牧村はラクガキみたいな顔、というかラクガキそのものの顔のくせして(←失礼)見る所はよく見ている。相手が佐藤だとはさすがに気付かないみたいだが、吉田が恋をしていてそれが難しいものだというのを勘付いたという実績もある。
「おっ、佐藤が携帯見てるぞ。きっと本命の彼女からメールでも来たんだろうな」
 そんな牧村の口からこんなセリフが飛び出て来たのだから、吉田としても色々聞き逃せない。特に、後半が。
 彼女でこそないものの、佐藤の本命とはつまり吉田の事であり、佐藤の本命の彼女からのメールはつまり吉田からのメールという事になり、そして吉田はこの時間に佐藤へメールなんて送って居ない。と、いうか現在携帯でモバイルゲームの真っ最中なのだ。送信している筈がない。
「……なんで本命だとか解るの」
 自分達がただの親友だと思っている牧村の前、ここで自分が眦を吊り上げるのは可笑しいと思っていても、強張る声だけは直し様が無かった。
「そりゃー、携帯開いた時の顔で解るよ。すっごく嬉しそうな顔してたしなー。
 なんつーか、割と佐藤って顔に出るタイプだよな。結構解りやすいっつーか」
 最後にさらりと鋭い事を言って、牧村は雑誌の記事に視線を戻した。
 吉田も、一時停止にしていたゲームを再開する。佐藤も、開いていた携帯は早々に仕舞ってまた女子達と仲良く歓談していた。普段はやり過ごせる筈のその声が、今日はやけに吉田の耳に着いた。
 集中力をすっかり無くしてしまった吉田は、ゲームを切り上げ、目の前で牧村が見ている雑誌の表紙を眺める。
 そこには、こんな文字が躍っていた。
『〜キケン!浮気の一歩はメールから〜』
「………………」
 堪らず壮絶になりそうな顔を隠す為、吉田は居眠りしているふりをするため、腕に顔を埋める事にしておいた。


 ――いや。しかし。
 恋人からの以外だって、貰って嬉しいメールはある筈だ。
(えーと、例えば……何か抽選が当たったとか)
 合理的な解釈を見つけようとして、いきなり激しく躓いた感が否めない吉田だった。本人に訊く前から、外した予想だと自分でも解ってしまう。
 誰かからのメールに嬉しそうにしていたという佐藤が頭から離れず、その後の吉田は決して好調とは言えなかった。歩けば何かに躓くし、授業中に当てられた問題に答えれられなかった……のは単に勉強不足なだけだが。
 どんな感じで嬉しそうだったのか、どういう風に嬉しそうだったのか、あの場に牧村で根掘り葉掘り問い詰めたかったけども、その辺は堪えた。何度も言うが、牧村の中では自分達は友人なのだから、そこまで追究する事でも無い。
 が、実際は恋人なのだ。一応両想いで、現在は付き合っている。……筈だ。
 何だか佐藤は片想いの頃の様な雰囲気が抜けなくて、好きだと告げないと誰かに取られてしまうとばかりに切ない顔もする。そんな佐藤は、嫌いではないが少し悲しく思う。
 全てを打ち明けろとは言わないが、1人で背負うのが辛いものなら分けてくれても良いのに。それでも佐藤は吉田に負担を与えまいと、1人で抱え込んでしまう。その重さに佐藤がいつか潰れてしまわないか、吉田の中に若干の不安はある。
 自分以外にも佐藤の支えがあればいいけども、と思っている傍ら、そんなメールを貰っただけで傍目嬉しそうに顔を綻ばす相手が居るのかと思うと、なんだかこう、やっぱり。もやもやと。
 日本を離れていた佐藤の3年間は、吉田にとっては完全に謎だ。僅かな一端を艶子と佐藤から、ほんの少し聞いたくらいで。英国の施設に居た事と……初めては済ましている事。
 まさか、その時の相手じゃないだろうな……と、吉田は探る目的で相手をじぃーっと眺めた。そう、佐藤を。
「なんだよ。そんなに見つめるなって」
 見つめるというより、明らかに睨んでいる体なのだか、敢えてそう言う佐藤だった。勿論、吉田の機嫌が斜めなのも、察している。別に、と呟く吉田の声は硬い。
「あのさ、」
 と吉田は言う。
「佐藤って顔に出るタイプだって、牧村言ってたぞ」
「ふうん?」
「だ、だから……ちょっとは、気をつけた方が…」
「気を付けるって?」
「……携帯見た佐藤の顔見て、本命からメールが来たんじゃないかって思ったらしい。牧村」
 何とも拙い誘導尋問で、「別に」の一言で隠すつもりだった全てを暴露してしまっている吉田が可笑しかった。単純な吉田が、佐藤は何より好きだ。
 とりあえず、さっきから続いていた吉田の不機嫌な理由は判明した。吉田はメールを送って居ないのだから、そこで「本命からのメールだ」とか言われたら、吉田は穏やかではいられない。
「……本当は誰からだったんだ?」
