試写会に応募したら当たったんで、どうかな?
 そうやって映画に誘う方が、普通にチケットを差し出すより成功率が高い!ような気がする!という牧村の主張の元、彼の願望を果たす為に最近の吉田達は昼休みを利用して試写会の応募はがきをせっせと書いていた。秋本も、そして佐藤も。
 どうせまた断られるんじゃないのか、と憎まれ口を叩きながら、その手際の良さで佐藤は多分一番多くはがきを書いていた。なんだかんだで、佐藤は割と面倒見のいい性格なのかもしれない。何か世話になる度、きっちり「報酬」を払っている吉田には上手く実感は出来ないけど。
 4人で頑張った甲斐あってか、人気作でもあり入手は他に比べて困難だっただろう映画の試写会のチケットは、見事牧村の元に訪れた。しかし牧村の幸運はそこで打ち止めで、やっぱり相手からはイエスの返事じゃなくて冗談じゃないわよの平手打ちを食らったようだ。あえて聞かずとも、頬に出来た朱色の手形で解る。
「……これ、やるよ。どっちかは話し合って決めてくれ……」
 佐藤と吉田の前に試写会チケットをそっと残し、牧村はオチケンの部室からそっと去って行った。背中に哀愁が漂っている。
「……映画くらい、みてやればいいのになぁ」
 牧村があんまり憐れに見えた吉田は、チケットを見ながら呟く。ひっそりと置かれたチケットすら、寂しげに見える。
「映画くらいっていうけどな、お前」
 それに佐藤が物申す。
「その気の無い相手と、暗い空間の中で2時間くらい真横でずーっと一緒ってのは、結構キツいものがあるんじゃないか?」
 確かにそれも、ある種の正論と言えなくもないが。
 それより気になる事が吉田には、少し。
「…………」
「何睨んでんの、吉田」
「べつにー。やけに実感こもった言い方するんだな、って思っただけー」
 そう、まるで自分の体験談みたいに。
(そりゃー、告白されるくらいだし? 映画みたいな誘いなんてホイホイあっただろうなー)
 だから別に怒って無いし。……イラッとするだけで。
 そんな吉田の内心を見透かすように、坐っても尚高い背丈で佐藤は上から眺める。佐藤の視線は吉田の頭の頂きが見える。そのつむじすら可愛く見えるのだから、大概だ。
「………。吉田」
「何ー?」
 半目にしつつ吉田が答える。
「そろそろ、はっきりしておこうか」
 割と低めの声でそう言われたものだから、吉田はドキッとして思わず佐藤を見上げた。そこには、まるでキス寸前くらい近づいた佐藤の顔があり、2重の意味で吉田は鼓動が早くなった。ごぎゅり、とつばを飲み込む。
「は、はっきり、って、な、何を??」
「吉田にとって浮気の線引きって、何処辺り?」
「……はぃぃ?」
 てっきりなんかこう、自分達の関係に対し、存続か決別かの二者択一でも迫られるのかと思った吉田は、次いで言われたセリフに点のような目を白黒させた。
「目を合わせたらダメとかだったら、さすがの俺もキツいんだけど」
「いや、そこまでは……っていうか、お前浮気みたいな事するつもりなのかー!」
 ふざけんなー!と席も立っていきり立つ吉田を、どうどう、とあやしながら何とか再び坐らせた。
「そうじゃないけど、知らずに間際らしい事をしちゃうかもしれないし、それが解ってれば俺も注意出来るだろ?
 まあ、言ってみれば李下で冠を正さない為にもさ」
「は?りか?理科?」
 何で今理科なの?と吉田の視線はあまりに無邪気だった。
「……故事成語、頑張ろうな、吉田」
 佐藤が生ぬるい視線をするという事は、勉学に関する事なのだろう。もっと俺にも解りやすく言えよ!とせめて胸中で八つ当たりしてみた。
「それで話戻してさ、どの辺りまでダメ?キスはダメだろ?」
「そ、そりゃあそうだろ……」
 キス、という単語だけで真っ赤になる吉田が可愛い。
「なら、キスさえしなければ後は良い?」
「え、ぅ……………」
「吉田?」
 色々考えているのだろう。ぎゅう、と耐えるような表情に、佐藤はここがオチケンの部室であるにも関わらず、ゾクゾクしてきた。するなよ、と自分を責める吉田だが、いつだって原因やきっかけはそっちが作る。
「……ふ………」
 やっと結論が出たらしい。まるで耳元でする内緒話くらいの音量で、吉田が言う。
「2人きりで出掛けたり……家に上がったりは……止めて欲しい……かな」
 吉田らしい判断に、佐藤はちょっと苦笑してしまう。こんな申し出をされた日には、佐藤何で「じゃあ誰とも口きかないで」と真顔で言ってしまいそうだ。
「うん。解った。気をつける」
「……………」
 ヤキモチを妬いているのを躊躇う程の吉田は、こういう事を言うのすら、堪らなく恥ずかしいのだろう。顔と言わず、耳も首元も真っ赤だった。全く、可愛いったら。
「……でも、って事はアレだよな」
 佐藤のメインはむしろ此処からだ。さも「そう言えば」のノリで言っているが、彼にしてはこれが本題なのだ。
「そういう事がダメっていう事は、吉田にとってそういう事をするのが恋人基準、って事か」
「へ?……まあ、うん……」
 佐藤のセリフの意図がいまいち掴めず、戸惑いながら頷く吉田。
 そんな吉田ににっこり笑い、佐藤は牧村が置いて行った試写会のチケットを手に取り、軽く左右に振る。
 そして、言う。
「じゃあ、コレ。俺と行こうな、”2人っきり”でv」
「……っ!!!!」
 あえて”2人っきり”と強調したセリフに、佐藤がなんの事実を自分に着きつけたいかをやっと察した吉田は、反論の前にまず顔を真っ赤にした。こんな表情になってしまっては、もう「同性はノーカウント」なんて言えない。
「ん?行かないのか?」
 無言であるのをそういう風に受け取ったように見せかけ、吉田からの返事を求める佐藤。言わせないより言わさせるの方が絶対に性質が悪い!と吉田は思って止まない。
「い、行くよ」
「誰と?」
「佐藤と!」
「他には?」
「〜〜〜〜ッ!!!」
 本当に、全くもうコイツは!!と心の中で叫んでから。
「佐藤と、2人っきりだよ!!!!」
 言いたくない事を言わさせられるのは、本当に不本意だし恥ずかしいし、絶対に止めて欲しいのに。
 それでも、言った後の佐藤のとびきりの笑顔を見ると、次もまた結局言ってしまうんだろう。
 校内だから控えめに落とされる唇を受け入れながら、吉田はそんな事を思う。



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