夏休み。全学生が浮足立ってるかと思えば、そうでない変わり種だって存在している。
 例えばこの学校の女子だって、「休みは佐藤君に会えない」とちょっとしょげている所が見られる。が、それでも彼女達はそれなりに夏休みを楽しむつもりの予定を組んでいる。
 そういう点では、佐藤は深刻だ。あわあわする吉田が拝めないとなると、日々の癒しが無い。携帯の画像フォルダに吉田の写真はあるけど、真っ赤になって突っかかって来てはくれないし(そりゃそうだ)。キスしたりあちこち触る事も出来ない(そりゃそうだ)。
 全く、どこの誰が40日も休みにしたんだ、とどこに居るともつかない誰かに、佐藤が胸中で悪態付いていると。
「あ、花火だって」
 見たままを吉田が口にした。商店街に入り、そういった催しのポスターが空きスペースに我先にとぺたぺた貼られていて、むしろ近日どれが開催されるのか解りにくくなっている。吉田の指した花火大会は、夏休みに入ってすぐの週末に行われるみたいだ。
 これは吉田と一緒に過ごすいい口実だ、と佐藤の脳内で計算が激しく展開される。
「吉田さ、花火の日って予定入れてる?誰かと行くとか」
「ん? 別にないけど。あ、じゃあ、一緒に行くか?」
 そうやって、さらりと誘いをかけられる関係に、改めて喜びに心を震わすが、生憎吉田の提案にそのまま乗る訳にはまだ出来なかった。佐藤には別のプランが作られていたから。
「いや、多分この花火、ウチから見えると思うんだよな」
 自宅のマンションと花火の会場の位置関係を頭の中で描き、佐藤はそう結論した。
「だから、ウチに来るか?」
「え―――っ! すっごいな、家から花火見えるなんて!」
 吉田がいっそ驚いたように言う。
 それはちゃんとした受け答えとは言いづらいが、すっかり来訪してくれる気持ちになっているのは見ていて明らかだ。事が上手く運んでいる様子に、佐藤は胸中で小さくガッツポーズをした。
「あ、じゃあ、お姉さんの友達とかも来たりする?」
 それは特に懸念してるとか、警戒しているとかではなく、ただ普通に吉田は尋ねた。実態を知らないからか、一人っ子だから姉という存在に興味があるのか、割りと吉田は姉に会いたいような素振りを見せる。
 普通に中のいい姉弟だったら、すぐにでも見せてあげるんだけどな、とややこしい家庭内の人間関係を佐藤は思う。いや、自分に対して集中的にややこしいだけか、と姉と弟を鑑み、佐藤は考えを訂正した。
 騙されて施設に入れられたという思いは変わらない。そんな気持ちを抱えながら、そして隠しながら家族の一員として振舞っている。たまに実家に帰ったりしながら。
 建前で作られる家族って、果たしてどうなのだろう。在り方としてそれもひとつの形なのか。
 まあ、それはさておき。
「姉ちゃんはもっと近くで見える所に行ってるよ。それに、見えるって言っても、凄く遠い……っていうか、小さいと思うし」
 何やら凄い関心しているような吉田に、後でがっかりさせては悪いと佐藤は現状をそのまま伝える。嘘で誘いこんだら、いくらさすがの吉田も本気で怒るだろうし。
 吉田が、だったら会場行こう、と言えば佐藤もそれには素直について行くつもりだ。
 それでもどちらかと言うと、室内で吉田と2人きりの方が、佐藤としては選びたい。他人を気にする事がない、という面で楽ではあるし、何より吉田を一人占めに出来るのが良い。それに、吉田も他人の目が無い所では、結構素直に応じてくれるし。キスをする時、自らの動きを全て止めて待っている吉田が、とても愛しい。
 んー、と視線を彷徨わせ、吉田があれこれ考えている様子を、佐藤は観賞するように眺めた。
「やっぱり、佐藤の家行こうかな。外、暑いもんなー」
 な、そうだろ?と同意を求める吉田は、どうやら佐藤が部屋に誘う理由が、外が暑いからだと吉田は思っているらしい。なんとも吉田らしい思い違いに、佐藤はちょっと脱力しながら、それでも微笑ましくて愛しく思えてしまう。
