吉田達が通学路として使っている駅前の商店街では、夏を銘打ってセールを行っている。商店街全土を上げての催しで、一定金額を満たしたレシートを持ってこれば、福引が出来ると言う。
 この日、佐藤は商店街の本屋でDVDを購入した。それは十分福引が出来る金額となった。
「吉田、引く?」
「佐藤がやりなよ。佐藤が買ったものだし」
 なんて言いながら、抽選会場へと赴く。紅白の垂れ幕で覆われた、商店街の一角がその会場だ。執行役の人達は、ハッピとはちまきに、他には首にタオルのようなものを巻いている。どうやら、保冷材でも入っているようだ。自分の父親と同じくらいの年頃の人ばかりで、吉田がちょっと安堵してしまう。最も、こういう場所に見た目あでやかな妙齢な女性は居ないと思うけども。
 賞品の一覧が、看板として掲げてある。一等は、オーストラリア旅行だ。商店街の活性化の為に頑張ったな、とか吉田は思った。2位以下は主に大型家電が当てられている。
 参加賞はポケットティッシュ…ではなく、缶ジュースだ。確かに、ポケットティッシュを貰うより、缶ジュースの方が貰って嬉しい。これも、参加者を集める為の手立てだろうか。ブービー賞には洗剤セットとなっている。あれを持って行ったら、母親は喜ぶだろうか、と一瞬母親の顔を浮かべた吉田だが、引くのは佐藤であるのを思い出して、早々にそんな思いは打ち消した。
 商店街の努力が実ってか、抽選を待つ行列はそこそこ長い。吉田達が並んでいる間にも、後ろが次々と足されていった。
 そして、佐藤の番。俗称「ガラガラ」と呼ばれて通る色つきの玉を吐きだす装置の取っ手を握る。そして、ゆっくり回す。吉田は、何となくその手つきを息を飲むように見つめてしまう。
 ころん、と転がり落ちる玉の色は――
「おめでとうございます〜!!」
 がらんがらん、とまるで鐘のような音が、辺りに響いた。


「6等、かき氷機か……」
 佐藤は手に持っている物、そして自分がさっき当てたものを呟いていた。6等でもあんなに鳴らしてくれたのだから、気前が良いというか。
「吉田、要る?」
「ううん、ウチにはもうあるから」
 ならば、自分が引き取るしかないのだろう。まあ、置く場所に困って吉田に言った訳でも無いから、その辺りはいいのだが。
「密かに一等狙ってたんだけどな〜。ペア旅行だったし」
「え〜。でも、ああいうのって未成年だけでもいいのか?」
 吉田にしてみれば、中々の意見だ。
「あれっ、吉田。自分が誘われると思ってるの?」
 意地悪く片眉を上げて言う佐藤。吉田は思いっきり慌てふためいた。
「ええええっ!ち、違うの!!?」
「ううん。合ってるv」
「〜〜〜〜っ、からかうなーッ!!!」
 吉田が色んな意味で顔を赤らめて怒る。
「ごめんって。あ、じゃあ、これから家でかき氷しようか」
 プンプンと怒っていた吉田だが、かき氷の一言でころりとその怒りを鎮ませた。まあ、その程度の怒りだったという事だろう。
「えっ、いいの?」
「うん」
 佐藤は頷く。
 賞品はかき氷機だけども、付随してイチゴのシロップも手渡されたのだ。後は氷さえあればいい。
 わぁ〜、と吉田は感激の声の様なものを洩らす。
「今年、まだかき氷食ってなかったしな!」
「そうかそうか。吉田の初めてかv」
「………なんで、そういう言い方すんの」
「さあ?」
 吉田から若干白い目で見られながらも、2人は揃って同じ道を進んだ。


