*ボーカロイドな吉田!と意気込んでたのですが何と言うか単なる歌うロボくらいの感じになってしまいました。人型音楽プレイヤーな感じ?
 入力した音楽を歌声で再生してくれるとかそんな感じです。
 せめて作曲しろよ佐藤…!!
 絶賛パロ設定大暴走なのでついてこれる方だけどうぞ!!!!






「佐藤〜〜、もうイヤだって!ヤだ!そんなの入れないで!!」
 ついに、というかとうとうヨシダは音を上げた。
 吊り眼気味の目はキッ!とこちらを睨むけど、眉は情けなく垂れている。
「もうヤだって……今日はまだ3つめだろ?」
 そう言って佐藤は意地悪く笑みを見せる。ますますつり上がるヨシダの目。そして、垂れる眉。
「だって……じゃあ、せめて別の入れようよ」
 ヨシダの言葉に、今度は佐藤が「イヤだ」と言った。
「俺はこれが好きだもん」
 全く自分の意見を聴きいれる様子の無い佐藤に、ヨシダがついに切れた。
「〜〜〜それなら!最初から洋楽専門のヤツ買えば良かっただろ!?
 俺は英語!苦手なの―――――!!!!」
 感情を爆発させるヨシダを、佐藤はとても楽しそうに眺めていた。


 ヨシダは歌を歌う為の自動人形である。いわば人型音楽プレイヤーというヤツで、しかしそれだけが搭載する機能でも無い。むしろ歌う事は高性能のオプションであり、他家庭用ロボットとの差別化を図った為だ。
 ロボってある以上、人よりその作業は完璧を求められる。
 それを思うと、ヨシダの気分は地面の下の下に潜り込んでしまう程、落ち込む。吉田のスペックは全てにおいて、他のロボット、あるいは人よりも劣るかもしれない。出来ない、という訳では無いのだが、ロボットの立場を思えばそれは立派な欠陥である。
 しかし、ヨシダは最初から欠陥品だったという訳ではない。発送先に事故が起きたのだ。
 人と同じく、頭部には重要なパーツが詰まっているので、そこを損傷すれば大なり小なり不具合は出る。
 そして、ヨシダには左目の下に傷があった。
 ヨシダの顔に何かがぶつかったという、これ以上ない物証である。


 この傷は目覚めた時にはすでにあったので、ヨシダの機能時以前に付けられたものだと思われる。よって、ヨシダのメモリーの中に傷のついた当時の事は無い。
 不思議なのは、傷がついた時点で送り直して修理に出さなかった事。損傷を受けたと解る状態で起動させても、まあ絶対不具合があるという訳でもないが、そんな博打を打つ必要も無い筈だ。
 そしてもっと不思議なのは、自分のマスターである佐藤の事だ。出荷される時、要望があればある程度の設定を組みこむ事が出来る。ヨシダは、子供相手の世話役として送りこまれた筈なのに、目の前の佐藤は年齢こそまだ16だが、青年と呼ぶにふさわしい体躯と知己の持ち主だった。思わず、ポカンと見上げてしまった。
 そんなヨシダにちょっと笑って見せ、佐藤は言う。
「俺の為に歌ってくれるの?」
「へっ? そ、そりゃ……まあ……」
 そんな風に言わなくても、それが自分の役目だ。改めて言われた方が困る。
 おどおどするヨシダを、佐藤は一層楽しげに見た後、曲のリクエストをした。すでに吉田の中は、膨大な音楽のデータが詰まっている。どれもが鮮明なもので、丁寧にインストールされたんだな、と解る。
 佐藤の要望の曲は、門出や鎮魂歌に使われる歌だ。威風堂々とした音ながらも、響く音は少し切ない。
 これが、自分が初めて歌う曲か、と吉田は少し緊張しながら口を開く。
 そしてその直後、ヨシダは自分のとんでもない欠陥に気付いた。