 自分のこの気持ちは、吉田のと違って物騒で歪んでいるのだ。吉田が知らずに済むのなら、それに越した事は無い。
「じゃあ、昼過ぎから来て。夜はピザでも頼むか」
 より会場近くに向かう姉は、交通規制を考えて昼前に出ると言っていた。なので、その後くらいに吉田に来て貰えば、鉢合わせになる事は無いだろう。
「うん、解った。あ、そういや、どこかのピザ屋で、新メニューが出たってチラシ入ってたんだけど、佐藤の所にも来てた?」
「どうだったかなー……今日帰ったら探してみるよ」
 おそらく吉田はその新メニューを頼みたいみたいだ。
 ピザの出前の範囲は、シビアな所はとことんシビアなので、エリア外という可能性もある。どうか入ってますように、と軽く祈りながら佐藤は帰宅した。


 そして時期は夏休みに突入した。学校は無いと言うのに、佐藤はついいつもの時間に目が覚めてしまう。早く、起床から数時間後に吉田に会える生活が来るといい。
 休みの後半、課題を持て余した吉田が泣きついてくる事を期待しながら、まずは今週末の花火大会――まあ、会場には行かないのだが――を待った。
 吉田に会えなくて、あの可愛い顔は見れないがメールで些細なやり取りをちょこちょこ交わすので、佐藤はそれなりに日々に潤いを持たせていた。可愛い絵文字なんて勿論ついてないが、たまに誤字が入るから、吉田のメールは見ていて和む。
 そして待ちわびた週末。「今から行くよ」というメールを受け、佐藤はj久々に気分の高揚を覚えた。そわそわして、なんとも落ち着かない。
(俺って、意外と乙女思考だよなー)
 なんて佐藤は思うが、それを聞けば吉田のみならず、旧知の仲間達も「どこがだよ!」と総突っ込みしてくれるだろう。
 ドアのチャイムが鳴る。軒先の様子を見せるディスプレイを覗くと、やはり吉田だった。画面越しとは言え、久々に見たその顔に、頬が緩む。
 ドアを開いて出迎えて、玄関先に入って来た身体を抱きしめてキスがしたい。多分、吉田は汗をかいてるから、とじたばた抵抗するだろうけど、その時の反応を見て、強行するか一旦退くかは、その時考えよう。
 そして佐藤は、ノブに手をかけた。


 冷蔵庫を開け、作っておいた水だし紅茶をグラスに注いで自室へと運ぶ。ソファの上では、いかにもへそを曲げたような顔をした吉田が、膝を抱えて口をへの字にしている。
 強行したのはまずかったかな、と佐藤はちょっぴり玄関先の自分を省みた。メールのやり取りで少しは満たされていたと思っていたが、どうやら歯止めが甘くなるくらい、吉田に餓えていたみたいだった。まあ、薄々そんな自分の状態も佐藤は自覚していたけども。やや加減を見誤ったが。
「吉田、ってば。別に、汗臭くないよ」
 佐藤が腰を下ろすと、吉田がさささ、と端まで移動してしまう。さっき、抱きしめた時に吉田が騒いでいた事を、佐藤はそれが発せられる度に否定したのだが。今も。
「……汗かいたんだから、汗臭くなるに決まってんじゃん」
 剥れたように吉田は言う。ちょっと涙目なのが、佐藤の嗜虐心を煽って困る。
 しかしながら、佐藤にしてみても、久しぶりに会うというのに抱擁も無しで済むとでも思っていた吉田にちょっと異議を飛ばしたい。いきなりベッドに押し倒さなかっただけ、勲章ものだというのに(佐藤にしてみれば)。
「そんなに気になるなら、シャワー浴びる?」
「着替え無いし」
「俺の貸すから」
「サイズ、全く違うじゃん」
 はっきり言ってこのサイズ差、ちょっとぶかい所の騒ぎでは無いと吉田は確信する。服と言うより大きな布を被ってる感触になりそうだ。
「……吉田」
 あれもダメ、これもダメ、と言われ、そろそろ佐藤の臨界点が近くなって来た。
 硬質になった声に、吉田がちょっとぎょっとなる。
「だったら、2人一緒に汗かく事しようか」