 佐藤の貰ったかき氷機だが、どっかの店の奥で埃を被っていた在庫処分などではなく、最新のものであった。全体のフォルムは卵型で、器を入れるペースが楕円状にぽっかり空いている。
 箱から取り出し、その全貌を拝んだ吉田は「へぇ〜」と感心したような声を発した。
「最近のかき氷機って、格好いいんだな。ウチのあるの、ペンギンの形してるよ」
「その方が可愛くていいじゃん」
 佐藤は想像する。夏の日に、ペンギンのかき氷を回す吉田――思うだけで、顔がにやつく程可愛いものだ。
 このかき氷機は、取ってで回すものではなく、スイッチで稼働するタイプだ。そこにも、吉田はまた「すげー!」と感心していた。いちいち可愛い反応である。
「それじゃ、早速――」
 かき氷を入れるのに相応しい、手頃なガラス器があったのは幸いだ。それを設置して、スイッチを押す。やがて、シャリシャリ、ショリショリ、という音と共に細かくなった雪の様な氷が舞い落ちる。わあ!と吉田の声が上がった。
「そうだ。氷にアイス乗っけてやろうか」
 そして佐藤は立ち上がり、冷凍庫からアイスを取り出す。部屋に戻ると、出る前と同じ状態で吉田が居た。かき氷機の前で、微動もせず氷の落ちる様を眺めている。あっ、と吉田が小さい声を上げた。どうやら、終わったらしい。
 イチゴのシロップをかけて、その上にポンと掬いあげたアイスを乗せる。
「うわぁ、豪華だな!!」
 スプーンを持ち、すでに食べる準備を整えた吉田が言った。アイスを添えただけなのに、この感激ぷりだ。他の一般な高校生も、こんな反応をするのだろうか。生憎、一般とは言えない佐藤には解らない事だ。
「うん、美味しい!」
 今年初のかき氷は、吉田にとって満足行くもののようだ。それは良かった、と佐藤も笑みを浮かべる。
 しかし、まるで丼物でもかき込むような吉田の食べっぷりに、ちょっと心配が湧き起こる。そんなにバクバクと食べたら――
 佐藤の抱いた危惧が実現したのは、うっ、とスプーンを止めた吉田の顔で解った。
「つ〜〜〜っ、頭痛い〜!!」
 痛みを紛らわせたいのか、痛みを感じる側頭部をとんとんと叩く。吉田がそうしている間に、佐藤は再びキッチンに行き、ポットからお湯を持って現れた。
「全く、そんなガツガツと食べるものじゃないだろ」
 半分呆れたように、しかし残りは微笑を浮かべて、佐藤は白湯の入ったカップを差し出す。冷たいものの食べ過ぎて痛くなった頭は、熱いものを取ればすぐに収まるのである。時々、人体の作りが単純だと思える事だ。
 ポットから直接出したままでは熱くてまだ口が付けられないので、適度に水をさしておいた。それでも、吉田はちょっと息を吹きかけてから、そっと口を付ける。
「………ん、治った」
 ほ、と溜息を洩らす。
「もっと落ちついて食べればいいだろ。かき氷は逃げないんだし」
「でも、溶けるじゃん」
 溶けたかき氷なんて、ただの色のついた甘い水である。当然だけども。
「だったら、おかわり作ってやるから」
「ホント?」
「うん」
 佐藤の返事を受け、吉田は今度はゆっくり、味わって食べる。いちごシロップの甘さに、バニラアイスの濃厚さが加わる。日本の夏!という感じだ。
「佐藤は? 食べないの?」
「俺はいいよ。作る方が面白いし」
「そっか」
 佐藤の良く解らない理屈に、しかし吉田は納得してしまった。自分は食べる係、とでも決めたのだろう。
「おかわり!」
「はいはい」
 作ると言っても、ボタンを押すだけだが。
 嬉しそうにかき氷を頬張る吉田を、にこにこと楽しそうに眺める佐藤だったがその時間も長くは出来ない。佐藤がストップをかけたのは、3杯目を食べた吉田が、それでも「おかわり!」と皿を出した時だ。
「もうダメ。お腹壊すよ」
「え〜〜〜。平気だってば!母ちゃんみたいな事言うなよ」
 唇を尖らす吉田。絆されそうになるが、ぐっと堪える。ここで妥協して辛い目に遭うのは、吉田なのだから。
「っていうか、氷がもう無い」
「へ? なんだよ。だったら先にそれを言えなよな」
 それで諦めるかと思ったが、しかし吉田は何か閃いたように表情を輝かせた。
「なあ、アイスはまだあるだろ? そっち頂戴!」
「ダーメ。氷がダメだって言ってんのに、アイスあげる訳ないだろ」
「え〜〜〜。なぁ、もうちょっとだけ。なっ?」
 上目遣いで佐藤に言い寄る吉田。佐藤にはかなり効果的だ。少し、グラッとなった。
「ダメったらダメ」
 しかしそこは、自制心の強い佐藤だ。強過ぎて、たまに拗れるけども。
「む〜……ケチ」
 ふぃっと顔を逸らした佐藤に、これ以上強請っても無理だと悟ったか、吉田も引き下がる。
 それでも未練があったか、最後にぽつり、とだけ零した。
「じゃあ、食器洗おうな……って、わあ!」
 後片付けをしようと、立ち上がりかけた吉田を、佐藤が引き留める。少し崩れた態勢で腰を降ろした吉田の目の前には、佐藤の顔があった。う、と吉田に嫌な予感が過ぎる。
「佐藤、なに、……ン――――!!」
 まさに有無を言わさず、佐藤が唇を合わせて来た。ぴったりと密着した唇の感触に、吉田の頭の中が真っ白になる。
「……やっぱり、口の中冷たいな」
 ちょっとだけ唇を話した佐藤が言う。微かな振動が、背筋をゾクゾクさせる。
「冷たくて、気持ち良い」
「う、う………んっ」
 熱っぽく囁かれて、吉田の口は機能を忘れたように回らない。そうしている内に、またキスされてしまった。
 たっぷり何秒、いや、短分だったか。佐藤にたっぷり口付けをされて、かき氷を食べていた吉田の口内も、すっかり熱く、だるくなった。
 キスが終わった後、ふにゃふにゃになった吉田は、大人しく佐藤に身を預けていた。
「な、なんなんだよ、もう……」
 こんなへとへとになるまで、キスをして。嫌じゃないけど、事前に言って欲しいというか、心の準備が欲しいというか。
「んー? いや、キスをすればかき氷食べたいの、紛れさす事が出来るかなーって」
 善意だよ、と佐藤はいけしゃあしゃあと言うのだった。全くこいつは、と吉田は顔を顰める。
 佐藤の手が、吉田の髪を撫でる。それは、心地よいものだ。
 再び、佐藤と視線があった。無言だったけども、その双眸は「いい?」と尋ねているようで。
 吉田も、目を伏せる事でそれに答えた。


 なんだかんだで、暑くなってしまった吉田に、佐藤は最後に1つだけ、アイスを振舞ってやった。
 とりあえず、吉田は腹痛にはなっていない。
 かき氷は、砂糖水で作った氷で作ると、ふわふわな氷が出来ると聞いた事がある。
 次に吉田が来た時、それをやってみよう。当面は、これをダシに部屋に連れ込みそうだ。
 それはあるいは、2人きりで海外旅行に出かけるより、佐藤にとっては余程実のある事だった。




<END>