友達らしい友達の居ない山中にとって、吉田が唯一の相談相手らしかった。吉田は率直に思う。迷惑だ、と。
「んでー? 今度はなに」
 席に着いてそうそう、吉田はうんざりとした声を上げた。それでもこうして赴くのは、山中の相談内容に自分の親友が深く関わっているに他無い。
「……と、とらちんがっ……」
 そうして、唇を戦慄かせながら想い人の名を口ずさんだ山中の様子は、尋常では無かった。まあ、いつだって常識を逸脱しているけれども。
 山中は震える自分を叱咤しつつ、瞠目して叫んだ。
「とらちんがっ! 浮気してるかもしれない!」
 ………………………
「ふーん。いいんじゃない」
 まるで雑誌片手に受け答えをしているような、吉田の返事だった。実際は雑誌なんて持っていなくて、しっかり向き合っていたけれども。
 あっさりとした返事を貰った山中は、信じられない!といった具合に目を見開く。
「馬鹿野郎! 何がいいんだよ!? 浮気だぞ、浮気! とらちんが、俺以外に俺としたような事、してるかもしれないんだぞー!?」
「……………」
 ゴスッ!!!
 山中に向けられた吉田の正拳に、迷いは無かった。
 いってぇー!と悶える山中に、吉田は言う。
「もし! とらちんが!! 100万回浮気していたとしても!!!
 お前にはそれを責められる謂れなんて、これっぽっちも無―――――いッッ!!!」
 山中の話を聞いてあげているだなんて、周りには(特に佐藤には)知られてならない事だというのに、吉田はこの時はそれを忘れ、存分に大声で言った。正直、そうでもしないと血管がキレそうだ。
「大体なんだって、とらちんが浮気だなんて発想が出て来るんだよ」
 山中のあまりに身勝手な発言に我を忘れてしまったが、まず問い質すべきは其処だろう。けじめを大事にする虎之介の事だ。他に好きな人が出来たと言うのなら、包み隠さず告げると思う。あんなに言いづらそうにしていた山中への気持ちも、何だかんだで吉田に打ち明けたのだし。
「まず! やたら携帯を開いている時間が増えた!」
 人差し指をずび!!と上げて、山中が言う。
「さらに! 考え事をしているような素振りを見せるのが多くなったし、放課後は一緒に帰ってくれなくなったし、どうも出費も増えたくさい!何処からどう見ても、浮気の状況証拠だろ!!」
「物的証拠は無いの? 携帯とかは」
 やり取りのメールがあれば、一発だろうに。
「そういうのは、なるべくしたくないから」
 割とはっきり言う山中。しかし、普段が普段なので、色々勘ぐってしまう。虎之介の携帯を見る事より、自分の携帯を見られる方が余程ヤバいから、あえてその話題には触れない、というような。
 まあ、ともあれ、いわば他人あての手紙を覗き見るような真似は、吉田としても感心しない。山中と同じ意見になるのは癪だが、なるべく携帯を盗み見るような事は避けたい。
「一緒に帰らない……って、自分の家に帰ってるだけじゃないの?」
「いや、一度家に行ってみたけど、帰って無かった」
 行った事あるのか、と吉田のドン退きっぷりが増した。
「何処かに立ち寄ってるのは間違いないんだ。そこは確信出来た」
 山中が断言する。ここは、ソフトなストーカーと化している山中の意見を信じるとしよう。あくまでここは、だが。
 山中はその虎之介の挙動不審さを浮気への疑惑へと直結しているが、吉田の中では別の見方もある。その強面と腕っ節を見込まれ、虎之介はちょいちょいトラブルに巻き込まれる。性質の悪いのを、しかも名指しで。男子からは喧嘩の要請であり、女子からはしつこい元彼(あるいは今彼)の撃退を頼まれている。前者は直接虎之介に依頼が行くが、後者の場合は同じく中学で同級生だった井上が専ら窓口を務めている。……務めさせられている、というニュアンスの方が正しいかもしれないが。
 また、そんな厄介な事になっているのかもしれない。支出が多いという、その金の行方も気になる。強面と喧嘩強さのみならず、面倒見のいい性格すら、虎之介は利用されるのだ。
「解った。俺もちょっと探ってみる。だから、お前はとらちんに何も言うなよ!」
「そりゃぁ……直接とらちんに言えたら、お前には相談しないし」
 正論だが腹の立つ台詞である。もう2,3発、殴っておくべきか。
 教室に戻る前、それから、と吉田は山中に言ってやりたい事がある。
「お前がそうやって、浮気してるんじゃないか、っていう気持ち。とらちんはお前が女子にちょっかい出す時にいっつも思ってんだぞ。
 懲りたら、もうするなよ」
 吉田の胸中は複雑だ。山中みたいなろくでなしとはさっさと手を切って貰いたいと思いつつも、好きな人と幸せになって貰いたいとも思う。そして今の所、虎之介が好きなのは山中だ。この状態で、最もいい解決策は、山中が真っ当になってくれる事なのだが。
「いやいや、俺のは浮気っていうか、遊びだからさ。とらちんも、そんな不安がらずにどっしり構えていてくれたらいいのにさ〜」
「………………」
 吉田は4発山中を殴ってから、教室に戻った。
 山中のダメ人間さは死んでも治らないと再確認しつつ。


