*前からの続きです〜


 寝ている姿勢としてかなり不自然だ、と吉田は眠りの中でも思っていた。
 しかし、それ以上に心地よい温もりに包まれていた為、誰かが声を掛けない限りは、決して自分から目を覚ませなかっただろう。
「……吉田。吉田、起きて。開店だって」
「ん〜……んぅ…………はッ!!!開店!!!?」
 ”開店”という単語に、吉田はようやく、今の自分がどういう状況下にあるのを知った。いや、思い出した。
 予約不可のゲームソフトを入手すべく、前日から店頭の前にて列を並べていたのだ。徹夜で――佐藤と連れだって。
 寝る前、夜の闇に支配されていた街中は、今は爽やかな陽の光で満たされていた。目を瞑る前と後とのその切り代わりに、同じ街とはちょっと思えないくらいだ。
「か、開店……開店……あれッ!? 俺、あれから佐藤と交代したっけ?」
 昨日……いや、もう日付では今日だったけども、寝る前の吉田は、途中で変わるから起こしてくれ、と佐藤に言付かった筈だ。しかし、今までに起きた覚えも起こされた覚えもない。
「ああ。吉田がぐっすり寝てるから、そのままにしておいた」
 朝日とは言い過ぎだが、午前中の清廉な空気の中、佐藤はとても爽やかに言う。その笑顔に「うっ」と顔を赤らめた吉田だけども、言いたい事は言う。
「でも、起こしてって俺言ったのに……佐藤は付き添いなのに」
 佐藤の動機は吉田と一緒に居たいというもので、ゲームを買う事は目的では無い。本来、こんな路上での寝泊まりする事もなく、彼の部屋のあの寝心地の良いベッドで横に慣れた筈なのだ。それに加え、夜を徹して過ごす為の道具や準備も、結局佐藤が揃えてくれたというのに。
「いや、まあ、それなりに楽しめたし。昨日も言ったけど、こういう事が無ければ出来ない経験だしな」
 あまりの自分の無能さに、吉田はちょっと凹んだりもしたが、その反対に佐藤はどこまでも、明け透けににこやかな笑みを浮かべている。これだけ解り易く浮かれている佐藤もちょっと珍しいな、と吉田もちょっと気になったものの、並ぶ事も徹夜も、佐藤にとって負担でも苦でもなかったのは確かなようで、そこに甘えてはいけないと思いつつ、ちょっと安堵した。
「あれ? まだ、早いじゃん」
 携帯の時刻表示を見て、吉田は言う。
 並んでいた店の従業員が、列に並んでいる人達に店内へ進むよう声をかける。そして吉田は、この時時刻が本来の開店時間より30分程早い事に気付いたのだった。
「ああ、列がそれなりになったから、早めに開けるんだって。それと、商品の数以上の人は帰って貰っていた」
 ぐっすりと眠っていた吉田とは違い、一部始終を見ていた佐藤は代わりに説明する。
 吉田達が居座った後、後ろにまた新たに人が並んだが、夜を徹したのはその人までで、あとは早朝からぞろぞろと集まって来たらしい。その大半が、数に届かず帰っていったらしい。覚悟が違うんだよ、覚悟が!と、吉田は早朝組みに対し、無駄に勝ち誇った気分になった。
 そういう事なら、つまり今並んでいる人達は入手確実と言う事だ。勿論、佐藤も。
「あー!楽しみ!!」
 ゲームソフトが販売されている箇所に向かう最中、吉田は興奮を隠しきれない笑みを持って、佐藤にずっと話しかけていた。佐藤はそれを、頷きながら吉田の喜びが伝染したかのように微笑んで居る。それを見て、吉田もますます顔を綻ばせるのだった。幸せそうに。


