とりあえず、何はともあれ、だ。
「佐藤、もう西田で遊ぶの止めろよな!あいついいヤツなんだから、いちいち真面目に受け取っちゃうだろ」
 自分が言って、効力があるのかいまいち不安だが、自分しかあらゆる意味で言える人が居ないので、吉田は佐藤にそう言ってみる。
 佐藤も西田も、単体でも十分に厄介なのに、顔を合わせるとその混沌ぷりが倍増する。主に、佐藤の方かそうなるようにけし掛けているのだから、始末に負えない。
「そこが楽しいのに」
「……あのな、俺は何が楽しいかどうかを聞いてるんじゃなくて、止めろって言ってんだよ、止めろって!」
 人をからかうのに、ちっとも悪びれた態度すらしない佐藤に、吉田はこめかみがヒクついてしまう。
 けれど、本気で西田を陥れようとも思って無いのは、山中との比較で判断していいと思う。まあ、確かに西田は吉田を傷つけたりはしていないから、処罰の対象にはならないのかもしれない。……今はまだ。
 カッカと頭から湯気を出してそうな吉田に、佐藤はだって、と言い募る。
「西田くらいなもんだもん。吉田が俺のだって言える相手」
「なっ……う、そ、そんなん……」
「吉田は?誰かに言いたくならないの?」
 唐突に意見を求められ、吉田は真っ赤の顔のまま、ちょっと考える。
「……いやその……俺は、言うべき時にちゃんと言うのがいいかなって……」
「ふーん、ストイックなんだ」
 ストイック、なんて言われたのは初めてで、その表現が自分を差していると実感するのに、多少時間を要した。
 ストイックとはつまり禁欲的だ。感覚的には、何だか格好いい感じで素っ気ない、みたいにも取れる。どっちにしろ自分には当てはまらない様に思える。むしろ皮肉にすら取れそうだ。
「って、話し逸らすなよ!!西田で遊ぶなよ!いいな!?」
「でも、向こうから突っかかってくるしなー」
「だからお前がそんな態度だからだろ!ちゃんとこっちも誠意を持って話合えば、西田だって大人しくきいてくれる……はず……なんじゃないかな……多分………」
「吉田。段々視線が逸れてるよ」
 手痛い突っ込みを佐藤から貰った所で、吉田はそこから逃げる為にも、この昼休みにまだ手をつけていなかった昼食へ手を付けた。


