*なんだかなんやかんやな感じですが、最終で気にはハッピーエンドですv




 吉田が佐藤の部屋に訪れた時、まず思ったのは広いという事。次いで、本が沢山だ、という事だ。本棚に整然と収められているから、図書館の一角といった感じだ。訪れる度、前は無かった本がちょこちょこ増えて行く。
「佐藤って、電子司書とか持たないの? ……えーと、あいぽっど?ってヤツ」
「それはiPadだろ。ア・イ・パ・ッ・ド」
 佐藤は丁寧かつ意地悪に、母音をはっきり言うカタカナ発音で告げてやる。ちょっと間違えただけじゃないか!とぐぬぬと憤る吉田。
「……まあ、データだと確かに場所を取らなくていいとは思うけど……俺はやっぱり本を手にとって読書したいかな。
 便利だと思うけど、味気ないっていうか……なんか、恋人と電話で話しする感じかな。話す事は出来ないけど、抱きしめられないから詰まらないっていうか」
「えっ、佐藤、本を抱きしめたいの?」
 ぽろっと思った事をそのまま言ってしまった吉田は、佐藤から「お前は本当に応用が効かないなぁ。まあ、基本もなってないけど」みたいな視線を貰った。
「別に電子化が簡単とは言わないけどさ、こうして印刷して製本して、っていう手間を重ねてこうして俺の手にあるんだなって思うと、色々感慨深いものがあるんだよ。本を読むってのはそれを含めてだと思う」
 つまりは、買って来たお惣菜と手作りのご飯みたいな感覚なのかな、と吉田は吉田なりに、佐藤の意見をまとめようとした。若干、ズレているかもしれないけど。
「じゃ、今度から佐藤には、メールじゃなくて手紙でも送ろうかな」
 揶揄のように吉田は言ったが、佐藤の反応はむしろ逆を行った。
「うん、いいね。吉田からの手紙欲しいなーv」
 驚かせようと言ったのに、結局驚いているのは吉田だった。しかし、佐藤の顔を見る分だと、強ち単なる意趣返しではなく、本気で欲しがっているような色も見える。
「て、手紙って……どんなの書けばいいんだよ?」
 うろたえながら吉田は言う。好きな人の願いは叶えてやりたい……のだが、吉田の好きな人はいかんせん、無茶な事ばかり要求する。
 メールで送っているような内容を手紙にしても、仕方ない。大概が宿題についてのやりとりであり、その時なんとなく面白いと思った番組や本について送ったりしているのだ。手紙だと、最低でも1日はかかる。日にちをかけて伝えたい内容でも無い。
「何だっていいよ。本当に」
 佐藤は吉田を真っすぐに見つめて言う。
「”佐藤君、元気ですか。俺は元気です”みたいな感じでさー」
「何その頭悪い出だし!! っていうか自分で佐藤君とか……」
 ダメだしというか突っ込みというか、照れ隠しというか。顔が真っ赤なのが、とても可愛いと思う。
「まあ、いつかは出してよ」
「え? ……う、うーん……何か、あったらな」
 吉田はよく考えて言う。データ容量の都合で、過去のメールは自動的に消去していくが、その分手紙はいつまでも残る。後々、読み返されてもいいような内容にしたい。
 自分の言う事を、ちゃんと取り合ってくれる吉田に、佐藤は他の人の前では決して見せない笑みを浮かべて「うん、待ってる」と言う。
 それから、キスをしようと顔を近づけた。ここは佐藤の部屋で他に誰も居ないから、吉田も避け無かった。


****


 ふいに空を見上げ、良い天気だ、と佐藤は思った。長くなった前髪をかき上げ、空の青さに眼を細める。
 良い天気だなんて、佐藤が思ったのは実に久しぶりだ。別に、晴天が廂びりだとかいうのではない。佐藤にとって、空が晴れて居ようが、雲で覆われて居ようが、はたまた隕石が落ちて来ようが、どうでもいいのだ。天気が良くてははしゃぎ、雨では詰まらそうにし、雪に降れば恥かしさも負けて自分にくっ付いて来る、あの愛しい人が傍に居ないから。
 とても眩しい人だった。。この青空の中心にある太陽より、ずっと。その眩しさが、自分のせいで曇ってしまわないか、いつも気がかりだった。そして想いが深くなる程に、その重圧も増していく。
 結局自分は、自分が受けているイジメに立ち向かう事も出来なかった、あの頃のままだった。
 責め立てる声に苛まされ、佐藤はその傍から姿を消した。
 その声を発していたのは、自分自身なのに。


