はそう捉えていそうだ。
 と、言うより佐藤も佐藤で、どうしてこんな学校内で手を出してくるのか。放課後に佐藤の部屋に寄って行けばいい事じゃないか。吉田だってキスしたり触れられるのが決して嫌な訳でも無いのに。
 そこの所、解ってんのかなぁ、どうなのかなぁ、と横目で佐藤をちらりと盗み見る。さっきから、佐藤の発言は途絶えている。何かを考えているらしいのだが。
(何考えてんだろ?)
 生憎佐藤の思考回路は吉田には複雑過ぎて、その10分の1も、いや100分の1も解明できない。ただ時折、ふっと思っている時が解る時もある。誰も気づかない佐藤の変調に、吉田だけが気付く事は少なくない。
 何やら思案顔の佐藤の横顔を、ぼんやり眺める。睫毛長いな~と、見たままの感想を持った。
 と、その時。
「……なあ、今週末、どっちか暇?」
 佐藤が言う。ちょっとばかり思考を浮かせていた吉田は瞬時には返事が出来なかった。ん、うん?と結局訊き返す形になる。
「空いてるなら、どっか出かけようかなって」
 誰と、とはもはや愚問である。
 そしてこれはれっきとしたデートのお誘いだ。
 かあぁぁぁ、と思わず顔を赤くし、とりあえずは休日には何も予定が無い事を伝える。じゃあ、行こうか、と柔らかい微笑の佐藤に、もっと吉田の熱が上がる。
 うう、下がれ下がれ、と密かに念じる中、そんな佐藤の顔が微妙に顰められた。
「あ、変な顔」
 再会当初ではとても想像も出来ないような、そんな崩れた表情。吉田は佐藤のこんな顔を拝むのが割と好きだ。
 変じゃない、とそこは男子として常に好きな人の前では格好よくありたいというプライドが、佐藤にそう言わせた。
「ただ……牧村があんまりデートデートって煩いから」
 自分も行きたくなった、と発端を牧村に作られたようなのが気に食わないらしい。
 そんなのどうだって良いのに、と吉田は思うが拘る佐藤が面白い。
 いや、可愛い?
 出会って、キスされて、告白されて付き合うようになって。
 色々あって、本当に色々あって、そんな中で自分達も変化していっただろうか。可愛いなんて、佐藤の美形らしからぬ変な顔も合わせ、想像の中ですら思ったことは無い。
 けれどこれは良い変化だと吉田は思う。佐藤の色んな面を見て、知らなかった事を知り、その全てを愛しく感じる。きっと、付き合いたての自分より、今の自分の方が佐藤の事をうんと好きだ。比較対象が自分自身である辺り、不毛かもしれないが、吉田は胸を張ってそう言える。まあ、実際は言えないけど。
「じゃあ、どこ行く? 映画?」
「うーん、映画は続いたしな……吉田、他に何かない?」
 あっさりバトンタッチをされて、吉田は考える。佐藤も考える。ただ、佐藤は最新機種のスマートフォンを取り出し、各地で催されるイベントをチェックしていた。
 まだ、週末まで日がある。その間も、学校で一杯打ち合わせよう。女子の前では出来ないけど、これなら牧村達の前では堂々言える事だし。
 学校では、このくらいでいいんだけどな、と吉田は思う。
 キスをしたり、それ以上は佐藤の部屋で良い。と、いうか佐藤の部屋の方が良い。
「………………」
「ん? 吉田どうした?」
 不意に黙り込んだ吉田に、行きたい所でもあったか、と佐藤が聞く。
「い、いや、何でも無い」
 ちょっと、佐藤の携帯に表示された情報を呼んでいただけだ、と自分にしては咄嗟に良い嘘がつけたと思う。
 佐藤は少しばかり訝しんだが、追究すべきとは思わなかったらしく、中断した話の続きに移った。
 週末、どこに行くかまだ決めては無いけど―――
(最後は佐藤の部屋に寄りたいな、っていつ言えばいいかな……)
 行先もまだ決まらない中、そんな所に頭を悩ませていた吉田だった。



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