ただいま、と吉田が帰って来た時、玄関には男性ものの革靴があった。決して大きいと言えないそれは、勿論と言うか吉田の父のものである。吉田は夕食を外で食べて来たので、結果父親が先に帰宅しているという訳だ。
 きっと、さっき言った自分の「ただいま」は母親には届いていないだろう。息子の帰宅より目の前の父親の方に夢中に決まっている。実際、リビングについてみれば案の定。
「いや〜〜〜ん!! パパ大好き―――!!」
 案の定というか、かなりテンションが高かった。これはある種ただ事じゃないな、と思ったらやはり理由があった。
 今更に息子の帰宅に気付いた母親は、おかえりも前にまるで自慢する様な表情になった。と、いうか自慢する気満々である。
 母親は、吉田の前にバッッ!と何やら紙切れを突きだした。見ればそれはチケットというか、券というか。
「お父さんがね、イブからクリスマスにかけてのホテルスイートのペア宿泊券をくれたの〜〜vv」
 うふふふ、と息子には絶対に浮かべない笑みを愛する夫に向け、むぎゅう!と抱きつく母親。父親も、それを嬉しそうに受け入れている。世の両親と言うものがここまで仲が良い訳ではないと吉田が知ったのはいつだったか。こんなにもべったりな親が恥ずかしいと思いつつも、たまに両親の不和に悩むクラスメイトを見ると、こんな親で良かったと思う時もある。
 周りにピンク色したハートでも乱舞していそうな母親に、あ、そう、良かったね……と半笑いでやり過ごそうとした吉田だったが、そこで気付く。
 ペア宿泊券。
 ペアというからには2人であり、宿泊券というからには泊まりである。
 そして、自分達は3人家族だ。となると。
「え―――! ちょっと待ってよ! じゃあ俺、この家で1人って事!!?」
 吉田が叫ぶ。決して両親の間に割って入りたい訳ではないが、かと言って除け者扱いはご免である。
「いいじゃない。あんたも高校生なんだし、クリスマスに過ごす彼女とか居ないの?」
 そう母親に言われ、吉田はうぐっと言葉に詰まる。
 吉田に、クリスマスに過ごす彼女なんてものは居ない。
 居るのは彼女というか彼氏だし、更に言えばクリスマスは不在である。
 親元を離れている佐藤は、冬休み早々に訪れるイブとクリスマスは、実家で過ごすという。
 それを知らされたのは今日の事で、吉田はその時の事を思い返した。