 それから数分後。吉田は求めて止まなかったソフトを手中に収めていた。心なしか、吉田の目がキラキラしている。
「うっわー!凄い!本当に変えたんだ!!」
「夢じゃないって、実感させてやろうか?」
「………いらない」
 絶対ほっぺた抓る気だ、と吉田は佐藤からやや距離を置いた。警戒心露わの吉田を、佐藤は楽しそうな笑みで眺める。
 ビニールでパックされたソフトを、吉田はソワソワした面持ちで眺める。今すぐにでもプレイしたいのだろうというのが、とても解り易く現れている。
「なあ」
 と、吉田は佐藤に向き直る。
「今から、牧村呼んでも良い?」
 てっきりゲームしても良い?みたいな台詞かと思ってみれば、やや変化球で来た。結局は、プレイしたいという願いなのだが。
 そのソフトは現在吉田が保持している携帯ゲーム機で出来るものだ。だから、今すぐプレイ出来るし、その場にこのソフトを同じく渇望していた牧村も呼んで見せてやりたい、という気持ちは解る。
「別にいいけど」
 佐藤が裏も無く、あっさり承諾してみると、吉田はほっとした顔をしていた。何故そこまで気にするかが、佐藤にはやや不明だ。別に、佐藤と牧村は顔も会わせたくないという不仲ではないのに。佐藤にとってそんな相手は西田か山中だ。
「そっか、良かった。後で2人きりが良かったって恨まれるかと思った」
 そこまで心は狭くないぞ……と言いかけたが、説得力に欠けるのに気付いた。絵のモデルを依頼されただけで呪いを発動させる男だ。佐藤は。
 しかしながら、こんな場面で人を呼ぶのを躊躇させる程だとしたら、今後は自重しようか……などと佐藤が今後について考えていると、それとは別の所でふっと浮かんだ事があった。
「……もしかして、今、デート中?」
「えっ、」
 吉田は小さく声を上げ、それに見合う驚きの顔をした後、「べ、ベ、別にそんな事思ってないし……」とごにょごにょと可愛らしい言い訳をしていた。
 吉田の中で、2人きりで出掛ける事はデートらしい。しかし今回は出掛けるとは形容し辛いもので、吉田も佐藤がどう思っているか解らず、もしかしてデートのつもりなのかも、と思っていたのならさっきの確認は頷ける。
 そうして佐藤が気付いたのは、恋人の付き合いは吉田は自分とが初めてという事。経験の無さの為定義も決められず、手探りで右往左往している可愛い吉田。これから先、別の相手を選んだとしても、この可愛い吉田を知っているのは自分だけ。あまり健全とは言い難い歓びに、佐藤はひっそりと微笑んだ。
 ――しかしその後。牧村が来た時。
 ゲームの内容に大いに盛り上がる2人に話題的に入って行けず、快諾したのは間違いだったかもしれないと、早々に嫉妬の炎を上げた佐藤だった。


「ただいまー」
 吉田が帰ったのは、その日の夕食を終えた後だった。24時間以上戻って無かった我が家である。感慨深い……とまでは行かないけど。
「んー。おかえんなさい。ゲーム買えた?」
 1人晩酌しつつ、母親が出迎える。父親は例によって出張だった。今度の週末は家に居るといいなぁ、と何だかんだで仲睦まじい夫婦を思ってみる。
「買えた買えた!もうバッチリ!!!」
 買えなかった人も居るんだからな!と吉田は今更徹夜で並ぶ事の必要性を謳った。
 母親も、最初は良い顔しなかったが、一度承諾した後だからか反対の声を蒸し返したりはしない。買えて良かったわね、と労っても見せた。
 買ったソフトはRPGだ。先は長い。ゲーム機を充電する傍ら、ちょっと小休止。母親の真向かいに腰を降ろし、惰性のように茶の間に流れているテレビを見てみる。見ていたのはニュースバラエティーとでも括ればいいのか、アナウンサーではなく芸能人や芸人が最近の時事ネタを紹介していくものだった。そして内容は、吉田に関わるものへと切り替わった。
「あら、このゲーム、あんたが買ったヤツじゃない?」
「あ、ホントだ」
 さすがに予約が受け付けられない程、事前での人気が沸騰しただけあり、ゴールデンタイムを飾る話題として取り上げられていた。そして、その人気を視覚的に訴える画像として、夜から並ぶ人の映像を流す。中には吉田が並んだ所以上の列を成している店もあって、改めて吉田は驚いた。そう言えば、購入店を打ち合わせに来た、あの男子はちゃんと買えただろうか。殆ど交流がなくてメルアドも交換してないけど、同じ学校だ。その内通り縋る時もあるだろうから、その時にでも尋ねよう。
 そんな事をつらつら思っていると、母親から声が上がる。
「あらっ!この店、近くのじゃないの」
 母親の声に吊られるように、吉田はテレビに集中した。家から近い店というのは、すなわち自分が並んだ店でもある……かもしれないのだ。
 映像を撮った時刻は、午前3時。取材とは言え、こんな時間に動き回されるとはご苦労な、と吉田は名前もろくに把握出来てない画面中の芸人に向かって呟いた。
 暗い夜の中。店は全て閉じた状態ながら、それでも見なれた景色だというのは解る。
 あー、これ、俺が並んだ所だ、と言う直前。吉田にとってかなりの出来事が映った。
 テレビの中で、アナウンサー役の芸人はマイクを持ちながら行列の人たちにコメントを貰っている。
 その中で。
 よりによって!
『俺ですか?実は付き添いで』
(ささささ、佐藤―――――――ッッ!!!!!!)
 胸中で激しく慟哭している息子に気付かず、母親は「あらやだ!この子とっても格好良いじゃない!お父さんに次に」とか言っていた。
『ああ〜、そうなんですか。お隣の人、ぐっすりですね〜』
 インタビューは続く。と、いうか、何気に自分にマイクが向けられていたとは!全く知らなかった!!!!!
(な、なんで佐藤教えてくれなかったんだよ!)
 せめて、朝起きた時インタビューの人が来たんだよ、くらい言ってくれたら良かったのに。あるいは、カメラが来た時点で、起こすとか!
 ――その場合見っともない寝ぼけ顔がローカル番組ながらも地上の電波に乗ると言う惨事を吉田はまだ気付いていない。
『こちらの方はお友達か何か?』
 そう言って、インタビュアーが気にする佐藤が肩を抱いて密着させている相手は、紛う事無き自分の姿である。吉田はなんだか冷や汗が出て来た。そのままあっさりスルーしてくれればいいのに、佐藤の顔が視聴率を稼げると睨んだか、佐藤の映る時間が妙に長い……気がする。
 明日は大騒ぎだなぁー、と冷静を保つためにせめて人ごとのように捉えようとする吉田だが、生憎吉田の心に平穏の2文字は遠い。佐藤が絡むとなると。
 テレビの中の佐藤は、画面越しでも輝く笑みで、インタビューにこう答える。
『ああ、付き合ってる相手』
ズデーンッ!!!!!
「ちょっと義男。何座ったままコケてんの???」
 息子の奇行に驚く母親。
「な、な、な、な、な、なんでもない………」
 とてもそうにない見えない吉田は、よれよれと座りなおした。
 出来ればこの場から逃げ出したい……けれど、この後の対策を練るのには、どうしても見届ける必要がある!!吉田は己を引き締めて画面に向き直る。
 幸いというか、フード付きの上着だった吉田は、それをすっぽり被っていたので顔は愚か、性別すら解らない風体だ。とても高校男子とは思えない華奢な体躯が、錯覚に拍車を掛けている。そういえば、あのフーとの頭の部分、佐藤が被せたんだっけ……と吉田は思い出す。
 そして、佐藤のとある台詞も思い出す。

