大型書店には大抵文具コーナーも併設されていて。
 それで吉田は、何となくシャープペンでも買おうかな、という気になったのだ。

 しかし改めてみると、シャープペンといえども実に多種多彩にあるものだ。機能が同じなら見た目も値段にそう幅も見られないので、安さ第一で決めるのも多少難だった。
 色々あるんだな〜と、しげしげと吉田が眺めていると、書店内で別行動を取っていた佐藤がそっと背後から現れた。手ぶらでいる所を見ると、欲しい本は無かったようだ。
「吉田、シャープペン買うの?」
 大きい体躯で覆いかぶされるよう、そっと背後から忍び寄った佐藤に多少驚いたが、このくらいではまだ吉田は文句を言わないのだ。かなり距離も近いのだが、吉田はそれを決して不快には思わず、侵入を許している。吉田のテリトリー内に、自分が収まっているのを実感し、幸せに思う佐藤だった。
「あー、うん。ちょっと、買ってみようかな〜って」
 今使っているのが壊れたという訳でもないが、沢山並ぶ所を見たら、何となく購買意欲を駆り立てられた、という感じだ。それに今は、小遣いを貰ったばっかりで財布の中も潤っている。多少の出費には気が多くなっているのだ。まあ、かと言って無駄に使う事もしたくはないのだが。
「佐藤って、どんなの使ってる?」
 相変わらず背後に立っている佐藤に、振り向いて吉田が尋ねる。向かい合ったこの姿勢で、佐藤があとちょっと近づいたら、キスが出来てしまうというのに、それに気付いてるのかどうか。一瞬本当にキスしてやろうかな、と佐藤は思ったが、さすがに人の多い店内では、その目を盗んでという真似はし辛い。佐藤としても、牽制以外ではあまり人に見せつけたくないものだ。
 キスした(している)吉田は物凄く可愛いのだから。
 まあ、吉田の可愛い顔を引き出すのには、色々手がある。
 例えば。
「何、お揃いにする?」
 ちょっと意地悪にそう言えば、吉田は真っ赤になって絶句するのだ。
「ばっ……!そーじゃなくて! 色々種類あるから、あんま決められなくって」
 どれが良いのかな?と吉田は頭を傾ける。どうせなら、使い心地が良いのがいいに決まっている。そうじゃなかったら、ゴミが増えるだけだし、何より無駄遣いだ。
 しかし使い心地なんて、事前にどれだけリサーチした所でそれこそ使ってみないと解らないのだから、これは一種のギャンブルに近いものがある。試し書き用の物も無い。
「持つ所が太いと書くのが楽とか聞いた事があるけど」
「ああ、それはあるだろうな」
 聞きかじりの吉田の意見に、佐藤は頷いて返した。
「とりあえず――俺が持ってるのは、これかな」
 そう言って佐藤は、1つ手にした。そう言えば見覚えがあるかも、と吉田はそれを眺める。
 なら、これにしようかな、と思った時、吉田に先ほどの佐藤の台詞が過ぎる。お揃い、と。
「〜〜〜〜〜…………」
「吉田ー? ヘンな顔になってるv」
 吉田の胸中をすっかり見通している佐藤が言う。かなりご機嫌そうだ。
 お前のせいだろ! と吉田は余程言ってやりたかったが、それは佐藤をより喜ばすだけの台詞だ。要は吉田の頭の中が、自分の事でいっぱいになると佐藤は嬉しくなる。迷惑だが拙くて、なんだか憎めない独占欲だ。
 誰に奪われる可能性も無い自分に独占欲を向けるなんて、と吉田は思う。でも佐藤が、その危機感を常に胸に抱きながら自分と付き合っているのも、吉田はよく解っている。今はこれだけ妬く佐藤のくせに、いざ他の元へ向かおうとするなら、それは止めない佐藤なのだ。それは送り出す優しさがあるからではなくて、単に追いかける勇気が無いのである。
 そして吉田は、佐藤のそんな所も含め、佐藤が好きなのだ。佐藤の悪い所は、その辺りの認知がかなり甘い所にある。
「……………」
 今一度、吉田は佐藤の持っているのと同種のシャープペンを見る。お揃いにする? と軽い調子で佐藤は言ったけれど、多分本心に近い所から吐き出されたものだと思う。吉田は、そう思えた。
 だから。
「……ん。じゃあ、買ってくる」
 吉田が買うとは思って無かったのか、佐藤は少し目を見張る。次いで、表情を嬉しそうに緩めた。そんな佐藤の笑みは、まるで見ていると蕩けそうになる。女子に向けるキラキラとした笑顔は全く動じない吉田だけど、こんな顔にはとても弱い。それはきっと、これが佐藤の素の笑顔だからなのだろう。どれだけ綺麗に取り繕っても、佐藤の感情が付随していなければ、吉田の心も動く筈も無い。
 レジに向かい、お札を差し出して品物を受け取ってからお釣りを貰う。そんな過程をこなし、果たして吉田の手元には佐藤と同じシャープペンがある。ごそごそ、と吉田はそれを鞄に仕舞う。
「…………。何だよ」
 さっきからずっとこちらを見ている佐藤に、吉田はただえさえ悪い目つきをもっと悪くしてしまう。つまりは照れ隠しなのだが。
「ん? 別に」
 そう言って、佐藤は嬉しそうに笑った。