 冬服に完全に衣替えが終わった頃から、意識はしていた。でもその時はまだ口にするのは早すぎるかな、とあえて話題には上らさずにいた。けれど、その日を楽しみにしているのは、何となく両者の間で共通の意思としてきちんと存在していた。
 けれども、現実とは時に非情である。非情というか、家の都合に被保護者の立場が勝てなかっただけだが。
「あー……帰る、のか。冬休み」
 素っ気ない様な吉田の呟きは、衝撃があったからこそだ。点のような目がちょっと虚ろだ。
 折角テストも終わり、思いっきり冬休み、特にもうすぐ訪れるクリスマスについての計画を練ろう、と佐藤の部屋に来た吉田が知ったのは、太刀打ちも覆す事も出来ないそんな実情だった。
「……………」
 仕方ない。
 解ってる。仕方ない。
 だって、仕方ないのだ。
 仕方ないじゃないか。
 そんな風に、一生懸命吉田が自分の中で整理をつけようとしているのが解る。だから、佐藤もそれ以上は言わないで、まずはそっと見守った。
 実は佐藤の方は、実家からのこの誘いをもっと早い段階知っていた。けれど、吉田の楽しみにしている顔を見るとどうしても言えなくて、まだ交渉が効くかもという淡い期待を持っていたので、こうして告げるのは今となった。
 あまり拒んで、その理由を追求されると佐藤も困る。吉田の存在はあの家族には秘密にしておきたいのだ。
 せめてイブだけでも、と思ったのだが土日なのが災いしたかもしれない。平日だったら、まだ学校の行事があるとか口実を作れたのだが。
「………」
「……吉田、」
 見守ると決めた佐藤だったが、あまりに沈黙が続くのでちょっと心配になった。さすがにこれで嫌われるとは思わないけど……多分。
 キスひとつで真っ赤になる初心な吉田だ。好きな人と過ごすクリスマスというイベントに、あれこれ可愛らしい想いを馳せていたのかもしれない。それが自分の都合で泡となってしまったのなら、本当に申し訳ない。あと、吉田のプランがどんなものだったか訊きたい所だったが、さすがに当日を迎えられないというのに訊く訳にはいかないだろう。酷過ぎる。
「……いや、うん。仕方ないよ」
 ようやっと、吉田は呟く。
「仕方ないって。実家に呼ばれたんなら、行かないと……仕方ないよな」
「…………」
 仕方ない、ばかりを繰り返す吉田。必死で込み上げる感情に蓋をしているのが解る。
 構わないから、噴出してしまえば良い。そう思った佐藤が、それを促そうと行動を取る前に吉田が先に動いた。
 立ちあがり、上着に袖を通す。
「もう帰るの?」
 何気に「もう」と付ける佐藤。実際、いつもより帰るのはちょっと早い。でも、吉田は。
「うん、……すぐ暗くなっちゃうから」
 そう言って、鞄を持つ。
「途中まで送ろうか?」
「いいよ。そんなの」
 そんなの、って。そんな言い方。
 卑下とまではいかないが、そんな粗末なものに使う様な言い方。佐藤は何か言おうと思ったけれども、すっかり意気消沈したような吉田の横顔を見て、何も言えなくなってしまう。
「寒いからな。風邪引くなよ」
「……うん」
 それでも、玄関でちょっとだけ笑みを浮かべて頷く吉田。強いな、とその弱々しい笑みを見て、佐藤は思う。
 じゃあね、と手を振ってドアを出て行く吉田。この瞬間が何とも寂しい。
 パタン、と閉じられたドアを見て、佐藤はふっと息を吐く。
 正直、クリスマスを共に過ごせないと吉田が知って、あそこまで落ち込むとは思っていなかった。いつもみたく「何だよもー!」と言ってプンスカ怒るだろうか、というくらいしか。
 ああまで吉田の心を占めていたとは。
 それは天にも昇る程嬉しく思うが、けれどもあんなに悲しそうな顔をさせるくらいなら、自分なんて風船みたいに簡単に割れるような、軽い存在で構わないと、佐藤はそんな風に思った。


