高校から大学へと進学し、佐藤は高校生活の中盤辺りから本格的に練り上げていた、吉田との同棲を無事に果たす事が出来た。そしてついでに、なし崩し的に同じベットで寝起きを共にする事も。最初はこの事に吉田もブーブー文句言いながら口を尖らせていたが、結局は寝心地の良い佐藤のベッドの誘惑に負けた……と思わせて、吉田も佐藤と同じく好きな人の温もりを感じながら眠りたいのだ。まだ小さい頃、両親と並んで寝た時とは全く違う、蕩けそうな心地よさに。
 何だかんだで小中の延長みたいであった高校とは全く違う、大学の授業もどうにか慣れ、佐藤との生活にも「普段」を見出して来た頃の事だ。夕飯の場面で、吉田は意を決したように吉田は佐藤言う。
「俺、とらちんに告白しようと思うんだ」
「―――――――」
 佐藤、完全停止。
「俺と佐藤が付き合ってるって事」
 そういう意味での告白か!!!!と佐藤の機能が無事に復活した。
 そりゃ確かに、告白とは秘密全般を打ち明ける行為を指すもので、特に恋慕に限ったものではないが、全く紛らわしいな、と内心の冷や汗を拭いつつ佐藤は胸の内で呟く。
「やっぱりさ、俺はとらちんと山中の事知ってるのに、佐藤との事を隠したまんまなのはあんまり良くない気がするし」
 吉田は言う。しかしそうは言うが、山中との事は向こうが勝手に話して来ただけの事であって、相互の責任を持つ事も無いと思うが、その辺り吉田の人の良さが滲み出てると言うか。
「……って、事で、とらちんに話しても良いかな。俺達の事……」
 ねだる時の上目遣いは、どうしてこうそそるものがあるのかな、なんて思いながら佐藤は吉田の問いかけにしっかり頷く。
「勿論、いいよ。むしろ俺としては吉田の両親にも伝えたいんだけどな〜♪」
「う……そ、それは〜………」
 今度は吉田が冷や汗をかくように、うろたえて言葉を詰まらす。そんな吉田の表情を、佐藤は「可愛いv」と観賞する。
 しかし。
「それは……もう少し、後で」
 打明ける意思がある台詞に、佐藤は呆けた顔になって真っ赤になり、吉田にそれを揶揄される羽目になった。


 善は急げという訳でもないが、早速次の休みの日に、虎之介を自分達の部屋に招く事にした。
 地味に気になったのは山中の存在だが……何と言うか、佐藤の部屋(吉田も居るけど)と完全アウェイに誘う前に怯えきって、訪れる所では無かった。まあ、別に居ても居なくてもどうでもいいけども。
 高橋は、かつて吉田の家に訪れた時の様に、スナック菓子を適当に見繕って部屋にやって来た。あまりにも普段調子に、これから割ととんでもない事を打ち明けられるとは微塵も思ってないんだろうな、と虎之介を見て吉田は思う。そもそも本来の目的を伝えて居ないから、その態度は当然だけども。
 まずは、近況報告から。互いに新生活が始まり、話したい事は山ほどある。佐藤とは同じ大学に通える事になったけど、高橋は違う大学だ。寮に入って生活を送っている。
 2人での生活スタイルがどういうものか、虎之介は割と関心を持ってよく聞いて来た。もしかして山中と一緒に暮らすつもりではないか、と一抹の不安とも言えないような考えが過ぎる。
「……あのさ、とらちん」
 話していた話題がひと段落したと決め、吉田はそろそろと切り出した。何だ?と虎之介は聞く体制を取る。
「俺ね……その、好きな人っていうか……つ、付き合ってる人が……居たりするんだ」
 極限まで顔を真っ赤に染め上げ、指をもじもじしながら言う。何でこれが自分に向けてのものじゃないんだ!と佐藤はこの状況をいっそ恨めしく思う。
「えっ。マジで?」
 ただ吃驚するだけの虎之介に、吉田はやや後ろめたく感じる。驚くのはこれからだからだ。
「それでね、男でね……それで………その………」
 吉田から、まるで湯気でも立ち昇りそうだ。
 余程佐藤は、吉田と付き合ってるのは自分だと言ってやりたいが、その前に吉田の方から自分で言うから、と言われてしまい、その手段は封じられてしまっている。
 中々言い出せない吉田だけど、佐藤は知っている。そんな吉田だから、言うべき時は言ってくれるのだ。
「その……相手ってのが〜……横に居る、佐藤、だったりする………」
「えっ」
 相手が男だと言われた時は、微かに眉を上げただけの虎之介だったが、その相手がまさか自分も知る人物だと思って無かったのか、声を発する反応をした。
 マジで?と、虎之介の顔がここ一番最も驚愕したものになる。
「……ごめん………中々言い出せなくて」
