*吸血鬼=佐藤 狼人間=吉田
  な、パロです







 佐藤は血の味が苦手だった。
 出来れば口に入れたくないとすら思っている。
 普通の人間ならそれで正常なのだろうが、彼の場合そもそも人間ですら無かった。
 佐藤は、吸血鬼だった。


 不味い。
 相手が気を失っているのを良い事に、佐藤は顔を壮絶に歪めた。どんな風に不味いとか、そんな例えが浮かばない程ただひたすらに不味かった。どうしても口に合わない。
 まあ、本来吸血鬼が食すべき相手は、清廉な処女だというから、そこを考えると経験豊富の女性の血が合わなくて当然なのかもしれない。
 しかし現在の世の中、妙齢の処女はほぼ絶滅危惧種だし、子供の血を吸う訳にはいかない。いつものように吸ってしまったら、すぐに死んでしまうからだ。
 美味しい血に、佐藤はまだ出会った事が無い――とは、言わない。
 心当たりというか、有力な候補は居るのだ。
 でも。
「…………」
 床の上にばったり倒れている女性を眺め、詰まらなさそうに息を吐いてから、佐藤は彼女の身体をベッドへと戻す。明日には、自分との事は夢の中の出来事だと思ってくれるだろう。
 佐藤は入った出窓に足をかけ、夜空を駆けた。