 そんな訳で、吉田の今年のクリスマスは複雑だ。一緒に過ごしたい人が居るのに過ごせないと言う、非常に難儀な身分なのだ。いっそ最初から居なければ、自棄になって「なんだクリスマスなんて!」と騒ぐ事も出来ただろうに。例えば牧村なんかと一緒に。
 とりあえず、リビングの両親はほっといて、吉田はとっとと自分の部屋へと逃げ込んだ。吉田にとって最強のリア充は他でも無い、自分の両親である。
 床に程良く散らばってる雑誌類を見て、そろそろ大掃除しなさいよ!と言った母親の台詞を思い出す。まずは、ざっと隅に集めて積み上げた。が、それ以上掃除するという訳でも無い。
 積み上げた雑誌から適当に1冊引きぬき、中身をパラパラと見てまた再び床に置いた。
「…………」
 なにもする気が起き無くて、吉田はベットの上で寝転がる。天井だけを、ぼんやりと双眸に映した。
 佐藤がそうであったように、吉田も自分自身ここまで落胆している事に驚いた。たまに、休みに実家に戻る佐藤が、クリスマスも家で過ごす可能性は十分あるだろうに、でもそうなったとしても何とかしてくれそうな気がしていたのだ。佐藤なら。いつだって強引に事態を自分の方に引き寄せて、その理由は吉田にあった。
 けれど、佐藤だって結局はただの高校生なのだ。自分と同じ。きっと出来ない事の方が多いし、思い通りにならない事なんてもっと多い。
 自分だってこんなに悲しいのだ。佐藤も、悲しくない筈がない。しかも、佐藤は過ごせない事を告げなければならない立場だ。きっと、もっと辛かった。
 佐藤の部屋から帰る時、怒っちゃいけないと思うばかりに帰って素っ気ない態度だったように思う。最後、自分を見送ってくれた佐藤の顔は覇気が無かった。
 明日も学校がある。学校に行けば、佐藤に会える。
 いつものように過ごそう。いつものように、楽しく。
 ちょっと元気の出た吉田は、風呂に入る事にした。通りすがりのリビングでは、両親が早速当日の計画に花を咲かせている。仲が良い事で、と吉田は口を尖らせ浴室に向かう。
 風呂から出て、吉田は居間に向かった。テレビがこの部屋しか無いのは辛い所だ。自室にも欲しい所だけど、多分母親は許してくれないだろうし。
 髪を拭きながら居間に向かうと、そこには父親だけだった。長閑な表情で、ビールを飲んでいる。母親と言えば、電話をしているようだ。声が聴こえる。
 どんな内容の電話かは知らないが、何で母親の電話って長いんだろうな……と思いつつ、音量を下げて番組を見る。くだらないバラエティーが、今は癒しである。
「義男」
 と、父親が声を掛けた。
「25日の夜は、家で皆で食事しようか」
 えっ、と吉田は驚いて父親を見た。吉田はてっきり、24日も25日もずっと夫婦水入らずで過ごすのかと思っていたから。
「それとも、母さんが言ったみたいに一緒に過ごす相手が居るのかな?」
 吉田が目をぱちくりさせていると、父親がそんな事を言い出す。慌てて「そんな訳ないじゃん!」と首を振った吉田だが、しっかり赤いその顔を見て父親が何を思ったかは、本人のみの知る所だ。
「っていうか、母ちゃんは父ちゃんと2人きりが良いと思うけど」
 別に父親と居るのが嫌では決してないが、その為に母親から痛い視線を貰うのはお断りだ。女性からのその手の視線は普段のクラス内で十分間に合っている。まあ、間に合ってるとかいないとか、そんな問題でも無いが。
「そりゃあ、父さんも母さんと2人きりは楽しいよ。でも、義男の事も大事だからね。
 イブは母さんと、そしてクリスマスは家族と一緒に過ごせたら、こんなに幸せな事は無いよ」
 贅沢かな、なんて言って穏やかに笑う父親。
「うん、解った。夜は空けておくね」
「そんな事言って、どうせ最初から予定なんて無いくせに」
 しっかり頷く息子に、電話を切り上げて早々父親の横に腰を降ろした母親がすかさず口を含んだ。
 何だよ!俺だってその気になれば予定なんて埋まるやい!だったら埋めてみなさいよ!ヤだよ、だってもう父ちゃんと約束したし!!
 なんて微笑ましい親子の口喧嘩を眺め、父親はどこのケーキにしようかなぁ、なんて呑気に考えるのだった。


 番組と番組の合間に流れる天気予報で、明日の気温は今日より更に低い事を告げていた。これはコートがいるかもな、と吉田は思う。
 寝る間際、吉田はちょっと考え、佐藤にメールをした。

 ――明日、マジ寒いってよ! コート着た方がいいかな〜

 なんて、実に他愛ない内容だ。
 すると、佐藤からの返信がすぐに着た。それを開く時の吉田の顔は、いつも嬉しそうに輝いているのだが、吉田本人がそれを知る日は誰かの指摘無くしてあり得ないだろう。

 ――そうだな、俺もコートを出そうとしていた所 マフラーも巻いた方がいいかも

 佐藤も、自分と同じ事を思っていたらしい。まあ、あの気温を見れば誰もが思う事かもしれないが。
 その後、数回、何て事の無いメールの応酬をし、最後に「おやすみ」と打ってベッドに潜る。
 佐藤からの「おやすみ」という返信を見て、吉田の今日は終わった。