 これなら条件同じだろ?とにっこり笑ったその顔は、悪魔の微笑みだった。その表情に中てられ、吉田は血の気が引いたのか、逆に熱が上がったのかちょっと判断出来ない。
 あわわ、と慌てた吉田は、それでも自分にとって有益に繋がる選択を選ぼうと、必死に頭を振り絞った。
「シャ、シャワー浴びさせていただきます!!!!!」
 混乱の為、何故か敬語になった。


 佐藤の家の洗濯機は乾燥までやってくれちゃう最新式なので、吉田の帰宅の頃には綺麗すっきりな衣服になっている事だろう。起動する音も静かで、シャワーの音で吉田の耳には届かない。
(う〜、人ん家でシャワー浴びるのって恥ずかしい……)
 おそらく、佐藤の家だから余計恥ずかしいのだろうが、それに気付くともっと居たたまれなくなるだろうから、吉田はその真理から必死に目を背けた。
 着替えにとくれた佐藤のTシャツはやっぱり吉田には大きくて、裾が膝にかかるくらいだった。色々と凹む。
 部屋に戻ると、その姿を見た佐藤に噴出される始末。
「何だよー。笑うなよな」
 仕方ないだろ、大きいのは!と吉田は自棄になる。
「いや、うん。やっぱ、吉田は常に俺の想像の上を行くよな」
 余程この姿がツボにはまったらしく、まだ肩を震わせている。笑い上戸というより、意地が悪いだけだろう。こんにゃろう、とせめて睨んでみる。
 改めて座り直すと、佐藤が、なぁ、吉田。と話しかけて来た。
「俺の部屋にさ、吉田の着替えちょっと置いておこうよ。こういう時もあるし、他の事態の時とかも。夕立に遭うとかさ」
「うーん、そうだなぁ……」
 最近は温暖化の弊害なのか、あまりに突発で酷い雨量に見舞われる事が多々ある、と吉田はこれまでそういう被害にあった記憶を思い出していた。
 佐藤の家は、程近い事もあるし、勉強を教わるという面目でもよく訪れる。あった方が便利かもな、と思考を零すように吉田が言うと、だろ?と満面の笑みで佐藤が答える。そのあまりに明るい笑みに、ちょっと不審も抱いたが、あった方が便利というのは吉田の中でも確かなので、何枚か次に持って来る、と佐藤に告げた。せめて夏の間だけでも、あった方がいい。汗をかいた身体が気になって距離を取ってしまうのは、吉田にとっても頂けない。
 折角の2人きりに、期待しているのは佐藤だけではないのだ。口にするのは恥ずかしいけど、吉田にもそういう気持ちはちゃんとあった。
「やっぱり、シャワー浴びるとすっきりするな」
 ベタついていたような肌も、さらりとした手触りになっている。浴びて良かった、と吉田が言うと早く浴びれば良かったんだ、と佐藤にすかさず言い返される。
 あまり弁が立つとは言えない吉田は、口で佐藤に勝てる予感すらしない。うぅ、と肩を竦め、それでも言ってみる。
「だってさ、浴びるとか浴びないとかの前に、佐藤、いきなり抱きついて来るし……」
「そりゃあそうだろ。久しぶりに会ったんだし」
 ここぞとばかりに佐藤は吉田への鬱憤を晴らす。責め立てる程ではないが、ちょっとは言いたいくらいだから。
 久しぶりとは言うが、まだ1週間足らずと言った所だ。それでも、付き合うようになって、このくらいの期間に顔を合わせない時はまだ無かった。こんな、長期休暇にでも入らなければ。
「……………」
 吉田はちょっと眉を顰めた顔になり、真っ赤になったかと思えば俯いてしまう。こういう態度を取るのは、素直になりきれない時だ。
 つまり、会うのが久しぶりと今日を楽しみにしていたのは、吉田も同じという事で。
 言えばいいのに、と苦笑しながらも、これでも初期に比べれば大分素直になってきたと思う。いつか、包み隠さずその気持ちを明け透けに表現する事もあるだろうか。
 いつかは来るかもしれないそんな時に思いを馳せ、それでも佐藤は、本音に対して口を噤んでしまう初々しい吉田を愛しく思って、今日、初めて吉田にキスをした。額から、頬に。そして、唇へ。