 太陽の日を浴びてまどろむのを日向ぼっこというなら、月の光だとどうなるのだろう。月光浴なんて洒落たイメージは、締まりの無い吉田の寝顔が壊していた。
「吉田、吉田」
 この辺りで一番高い岩場の上で、身を丸めて寝こけている吉田に佐藤は声をかける。勿論、これくらいで起きないのは解ってる。でも、呼べる時にはその名前を呼んでいたいのだ。それだけで心が(あるとすればだが)ほんのりと温かくなる。
 佐藤がすぐ横に降り立っても、吉田はぐうぐうと寝ていた。満月なのに寝ているというか、満月だから寝ているのか……
 これでも吉田は所謂狼人間で、姿形を狼や人へと変化する。しかしその思い切りのよい吊り目はどちらかと言えば猫的なものを連想させて、仲間内からからかわれているのは、佐藤の耳にも自然に入る事だった。
 佐藤も負けじと(←?)吉田をからかったりするが、本当の所は見た目なんてどうでもいい。狼のくせに猫っぽいとか、可愛くていいじゃないかとすら思う。
 吉田が吉田だから、佐藤は好きで好きで堪らないのだ。
「よーしーだ」
「……う〜ん……」
 少し強めに身体を揺さぶったが、ダメだった。仕方ない、と佐藤は作った拳でゴイン、と頭を小突いた。さすがにこの衝撃を受け流す事は出来なかったようで、ふぎゃっ!という声と共に吉田は覚醒した。
「いってぇ!!? って、あっ、さ、佐藤!」
 佐藤の姿を見つけ、吉田はあわわ、と慌てた。殴られた怒りよりも動揺が先走るのは、ここで会う約束を交わしていたからだ。そう、佐藤と。
 遅刻こそしていないが、到来に気付かずぐうぐう寝ていたというのも問題だろう。気まずそうに、吉田は視線を彷徨わせた。尻尾がぶーらぶーらと揺れている。
 まあいいや、と佐藤は隣に腰を降ろした。目を覚ました吉田は、すぐに佐藤の座る場所を開ける為、自分の身体を少しずらしていた。吉田のこう言う所を、他の誰かが惚れないといいなと願う。
 女性の血を吸わないと生きていけないのに、血を吸った後はやけに疲れる。多分精神的な問題だ。
 媚びるように絡みつく、あの腕や足の感触はどうにも受け付けない。佐藤もやはり男だから、豊満な乳房や臀部はいいけども、そういうあからさまなアピールは苦手……というより辟易する。
 一体自分の何がいいんだろう。本性は結局血を貪る化け物なのに、顔が良ければそれでいいのか。
 佐藤はそんな事をつらつらと考えていたのだが、隣の吉田は自分が実質寝坊した事に不貞腐れているのかと思った。どうしよう、と悩む。考え事をすると耳がパタパタ動くのが吉田の癖の1つだった。その時の動きの、微かにしたような音に気付いた佐藤は、難しい顔をした吉田に気付いた。そしてその胸中も察し、柔らかい苦笑を浮かべる。
 無邪気で無垢で無防備な吉田。とっても可愛い。
 吉田はきっと呼び出された理由を知らない。他の時でも吉田に会いはするけど、血を吸った夜は必ず吉田の元へ行く。
 じっとり纏わりつく、嫌な感触から解放されたいから。
 闇の住人である自分が癒されたいなんて、妙な話かもしれないが、そういう要求が湧いてくるのだから佐藤としても従うしかない。
 とりあえず佐藤は、パタパタしている耳にかぷりと齧り付いた。決して牙を立てない様に気を配りながら。
 齧られた吉田は、一瞬の間を置いてから「んぎゃー!?」と悲鳴らしい声を上げた。良い反応に、佐藤の機嫌も上がる。
「ちょ、ちょっと何すんだよ!!!」
 さすがにこれは許容出来ないらしく、吉田が文句を言いつつジタバタと暴れる。
「寝坊したお仕置きv」
「ええええ、ちょ、なら耳は止め……や……わわわわわぁぁ〜〜!!!」
 かじかじと器用に端を食みながら、はぐり、と口内に半分を含む。吉田は耳が弱い。ぞわわ〜っとした痺れが全身に回る。それでいて身体の中をくすぐられるような、こそばゆい感触も湧き起こり、もうどうしていいか解らなくなる。
「や……やだってて。止めろよぉ〜〜っ!!」
 頭の中にまで浸透する痺れが堪らなくて、吉田が懇願するように声を上げる。ぐす、と涙ぐんだ所で、ようやっと口が離れた。
 ほっとしたのも束の間。顎を掴まれ吉田は上向かされ、僅かに目元に浮かんだ涙を佐藤が舐め取る。
「〜〜〜っ!」
 それはそれでくすぐったく、吉田は身を竦ませた。
 両目の涙を掬った後、佐藤は口付ける。ゆっくりとだが、確実に深くなっていく口付けに、吉田は佐藤の衣服を掴んだ。
 佐藤の舌が入って来て、口の中をぐるりと回っては舌同士を絡ませる。そうして、口内に堪る唾液を貪って行く。
 実際にした訳ではないが、佐藤の中には強い確信がある。吉田の血は、きっと美味しい。
 でも多分、首筋に咬みついたが最後、全てを吸いつくしてしまうまで、自分はきっと離せなくなるに違いない。そしてその後は、吉田の居ない未来という絶望的な結果が待っている。それは自分に死が訪れるより、余程恐ろしい事だった。
 でも本能に根付く欲求を抑えるのも難しく、せめてと他の体液でどうにか凌いでいる。果たしてそれが逆効果になってしまうのかという懸念もあるけど、とりあえず何かで少しでも誤魔化して居ないと、獰猛な自分が文字通り牙を剥きそうだった。
 吉田の涙も唾液も、うっとりするほど甘くて美味しかった。残念なのは、これが糧にと繋がらない事。そうだったら、誰がもうあんま不味い血なんて飲むものか。
 舌の上に残るさっきの血の味を忘れるように、佐藤は何度も何度も執拗に口付けた。こうしてキスを交わす時間がどんどん時間を増していく事に、2人が気付いているかどうかはかなり怪しい。吉田に関しては翻弄されるばかりだから、あるいは全く気付いていないのかもしれない。
 段々と苦しそうに喘ぐ吉田に、そろそろ終わらせなければと思うけども、もっと欲しい。
 もっともっと、満足するまで煽りたい。
 佐藤の恐れていた感情がふつふつと湧き起こり始めた。ヤバい、と頭の隅で警鐘が鳴る。早く止めないと戻れなくなる。
 しかし止めた所で起きてしまった欲望はどうやって抑えればいいんだろうか。
 涙を飲もうか……でも、それで治まるだろうか。
 段々と抗議するような呻きも薄まる。そこまでして、やっと自分の口は離れた。途端に、渇望に悩まされる。
「……は……ぅ………」
 すっかり力が抜けて、耳までくてんとしている吉田は、しっとりと汗ばんでいて、目元も赤くてとんでもなく美味しそうだった。ごくり、と佐藤の喉が知らずになる。
 ――ああ、そうだ。
 まだ味わって無い吉田があった。あれならきっと、少しは満足出来るかもしれない。
「吉田」
 ちゅ、と耳の横に触れるだけのキスをする。ちょっとだけ、吉田の意識が冴える。
「ん……―――ぅひゃあッ!!」
 下肢を撫で上げる佐藤の掌に、ぞくりとした。
 耳を齧られた時と似たような、それでいてより強烈なものを齎す。
 何、何?と顔を赤らめて目を瞬かせる吉田に、佐藤はとても綺麗な笑みで言った。
「吉田、気持ち良い事しよv」
 別の意味で食べてしまえばいいのだ。この方法なら、吉田は居なくならないし。
 佐藤はとても素晴らしい解決策を見つけてご満悦だが、吉田には堪ったもんじゃない。
「え……え―――――ッ! ちょっとちょっとちょっとぉ――――!!!?
 やだぁぁぁ!!尻尾齧るなぁぁぁぁ――――ッ!!!」
 満月の下、そんな吉田の絶叫が木霊した。




――END――



吸血鬼と狼男でやった意味あんのかと思わなくもない。
ただ狼なのに猫っぽいというネタが使いたかっただけなんだ……!!