 次の日の朝、これでもかというくらいの寒波に見舞われた。ここまで寒くならなくて良いのに!と吉田は学校指定のコートに初めて袖を通す。
 昨夜の佐藤のメールを参考にして、マフラーも巻いた。佐藤も巻いて来るんだろうな、と思いつつ。
 風はあまり無いのだが、何せ空気自体が冷たい。口元はマフラーで覆われているが、鼻から入る空気だけで肺が冷えそうな心地だった。学校に着けば、申し訳程度とは言えストーブがある。それを目当てに早く行こう。
 足早に歩いたせいか、普段の時間よりちょっとだけ早く着いた。部活の朝練の声がまだ聴こえる。
 靴を履き替え、校舎に入った。壁で覆われている分、外よりちょっとマシかもしれないが、廊下の風景というのは見た目が寒々しいものだ。日直がきちんと仕事をしていれば、ストーブは点いている筈である。
 うー、さぶいさぶい、と目を細めて廊下を歩く吉田を、引きとめる声が響く。
「吉田!」
 その声で吉田の足が止まってしまったのは、その相手が相手だからだ。まあ、つまりは西田だった訳で。
 嫌な人では無い。それ以上に悪い人でも無い。
 ただ、応えられない懸想を向けられているから、どうすればいいのか解らなくて困るのである。自分が佐藤の事が本当に好きで、だから付き合っている、というのは西田にも理解する所だけども、かと言って吉田への気持ちが消えるかと言えば全くそうでもないのである。吉田も、その辺りは解る。解るのだけども。
(せめて、もう少し態度に出すのは控えてくれないかな……)
 などと思うのは傲慢だろうか。けれども、西田という人は感情がすぐに行動になる。その辺りは佐藤も同じかもしれないけど、心が捻じれているせいか行動も捻じれる佐藤なのである。対して西田はどこまでも真っすぐだった。
 吉田はコートまで着こんでいるが、西田は普通に冬服の制服である。コートはすでに教室に置いてあるのだろうか。
「吉田、その、24日とか空いてないかな? ちょっとだけでも……」
 呼び止められた西田から切り出された話に、吉田はええっと目を丸くした。まさか、こんな所からイブの誘いが入るなんて!
「あー、25日でも良いんだ! その、佐藤と過ごさない方の日にちがあればそっちで……いや、別にデートとかじゃなくて、俺も親の実家に帰省するから、その前に吉田の顔見れないかな、なんて思って、」
 そう言って、少し頬を染める西田は、何と言うか好青年、という感じだ。断る方が罪悪感を覚える程に。
 これが、言ったのが山中だったら、絶対顔見るだけでは済まないだろうが、西田がそう言ったのなら、それ以外の何の他意も無いだろうし。
「…………」
「ダ、ダメ、かな?」
 むぅぅ、と難しい顔の吉田に、西田はじっと返事を待つ。
 そして、吉田の返事を待つ人物が実はもう1人。やや時間を遅れて登校してきた佐藤である。
 一緒に過ごすクリスマスをぶち壊したとして、少なくとも今年中はもう口きいてくれないんじゃないかな、とイギリス逃亡寸前まで落ち込んでいた佐藤だが、夜更けの吉田からの普段通りのメールに一気に気分は上昇した。施設の仲間には悪いが、再会は暫く延びる事とする。
 内容がつまらない天候の話題で、吉田なりに何か話題を探したんだろうな、と佐藤は却って微笑ましく思えた。
 そして、むしろ気分良く登校して来た佐藤だったのだが、そこで目撃したのが西田と吉田のツーショットである。ここでまた、佐藤の機嫌は一気に下降。今日の寒波より余程凄まじいブリザードが胸中に吹き荒れた。
 さすがに声が耳に届く距離まで近づいてしまったら、自分の事に気づかれてしまう。そこは読唇術を使って西田の発言だけは何とか知りうる事が出来た。そうしたらどうだろう。寄りに寄って、クリスマスに吉田を誘う算段を立て居たとは!!
 今すぐ、ふざけるな―――!!と西田を殴って吉田を抱き寄せたい所だが、それはぐっと堪える。
 何せ、その日は自分は居ないのだ。その間、吉田がどんな予定を立てようが吉田の勝手だ。浮気はそれは困るけど、幸いというか西田の押し方は関係を迫るものではないのだし。もしそうだったら、即座にミンチにして100回こねた後俵型に成形してハンバーグにしてくれる!!
 まあ、ともあれ、顔が見たいとだけ言う西田の申し出に、吉田がどう出るかは吉田に全て委ねるしかない。吉田がそれならいいよ、と頷くなら、それに倣うまでだ。
 自分の都合で吉田を振りまわしてしまったのだ。勿論ヤキモキするけど、昨日の吉田みたいに受け入れなければ。
 まあ、嫌だけど。ホントに嫌だけど。すっごく嫌だけど。
 こうして佐藤が隠れているのは、西田の申し出に吉田が頷くのを目の前で見たくないが為の行動なのだった。
 一体、吉田の返事はどうなるか。
 どうやら、虎之介は山中と過ごすようだし、秋本は勿論あの可愛い幼馴染みとだろう。牧村は……まあ、何か勝手にしているだろう。だから、イブと当日は、吉田はフリーだ。しかも、ノープランというのではなく、過ごす相手が居ないのである。一番の望みは、その隣に自分が居る事だったのだが……つくづく、あの家が憎い。
 吉田が一人で寂しい思いをするのなら、それを紛らわすのが例えあの西田でも良い、と佐藤は思う。思う事にした。思ってるって言ってるだろ!(逆キレ)
 佐藤が忙しなく心を苛立たせている間、吉田の腹は決まったらしい。佐藤にとって吉田の表情は見れないから、西田の顔を見て判断出来た。
 果たして、その返事は。
「…………」
 吉田の返事を聞いただろう西田の顔は、情けなく形良い眉を八の字にしていた。OKの返事を貰ってこんな顔をする人間は居ないだろう。
 吉田は、断ったのだ。