 自分の恋にも手一杯なのに、吉田はこの上、厄介な案件を抱えている。つまり、ダメ人間と書いて山中だ。
「途中までは上手く行くんだけどな。やっぱり後ろでさせてって言ったら皆ドン引きでさ」
「……俺は今すでにドン引きだよ」
 吉田は他に恋の悩みなんて乗った事は無いが(*牧村はちょっと退けておくとして)その上でも、こいつは間違いなく、最悪ランクの特AAAくらいの事例だろう。上が居たら、見てみたい(*佐藤はこの際別にしておくとして)。
「お前さぁ……とらちんの事好きなんだろ!?だったら、何で他にナンパとかするんだよ!」
「何でって……どんなに好きなのでも、毎日は食べ続けてられないだろ?」
 ボグシャ!!!
「殴る!!」
「殴ってから言うなよー!!」
「あまりの怒りに声が出るのが遅れただけだ!!とらちんと食い物を一緒にするなっつーの!!」
「って言っても、いずれは食べるもんだし、」
 ゴスッ!ゴバギャ!!
「2回殴った!!」
 今度は過去形で言う吉田だった。鼻を殴られ、顔を掌で覆い、「目が、目がぁ〜」みたいに悶える山中だった。
「って言うかさ!俺が好きなのはとらちんなんだから!他の子に声をかけても、そこはどっしりと構えておけばいいとか思わないか!?」
「 思 わ な い !!! 」
「……あー、うん。俺の発言がうかつだった事は認めるから、なんか大技繰り出しそうな構え、止めてくださいすいません」
 山中が机の下に潜り込んでヘコヘコしたので、吉田もそれ以上は止めておいた。もはや殴る価値も見出せない。
 一応最後に、とらちんを泣かせたら墓作って埋める!!と脅しておいてから、吉田は生徒指導室からそっと抜け出した。いっそ、佐藤に言いつけちゃおうかな、とも思うけど、そんな事したら今度こそ山中がこの世からログアウトしそうだし、虎之介はヤキモチでボコボコしてしまうのを見て解るように、山中の事が好きだし(信じられない事だが)。
 今はまだ、そこまでするべきではないと思う。……とりあえず、吉田の思う最善策は、虎之介が山中を見限る事なのだが。
(ああ、でもそうなったら、山中が面倒臭そうだな……)
 あの手のタイプは、自分が浮気して遊ぶのはいいが、相手が同じ事をするのは許せないみたいな所があるし。
 まさかとは思うけど、お前を殺して俺も死ぬ的な刃傷沙汰な修羅場にはならないといいが。まあ、そうなった時こそ佐藤の出番と言えなくも無い。
(本当にもう、とらちんあんなヤツのどこがいいんだろう!
 顔しか取りえないし、本人も顔だけアピールして女子に声掛けるし!自分を解ってる分余計腹立つっていうか、ノート重い――!!)
 山中の素行に腹を立てるついでに、吉田は抱える荷物の重量にも異議を唱えた。しかも運んでいるのが英語のノートで、それだけで気持ちから重いというのに。これを教科担任の所まで運ばなければならない。本来は吉田の仕事ではないのだが、頼まれてしまったのだ。頼まれたからには、遂行せねばならない。でも、重い。
 放課後に余分な仕事を任されただけでも憂鬱なのに、しかも重い。おまけに佐藤は女子と帰っちゃったぽいし、と胸中で愚痴っていると、その重さが急に半減した。見れば、すぐ横に西田が居て、ノートの半分を担っていた。
「あ……」
「半分持つよ。職員室に行けばいいのか?」
「う、うん。ありがと」
「いいよ、これくらい」
 息をする様に自然に親切を働く、とは牧村が吉田に言った表現だが、全くその通りだと思う。動きがあまりに自然で、いつもなら余計な力が見え隠れしている西田の動きには敏感な吉田も、あっさり横を取られてしまった。
 まあ、今は相手も両手が塞がっているから、変な事はされないだろう、と吉田は西田の好意に甘える事にした。
 西田は、良いヤツなんだと思う。吉田が今まで出会って来た中でも1,2を争うだろうし、全体の半分が優しさで、残り半分が気遣いや親切で出来てるんじゃないか、ってくらい良いヤツだと思う。
 それだけなら良かった。そうじゃないから、困るのだ。
 西田は吉田の事が好きで、吉田はその気持ちに絶対応えられない。
 その事実のせいで、ただ並んでいるだけで折角ノートは半分に減ったというのに、吉田の足をさっきよりも酷く重くさせた。
 そっと西田の顔色を窺うと、好きな人の隣に居るからか、その顔は平素よりちょっと浮かれているように見える。
 ますます居た堪れない、と吉田は思った。


 教科担任は不在だったが、机にノートを置いた事で吉田の任務は完了だ。職員室のドアを出た所で、ありがとうとさよならをほぼ同時に言い、吉田は西田から離れようとしたのだが。
「あ、待って!」
 と、言われたら待ってしまう吉田なのだ。うう、と顔を顰めながらも、西田に向き直る。
 自分より余程背の高い人に迫られたら、それだけでもう十分怖い。その上吉田は、その相手に並々ならぬ懸想を抱かれているのだから、警戒心も強まろうというものだ。
「な、何?」
 じりじりと間合いを取る吉田に、西田はちょっと残念そうに見やる。て事は抱きつこうと思っていたのか、と警戒心を3割増しくらいにした。
「そこまで警戒しなくても……校内なんだから、そこまでの事はしないよ」
 そこまでってどこだ。吉田は心の中で突っ込む。
 西田の場合、本人にそういう自覚はあっても、身体が勝手に動いてしまう事が多い。どれだけ体当たりでアタック(ここでは文字通りの意味)されたものか。
「あの……やっぱり、俺じゃダメなのかな」
 そう呟く西田は、その体躯だというのに酷く小さく感じられる。そうさせているのが自分だと思うと、本当に吉田は心苦しかった。でも、言う事は覆らない。
「あ、いや。吉田の気持ちは解ってるから、佐藤と上手くいった方がいいんだろうなって解るんだけど……その……」
「……西田のどこがダメとかじゃなくてさ」
 何だか、吐きだされるセリフに含まれる想いに潰されそうだ。少し怯えて吉田は、やや早口に西田を遮るように言った。
「俺が、佐藤と一緒に居たいんだよ」
 それだけ告げてから、西田が何かを言う出す前に、それじゃあ、と小走りで立ち去った。後ろで、西田が自分に向けて手を伸ばしているような気がした。それを振り切るように、吉田は足をもう少し速めた。


