*助手=佐藤
 探偵=吉田




 冴えない見た目とは裏腹に、ずば抜けた推理力を発揮して事件をすべて解決に導く、名探偵が居る。
 その評判を聞きつけ、今日もその名探偵の所へ依頼が舞い込むが、その手紙を見る度に表情を顰めさせる吉田。なんと彼こそ、その巷で噂の名探偵――の、代役をさせられている人物だった。
「……あのさー、そろそろ言っちゃった方がいいんだと思うんだけど」
「何が?」
 しれっとした態度の佐藤に、吉田は椅子から立ち上がって言う。
「ホントに謎解きしてるのは佐藤だって事だよ! 感謝の手紙とか見てると、もうホントに心苦しくて……」
 今まさに胸を締めつけられてそうに、吉田は胸の上の服を掴んだ。勿論、それに絆される佐藤では無かった。
「でも俺、お前に一度でも探偵の役をしてくれ、なんて言った覚えはないんだけどな」
「……そ、それはそうなんだけど……」
 吉田は今度は気まずそうに視線を忙しなく彷徨わせる。ころころと変わる表情は、まるで万華鏡のように佐藤の目を楽しませる。そんな意味で自分が口元を緩ませていると、吉田は知らないのだろうな、と佐藤はこっそりと思う。
「俺は謎を解いて、お前に言うだけ。それを吉田が勝手に伝えてるだけだろ?」
 そうだけど、と吉田は言いにくそうに言った。
「……だって、困ってるんだから……真相が解ったんなら、教えてあげた方がいいし……」
 ごにょごにょと吉田が言う。それで自分が感謝されるのは、手柄を横取りするようで気が引けるのだろう。吉田の真っすぐな気質がよく解る。
「そう思う吉田が依頼人に伝えて、それで感謝されるならそれいいじゃないか。
 だって俺はパズルを解きたいだけで、伝える気は全く無いんだから」
 吉田がちゃんと説明してあげなければ、その困っている人達は今も困り続けている事だろうし。佐藤は言った。
「俺には言うくせに」
「さすがに誰にも自慢出来ないと辛い」
 とても納得出来ない吉田が反論するが、すかさず切り返す佐藤だった。それは屁理屈以外でも何でもないが、やり込める材料も話術も吉田には無い。なので、黙るしかない。うぐぐ、と言いたい事があるのに上手いセリフが浮かばない、と言った吉田に、佐藤はコーヒーを入れてやった。自分にはブラック。吉田にはミルクをたっぷりと。
 やり込めてへそを曲げてしまっただろうか、と佐藤はちょっと懸念したが、吉田は存外素直にカップを受け取り、中の液体を飲み干す。コーヒーが自分の味覚にとって丁度いい濃さになっているのに、吉田の険しかった眉間が緩むのを見て、佐藤は微笑む。
「多分、さ。俺は謎を解きたくて説いてるんじゃ無いんだよ」
 だから頭を使って見つけた真実に対して愛着も薄いのだと言うと、そうなの?と吉田は首を傾げた。
「……じゃあ、ホントはしたくない……とか?」
 不要に相手を傷つけないように、言葉を選んでいるのが態度で解る。両手でマグカップを抱える仕草が可愛い。佐藤にそういう目で見られているのを、吉田は知らない。佐藤が伝えていないから。
 吉田からの質問を受けて、佐藤も「したくないって程でもないんだけど」と答える。
「まあ、業みたいなものかな」
「ごう?」
「カルマ、で解る?」
 明らかに単語を把握していない発音の吉田に、言い方を変えてみる。その言葉自体は耳にした事があるが、ちゃんとした意味までは理解していない吉田は、傾げた首を戻す事が出来なかった。それを見て、佐藤は補足の為のセリフを言った。
「出来ればしない方がいいと思っている事。でも、しないと生けていけない事。でもそれでいて、それに対する嫌悪感や拒否反応はあまり思わない――というか、あえて本能が避けているような事――って感じかな。俺的には。
 具体例だと、殺すのは悪い事なのに、そうして食べていかないと生けていけないっていう事かな」
 吉田はう〜ん、と唸りながら、佐藤のセリフを自分の中で上手く整理しようとしているみたいだった。折角柔らんだ表情が、また顰められる。
「人を好きになるのも、業なんだって」
 佐藤は他人事のように言う。
「まあ、考えてみればそうだよな。そんなややこしい感情抱えない方が、ずっと楽に生きていけるんだから」
 佐藤が、事件の解決に乗り出してしまうのは、多分これが理由なのだ。愛情のもつれの、なれのはてを見て自分にブレーキをかけている。吉田への気持ちがこれ以上膨らまない様、暴走しないよう、具体的な例を目の前に突きつけながら、吉田の傍に居る。虚しい作業だと思う。本当に傷つけたくなければ、今すぐさっさと立ち去ればいいのに。
「……う〜ん、ちょっと俺にはよく解らないんだけど……
 佐藤は結局、推理するとかがイヤとか苦痛とかじゃ、無いんだな?」
 そもそも嫌だとか、するとかしないとかいう判別の余地すら無い事だ。その辺りに吉田との相違が生じていると思いながらも、佐藤は「そうだよ」と頷いた。
 佐藤が不快を感じている訳ではないと解った吉田は、そっか、とちょっと安堵したように息を吐いた。その様子に、全くお人好しだな、と佐藤も苦笑を禁じ得ない。佐藤に代わって謎解きを人に伝えているせいで、不本意な名声を貰ってしまって心労を抱えているのは吉田なのに、その佐藤の身を案じるのだから。人が良過ぎて心配になる。誰かに酷く騙されないかとか――他にいい人が出て来るのではないか、とか。後者は勿論祝福すべき事なのだろうけど。自分なんかがいつまでも傍を埋めている訳にも行かない。
「クッキーがあったよなー」
 甘いものが欲しくなった吉田は、立ちあがってお菓子の場所を探り始めた。貯めた餌をあさる小動物みたいだと佐藤は思って微笑む。
「じゃあ、お代り淹れて来るよ」
 半ば同時に席を立つ。地面の位置を同じに並ぶと、激しい身長差に吉田はちょっと唇を尖らせる。どうにもならない事だと知りながらも、やっぱり気にしてしまうのだろう。その気持ちは佐藤にも解らないでも無い。
「……でもさ、さっきの話だけどさー」
 クッキーの缶を手に取りながら、吉田は呟く様に言う。
「やっぱり俺は、誰も好きにならないよりは誰かの事、好きになりたいな」
 自分と同じく愛憎が動悸の事件を何度も見て居ているのに、吉田はそんな事を言う。
 そんな吉田だから、好きになってしまうのだと、牛乳を淹れながら佐藤は染みいるようにまた彼を想った。
 ――これはまだ、佐藤が結局は告げてしまう気持ちをまだ仕舞っていた頃の話で、その後2人は佐藤の告白を機に「お付き合い」なるものを始める。
 吉田が自分の事を好きなのだろうとは勘付いても、どうして好きになってくれたのかが、佐藤にはどうしても解らなくて。
 佐藤が初めて出会う解けない謎は、そんな甘い感傷に包まれたものだった。



――END――



*最初は某ネウロっぽい感じだったんですがほのぼのムードだけで仕立てた。
おかげで探偵がどうのという部分が薄くなったような……;;
原案だったら佐藤が吉田を景気良くぶん投げてました。そっちの方が良かったかもしれません。(そんな訳あるか)