 その後、何かやり取りをして西田は去っていった。至極残念そうな表情ではあったが、笑みを浮かべて吉田と別れる。
 向けられる懸想を断るというのは、吉田にとって非常に難しい事だと佐藤も解る。断った吉田の方が、疲弊したように肩を落として溜息をついていた。
 と、その身体が反転する。つまりは、佐藤の方へと向かっている訳だが、佐藤は逃げも隠れもせず、その場に立って吉田を迎えた。佐藤の姿を見て、ぎょっとする吉田。さっきの西田とのやり取りが脳裏を過ぎたのだろう。距離的に、目撃できる場所であると。
「…………。見てた?」
「ああ。まあ」
 立ち止まってしっかり見ていたくせに、いかにも通りすがりの不可抗力で見てしまいましたよ、という風に言う佐藤だった。役者である。
「断ったんだ?」
 とりあえずここでは、意地悪をしたい訳ではないが、そんな事を訊く。
「うん……」
「……別に、怒らないけど」
 自分の存在が重荷になって、吉田の選択肢を狭めるのは心苦しい。佐藤は、もし自分が原因なら、と思ってちょっと言ってみた。まあ一度断ったのを、今更また引きうける吉田では無いからこそ言えた事かもしれないが。
「………………」
 佐藤の発言を受け、吉田が眉間に皺を寄せる。しまった、怒らせたかな、と思った佐藤だが、吉田の頬に朱が入ってるのを見て、怒ってはいるがそう深刻でもないと知った。
「佐藤と一緒に居られないのに、他の奴と過ごす訳ないだろ!」
 佐藤のばーか!と吉田が言う。そして、自分の台詞に照れたかのように、そそくさとその場から立ち去ってしまった。
 残されてしまった佐藤と言えば、やや呆然とした面持ちのままでいた。良くも悪くも、佐藤にこんな顔をさせられるのは、吉田だけである。
 本当に、吉田には叶わないと佐藤は苦笑して、吉田の後をついて行くように教室に向かう。サボりたい所だが、今日みたいな寒い日にストーブも無い屋上や空き教室に行く事は出来ない。
 早く、放課後になって自分の部屋に招いて、思う存分いちゃつきたい。
 まだ最初の授業も始まってないというのに、そんな事を思う佐藤であった。