 ヨシダは、英語の発音がさっぱりなのだった。


 その発音と来たら、酷いなんてものじゃない。まだ、幼稚園児の方がそれらしく聴こえるかという程だ。
 それが判明した後、吉田は現実的な事と最悪の事を思った。現実的な事とは修理に出される事で、最悪の事とは破棄処分である。歌が歌えないなんて、本末転倒も良い所だ。存在意義を見失っている。
 それでも懸命に歌いきった後、けれど自分で解るあまりの酷さに吉田は直立不動で固まってしまった。目の前の佐藤も、目を丸くしていた。
 ダメだ、返品だ。返品に違いない。
 ここまで機能不備なのだから、ごっそり部品を入れ替えられるかもしれない。そこにAIが含まれていたら、今の自分の「人格」は失われる事になる。
 実に短い人生だった。人じゃないけど。
 せめて、1つでも歌えて良かった、とヨシダは思ってみる。その為に造られた自分なのだから。
 項垂れるヨシダの頭に、何かがポン、と乗っかった。
 温かいそれは佐藤の掌で、その向こうの佐藤はとても綺麗な笑みを浮かべていた。思わず、見入ってしまうヨシダ。
 そして佐藤は、ヨシダに告げる。
「じゃあ、次はあの曲歌って貰おうかな〜」
 ヨシダの何百倍も流暢な発音で告げられた題名から検索したその曲は、今しがた歌ったのと同じく英語の歌である。
 自分が英語が全くダメなのは、今の歌で思い知った筈である。え、え、と戸惑うヨシダに、佐藤は思いっきり良い笑顔で「よろしくなv」と言ってさらに強請った。


 最初は純然たる嫌がらせだと思った。不良品を掴まされた鬱憤を晴らしているのだと。
 しかし、その割には佐藤はとても嬉しそうに自分の下手くそな発音の歌を聴いているし、いつまで経っても返品しようとしない。それに替えの衣装を何着も購入して来るので、安直にその面だけみれば可愛がられているとも言える。
 けれども、本当に可愛がられているのなら、イヤだと言っている事を強要する事もないんじゃないだろうか。自分でも逃げ出したい程の酷い発音で歌いながら、ヨシダは思う。
「ふ〜、ちょっと、休憩したい」
 ヨシダが歌いたくない口実では無く、実際疲れを感じ始めていたのが解ったのだろう。佐藤は素直に承諾した。
 プログラムで動く自分たちなのに、倦怠感を感じる仕様になっている。無駄なんじゃないだろうか、と吉田は思うけど、人間側からしてみれば、疲労を全く匂わせないものとの同居はしたくないものらしい。特に、姿形が人と同じだと。
 確かに、発音が全くなって無い吉田は、発音が完璧な佐藤の前で歌うのは酷く居心地が悪い。同じ事ではないけど、似た様なものだろう。
「……な〜、たまにはJ-POPとか歌いたいんだけど。ラップとか好きだよ、俺」
 もぐもぐ、とケーキを咀嚼しながらヨシダが言う。ある程度の水準であれば、こうして食物からエネルギーを接種する事が可能だ。とは言え、ヨシダはそこもスムーズとは言えないので専らエネルギー変換しやすい糖分を取っている。つまり、お菓子である。
「まあ、すっごく上手いかって言われたら自信もって頷けないけど、少なくとも英語の曲より上手く歌えると思うし」
 素晴らしい音色は人を癒すと言われるが、逆にどーしようもない雑音は殺意すら抱くと言う。出来れば殺意は抱かれたくないヨシダであった。
 ヨシダが必死に提案してみるものの、佐藤の態度は素っ気ない。
「俺はあの声で良いって言ってるんだから、それで良いだろ」
「……そうかもしれないけど……」
 ヨシダには嘘発見器めいた機能は無い。だから、今の佐藤の発言も本音かどうかの判断は出来ないが、建て前として言うのも妙な内容なので、やはり真実なのだろう。
 基本、ヨシダ達の動力源はマスターの意思が全てである。それが反社会的や著しく道徳に背いていない限り、忠実に従う義務はあるものの、納得出来なかったり釈然としない思いは抱くものだ。今のヨシダのように。
「それなら、せめて修理に出してよ。発音、ちょっとは直るかもしれないし」
 メンテナンスの延長で発音機能に手を加えるのは十分可能だ。完璧に直すのなら総取り替えが一番確実で手っ取り早いのだが。でも、佐藤は自分に対してそんな事はしないように思えた。自分を気に入ってくれている。……多少、その表現が捻くれているけども。
「……………」
 ヨシダとしてみれば、下手な歌を聴かされる佐藤を慮って言った事である。しかし、その佐藤は何故だか表情を強張らせていた。無理やり例えれば、悪戯を咎められた子供のようにも見えた。
 何か変な事言ったっけ!?と戸惑うヨシダに、佐藤は仏頂面にも等しくなった表情で言う。
「修理なんて出さないよ。ヨシダは、そのままでいい」
「え、でも……」
「そのままが良い」
「…………」
 そこまで強く言いきられてしまったら、ヨシダとしては黙るしかない。肩を竦ませ、萎縮する。
 そんな小動物じみた仕草が気に入ったか、佐藤は表情を和らげ、吉田の頭を撫でる。
「大丈夫。壊れる不具合じゃないから」
「………うん」
 優しく言われた佐藤の台詞は、ヨシダも危惧する所でもあった。何でも無いようなちょっとした不備を放置して、とりかえしのつかない故障に繋がるのは良くある事だ。そして得てして、そうして壊れた物は初期化をかけなかればならない。それはつまり、記憶の喪失を意味する。A.Iを入れ替えるのと、ほぼ同義語なのだ。
「買い物行こうかな。ヨシダも行く?」
「うん!」
 もちろんだ、とヨシダは頷いた。家事のスペックも家電の使い方の覚えも悪い吉田だが、腕力は人より秀でた力を発揮した。荷物持ちとしてなら、十分役立てる。と、いうよりこれ以外役だっていると思える事が無い。
 それに。
 ただ単純に、佐藤と一緒に出掛けるのが楽しいのだ。