教室に戻ると、とっくに帰ったと思っていた佐藤の姿があって吉田は目を見張った。いつぞやもこんな事があった、と思い返しながら。
「待ってるって聞いてないけど」
「うん。でも、鞄もあるし、ここに居れば絶対戻って来るだろ」
 それはそうだけど、待ってると連絡をくれたなら、急ぐ事ぐらいは出来るのに。遠慮なのか何なのか知らないが、無言で行動する佐藤だ。
 今から昇降口に向かったら、西田と鉢合わせになるんじゃ……と薄っすら不安を抱いたが、幸いというか顔を合わせずに済んだ。ほっと胸を撫で下ろす吉田。
 高校に入学して、この階段を初めて昇った時はもう随分と前だ。その時はまだ、佐藤とこんな関係になるとは思って無かったし、親友の虎之介が凄い困った男に想いを寄せられるとも思っていなかった。そしてそれ以上に、複数から言い寄られる事も。そんな風にどっちかを選ぶ立場になるなんて、夢にも思っていなかった。どっちかと言えば、選ばれる側だろうから。
 選ぶ、なんて嫌な事だ。向けられた気持ちに順位なんてつけれっこないのに、それでもどっちかを取ってどっちかを切り捨てるしかない。
「……吉田、何か落ち込んでない?」
「えー? まあ、ちょっと色々………」
 言葉を濁す感じで、吉田は説明するのを避ける。しつこく問い質されるかとも思ったが、佐藤は「ふうん」とそれだけ呟いて触れないようにしていた。
 放課後の廊下は夕日が差し込んでいて、それがやけに物悲しい。吉田の胸中も、この景色に触発されるように憂いを帯びて行く。
 吉田はきっとまだ本当の失恋は知らない。でも、想う人は居る。今、横を歩いている佐藤。
 もし佐藤に他に好きな人が出来たら、きっと胸が軋むくらい悲しくなるのだろう。その思いを西田にさせていると思うと、本当に気が滅入る。早く西田が別の人を見つけるといいなぁ、なんて願う事すらおこがましいのだろうけど。
「コンビニ、寄って行く?」
 靴を履き替える時、佐藤が言いだす。もしかして、ちょっと沈んでるような自分を気遣ったのだろうか。だとしたら可愛い所もあるな、なんて吉田は思った。
 佐藤にも良い所や可愛い所もある。それらは普段、社交辞令の微笑みで隠されているし、西田は恋敵というフィルターがかかっているから、余計に見えにくいかもしれないが、それに気付いてくれたら自分達の事を快く祝福してくれるんじゃないかな。
 そんな事を仄かに思いながら、吉田は佐藤と連れだって近くのコンビニに向かったのだった。




<オマケ>
「さ、佐藤!何故吉田と一緒にコンビニに!!」
(うわぁぁ……まさかここで西田と鉢合わせになるなんて!)
「放課後デートだよ。羨ましいだろ。この後俺の部屋に行くんだ」
「えっ!そ、そうなの!?」
「嫌か?」
「……いや、別に、いいけど……」
(可愛いv)
「ダメだ吉田!そんなヤツの部屋になんか行ったら、何されるか解ったもんじゃないぞ!!」
「煩いな。オデンかけるぞ肉まんぶつけるぞ」
「た、食べ物で攻撃しない――――――!!!」




<END>