―――いや、まあ、それなりに楽しめたし

 そして、とても上機嫌の笑顔。
(そ、そ、そ、そういう意味だったのか〜〜〜〜〜!!?)
 しかし、時はすでに遅し。吉田が目を覚ました時にすでに事は終わっていたのだ。何もかも。
 あの時、付き合わせちゃって悪かったな〜なんて思った自分がアホだった!とてつもないアホだった!
 そもそも佐藤が行きたいと駄々をこねたのだから、こっちが気遣う必要無かったのに!!
(おのれ佐藤めぇ〜〜〜〜!!)
 佐藤への怒りが頂点に達した吉田は、携帯電話をひっつかんで自室に向かう。
「もしもし!!!」
『吉田って携帯でも”もしもし”って言うよな〜』
「え、やっぱり変かな……って、そうじゃなくて―――!!!」
 明け方のインタビューの放送時間もきっちり訊いていた佐藤は、吉田からの電話をある程度予測していた。
 結局吉田は佐藤への文句を、言いたい事の10分の1も言えなかったという。


 次の日。
 さぞかし女子が煩いだろうな〜と吉田は覚悟していたが、実際はその逆で、「佐藤君が本命の子と一夜を過ごした」と屍化していた。どうやら、電気店の前で徹夜で並んでいた事実がかなりねじ曲がって広まったらしい。
 佐藤と吉田が一緒に並んでいるのは何人かの男子が知っている事だが、この噂と結びつける者は居なかった。まあ、当然かもしれないが。
「吉田、一緒に帰ろう」
「うん」
 女子達が戦意喪失(?)状態なので、2人はとても平和に帰れたのだった。
「こうなるんだったら、皆にバラしちゃってもいいんじゃないか?」
「えー……いや……」
「ダメ?」
「だ……ダメ!ダメダメ!絶対!!!」
「今、ちょっと迷った?」
「そんな事ない!そんな事な――い!!!」
 喚く吉田を、佐藤は微笑んで見つめている。
 昨日の電話でもこんな顔だったに違いない、と吉田は思う。
 電話口に出た佐藤は、意地悪で、おちょくってからかってきて。
 あの綺麗な笑みを浮かべているのが解って、その顔を思い出した吉田は、電話の最中でも顔が赤くなって困ったのだった。




<END>