 吉田は虎之介とクラスが別れているので、細やかな異変には気付きにくいが、それでも注意深く窺ってみると、なるほど。山中の言う通り、ちょっと様子が可笑しいかもしれない。仮に本当に浮気だったとして、それならいっそそっちに鞍替えしてくれないかな、と思うけども虎之介の好みを思うとすぐには背中を押せないけども。何だって、へたれとろくでなしと合わせた様なダメ人間ばかり気に入るのか。井上とは良い感じに思えたけど、結局は付き合うまでには至らなかったし。
 まあ、井上はとてもしっかりしていて、自分が居なくても、という感じはある。それは認める。
 それでも、虎之介じゃないとダメだという部分も、彼女の中にはあったと思うのだが。
 結局、それに気付くか気付けないかが、分かれ目なのだろう。


「えー、最近はそういうの、頼んだ覚えはないなぁ……」
 虎之介が現在抱えているトラブルが、女子からの依頼を考えると井上に訊くのが手っ取り早い。が、却って来た返事はあまり思わしくなかった。
「まあ、全員が全員、代打を頼む訳じゃないしね。中には、直接とらちんに言う子も居るし」
「うーん、そっかー」
 腕を組んで、吉田が唸る。そうなると、いっそ全校生徒が容疑者になってしまう。最もそこから、自分と井上と、あと山中と佐藤も抜かして良いだろうけど。
 ふと、吉田は佐藤の顔を思い浮かべた。情報を操る事の出来る彼なら、あるいは必要な情報を集める事も可能だろうか。
 でも、と吉田はその思いを直した。これは自分の友達の問題だ。実際佐藤と虎之介の接点なんて殆どないし、そんな相手に内情を探られたとあっては、虎之介もあまり気の良い思いはしないのではないか。それなら、ある程度は気心の知れている自分達の方が、と思わないでも無い。
 それでも一応、吉田は佐藤の事は最終秘密兵器として頭の片隅に留まらせておいた。虎之介に悪い気をさせないのは、それは彼の身の安全を保った上での事で、いざという時はなりふり構ってられないだろう。
 つらつらとそんな思いを巡らせている吉田の横で、井上が「でも」と呟きを零した。
「女子の方で、とらちんに頼む程のトラブルは今の所、起こってないような気がするな。そういうのあったら、何となく噂で届くはずだし」
 多岐に渡る女子のネットワークの網から外れるのは、並大抵の事では無い。ある種、佐藤はそれをやってのけているけども。
「でも、男子の方も特に物騒な喧嘩も起きそうにないんだけどな」
 吉田の意見に、井上は少し苦笑しながら「そうね」と頷いた。この学校に限った事だ(と思いたい)が、男子より女子の方がやたら強く、その為なのかどうか、日和見な性格の人が多い。喧嘩だの抗争だのとは、全く無縁な感じだ。
 と、なると、目が向くのは外部の事だ。
「じゃあ、また他校の生徒に喧嘩吹っかけられているのかなー」
 吉田が唸るように言う。そのせいで、朝っぱらから目に痣をこしらえて登校してきたのは、記憶に新しい。
「とりあえず、ヨシヨシが一緒に帰ってみてよ。何か聞き出せるかもしれないし、断ったとしたら余程の事が起きてる、ってのが解るし」
「うん、そうしてみる」
 早速、今日の放課後でも誘ってみよう。
 吉田が決心した後、どちらともなく曖昧な笑みを浮かべる。
 困った親友を持つと大変だね、とお互いを労う様な。