 今、何をしているだろう。実は惹きつける魅力がある人だから、もう恋人が出来ているかもしれない。それで、幸せになってくれているといい。
 自分に縛られたくない――でも、同時に忘れて欲しくないとも思っている。どこまでも、自分は傲慢だった。
 携帯電話のメール受信フォルダに容量の限界があるように、記憶もやっぱり許容限度があるのだと思う。日々の暮らしの記憶か重なる分、前の思い出は消えて行く。毎日毎日、目から耳から飛び込んでくる膨大な情報量を、少しでも収めやすくするために、忘却という手段を選んだ時から、逃れられない運命なのだろう。美味しい、と言った菓子の名前。面白かったと告げた番組の名前。そんなものは、もう思い出せない。
 けれど、その時の表情は、ありありと思い出せる。もっと言えば、それを見た自分の感情の起伏だ。可愛い、と思う。抱きしめたいと思う。ちょっと意地悪したいと思う。キスがしたいと思う。そんな気持ちは、すぐにでも思い出せる。
 以前、思い知った筈なのに。大事な事からは、逃げられない。
 なのに同じ失敗をする自分は、本当に弱い人間だと思う。だから、離れたのは賢い選択だったのかもしれない。
 そう思って、抱き締めに行きたいのを、ダラダラと堪えていた。


 玄関を見ると、何かが落ちている。この家は、ドアに郵便受けがついていて、そのまま室内に落とされる仕組みだ。
 ちょこんと落ちていたそれは、一通のエアメール。アルファベットが、いかにも慣れてない風な、たどたどしい、けれどとても力強く書かれている。筆圧の問題では無く、書いた主の心境が出ている。
 誰からの手紙かは、確認する前からなんとなく解った。
 佐藤は机に座り、ペーパーナイフで慎重に、とても慎重に封を開けた。もうこの手紙の差出人へ対して、傷跡はつけたくないと。
 手紙を取りだす。便せんで、2枚。真っ白で、素っ気ないものだ。
 佐藤は、文面を目で追って行く。




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  佐藤へ。元気ですか。俺は元気です。
  だから、お前をぶっ飛ばしに行きます。

  佐藤が、いきなり俺の前から姿を消して、5年経ちました。
  でも、こうして、手紙が届いたという事で解るように、佐藤の場所が解りました。
  だから、殴りに行きます。
  この手紙が着いた頃には、もう着いていると思います。
  また逃げても、また追いかけます。
  覚悟しておいてください。
  では。
                                    吉田義男より。


 追伸。
 佐藤の場所を探すのに、艶子さんにかなり協力して貰いました。引きずってでも一緒にお礼に行くので、そのつもりで。


 追伸その2。
 佐藤を探す為に、色んな人に俺らの関係がバレました。とらちんは特に怒ってます。殴られてください。

 追伸その3。
 上からの続きで、母ちゃん達にもばれました。
 母ちゃんは、相手が男というので、ちょっと吃驚したようだったけど、佐藤の写真を見せたら「今すぐ連れて来なさい!」ってキラキラした顔で言いました。なので交通費は母ちゃん持ちです。
 父ちゃんは、いつも通りでした。



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 1枚目はそこで終わった。2枚目に取り掛かる前に、佐藤の耳にチャイムの音が飛び込む。
 それも、連打……いや、そんな生易しいものではない。仕舞にはドアを叩く音や、怒鳴り声も混じる。その声が、上擦っているように聴こえるのは、気のせいだろうか。それは、泣く寸前だからだろうか。
 佐藤は、2枚目に目を通した。玄関の喧騒を無視した訳ではなく、そこにはたった一行しか書かれていなかったからだ。
「…………………」
 見終わった後、佐藤は立ち上がり、歩き出す。
 迷うことなく、真っすぐに、吉田が待ち構えている玄関へと。



「ねえ、吉田。俺の事、好き?」
 久しぶりにあった吉田は、以前の再会の時に佐藤が驚愕したように、やっぱりそのままだった。
「………もう、知らん」
 そう言う吉田の目も目元も、とても赤い。あれだけ泣いていたのだから、当然だろう。
 突き放すような吉田の態度だけど、佐藤の顔は穏やかだった。
 吉田の本心は、もう解っている。
 ついさっき、来訪のフライングの様に届いた、あの手紙で。
 言葉ではなく、文にしたためられているから、後々まで残るだろう。
 ずっと――



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 追伸(これが最後)
  こんな目にあってるのに、俺はやっぱり、佐藤の事が  好き  みたい です


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END


*佐吉はくっ付いた筈なのに、佐藤は周りの妨害なんてものともしないのに、その佐藤自身が関係を崩してしまいそうな危うさが好きだ、という感じで(何がだ!)
 でもハッピーエンド主義者だから、最後は一緒に居て貰う!!!ww