「え、あ、いや、」
 虎之介は、呆けた態度の自分を自覚してか、頭をかいて取り繕った。
「だって、ずっと隠したままだった訳だし……」
「そりゃ、確かに驚いたけどよ。言い出しにくい事は解ってるし。ヨシヨシだって俺の気持ち解るって言ってくれたじゃん。それと同じだよ。
 ――まあ、周りが全員知ってて俺だけ後回しってのだったら、ちょっとは不貞腐れるかもしれないけどな」
「そんな事無い!とらちんに言うのが一番最初だし!!」
 テーブルから身を乗り出す勢いで吉田が言う。それを笑って受け止める虎之介。
 傍観者に徹している佐藤は、何となくその光景を面白くなく見つめる。
「そういや、この事知ってるのって他にも居るのか?」
「ん〜、他にもちらほら……でも、こうして自分から言うのは、とらちんが最初だよ」
「そっか」
 最初、という単語に虎之介が気を良くしたように見えるのは、嫉妬の見せる技だろうか。佐藤は思う。
 吉田はようやっと胸のつかえが取れたように、ほっと胸を撫で下ろす。そんな吉田を、佐藤が労うように優しく見つめる。その視線に気づいた吉田は、佐藤を見上げ、そっとはにかんだように笑って見せた。虎之介に向けたのとは明らかに別種の笑みだ。佐藤の心が解れる。
「あっ、って事は、もしかして高校の時の西田とのやり取りって、マジであのままだったんか?」
 ふと思い出し、虎之介は言う。佐藤の台詞が全部本当なら、付随するように西田の台詞もまた本音だと言う事になる筈だと。
「う、うん。実はそう」
 その頃を思い出してか、若干引き攣って吉田は頷く。西田の、吉田への懸想は未だ健在だった。どうしようもない問題かもしれないが、どうにかしてくれ、と吉田は願わずには居られない。
「そっか〜。それじゃ、コントの練習だなんて言って悪かったな」
「あの場合じゃ仕方ないって。それに、その時はそう思ってもらってた方が良かったって言えばそうだし……」
 あの混沌とした場に、更に虎之介が加わったとなるとまたややこしくなりそうだ。そうなった時を思って、吉田はちょっと笑う。
 そこから、話しは高校時代にの事に戻り、思い出話に花を咲かせた。
 と、その時、誰かの携帯の着信音が。
「……げっ、母ちゃんだ」
 顔を顰めてそう言ったのは、吉田だった。母親からの電話というだけで、嫌な予感しかしない。
「うーん、ごめん。ちょっと電話に出る」
 そう言って吉田は部屋を後にし、廊下に出た。室内に複数人が居る時、1人が通話したら他の人の会話の邪魔になるから席は外すのが筋だろうが、しかしこの場合は。残された2人はとても会話が弾む間柄では無い――と、いうか吉田という媒介無しにはそもそも知りえなかった相手だ。
 無論そんな状態でも、友好的な関係は築けるだろうけども。
 しかし佐藤は感じ取っていた。吉田と付き合っていると言う事実が判明した後から、虎之介から受ける薄っすらとした警戒心にも近い張り詰めた空気を。吉田にでは無く、確実に自分にだけ向けている。
「……………」
「……………」
 見事に無言だ。しかし、これを払拭させようという努力が微塵も感じられない辺り、虎之介への認識はそうなのだろう。
 そしてそれは、向こうにとっても同じ事。
「…………。ヨシヨシと付き合ってるって、何時からだ?」
 沈黙に耐えかねた――というでもなく、虎之介は淡々とした口調で佐藤へと言った。
 まあ、相手が高校の同窓なのだ。その辺りは特に気になるだろう。
「割と初めの頃から。ほぼ3年だな」
「……へー」
 吉田には決して向けなかった、探るような目。元からの凶相もあって、かなり極悪に仕上がっている。そこから目をそらさずに居られるのは、中学の頃のの鍛錬の賜物だろう。それと佐藤の性格。
「そういや、1年の時、お前の独占権だとかで女子が騒いでた時があったよな」
「そうだな」
「それ、ヨシヨシも知ってたんか?」
「まあな」
「ふーん」
「…………………」
 なるほど、と佐藤は虎之介が自分に向けるものへの正体を掴んだ様な気がした。
 つまりは、吉田と付き合っていたにも関わらず、女子に絶大な人気を誇り、それを撤回させる事もしなかった佐藤の態度が気にくわないのだ。虎之介は。
 事実、その事で吉田は度たび患っていた訳だから、虎之介の怒りももっともだと言えなくもないだろうけども。
「……なんだよ、さっきから。言いたい事があるならそのまま言えよ」
 反撃の様に、佐藤が言う。勿論、それを受けて立つ虎之介だ。