「……って、事で、今日はとらちんと帰るね」
 これまでの経緯をざっくり話し、吉田は佐藤にそう告げる。勿論、事の発端が山中との会話だとは決して言ってはならない事だ。
「いいけど。………………」
 快諾の台詞を言ったかと思えば、佐藤はじぃ、っと吉田を見つめる。何だろう、と吉田は真っすぐ過ぎる視線にちょっと委縮した。
 顔を若干寄せ、佐藤は言う。
「ヤバくなったら、連絡しろよ」
「………う、うん」
 こくん、と頷いた吉田を見て、佐藤はちょっと安堵したように、じゃあな、と今日の別れを告げた。 
 てっきり、「俺もついていく」とか言い出すのかと思った吉田は、物解りの良い、いや良過ぎる佐藤にちょっと寂しく思う。ちょっとだけ、だけども。
 牧村と秋本とは、普通に話す。それは多分、彼らが高校から知り合った人達だから。
 でも虎之介は、中学からの吉田の付き合いがあって。
 別のコミュニティへの入り方が、佐藤にはまだ解らないんじゃないかな。吉田は、ふと思った。


「とらちん! 一緒に帰ろう」
 作戦開始!と吉田は発見した虎之介に、早速言った。吉田の登場とその申し出に、靴を履き替える虎之介の動きが止まる。それは動揺の表れなのか。やっぱり、可笑しい。というか、怪しい。
「……おお。いいぜ」
 しばしの思巡の後、虎之介は承諾した。どうやら、事態はそんなに深刻ではないみたいだと、少しだけ胸を撫で降ろす。
 ふと視線を感じ、なんだろう?と少し周囲を見渡すと、虎之介の死角、背後に回った山中を見つけた。山中は、口パクで吉田「頼んだぞ!」と言っているようだ。何と言うか、役に立つ素振りすら見つけられない。
 あいつだけは絶対あてにしないぞ、と誓いながら、吉田はとらのすけと帰路についた。


 まずは、障り無い会話から初めてみる。クラスの離れている虎之介と、普通に話しをしたい気持ちもあったし。
 学生らしく、授業やテストの事から始まって、気になるテレビ番組の事や、週刊誌で追いかけている作品の今後の展開など。久々にゆっくり虎之介と話しが出来て、吉田も何よりだ。最近、お互い相手が出来て、そんな時間も少なくなってきたから。
 しかし、吉田は気付いた。段々と、虎之介の口数が少なくなっている事。山中が言っていた、考え事をしているような、とはこの事を指したのだろう。
「とらちん? どうした? なんかあった?」
 異変を見つけた吉田は、ここぞとばかりに問い質す。虎之介はお人好しで優しいので、尋ねられた事を無下にも出来ないのだ。
 虎之介は、困ったように眉を下げる。そして、周囲を素早く見渡した。他に誰も居ないのを確認して、虎之介は改めて吉田に向き直り、言ったのだった。
「ヨシヨシ」
「うん。なに?」
「俺とつきあってくれ」