 たっぷり間を持たせて、それでも逃げない吉田に自分への想いを見出す。
「〜〜〜っ……」
 唇を重ねている間。吉田は硬直してるような、でも少し震えている。
(可愛い)
 それだけで頭が一杯になった佐藤は、唇だけでは飽き足らず、掌でも吉田の肌を堪能しようと手を伸ばす。シャツの裾から手を伸ばすと、ちょっと佐藤の予想とは違う感触が。
「ハーフパンツ、穿いてないの?」
 シャツと一緒に渡した筈なのだが、紐で縛るタイプだから、腰回りには全てのサイズに対応出来る。
「い、いや、あ、あの、か、隠れるからいいかなって思って!」
 どうせ外出する訳じゃないから、と横着した結果が、何かとんでもない事態に変わろうとしている。
「べ、別に何か期待してた訳じゃ……」
「ふうん? 期待? 」
 面白そうに呟いた佐藤の目が、きらりと光った。妖しく。
「いいか、吉田。昔の中国には、疑われなかったら紛らわしい事をするな、っていう諺みたいなのがあるんだ」
 だ、だから?と佐藤の発言の真意を吉田は掴みあぐねる。
 にこっとして佐藤は言った。
「だから、紛らわしい事をしてしまったなら、疑われても仕方ないし、その結果も甘んじて受けろって事だよv」
「ち、ちちち、違う! それ絶対違う! 佐藤、お前! 俺が知らないと思って、何かテキトーな解釈してるだろ――――!!!」
「ベッド行こうか、吉田v」
「聞けよ人の話――――――!!!!」
 吉田の叫びが虚しく室内に響いた。


 何だかんだで、運動した後はメシが美味いなぁ、と吉田はピザをもりもり食べていた。体躯を踏まえると、その摂取量は注目したいものがある。サイドメニュ―も2,3頼んだので、足りなくなる事は無いと思うが。
 ちなみに吉田が気にしていたピザのちらしは、ちゃんと佐藤の所にも届いていた。恋人の望む物が用意出来て、佐藤としても喜ばしい限りだ。
「そろそろ、花火が始まるかな」
 確か、7時ごろだったと思う。佐藤も吉田も、何となく時計を見上げた。
 花火が見えるベランダは、リビングから繋がるので、今日はここで食事を取っていた。ベランダに出るのは音が鳴ってからでいいや、と2人とも思っているらしく、どちらの腰もまだ浮く様子は見られない。
 やがて、遠くで大砲が打たれたような、ドン、という響く音がした。音、というより周波数みたいに、身体を通り抜けたような感じだ。
 ベランダに出てみると、上下左右のどこかの部屋も、同じ事をしているらしく、話声が複数聴こえた。
 ドン、ドンドン、と花火が現れるより、数テンポ遅れて打ちあがる時の音がする。
「おおお〜、凄い!見えるー!!」
「ま、小さいけどな」
 身を乗り出してはしゃぐ吉田に、しかし佐藤は冷静な意見を飛ばす。変な表現になるかもしれないが、見える花火はまるで掌サイズだ。佐藤としては、もう少し見応えのある大きさを思ったのだが。
「でも、見えるだけ凄いじゃん!俺の家だと、音しか聞こえないし」
 煩いだけだよ、という吉田の言い方が可笑しかったから、佐藤の顔に少し笑みが灯る。
「……まあ、吉田が喜んでくれてるなら、俺もいいんだけどな」
「……何ソレ」
 そう言いながらも、吉田は今のセリフが意味する所はちゃんと解っていた。夜でも解る顔の赤さが、佐藤にそう告げる。
 込み上げる想いのまま、本日何度目かのキスをしようと、そっと顔を寄せる。
 が、しかし。
 佐藤の唇に当たったのは、吉田の小さくて可愛いそれではなく、掌の感触だった。
「……………」
「……………」
 沈黙する2人の周りに、小さく聴こえる話声の数々。
「……別に、見えないと思うけど?」
 吉田が懸念する事を思い、声を潜めて佐藤が言った。
「い、今は花火!!!」
 いっそ意固地のように吉田は言う。その顔がきっちり赤い。
 まあ、確かに、仕切りに遮られて見えない、というだけでそこに居るという感じはひしひしと来る。そんな中で、キスをしたりというのは、吉田の心情としてはキツいものがあるだろう。