「たまに、ヨシヨシの調子が何だか可笑しいなって思う時があったなって思い出したんだよ。
 それって全部、お前が女子に良い顔ばっかりしてるのが原因だったんだな」
「余計なお世話だよ。こっちの都合も知らない癖に。
 大体な、対策しようにも、俺は別にモテようと思って振舞ってないからどうしようもないんだよ。お前の山中とは違ってな」
「んなっ………なんでここで山中が出て来るんだよ!!!」
 顔を赤くした虎之介が、椅子を蹴りあげるように立ちあがった。その反応に、佐藤は気を良くしたように口の端を上げた。
「どうせ山中の事だから、今も性懲りもなく女に声掛けてんだろ。それに腹が立つのは解るけど、俺に八つ当たりするのは止めろよな。見苦しい」
「八つ当たりって……!そうだ、高校の時、お前わざと女子の前でヨシヨシに抱きついたりしてただろうが!あれはどうなんだよ!思いっきり自分の意思で女子煽ってたじゃねーか!そのせいでヨシヨシ、睨まれて……!!」
「あれは……」
「まさか高校にもなって好きな子を苛めたいとか、ンな子供じみた考えでやってた訳じゃねえよなー?」
「………………」
 今のはそうだと解っていてわざと言ったな。見下ろすように言い(何せ虎之介は立ちあがっているし)せせら笑うような表情が物語っている。
「……人の関係に口を挟むなよ」
「最初に言って来たのはお前だろ」
「………………」
「………………」
 気まずい、といよりは険悪な空気が2人を纏う。
「――なんだよ!結局父ちゃんとの惚気じゃねえかよ!
 ごめん、2人とも長く話してて〜」
 一触即発か、という寸前、吉田がひょっこりと舞い戻って来た。
「おう、ヨシヨシ」
「吉田、おかえり」
 2人とも、それまでとは打って変わった笑顔で吉田を快く出迎えたという。


 思えば虎之介の事は、存在を知っていた時点であまり良い印象は持たなかったと思う。何せ、中学ずっと一緒のクラスなのだ。これを妬まずにはいられようか。
 すでに虎之介は帰宅したものの、さっきのやり取りを思い出しては佐藤はなんだか憤懣やるたかない気持ちを抱く。
「今日は良かったなー。とらちんにちゃんと言えて!」
 しかしそんな佐藤とは裏腹に、吉田は実に清々しい笑顔を浮かべている。いかにもすっきりした、という感じだ。ふーん、そう、と佐藤はやる気のない返事をするが、それも気にならないくらい。
「なあ、途中で俺が電話した時、とらちんと何話してた?」
「んー……別に。大した事は何も」
 素っ気なく佐藤は言う。そっか、と真実を知らない吉田は疑う事もない。2人の間に直接の繋がりが無いのは勿論吉田も知る所だし。
「とらちんはさ、顔は怖いけど、昔から面倒見がよくて凄く優しいんだ」
 自分にはとてもそうじゃなかったけどな、と佐藤はひっそりと突っ込む。
「それに中学の時から一緒だし、多分俺の事も良く解ってると思うし……」
 そこで吉田は、改めて佐藤と向き合うようにして、言った。
「だからさ、俺の事で悩んだら、とらちんに相談すると良いよ」
「……………」
「高校も卒業したけど、やっぱり付き合うっての慣れないって言うか、上手にやれないっていうか、そのせいで佐藤に変な誤解とか心配とか、かけちゃうかもしれないし」
 きっと一緒に考えてくれるよ、と吉田は言う。
 そういえば、と佐藤は自分の身の回りを思う。
(高橋に打明けたのって、俺の相談相手にする為か?)
 まあ、互いに決して良い感情を持てないとは言え、確かに吉田を良く知る人物であるのは事実だ。相談役としては打ってつけだろう。丁度、吉田にとっての艶子の様に。
 さっきから吉田がにこやかなのは、打明けてすっきりしたからだと思ったが、ひょっとして佐藤の相談相手が作れた事に喜んでいるのだろうか。
「…………」
「? 佐藤?」
 じぃ、と見つめるまなざしに気付いて、吉田が怪訝そうに顔を傾ける。
 その角度が丁度良いと、佐藤は不意打ちの様にさっと唇を重ねた。
「なっ!なななな、何するんだよ!!!」
「え、キスして欲しかったんじゃないの?」
 しれっと言う佐藤に、吉田は顔を真っ赤にして憤慨する。最も、顔が赤いのは怒りのせいかは定かではないが。
「全くもー!……あっ!関係バラしたからって、とらちんの前でもこんな事すんなよ!?」
「しないよ。絶対」
「ホントか!?」
 本当本当、と不自然な程に真顔で頷く佐藤に、若干の不審を抱きつつも、それ以上の追究はしない吉田だった。




<END>