(う〜〜〜!とらちん!俺とは断ったのに!吉田の誘いは応じるなんて〜〜〜!!)
 しっかり吉田に頼んでおきながら、ぎりぎりと妬む山中であった。
 昇降口で、吉田に応援を送った後、山中はこっそりと2人の後を山中は尾行けていたのである。それで、2人が仲睦まじく話す様を、ずっと、じっと見ていた訳だ。ストーカーと言って差し支えない行動だった。
 2人は、帰路を少し外れ、コンビニに立ち寄った。そしてその後、やっぱり正規の道には戻らず、どんどんそこから外れて行く。
 どこに行くんだ、と訝しみながら、尾行する山中。
 2人は、公園に入った。
 そこまでは良い。
 だがしかし、何故かどういう訳か、茂みの中へと、2人して入って行ったのだ。山中も、度々お世話になった場所である。なんのお世話かは、固く伏せて行く。
(い……いやいや、まだそうだと決まった訳じゃないし……)
 逸る鼓動を抑えながら、山中は慎重に2人が入った茂みの方へと向かって行く。さすがに中へは入って行けず、ごく間近で聴き耳を立てる事にした。辛うじて、2人の会話が聞きとれた。
 何をやっているのか……ごくり、と山中の喉が上下した。
「わぁ〜」
 と、間延びしたこの声は、吉田のものだ。がさがさ、わしゃわしゃ、という音もする。なんだろう。
「凄い。とらちん、可愛い」
「……おぅ」
 虎之介がぶっきら棒に答える。しかし、彼の場合それが不機嫌だからとは限らず、むしろ逆の場合も多い。
「とらちん。ホントに可愛いね。こんなに近くに居るなんて、今まで気付かなかった」
(なっ……何の話だよ!?)
 虎之介が可愛いのは、山中が良く知っている。と、いうより虎之介を可愛いと言っていいのは、恋人の自分だけなのに、さっきから吉田は何回言った!?そもそも、こいつこんな目でとらちんを見てたのか!?
 そう言えば、吉田はたった1人の相談できる相手だけども、決して自分の味方ではないのだ。さすがに、そこは山中も弁えているらしい。
(くっそー!やっぱりホモだから、今更にとらちんの魅力に気付いたか!?)
 佐藤に比べたら、虎之介なんてそれはもう菩薩に近い存在だ。むしろ、虎之介と近くでずっと過ごしていて、恋に落ちない方が可笑しいと思うべきか。
「ね、とらちん」
 吉田の声だ。
「触って、良いかな」
「……いいんじゃねえの」
 触るって!
 どこを!
 なにを!
 どのように!!?!
 あわわ、あわわと狼狽する山中の頭の中では、結構物凄い事になっていた。
「とらちんも、触りなよ」
 だから、どこを!なにを!?むしろナニなのか!!?
「い、いや、俺は……」
 退くような虎之介の声。そうだ、とらちん。吉田の誘いになんか、乗っちゃダメだ!
(くそぅ、吉田め!あんな顔してビッチだったのか!)
 さては佐藤も、身体で誑し込んだな!と山中は拳を握る。
「大丈夫だって。ほら、怖くないよ。気持ち良い感じだし」
「そっか。なら………」
(!!!!!!!!!!)
 山中の限界はそこまでだった。次の瞬間には、茂みをかき散らすように、2人の元へと突進していた。
「よよよよ、吉田ぁ――――!! お前、とらちんに何て事を――――!!!」
 突然の山中の登場に、吉田も虎之介も、動きを止めて振り返った。
「山中……お前、何してんだ?」
 そう言ったのは、虎之介だ。
「何してるってのは、こっちのセリ………フ?」
 そこで山中は、冷静に目の前の光景を見る事が出来た。
 其処には、虎之介と吉田と。
 そして、まだ眼も開いたばかりというような、小さい子猫達とその母猫が居た。


