佐藤=怪盗
 吉田=刑事
でGO!!!!




 どんなに変化自在な怪盗とて、人間であるなら自身の背丈までは変えられまい。
 と、言う訳で、最も背の低い吉田が怪盗の担当になってしまった。
 はっきり言って、毎日がスリリングである。……色んな意味で。
「やあ、吉田。お疲れだな」
 カフェの店内。まるで街の雑踏が映像のように見える大きな窓の前の席。何となく空いていれば座る吉田の馴染みの席の隣に、我がもの顔で腰かけたのは佐藤だった。
「疲れもするよ!マスコミも市民も怪盗の味方だし、母ちゃんにまで捕まえたら承知しないわよなんて圧力かけられる始末だし!!
 ――っていうか、怪盗本人に労われたくないやい!!」
 吉田の問題発言は、ややアップテンポのボサノヴァの音色で周りの耳にまでは届かなかった。佐藤と言えば、悠然といった具合に微笑んですら居た。
 全く吉田の言う通り、トレイの上にコーヒーのブラックとドーナツを持って現れ、吉田の横に座っている佐藤こそが、世を騒がせたり女性をキャーキャー言わせたりしている怪盗本人そのものだ。誰も気づかないのは、素顔を知らないからに過ぎない。
 しかし言ってしまえば、今晒しているこの顔すら素顔なのか、疑わしい所だ。「俺が吉田に偽の顔で現れる訳ないだろ?」という佐藤のセリフだけでは。
「よりによって担当刑事の横に来るなんていい根性してるよな」
 ここ最近のストレスというか、心労の元とも言っていい。隣に座る佐藤を、吉田は睨む。まるで友人然としていて……その実態、全く違うのに。色々と。
「まあまあ。とりあえず、ドーナツやるから落ちつけよ」
「買収しようって腹か?」
 悪い目つきをさらに吊り上げ、吉田は言った。
「今日は吉田、オフなんだろ? じゃあ、一般人と同じだよな」
 買収したって意味ない、と佐藤はしたり顔で見やる。反論が思い付かないのか、うぐぐ、と吉田は黙り込んだ。
 きっちり成人している筈なのに、私服の吉田は高校生、いや下手をしたら中学生に見える。そんな身長の主だから、自分の担当にと当てられたのだ。この巡り合わせに、佐藤は運命と名付けて日々愛でている。一生懸命自分を追いかける吉田は、とっても可愛いのだ。コラー!待てー!と拳を振り上げて、それはもう懸命に。
「また何か盗むの」
 一個でも十分ボリュームを感じさせるドーナツを、両手で持ってもぐもぐと食べる吉田。視線はややキツめで、尋問でもしているらしいが、何だか不貞腐れているようにしか見えない。
「盗むよ。怪盗だもの」
「……………」
 ドーナツのカスがついた口元を、吉田は引き締める。明らかな不機嫌顔だ。
「だって、仕方ないじゃん。大人しく返してくれないんだから」
 佐藤がわざとため息交じりに言うと、吉田がうっ、と喉に詰まらせたように呻いた。実際に詰まったのは口に含んでいるドーナツではなく、別のものだが。
 筆頭警備についている吉田が知らない筈がない。佐藤が盗もうとしている品々は、かつて盗難に遭ったもの達ばかりだ。それが一旦闇ルートの潜り、所有者を別として再び日の目を見ているような物達で。
 それじゃあ持ち主に返してやれよという話しなのだが、その正当な持ち主であるという証明がかなり難しい事に、吉田はとても驚いた。しかも、絵画等ならまだともかく、宝石の場合、カットされたりして形を変えられてしまったら、もうお手上げだ。別物となってしまうから。
 中には、払う必要のない金を払ってまで取り戻したいと願う人も居る。それで頷いてやるのは良い方だ。大概は足元を見て余計にふっかけるか、門前払いで話も聞き入れない、という話を、吉田は佐藤から聞いていた。何ともやるせない話だ。
