その日の佐藤と吉田の休日は、外でランチを済まし、帰り道がてらDVDを借りて後は部屋でそれをだらだら見る計画だ。
 借りて来た作品は洋画で、吉田の希望にて吹き替えで観賞している。佐藤だけだったら、字幕も無しにそのまま見れるのだろうな、と吉田は映画を見ながらもそんな事を思った。
 画面の中では、主人公が異性の友達に軽いキスとハグをしていた。
「キスを挨拶でしちゃうって、どんな感じなんだろうな。俺、全然わかんない」
 それを見て、ソファの上で膝を抱えた吉田が言う。 
 場面はすでに切り替わっているが、佐藤は吉田の指している事が解った。
 吉田にとって、例えする場所が口同士ではなくても、頬に軽くだとしても、キスはキスなのだ。意固地というか、初心というか。いかにも吉田らしくて、少し微笑ましいけども。
「まあ、生まれた時からそんな風習がある所で暮らしたら、疑問にも思わないんじゃないか」
 佐藤がそう言うが、吉田はそうかな、と中々首を縦に振らない。
 ちょっと言うべきかを考えた後のように、少し間をあけた後、吉田はぽつり、と言葉を零した。
「……佐藤も、挨拶でしたりとかした?」
 やや頬を染め、吉田が言う。なるほど、拘っていたのはその辺りだったみたいだ。ほんの少し前まで、佐藤はその慣習が当たり前の環境で暮らしていたのだから。とは言え、多少特殊な環境だったのだけども。
「いや、してないよ」
「ホントに?」
「ホント、ホント」
 不安を抱いているように、心許なく見上げる吉田は、佐藤の胸にダイレクトに来る。いっそこのまま、押し倒してやりたい程だ。
「でも、向こうはしてくるんじゃないの」
「そこはまぁ……適当に」
「適当に、って何だよ。適当にって」
 返答からして適当な佐藤の態度に、吉田も眦をややキツくして、言う。
「だって、した所であくまで挨拶だし」
 浮気の範疇にすら含まれない、と佐藤は言いたい。だが、しかし。
「……挨拶じゃないのもした事あるくせに」
「………………」
 吉田の割には、鋭角的に突きささる突っ込みだった。この話題は、初めて上った時不完全燃焼で終わったので、未だ燻り続けている感がある。むしろ不発弾のように、爆発を恐れながら抱え込んでいる。
「……あれは……それこそ、したくてした訳でも無いっていうか……」
 佐藤の方こそ、余程膝を抱えたい。実際、そんな風にして座っているのは吉田だけども。
「こんな今になるなんて、思っても無かったし」
 まるで独白のように、佐藤は言った。
 あの時の佐藤には、吉田は居なかった。より正確に言うなら、心に住み着いた吉田を無いものとしたくて、必死に目を逸らしていたのだ。そこまで深く根付いた相手を、完全に意識から消し去るなんて出来る筈もないだろうに、あの頃の自分は今に拍車をかけて愚かだった。身体を繋げる事の意味も、真意も、何一つ解ってなかった。だからこそ、早々に飽きてしまったのだろうが。
 不貞腐れている態度を取っている自覚がある。近くに吉田が居ると言うのに、取り繕う事もままならない。
 吉田の、視線を感じる。
「………………」
「………。何だよ」
「今は、してないよな?」
 まさかの嫌疑に、佐藤もぎょっとなって吉田の方を向き直る。当たり前だろ、と狼狽混じりの佐藤の言葉を聞いた吉田は、満足そうというか、晴々とした表情になった。
「なら、いいか」
 あまりにあっさりとしたその態度に、思わず佐藤が「それでいいのか」と蒸し返しそうになった。ここまで潔く引き下がれると、逆にその純真さが不安になる。人が獰猛な獣より、何より恐ろしいものだという意識が、佐藤にはある。
 でも、学力はさっぱりだけど、勘が働く事も少なくない吉田の事だ。修正のきかない過ぎた過去の事を責めるのは、不毛で意味の無い事だ、と早々に切り上げたのだと思う。
 しかし無意味だとしても、感情的に割り切れるものでも無いだろうし、またいつか、今の様なふとした時にちょっとした火種も落としていくのだろう。火種の割には、熱くはならないでむしろ血の気が引く寒さを齎すが。
 すっかり気を持ち直したような吉田に対し、佐藤はなんだかもやもやしたままだ。
 これではフェアでは無い、と佐藤は一計を案じる。
 何、とても簡単な事で、吉田を抱き寄せてその髪に軽くキスしてやればいい。
 それだけで吉田は真っ赤になって、いきなり何すんだ!と激昂するだろう。そうして、その意識の中を佐藤で一杯にする。
 見たいと思って借りて来たDVDなのに、内容があまり頭に入らなかったのは、それは2人ともの事だった。



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*短めですぱっとまとめてみました*^^*