 仕方ない、花火が終わるまで待つしかないか。
 そう思った佐藤は、寄せた顔を元の位置に戻し、花火観賞に戻る。佐藤がちゃんと花火を見る体制になってから、吉田も顔を前に戻した。
 一体誰が、火薬を使って空にこんな大輪を咲かせようと思ったんだろうか。戦場に使われる火薬が全て花火になったら、戦争なんてなくなるのかな、と佐藤はあてもない事を考える。戦争は嫌だな。吉田と会えなくなるかもしれないし。
 なるほど、愛と平和はこんな風に繋がるのか、と佐藤は1人で勝手に納得していた。はっきり言って、吉田が見たいと言うので一緒に見ているが、花火にあんまり興味は無い。強いて言えば、花火を見る吉田が見たくてこうして並んでいる。
 そんな佐藤の横から、おおー、とか、今のすげーな、という声が吉田からちょくちょく上がっていたが、暫くしてからその声がしなくなる。佐藤が気付いたのは、実際に言うのを止めてから少しばかり経ってからなのだと思う。どうしたんだろう、と何気に吉田の様子を見ると、視線は花火会場に向いているものの、花火を見ているとは言えないような顔つきだった。
 花火が詰まらない、という訳でもないと思う。さっきだって、はしゃいでいたし。
「吉田……」
「え、え! な、何!!?」
 その、過剰な反応で、佐藤は全てを悟った。
「吉田」
 赤くて可愛い耳に、そっと唇を寄せて囁く。
「キスして欲しいなら、そう言えばいいのにv」
「んな―――――ッッ!!!!」
 されかけたキスを気にして、花火に対して疎かになってしまった吉田。全く何処まで可愛いんだろう、とズバリ本音を言い当てられ、固まってしまった吉田を室内に連れ込む。
「ちょ、ちょっと………!」
 それでも花火を見たいという気持ちもあるのか、吉田はちょっと抵抗した。まあ、佐藤の部屋から見る、というのが吉田の中で大きな比重になっているのかもしれないけど。
「大丈夫だよ。9時までやってるし」
 それに、最後の方が派手なのが多いだろう、と勝手な意見で場を封じこみ、明日からまた暫くお預けとなる吉田の感触を自分の芯まで染み渡らせておこうと、まずはさっき不発に終わった口付けから始めた。


 で。
「佐藤のバカ―――――!!! 花火終わっちゃったじゃんかぁぁ―――――!!」
 バカー!ともう一度喚く吉田に、この時ばかりは佐藤も返す言葉が無い。
 吉田の全く言った通り、花火は終了してしまった。気付いた時には、すでに。結局、吉田は初めの何分かを見たに過ぎなかった。花火観賞としてはあまりにお粗末な結果である。
 嘘吐き、バカ、と半泣きで詰る吉田は、自分も行為に溺れてしまった羞恥からだろう。しかしそれをこの場で指摘すると、さらなる修羅場になるだけなので、そっと佐藤はその事実は仕舞っておいた。
「解った、悪かったって。ごめん。俺の分のピザ、食べていいから」
「え。いいの?」
 やった!と喜んだ吉田は、早速テーブルの上に残っていたピザに手をつける。
 機嫌が直ってくれないのは困るが、かと言って食べ残しのピザでころりと態度が変わるのも、佐藤としては何となく複雑だった。いやまぁ、吉田の方も許すきっかけみたいなのを探していて、今のに乗っかっただけとは思うのだけど。
 何事も初めが肝心と言うが、こんな出だしで自分達の今年の夏はどうなるんだろう。佐藤はふと思った。
 出来ればぐっと距離を縮めたい所だけど、この調子だと現状維持が関の山かもしれない。
 最も、この現状もそう悪いものでもないから。次のステップに進むと味わえなくなるというなら、もうちょっと満喫したいという思いが湧いてくる。
 あと、今日の目標は、次に会う約束を取り付ける事。これは欠かせないようにしないと。
 そして佐藤はとりあえず、そのままピザを食べようとする吉田に温め直す事を勧めてみようと思った。



<END>