 佐藤は、いきなり盗みに入らず、予告状を出す。別に遊び心からではなくて、かなり後ろめたい所があるものは、送り付けられた時点で早々に手放す事も多いのだそうだ。警察に相談する事も無く。
 で、その品物の仲介役や買主が佐藤やその仲間だったりする訳で。
 その代金がちゃんと支払われているかと言えば、勿論そんな筈が無かった。形は違えども、詐欺という形でやはり盗み取っている。
 非合法に入手した物を、合法的に取り戻そうというのは、例えればサッカーボールでバスケットをするような、そんなちぐはぐで、そもそも成立しないような事かもしれない。
 それでも、だ。
「でも……盗むのは、犯罪だよ」
 吉田はそれだけを言った。
「法に従ってれば、モラルに反しても良いの?」
「そういう事が言いたいんじゃなくてさ……」
 吉田はセリフを途中で止めたように口を噤み、代わりにアイスカフェオレをズズーッ!と勢いよく啜りあげた。グラスの中には、氷だけになる。
 ああ、と佐藤は今まさに思い当たった、というような表情を浮かべて言う。
「俺が捕まるのが、不安?」
「! い、いや、それはっ……!!!」
 図星という感じで、吉田が慌てふためく。可愛い反応に、佐藤は頬杖ついて眺めた。
「いいじゃん。さっきも言ったけど、今は一般人なんだから。
 目の前の人の今後の心配をしても、誰も咎めないよ。相手が怪盗でもさ」
「〜〜〜〜ッ!」
「そういうお人好しな所、可愛いよ」
「か、かわい……って……!!!!」
 顔を真っ赤にした吉田は、知らん!とばかりにそっぽ向いた。気を紛らわせるものは、カフェオレを飲み干した後には、もう佐藤がくれたドーナツしかない。もぐもぐ、と口を付け始めた。
 人道的には、佐藤は正しいのかもしれない。でも、法治国家において法律に反した者はすべからく犯罪者なのだ。悪しき存在。忌むべき許されざる者。
 犯罪者は捉えられ、裁かれて罰せられる。
 佐藤は人こそ殺したりはしていないが、不法侵入その他諸々、勿論メインである盗難も含め、細々とした罪状が上げられるだろう。それに、数も多い。
 そして、今まで盗みに入った政財界の大物を敵に回している訳だから、つかなくてもいいオプションまでついてしまいそうだ。捕まった後、下手をしたら、というよりもはや、佐藤が塀の外に出られる事は無いのは濃厚では、と吉田は思う。さすがに、死刑は無いと思いたいけど。
「今ここで捕まえておく……っていう発想は無いのかな、吉田には」
 煽っているのか誘っているのか、佐藤がそんな事を言い始めた。悪趣味というよりは、嗜好がねじ曲がってるという方がしっくり来る。返答に困る質問を、佐藤はよくしてくる。
「手錠かけるくらいじゃ、すぐに逃げるだろ。お前」
 100人ばかりの機動隊に囲まれても逃げ遂せるくらいだ。たった1人の刑事(しかも非番)のかけた手錠なんて、それこそ赤子の手を捻るようなものだろう。
「まあね」
 平素に応えておきながら、佐藤はその胸の中で、吉田の答えの裏を読もうと試みている。吉田の事は好きだけど、捕まえられそうになったらさすがにこの場を逃げるしかない。となると、吉田は自分が逃げてしまうのが嫌なのだろうか。こうして一緒に過ごしていたいのだろうか。そんな勝手な想像をしてみた。妄想以下かもしれない夢物語。
「俺さ、困ってる人を助けたくて警察に入ったんだよ」
 もぐもぐと食べ進みながらも、吉田は言う。ドーナツはレモン風味で、後味がさっぱりしていて、美味しい。
「でも……時々、困ってる人が誰なのか、解らなくなる」
 本当の持ち主に返してやるのがいいのか、今の持ち主の所に置いておくのがいいのか。そんな事すら、最近解らなくなってきた。
「解らなくなる事は無いよ」