 少し前の事だ。
 その日、山中が用事があって一緒に帰れず、吉田はまぁ……独占欲の強い佐藤の相手をしなければならないので、虎之介が誘う前に連れだって帰ってしまっていた。
 一人になった虎之介は、気晴らしに公園で日向ぼっこでもしようか、と思った(ここで「日向ぼっこするとらちん!超可愛い!」と山中が騒いだので、吉田が拳で黙らせた)。
 その時、ミャーミャーと頼りないくらいの子猫の鳴き声がして、虎之介はその声の元を追って、そして辿りついた。その時の子猫たちは、まだ目も開いて無かったそうだ。あまりに頼りないその鳴き声に、虎之介の加護欲はいとも簡単に揺さぶられ、こうして母猫諸共気を掛けては面倒を見ていた、という事だ。
 そして、山中の持った嫌疑の真相として。
 増えた出費は母猫えの餌代で、見る時間の多くなった携帯は、ネットで与える餌を調べていた。考え事が多かったのは、勿論猫達が何か不幸に遭ってないか、と心配していたからなのである。
「でも、それならそう言って、一緒に帰ってくれてもよかったんじゃん?」
 一通りの解明が終わり、しかしその部分だけが釈然としていないような山中だ。まあ、そこから発展した問題なのかもしれないから、そこが一番重要なのだろう。
 いやだって、と虎之介は言いにくそうに、しかし言う。
「猫の世話してるとか……似合わねーって言うだろうし……」
 ごにょごにょ、と顔を赤らめて言う虎之介。何言ってるの!と山中は叫ぶように言う。
「似合わないなんてとんでもない!可愛いよ、可愛いに決まってんじゃん!子猫ととらちん、すっごい似合う!可愛い!写メ撮って良い!?それ、待ち受けにする!!」
「はあ!? 馬鹿! 子育て中の猫にカメラの光とか音とか、変な刺激与えんなッ!」
 待ち受けにする云々はいいのかとらちん、と胸中でひっそり突っ込む吉田だった。
 余程撮りたかっただろう山中は、それでも虎之介に従って大人しく携帯を仕舞った。
「……まあ、とらちんが何か大変な事に巻き込まれてなくて、良かったよ」
 にっこり、と山中が笑みを見せる。こういう顔をすると、普通に格好いいのだけども。
 吉田は、ちらりと虎之介を盗み見た。見れば、虎之介は真っ赤な顔をしていた。今の笑顔に中てられたのだろうか。
「……悪かったな、山中。
 あ、ならヨシヨシも、同じように心配して?」
「うん、山中に言われて」
 吉田が言う。その言葉を受け、「山中が?」と虎之介が呟く。
「そうだよ。とらちんの異変には、いつだって俺が真っ先に気付くんだから」
「山中……」
「とらちんが浮気してるんじゃないかって、俺にそれを確かめてって言って来た」
「……………………」
「……………………」
 甘いムードが漂い始めた2人の間だったが、吉田の一言で一気に霧散した。
 虎之介は、感動した様な表情を引っ込め、能面のような無表情になった。これは怒りすら通り越した激怒の顔である。
「お前。自分が散々不貞をしておいて、俺にそんな疑いかけてたのか」
「い、いいい、いやその、とらちんの身が心配っていうなら同じ事……」
「な、訳ねーだろ。ちょっとこっち来い」
「う、う、うわあああああっ!」
 逃げようとした山中だったが、時すでに遅かった。襟足をがっし、と掴んだ虎之介は、そのままずるずると、茂みの更に奥へと入って行く。やがて、「すいませんすいませんごめんなさい!もうしませ……ぐへぁっ!」という山中の声が聴こえて来た。
「美味いかー? もっと食べろよ」
 しかしそんな事は、母猫に餌を与えている吉田にも、食事中の猫達にも関係の無い事だ。


 そんな訳で、最初から疑う方が可笑しかった虎之介の浮気疑惑だが、ただ猫の世話をしていたという結末に終わった。本当に、疑う方がどうかしているのだが。
 真相だけ告げおけば、かけられた疑惑の数々も正しく解釈してくれるだろう。井上は察しが良いし、それに佐藤も。事情を話したのだから、それなりの顛末は伝えておくべきだ。吉田は、2人にメールを送った。
 しかし、吉田は考えてしまう。山中との下校を拒否したのは、猫の世話をしている自分を笑われたくなかった為。山中に嘲笑されるのを、虎之介は恐れていたのだ。それはやっぱり――山中が好きだから、だろう。好きでも何でも無い相手は、勝手に言わせておけばいいのだから。
 こんな臆病な虎之介を、吉田は知らない。山中は勿論本気だけど、虎之介も本気、という事か……
 ふぅ、と吉田は吐息ともつかない息を吐きだした。本当に、山中さえしっかりしてくれたらいいのに。
 相手の悪い所を知った上での事なのだ。別れされるにしても、それはかなりの骨だろう。
 まあ、悪い所を存分に見せられても、気持ちが変わらないと言う点では、自分も同類だろう。
 そう思った時、佐藤からの返信メールが来た。内容は、真相が大した事無くて、吉田がトラブルに巻き込まれないで良かった、というものだった。こんな風に気遣われて、何だかくすぐったくて、口元が緩んでしまう。
 それでもそれは、決して嫌なものではなくて。虎之介もこの感じを知ってると良いなぁ、と同じ恋する者同士、吉田はそう思うのだった。

最も当面は、していない浮気を疑われて、それどころじゃないかもしれないけども。



<END>