「吉田、最近生意気になった」
 そんな風に佐藤が言ったのは、吉田がいつものように食事の際に生じてしまう佐藤の眉間の皺の事を言ったからだ。ふん、という感じで、佐藤がそっぽ向く。
「何言ってんだよ。佐藤の方が何倍も俺に言って来ているくせに」
 以前、失言をしてしって佐藤を酷く凹ませてしまった覚えのある吉田は、だからこそ彼が本当に傷ついているか否かが知らず判別できるようになってきた。今のこの表情は、傷ついているというよりは、ただ単に不貞腐れている。図星を言われて機嫌を損ねているのだ。
「俺のはいいんだよ。好きな子は苛める主義だから」
「いくないッ!そんな事言うなら、俺だって同じになるじゃん」
 やや顔を赤らめ、吉田が言う。好きな子を、という観点なら吉田も佐藤と同じだった。
 最初こそ、好きな癖に苛めるなんて!と憤っていたような吉田だが。割と近頃は、そんな気持ちも解って来たような気もする。からかって、怒らせて。そうして、素の顔が見たいのだ。誰にも見せないその表情を、自分の前では出して欲しくて。
 まるで物を食べている時のように、それでいてその時以上の眉を顰める佐藤の「変な顔」は、本人はしていないと否定するが、勿論思いっきり浮かべている。女子の前では絶対に見せないようなその顔が、吉田は見たいと思う。他の誰かも見ているかもしれないけど、でも佐藤の感情が思いっきり現れているその顔は、見ているとある種安心も覚える。自分の感情にかき乱されて調子が崩れるのは、佐藤も同じなのだ、と。
 自分だけが激しく動揺していたり空回っていたりするのは恥ずかしくてみっともないし、態度の差がそのまま気持ちの差のように感じてしまう事もある。あんまり佐藤が平然としていると、不安になったりするものだ。そう、最初の頃のように。
「あーあ、前は良かったなー。ちょっと突くだけで凄く真っ赤になって、涙目になったし」
 あてつけがましく佐藤が言う。勿論、吉田も負けてない。
「そりゃもうねー。誰かが毎日してくるから、耐性っていうの?免疫みたいなの、出来たんじゃないか?」
 暗に、佐藤の日々の所業を揶揄する吉田。何となく考えてみると、付き合ってからの方が悪戯の度合いが酷くなってるような気がしないでも無い。まあ、それもおかしなチョコを騙して食べさせたりと、質としては下がっているかもしれないが(しかしあのチョコは、どこから仕入れているのか)。
「……何か最近、お前の前で凄い格好悪い気がする」
 何となく、軽く睨みあう膠着状態から抜け、佐藤がぽつり、と呟く。
 結局佐藤が気にしているのは、吉田にからかわれたり言い負かされたりする事では無く、吉田の前で醜態を見せ、飽きられたり嫌われたりする事だ。
「……別に、俺」
 吉田は言う。
「そういう佐藤も、嫌いじゃないけど………」
「……………」
 嫌いじゃない、の言葉の裏を読んだ佐藤は、表面だけを見ると不貞腐れて沈黙した時と同じ表情をしている。が、よくみるとその頬に朱が入っているのが解る。微細な変化は、佐藤の本質を良く知る吉田には解る事だ。
 こんなに気にする佐藤だけど、でも自分より余程賢い彼は気付いている。どんなにみっともなくても、その素を曝け出してくれた方が、懸想している身としては嬉しいのだ。
 でも、それとは別に、好きな子の前では、常にスマートで格好良くありたいと思ってしまう。
 そういう、ものだ。
 吉田は、それが解る。
 それがとても、良く解る。
 こんな言い合いをしていて、実は寄り添う程、佐藤と隣同士で座っていた吉田は、隙を狙って佐藤の頬に触れるだけのキスをした。
 途端、跳ね上がる程驚いた顔をして、極限まで見張った眼で吉田を振り向く佐藤。
 その表情は、クールで爽やかな面しか見せない教室での佐藤とは大違いで。
 そして吉田は、やっぱりこんな顔の佐藤を好きだと思って、また見たいと佐藤の眉間の皺を指摘するのだろう。
 それが今の所、こういう顔を見れる最も確実な手段だから。



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