幸せというものを、定義する事は難しい。
 けれど佐藤は、目の前の人物が間違いなく幸福感の真っただ中に居るだろうと思える事が出来る。コンビニの菓子売り場にて、吉田は秋限定と称されたパッケージの前に、顔を輝かせていた。
「うっわ〜、沢山出たな!どれにしよう〜」
 迷う様子を見せる吉田は、幸せそうにありがなら困っていた。表情が忙しないヤツだな、と思いつつも佐藤はそんな吉田をしっかり見ている。そして愛でている。お菓子を喜ぶ吉田を見て佐藤も喜ぶ。実に無駄が無い!
 吉田は箱や袋に書かれている説明書きを逐一見た後、ついに選出メンバー(?)を決めたらしかった。2つを手に取り、レジに向かう。佐藤はすかさず、吉田の買わなかった方の菓子をチェックして、今度の休みか、まあ昼の休みにでも買って行って、吉田の嬉しそうな顔を拝もうとそんな思いを巡らせていた。


「あっ、鰯雲!」
 もう秋だな〜と、上を仰ぎながら、吉田が気付いて言った。秋の空は、色素が薄くて高く見える。つまりは「天高く、馬肥ゆる秋」というやつだ。
「…´食欲の秋とか、運動の秋とかは解るけど、」
 コンビニの袋をぷらぷらとぶら下げながら、吉田が言う。
「何で芸術の秋なのかなー」
 なんて呟きながら、吉田が首を傾げる。実りの季節である事や、過ごしやすい気温である事で、その2つには説明がつくけども、吉田の疑問は解消できない。が、隣に並ぶ博識の佐藤が、その謎に答えをくれた。
「……確か、日本美術博覧会や日本美術院展覧会なんかの開催が秋だから、って何かで見たような」
「へえー」
 吉田は感心した声で相槌を打つ。正直、どっちの博覧会だか展覧会も知らないが、冒頭に「日本」がついているくらいなのだから、きっと凄い所なんだろうな、と思ったのだ。強ち間違ってはいないが。
「ま、そういう事はさておいて、暑くてだらける季節が終わったから、意欲的に何かしようっていう気になるんじゃないかな」
「んー、確かに……って、何」
 明らかに不自然な笑顔と他意が見え隠れする近い距離に、吉田が身構える。……が、その甲斐なく、ぎゅうと背後から抱きしめられてしまった。路上なのに!道端なのに!!
「あー、秋は良いなぁvv 夏の間は「暑いからべたべたするなっ!」って吉田がつれない事ばかり言うし」
「なっ!! 当然だろっていうか、それでもお前抱きついたりしてたじゃないかー!」
 そう、まさに今の様に。
「そりゃ、するよ。目の前に吉田が居るんだから」
「……だからっ、佐藤は良いかもしんないけど、俺は汗だくなんだし……」
 背後から抱すくめられたまま、吉田は真っ赤になってもごもごと何事か呟く。まあ、要するに吉田は「恋人」から「汗臭い」などと思われたくなかっただけの話だ。吉田はちっとも汗臭くは無いし、そもそも、汗臭さというのは汗をかいた後に出るもので、流れてる最中は感じ無いものだが、きっと吉田が拒むのはそういう理屈ではないだろうというのは解っている。
「すっごく嫌だっていうならなら、もうしないけど」
 吉田に嫌われたくないから、という本心をさりげなく包み隠して佐藤が言う。すると、吉田は。
「……う〜ん……嫌っていう訳でも無いんだけど………」
 と、またもごもご。ちなみに顔はさっきよりも赤くて。
 ぷっと吉田のつむじを眺められる位置と距離で、佐藤は噴出した。
「結局、どうすればいいの?」
 意地悪く、そんな質問をする。
「だから場所を考えてって……もー!はーなーせー!!!」
 ずっと回されていた腕に、今気付いたというように吉田がばたばたと暴れ出した。さすがにこれ以上は怒られると踏んだ佐藤は、吉田を離してやる。
