何時ごろから誰が決めたかは定かではないは、落語研究会略してオチケンの部室はモテないメンバーズの憩いの場のような扱いだ。
 そんな場所で寛ぐ佐藤は、何だか掘立小屋に着けられてしまったシャンデリアみたいに見える。
 そんな事を思いながら、吉田は今日行き掛けにコンビニで購入した焼きそばパンに齧り付いた。うん、焼きそばとパンの比率が丁度いい。
 今日の昼のオチケン部室には、佐藤と吉田と、牧村が居た。傍若無人でドSの擬人化みたいな佐藤だけど、さすがに第三者の前で不埒な真似はしない。……今の所。
 牧村を含めた会話の内容は、実に平和的だ。今日やるテレビの何が面白そうだとか、コンビニの新発売で何が美味しいとか。まあ、うっかり牧村が誰かに懸想していたら、やや平穏が離れていくのだろうが。
「そーいやよぉ、佐藤ってコンビニ飯だよなー」
 もぐもぐ、と口を動かしながら、この中で唯一の弁当派である牧村が不意に言う。
「可愛い彼女が居るんだろ? 弁当とか作って貰わないのか?」
 ぶふふっ!!!!
「ん? どうした吉田?」
「……いや、紅ショウガ飲み込んじゃって………」
 焼きそばパンに噛みついたまま噴出した吉田に、牧村は怪訝な顔で尋ねる。なんとかやり過ごす吉田。
 牧村は佐藤と付き合っているのが吉田だなんて、夢にも思わないのだからこんな話題を吉田の前で言い出したって、何の罪も無い。とは言え、やはり心臓に悪い。牧村へする返事はそのまま自分への言葉になってしまうからだ。吉田は青くなったり赤くなったり忙しい。せめて平素のふりをして、一定のペースを保ってパンを齧る。
 そんな吉田に、小さく笑みを佐藤は誰にも気づかれない様に浮かべた。
 吉田がある程度落ち着いた所で、佐藤は牧村の質問に答える。
「そりゃまあ、貰えたら凄く嬉しいけど、同じ学生だしそこまで我儘は言えないよ」
 こういう佐藤は一般模範解答をしているのか、本音で話しているのかが解らなくて困る。2人きりなら、まだ少し解るような気がするけど。
 それにさ、と佐藤は続けた。
「俺はどっちかというと、プレゼント貰うよりあげる方が好きかな。何を贈ったらどんな顔してくれるんだろう、って考えるのが楽しくて楽しくてv」
 それはまともな贈物なんだろうな、とこの場で言えない立場なのが辛い吉田だ。
 遣り切れなさにパンをカジカジ齧る。あれ、このパンってこんなに食いちぎれないものだっけ?
「ああー、愛されるより愛したい派ってヤツか」
「ま、そんな所」
 的を得ているのか若干ずれているのかが微妙な牧村の意見に、佐藤は適当に頷いて片付けた。
 そして、不意に吉田を振り向く。かちあった視線と送られた笑みに、吉田がドキッとなる。
「ところで吉田、パンのビニール袋齧ってて美味しい?」
「……………………」
 吉田は必死に噛みちぎろうとしていたビニール袋を、ベッ、と吐き出した。


「――なあ、昼間の話なんだけどさ、佐藤」
「ああ、吉田がビニール袋まで食べようとしていた事?」
「違うッッ!!!」
 顔を真っ赤にして吉田は怒鳴った。 
 きっと、今後暫く焼きそばパンを見る度に、あの出来事を思い出すのだろうな……そんな物思いに更けながら、今は放課後。
「だからさー、なんだかんだで、佐藤は、一応弁当とか作って貰ったら嬉しい……んだよな?」
 吉田はよく思い出しながら言う。確かそう言っていた筈だ。現に、佐藤は吉田の問いかけに頷いた。
「そんなら…………。……………」
 言い出して、言いかけて、黙った。
 しかし顔がさっき揶揄した時よりうんと赤いから、佐藤は次に言われる事に何となく想像が出来た。
「そんなに欲しいなら、作って来てやらない事もないけど!」
 勢いに任せて、吉田は言った。
「わ、凄いツンデレ」
「ツンデレ言うな! 欲しいのか欲しくないのかどっちなんだよ!!」
 そうやって逆キレしちゃう辺りがツンの部分だよ、と佐藤は内心で呟いた。
「まあ、その前にさ。吉田、弁当作れるの?」
 単純で根っこからの質問に、吉田がう、と唸る。まあ佐藤も、訊く前から答えは解っているが。そんな腕前があれば、最初から自分の分は弁当で持って来ているだろう。
 言葉に詰まる吉田を、佐藤は楽しそうに眺める。さて、どんな返事をしてくるのか。
 見つめる佐藤の前、吉田は小声で、まるで呟くように言った。
「…………オニギリなら…………」
「………………」
 2人の足がそこで止まる。後ろで豆腐屋がパープーとラッパを吹いて行った。
 そして。
「………―――ブッ、く、くっくっくっく………!」
「そ、そこまで笑わなくてもいいだろ――――!!!」
 口に手を当て、背を丸め、大爆笑を辛うじて抑え込んでいるような佐藤。しかし吉田も、そこまで笑われるような事を言った自覚はあるので、それ以上責める事は出来ない。
 弁当である事と、自分の腕前を鑑みて出したチョイスなのだ。でも、いっそ言わなければ良かったかもしれないが、男気ある吉田の気性は前言撤回という選択はあまり無い。男に二言はない、というヤツだ。
「やっぱり、吉田は可愛いな」
「……………」
 目尻に涙を為、腹筋を振るわしたような声で言われても嬉しくない。……勿論、それ以外でも可愛い、なんて嬉しくないけどッ!(by吉田)
「それで、吉田はどうなの?」
「え?」
「弁当。欲しいなって思う?」
 吉田が気にしたように、佐藤だって勿論気になるのだろう。吉田はちゃんと考え、真面目に答えた。
「……うーん……その辺りは佐藤と同じ、かな?」
 作って来てくれたら、それは勿論嬉しい。でも、負担をかけてまでは欲しくない。建前か本音かは解らないが、佐藤がそういう回答をしていて、吉田は自分の考えと同じ事に少し嬉しく思った。
「そっか」
 佐藤が短く返事をする。その顔を見て、あの時の佐藤の意見は彼本人の言葉だったのだと解り、吉田は改めて嬉しくなれた。


 さて、とある日に。
 この日も、牧村と佐藤と吉田で昼飯を取って居た。
 早速食べ始めた佐藤を見て、牧村が言う。
「あれ、佐藤、そのオニギリ手作り……だな? 自分で作ってきたんか?」
「んー? そんな所v」
「へー、言っちゃなんだけど、ちょっと歪んでるぞ。中身はみ出てるし。もしかして料理苦手か?」
「まあ、普通くらいじゃないか?」
「吉田は今日は弁当なんかー。おっ、ちょ、マジで美味そうだなソレ! 唐揚げ一個くれ!」
「だ、ダメ!!!」
「何だよぅー、ケチだなー」
「ケチでもいいから、絶対ダメッ!!!!」
 そう怒鳴ってから、吉田は蓋で隠れるようにしてガツガツと食べ始める。
 いつもはしかめっ面で食べる佐藤も、この日は少し口元が緩んでいた。



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