吉田は心の底から問いかけたい。何故に、遊園地という施設はお化け屋敷を中心に据えてアピールしてくるのかと!
 お化け屋敷じゃ遊べないではないか!遊園地のくせして!!!
「お化け屋敷は嫌だって言ってるのに――――!!」
 吉田は喚いた。この際涙目になっても厭わないと、泣き喚いた。
 英語の課題が出た日は、今となってはそのまま放課後は佐藤の部屋直行コースとなっている。毎日英語があればいいのにな、と佐藤は思う。そして、自分に頼らざるを得ない程の課題が出る事も。
 今日も吉田はアルファベットにうんうんと唸りつつ、どうにか課題を終わらせる事が出来た。まさに一仕事終えた心地だ。
 吉田は思った。自分が酷く疲れているように、佐藤も疲れているんじゃないだろうか。何せ、飲み込みが悪い事に自覚は嫌という程ある。もし吉田が自分みたいなヤツに、英語じゃなくても何か教えるとなったら、キレないでいられる余裕があるかどうか。
 なので、普段勉強を教わっているお礼にと、何か出来ないかと申し出た所「じゃあ、吉田とお化け屋敷に行きたいなv」と返答されてしまった。それで、上記の叫びである。
 ぷるぷるとなって涙を浮かべる吉田は、Sっ気の強い佐藤にはご褒美みたいなものだった。写メるのも忘れる程に。
 仮に佐藤が、生粋のお化け屋敷マニアで、定期的にお化け屋敷に行かないと死んじゃう!というのならまだ許せるが、単にコイツは自分がこうして喚く姿を見たいだけなのだ。なんて奴だ!!と吉田は泣きながら憤る。
「なんでもいいんじゃなかったのか?吉田」
 にやにやと笑う顔が格好よくて腹が立った。
「そうだけど!それでも、俺の苦手なのとかちゃんと考えてくれるんだと思ってた!
 あーあ!佐藤なんか信用して損したー!!!」
 これみよがしに吉田は悪態をついてみせるが、むしろ佐藤は楽しそうに微笑んでいる。
 おのれ!何か、効果的かつ効率的に佐藤にもダメージを与える事は出来ないものか!!!
 そんな事に頭を悩ます吉田だが、例えばここで吉田がたった一言「佐藤、お前とはもう終わりだ」みたいな事を言えば、佐藤のダメージはそれこそ計り知れない程与えられるだろうに。最も、解っているからこそ、まっさきに除外されているのかもしれない。結局は、吉田も佐藤の事が好きだった。傷つけたくない。
 しかしそれはそれとして、毎度毎度こうして苛められるのも悔しいというか屈辱と言うか。佐藤のように頭も口も回る訳では無い吉田は、いつも泣きを見るのだ。今のように。
「……なあ、それって、意地悪で言ってるの?それとも、マジ?」
 睨み続ける目つきはそのままに、吉田は確認のように言う。
「うーん、両方、というか、マジ寄りって所?吉田とお化け屋敷行きたいなーv」
 にっこりと無邪気に笑う佐藤に、一瞬クラっとしてしまった吉田だが、何とか流されずに踏み止まった。
「ねえ、ダメ?」
 にじり寄りように、吉田との間を詰め、佐藤が言ってきた。こんな風な言い方をするとなると、どうやら結構本気で行きたいみたいだ。
「……そんなに行きたいの?」
「まあね」
 あっさり頷かれてしまった。項垂れる吉田。
「そこのお化け屋敷――まあ、この言い方で合ってるか解らないけど――をプロデュースした人が、結構作品を読んでる作家がしてるんだよな。ちょっと、見てみたいなって」
 それを先に言えよ、と吉田は唇を尖らせた。大事な事は中々言わないのが、佐藤の悪い所だと思う。まあ、自分も何でもかんでも相手に告げるタイプではないけど。
「それなら……うーん………」
 頷きかけて、吉田は悩む。そういう事情があったのなら、引き受けるのはお礼になるかもしれないが、やっぱり自分の負担の方が多い様な気がする。どうにか、リスクとメリットの釣り合う条件を見いだせないか?
 そんな吉田に、妙案が閃いた。
「そうだ!だったら、佐藤も怖いモン、何か教えろよな!」
 これで立場が対等になる!と吉田なりの方程式が出来上がったようだ。唐突と言えばあまりに唐突な吉田の申し出に、佐藤は一瞬きょとんとなったが、またいつのも笑みに変わる。そして言う。うん、いいよ。
 いつになく素直な佐藤に、吉田は疑いを持つ。
「言っとくけど、嘘ついたりはぐらかしたりしたら、ダメだからな!それくらい、解るんだからな!!」
 多分、とハッタリを踏んでみる吉田だった。いやでも解る。多分解る。……多分。
 ぶつぶつと考え込みながら呟く吉田を、佐藤は殊更愛おしそうに眺めた。
「俺の怖いものはね――」
 そして佐藤は言う。
「俺が怖いのは、吉田に嫌われる事」
「……………」
 吉田は軽く目を見張った後、佐藤のセリフを吟味しているかのように黙り込んだ。少し、その目が怒っているように佐藤には見えた。
 さあ、吉田はどう出るだろうか。嘘つけというだろうか。それとも、今のセリフを無かった事にして、別の話題に移るだろうか……
 佐藤の考えていたあらゆるセリフは全部否定された。何故なら吉田は何か言う前に、手を伸ばし、むにゅ、と指先で佐藤の頬を掴んだからだ――抓ったのだ。
 そして、言う。
「……やっぱり、俺ばっかり損してる」
 そんな事は訪れないとばかりに、吉田が言う。佐藤は頬を抓られた顔のまま、嬉しそうに笑った。


 次の日曜、晴れたら遊園地に行く事になった。雨なら、この部屋でだらだら過ごして居よう。
 晴れでも雨でも、吉田と過ごすのは楽しい。佐藤は、その日が今から待ち遠しかった。




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