 佐藤は言う。結構賑やかなBGMの中なのに、佐藤の声だけはやけにクリアに聴こえる。
「吉田は、吉田の思ってる通り、目の前で困ってる人を助けてやればいい。
 俺からの予告状貰ってうろたえてる人に、全力で警備につけばいいよ」
 少なくとも警察に居る内はね、と佐藤は付け加える。そして更に。
「それで、俺の事、全力で追いかけて来て」
「……あのさ。もしかして俺が追いかけるのが楽しくて盗み繰り返しているとかだったら、本気で怒るぞ?」
 今までは本気ではなかったというのか、そんな事を言う吉田に佐藤は笑ってしまう。何笑ってんだよ!と怒鳴られるが、こればかりは仕方ない。
「別にそういう訳でもないけどね」
 ついでに言えば、正義の為にやっている訳でも無い。
 不意に手に入れてしまった有り余る力を持て余して、知り合いがそれを振るう口実を持って来てくれるだけの話だ。
 でもきっと、どこかで期待していた。思い切り派手な事をして、そんな自分に必死に食らいついて来てくれる、そういう相手を。
 賭けにもみたないようなその願掛けに、そしてその相手は現れ、しかも昔に置いて来た思い出の中に居た、とてもとても大事な人だった。
 相手はまだ自分達に過去がある事に気付いてないが、その事実を知った時が見ものだな、と佐藤は思う。打ちひしがるか、案外「うっわー、そうだったんだ」で終わらせそうな気がする。吉田なら。
 ドーナツは順調に吉田の口の中に消えて行った。後には空の皿が残る。吉田が食べ終わるのを見続けていた佐藤は、、さて、と一息入れた。そろそろ、行かなければ。
「行くの?」
 そんな素振りを察した吉田が言う。
「うん。今日のはまだ盗みじゃないから」
 まだ、というのが引っかかったのか、吉田の表情は優れない。
「尾行する?」
「盗みじゃないんだろ」
 生意気にもそう言い返した吉田に、ちょっとそれを言うのが早かったかな、と佐藤は軽く後悔した。
「まあ、とりあえずこれだけは言っておくよ。俺は、お前にしか捕まらない。それと――」
 佐藤は意味ありげににやっと笑う。嫌な予感を感じながらも、吉田はそのまま聞いていた。
「もし俺が捕まったら、お前も一緒に牢屋に入って貰わなきゃ」
「え、えええ!な、なんでっ!!?」
 さっぱり解らない!とうろたえる吉田に、佐藤は止めの一撃のように言った。
「だって、吉田、思いっきり見事に盗んだだろ?
 ――俺のハートv」
「―――んなッッ!!!!!」
 吉田が絶句している間に、佐藤はじゃーねーvと片手を上げて出口に向かって行く。
(あ、あんにゃろー!)
 吉田は憤る。尾行はしないと言ったが、追いかけないとも言っていない。吉田は回収の棚にトレイを置いて、大急ぎでドアに向かう。しかし、その時点で佐藤の姿はもう無かった。
 去ったのか、あるいは違う誰かに化けているのか。
 まあ、近い内、嫌でも会う羽目になるのだろう。佐藤が専ら対象とする、返されるべき盗品はいくつも転がっている。佐藤は古風にも予告状を出して来るから、必ず自分は呼び出されて、その場に居合わせる。
 この不毛な追いかけっこにも、いつか終止符がついてしまうのだろうか。何せ犯罪者と刑事だ。その結末は円満にとは言い難いだろう。
 それでも、例えどんな結果になろうとも、受け入れるの覚悟だけは決めて、吉田は街の中を力強く歩き出した。
 必ず佐藤と邂逅する、この街の中を――




――END――



*ホントは石畳の道路とレンガ作りの建物の街を舞うシルクハットにマント的なクラシックな怪盗にしたかったんですけどねー
 都会を飛び回るスタイリッシュな感じになってしまいました。何でや。
 吉田は別部署だったけど、背の低さを見込まれて抜擢されたとかそんな感じ。とらちんと山中が別部署的な同僚。