 そうして、一緒の外出から帰って来た。主に食事の材料を買いに行ったのだが、何故かヨシダに着けるアクセサリも数多く購入されていた。
「ヨシダって髪が黒いから、何色のピアスでも似合うよな〜」
 そう言って、ご機嫌な顔で選ぶのだ。
 ここで言うピアスとは単なる装飾品に飽き足らず、謂わばスピーカーの様な役割をする別オプションだ。品物によっては声に反響が掛ったりテクノっぽくなったりする。勿論、完全に飾りだけというものもある。
 そしてスイッチをONにしなければ機能されないのだが、ヨシダに着けられているのはずっとOFFのままだ。歌う事を求められていないのだろうか、と思うけども、帰宅して一息ついた後、佐藤はさっそくリクエストして来た。また、洋楽である。
 ヨシダは音痴では無い。音痴では無いのだが……発音が残念過ぎるのだ。何度も繰り返すが。
 最初こそ、歌う度に自己嫌悪に陥っていたヨシダだが、佐藤が本当に嬉しそうな顔で聴き入るのだから、もういいかな、と思うようになって来た。諦めというか、悟りを開いた感じだ。
 ヨシダはお菓子だけの夕食を済まし、佐藤と一緒に片づけ。その後、風呂に入る。汗をかかないのだから、入る必要なんて無いと思うのだが、佐藤は清潔に保つのは良い事だから、と言ってヨシダを浴室へと連れて行く。
 丹念に洗い、丁寧に拭いた後は就寝を待つのみである。その前に、また一曲。佐藤の就寝と起床にはヨシダの歌声が欠かせなかった。
 佐藤が寝るのは勿論の事だが、ヨシダもまた「寝る」のである。つまりは機能停止の状態だ。
 眠っている状態の時は、大抵が大きいカプセルのような箱に落ち着くのだが、佐藤は決してそんな事はせず、自分の寝床にヨシダを招いて一緒に寝るのだ。時折、自分たちをまるっきり人間扱いする者も居ると言うから、然程目立つ奇異な行動でも無いけれども。
 けれども、そういう者達は大抵心に何か大きな傷や欠損した部分を抱えている。佐藤もそうなんだろうか。単に、1人が寂しいのか。
 この広い家、住人は佐藤だけだ。家族は居ると思うけども、彼らが訪れたのをヨシダはまだ見た事が無い。
 皆が皆、家族と仲が良い訳でもないし、血縁に縛られる事無く、自らで見つけた者を大事にすればそれで何よりだと思う。
 でも、その相手は自分なのはちょっと頂けないような気がする吉田だった。
「おやすみ」
 あるいは、ヨシダよりも余程良い声で佐藤が告げる。うん、と返事の様に頷くヨシダ。
 す、と佐藤の手が伸びて、優しくヨシダの瞼を降ろす。それが機能停止の合図だ。緊急時に発動する電源のみを残し、ヨシダは休息に入る。
 こうして全ての情報を遮断するのは、今日一日で見聞きした事を情報としてまとめる為だ。ずっと稼働し続けると、情報処理が追い付かずにオーバーヒートを起こす。ちなみに「覚醒」はその処理が済んだ時だ。普通なら4,5時間で済むのだが、ヨシダは何故か8時間たっぷり掛ってしまうという。端々に不具合を抱えた結果だろうか。