 そして、その日から数日。
「ねえ、吉田」
「ん?」
 昼休みのオチケン部室で、今日は牧村も居なくて2人きりだ。急ぎで片付けなければならない課題も無いし、至って平穏である……と、吉田はこの時まで思っていた。しかし。
「あのシャープペン、使って無いの?」
 折角お揃いにしたのに、という佐藤の一言で、それもあっさり覆ってしまった。
「なっ、なっ、なっ……! み、見てたのかよ佐藤!!」
 別に悪事を働いた訳でもあるまいし、それでも吉田は激しく狼狽して言う。
「そりゃあさ。使ってくれるの、期待していた訳だから」
 見張ってたんじゃなくて、つい目で追ってしまうのだ、と佐藤。
 吉田が動揺してしまったのは、使わないでいたのは意図的だからだ。勿論、そこにはちゃんとした理由がある。
「いや、考えたんだけど……佐藤とお揃いとかしちゃったら、女子とかまたギャーギャー言われるのかな〜とか」
「それくらい、平気だと思うけど」
 特にデザインが奇抜という訳でも無いから、似た様なものを使っている人も多い。同一だと気付けるのはよほど両者を見比べないと難しいと思える。バレたら確かに何か言われるかもしれないが、そもそもバレる可能性が低い。だから佐藤だって、お揃いを申し込んだのだし。
 本当はシャープペンでもお揃いでなくても構わない。吉田の近くに、常に自分の存在を匂わす物があれば。
「う〜〜ん、そうだけど……」
 段々と赤らんでいく吉田の様子を見ていると、お揃いが嫌になった、という訳でも無さそうだ。
「……いざって時に使おうかな〜って………」
 小さい身を、さらに縮こませて呟く吉田。そんな真似をするから、こっちも抱きしめたくなって困るのだ、とは佐藤の主張だ。
「………。いざって時って?」
 緩む口元を隠そうともせず、佐藤があえて尋ねる。
「ん〜、英語の小テストの時とか……」
 吉田が言う。佐藤と同じシャープペンだからか、肖ろうという算段なのだろうか。何とも無邪気な願掛けだ。
「割と頻繁にあるな。吉田の”いざって時”」
 くすくすと笑いながら言うと、「煩いなっ」とすかさず吉田の突っ込みが返る。真っ赤な顔をして、可愛いのが。
 お揃いにしたシャープペンは、吉田にとって「特別」になったらしい。
 普段から吉田が使っている姿を思ったけど、こんな扱いだって嬉しくない筈がない。
「やっぱり、吉田って好きだな」
「へっ? やっぱり、って何!? どこから来た”やっぱり”!!?」
「ないしょー」
「ないしょ!? 何で!?」
 好きという言葉ひとつで、こんなにうろたえる吉田が愛しい。堪らなくなった佐藤は、そっと引き寄せて触れるだけのキスをする。ちゃんと周囲に人の気配が無いのも確かめたし、学校はダメ!と言う吉田見たさもあり、中々校内での行為も控える事は出来ない。
 でも最近、校内でするにしても、当初より大分抵抗が緩くなったような気もしない事も無い。さすがの吉田も慣れて来たのか、むしろ受け入れて来たというべきか。
 吉田の齎す幸せは、些細で、それこそペンケースにでも収まってしまうくらいだろう。
 それでもあちこちに散りばめてくれるから、最終的には抱えきれない程の幸福を手にしているのだ。
 吉田と居る時に、温かく感じる心を思う度、佐藤はそう思うのだった。


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