 無事(?)解放された吉田は「全く佐藤は!」という表情で肩を怒らせている。まあ、顔はやっぱり赤いのだが。抱きとめて居た体温が離れてしまって、佐藤は少しだけ寂しい。
 抱きしめて改めて実感する、吉田の体躯の小ささ。いや、自分が大きくなったのだから、吉田が小さくなった訳では決してないのだが。この身体でほぼ実質、1人で苛めっ子達に立ち向かっていたのかと思うと胸が熱くなる。
 3年ぶりに帰った日本は何もかもが変わっていて、自分に対する印象や自分自身すら何も面影が無いように思えた。でもそんな中、吉田だけがそのままだった。自分を庇ってくれた吉田だけ、が。それで大分救われたのを思うと、あるいは神様なるものが存在して、自分なんかに情けをかけたのかもしれない。
 まあ、現実としては、吉田の背が低いのは親の遺伝だから、多分神様は居ない。それに、仮に吉田が自分より背が高かったとしても今と同じ感情を持っているだろうし。
 吉田が吉田だから、こんなにも好きなのだ。
「最近、早く日が暮れるなー」
「そうだな……」
 さっきまでは、佐藤の不躾で不意打ちな抱擁にちょっとへそを曲げて居た吉田だが、気持ちを切り替えたか、そんな事を言いだした。佐藤も、頷いて返す。
 背中に陽を受けて居るから、歩く先に長く伸びた影が視界に入りこむ。少し間ではこの時間、まだ太陽が高かったから、こんなに影は伸びて居なかった。地球は丸くて回転してると、普段全く気にしないがこんな時には事象として突きつけられる。
 1つ季節が終わりと、その間吉田と居られたと佐藤は喜ぶと同時に、次の季節も一緒に居られるだろうか、同じ季節を迎えられるだろうか、とそんな物思いに耽る。
 吉田が好きだ。1日中、1年中一緒に居たいと思うし、願い乞う。冬の寒さに震え、春の暖かさに歓喜し、夏の暑さに辟易して、そして秋の味覚に喜びを露わにする、そんな吉田を眺めて居たい。
 ずっと一緒に居る。たったそれだけの願いが、何よりも難しいと気付いたのはいつだっただろうか。あるいは、吉田への想いを自覚する前から思っていたのかもしれない。だから、自覚が遅れたのかも。どうせいつかは離れるのだからと。
 例え離れてしまっても、一緒に居た時間も失せる訳ではないから。臆病だけどもそうやって自分を奮い立たせて、今は傍に居る吉田にありったけの思いの丈を綴る。
「吉田」
「ん?」
「好きだよ」
 初めての台詞でもないのに、言う度に真っ赤になる吉田が面白くて楽しくて、何より愛しい。
「何だよ、急に!」
 誰かに訊かれたらどうする!と吉田は憤るが、そんな心配が杞憂になるくらい、辺りには誰も居ない。ここにあるのは2人と、2つの影。
「まあ、言うのは急だけど、それはいっつも思ってる事だからさ」
 そう言って、ジャックからの処世術からではなく、本当に心を込めた微笑を浮かべると、さっき以上に吉田が真っ赤になる。その原因は、佐藤の発言かその表情か、まあ両方だろう。
「……な、……それ………うぅぅぅ〜〜………!」
 真っ赤になった吉田は、喉でも潰れたかというように呻いた後、口を何度か、微かに動かした。が、何の声にはならなかった。
 もしかして、吉田も「好き」と言おうとしたのかな、とその様子を見た佐藤が思う。いつも思っているのは、お互い様の事だ。律儀な吉田は、きっとその言葉を自分に言ってくれる。と、すると少なくとも言わない内は、離れていかないと思って良いのだろうか?
 ――どうも考え方が歪んでしまう。そんな自分に、吉田には気付かれない様、ちょっと自嘲を佐藤は浮かべた。
 横を歩く吉田は、夕焼けのように赤く、夕陽のように眩しい。その輝きを出来ればずっと見て居たいな、と佐藤は今日も思い、そしてきっと明日も思うのだった。