 今日、家に寄るか?という佐藤の申し出に、吉田はもう、一も二も無くという感じで頷いた。
「もう、こんな寒いんだもん! 寄り道でもしなきゃ、やってらんない!」
 昼間になっても、気温の上昇の見込めなかった今日と言う日は、このまま陽が沈むにつれてさらに寒くなるだろう。こうなれば雪を期待したい所だが、雪を降らそうな雲は生憎認められていない。
 何か話していた方が寒さが紛れる、と吉田は不断に増して色々話してくれた。昨夜、自分の両親はイブから当日にかけてはホテルで過ごすのだ、という話を聞いた時、佐藤はもう、どうして本当にイブは家にいなければならないんだ!と自分を呪いたい心地だった。上手くいけば、自分たちもイブから当日にかけてずっと一緒に居られたかもしれないのに!!!
「でさー、何か、可笑しかったんだよなー」
 マフラーを巻いた口元で、吉田が明るく言う。
「可笑しかったって、何が?」
 少なくとも、今訊いた範囲では特に変な所も感じられなかったが。佐藤は軽く首を捻る。
 だってさ、と吉田は楽しそうに言う。
「ほら、父ちゃんって出張多いだろ? だから、日にちで言えば父ちゃん達が一緒に居る日より、俺が佐藤と会ってる日の方がずっと多い筈なのに、普段はあまり居られなくても、クリスマスに一緒に居る父ちゃん達が羨ましいなって、そう思うんだ」
「…………………」
「やっぱり、こういうのって数じゃないのかなー」
 気持ちって大事だよな、なんて言う吉田だ。
 一方の佐藤と言えば。
(……絶対、天然で言ってるんだよな……)
 表情が奇妙なものになってないか、不安になった佐藤は口元をさりげなく隠す。
 まあ、吉田としては何の意味も無く比べただけだろうが、しかし比べるからには両親の関係と自分達の関係を、同じだと思っていないと比較しようも無いだろう。
 自分たちの場合、どっちが旦那なんだろうな、とつまらない事を思う事で、佐藤は平静を取り繕おうとする。赤い頬は寒さのせいだと吉田が勘違いしてくれるなら、今日のこの寒さは感謝したい。
「早く、部屋に行こう」
 佐藤が不意に言う。唐突な言葉に、吉田もちょっとだけきょとんとしたが、すぐに笑みになって「寒いもんな!」と言う。まあ、それも無いとは言い切れないけども。
 家に入って、自分の部屋についたら、吉田を抱きしめよう。存分に体温を感じた後は、そっと身体を離してキスしていいか尋ねてから唇を重ねよう。とにかくもう、早く吉田に触れたい。
 クリスマスには一緒に居られない自分達だけど、それをとても残念に思うけど、まあ、そんな事もあった。そんな風に振り返られる軌跡を辿って行きたい。
 周りに人の姿が見れなくなったのを確認し、佐藤が吉田の手を取る。お互い手袋を付けた同士だが、何となく温かいと思える。
 やっぱり初心な吉田は、手をつなぐのも照れ臭いのか、そして人に見られるのが嫌なのか、全くもう!とちょっと憤慨した顔をした後、繋いだ手をそのまま強引に佐藤のポケットに突っ込む。
 マンションの玄関に着くまで、佐藤のポケットの中、2人の手はしっかり繋がれていた。



<END>