 人の睡眠も、これと似た様な役割を担っている。そして、夢というのはその整理の為に交錯する情報が見せる、ツギハギの記憶の集合体であるとも言われている。
 だとしたら。
 自分がたまに見るコレも、夢なのだろうか。ヨシダは思う。
 こうして寝ている時、ヨシダの経験に無い記憶を見る。
 その記憶の中、自分の他にはでっぷりとした肥満体の子供が居る。お世辞にも可愛いとは言えなくて、世の中の全てがくだらないというような顔をしていた。その子供に向かい、ヨシダは歌う。上手とも褒めないが、止めろとも言わない。表現が不器用な子なのだ。
 ある日、ヨシダはその子を庇って顔を強かに打ちつけてしまう。その衝撃は頭部全てに影響する深刻なものだった。ヨシダの「記憶」は一旦そこで途絶える。
 次にヨシダの意識は再開されたが、視界は真っ暗で誰かが何かを言っているのがようやく聴き取れる程だった。声が小さいのでは無く、自分の聴力が上手く働いていないのだとヨシダは思った。
 辛うじて声だと聴き取れる中、それだけは台詞としてはっきり吉田の中に残る。
「良いんだ。A.Iが同じなら、いつか思い出すかもしれないだろ。だから、取り替えたりはしたくない。
 このままで良い。このヨシダが良いんだ」
 どこかで聴いた台詞。今日の佐藤が、似た様な事を言っていた。
 だからヨシダは想像する。あの子供は昔の佐藤で、自分は一回派手に故障した。それは内部の中枢を全て取り替えるかしなければならない程であり、けれど子供は、佐藤はそうしなかった。きっとある程度の長い時間をかけ、自分を直したのだろう。けれど完全ではなくて、発音機能に支障は出たし、故障以前の記憶を呼び起こす事は出来ない。
 あくまで想像だ。この記憶では確証に至らない。
 けれど、佐藤に向かって問い質す事が出来ない辺り、自分も何かしら感じる所があるのかもしれない。
 0と1で動く癖に、何だかはっきりしない。
 まあいいや。思い出せない昔の事より、ヨシダはこれからを思う事にした。密かに練習用プログラムをインストールして、無駄なあがきかもしれないけど、英語の発音を良くしてみよう。
 料理ももっと手際よく作って、掃除もテキパキとこなすんだ。
 やがてヨシダは、完全にスリープ状態に陥った。そのヨシダに、佐藤がそっと額に口付ける。
 人が揺さぶられる心や共感する感情を抱くのは、完璧では無いからだろう。
 あちこち不具合の多いヨシダは、あるいはプログラムではない心が芽生えているのかもしれない。
 佐藤の笑顔を思うとヨシダは嬉しくなる。
 それがマスター契約以外からの想いである事は、ヨシダも、そして佐藤もまだ知らない事だ。




*END*