 殆ど打明けてしまった吉田は、もう堪える事無く直に尋ねた。その顔が赤いのは、嫉妬と羞恥からだろう。可愛らしい反応に、佐藤の顔もつい緩む。牧村に目撃された時も、きっと今みたいな顔だったんだろう、と佐藤は思う。
「んー、っていうか、そもそも見てたのメールじゃなかったから」
 へ?と吉田の表情が一転、意表を突かれた驚愕になる。見開いた目は猫のようだ。
「前に撮った吉田の画像見てた。ほら、チア服のv」
「え…………・・・・ッ!!んんなぁぁあああ―――――――――!!?」
 予想外の真実に、吉田はガタタッ!と席を立ちあがって激昂した。顔は見事なまでに赤い。
「お、お、お、お前ッ!!教室の中でなんてモン見てんだよッ!!ていうかまだあったのかその画像!!」
「当然v」
 にっこりと肯定され、吉田はある意味二の句が告げない。
「吉田の所に行きたかったけどさ〜。ちょっと女子の輪の中から抜け出せれなかったし、吉田も携帯ゲームしていたし。
 って事で吉田の画像見て寂しさを紛らわせてたって訳。だから別に浮気じゃないよ」
「う……浮気とか別に言ってねぇし……」
 確かに口に出して発言はしていなかったが、あの態度だと言ったも同然だ。
 まあ、浮気程の嫌疑は無かっただろうが、多少のヤキモチがあったとは確信できる。
 秘密主義だと言われて、否定する事は出来ないが、何もかも全てを隠す訳でもないのだ。聞くだけでも聞いてみたらいいのにな、なんて、言えない事がらが多い身分では我儘も良い所だろうか。
 自分達しか居ないオチケン部室だが、学校である以上何時誰が飛び込むかは解らない。まあ、ここに訪れるのは牧村か秋本か、それに準じるような輩ばかりだから、決して脅威ではないけども、とりあえず手を出すのは自分の部屋まで待っておこう。人の目を気にして校内は警戒心の強い吉田は、その反動なのか自室だとこっちが驚くくらい素直になる時もある。
 本格的に触れるのは後のお楽しみとして、その前菜のように佐藤は前に坐る吉田の髪をそっと撫でる。癖っ毛の感触が手にくすぐったくて、心地よい。
 何すんだよ、と吉田は上目づかいで睨む。手を振り解かない事に佐藤は幸せを感じた。これくらいなら、ここでも触るのを許してくれるらしい。そのラインが段々緩くなっているのを、佐藤だけが気付いてるのだろう。手が離れて行く時、吉田がちょっと名残り惜しそうにその手を眺めるのも。
 佐藤はごく自然な動きで、吉田の隣に落ちついた。す、と顔を近づける。
 吉田はその佐藤の傾きにはっとなって、ぎゅっと目を閉じた。キスを察した吉田の行動だ。
 これが、相手が西田であれば、吉田は顔を押し返して抵抗する所だ。吉田に堂々と迫る西田は目触りこの上ないが、こうした明確な違いが見れるのは、多少佐藤にとっても僥倖……だけども、やっぱりそもそも吉田に手を出そうとしている辺り西田は万死に値する。
 まあ、西田の事はこの際後で良い……というかどうでもいい。今は、目の前で目を閉じる吉田だ。唇に来るべき感触に備え、硬く目を瞑り過ぎたからか、瞼が震えているのが解る。
 まるで初めての様な初心な反応に、佐藤はふっ、と口元を緩め、手を動かす。そして――
 ――パシャリ
 ふいに聴こえた機械音に、吉田は目をぱっちりと見開く。目の前には、携帯を携えた佐藤が居た。凄く良い笑顔で。
「………あああああッ!何撮ってんだお前は――――!!」
「吉田のキス待ち顔、俺すごく好きなんだよなーv」
「ばばばばば、ばかっ!消せ!今すぐ消せ!!!」
 消せと言われ、勿論消す佐藤では無い。ヤだ。と吉田の必死な懇願をたった2文字で打ち消した。
「なら、お前も俺の顔、撮ればいいじゃないか」
「――へっ?」
「ほら。どうぞ」
 そう言って、目を瞑った顔を佐藤は吉田に近づける。ただ目を閉じているだけなのに、唇がやけに気になってしまうのは、キスを待っているからだろうか。吉田の顔が、かぁーっと赤くなる。
「……撮らないの?」
 片目だけ開いて、佐藤が悪戯っぽく言う。
「……お、俺は、別に、そういうの………」
 どう断るのが自分のプライドに優しいのか。声を発しながらセリフを探す吉田。
 しかし吉田が具体的な何かを言う前に、佐藤が納得したように「ああ」と頷いた。
「そっか。吉田は画像だけじゃ物足りないんだなv 実物以外は要らないか。そっかそっかv」
「へっ!? は!? うえぇぇええ!!?」
 奇声を発する度、顔を赤くする吉田。
 そんな吉田に、さっきはフェイントだったキスを、今度は本当にしてやった。
 どっかん!とさっきとは比べ物にならないほど顔を赤くした吉田は、佐藤に何やら抗議をしているようだがセリフになっていない。
 画像だけじゃ物足りないのは、自分だな、と佐藤は顔を綻ばせながら思った。



<END>