文化祭に向け、吉田のクラスは演劇をする事になった。
 題材は白雪姫である。
 高校生にもなって何故白雪姫、という疑問はこの際どうでもいい。
 のっぴきならない問題としては、だ。
「何で俺が白雪姫なんだよ!」
 吉田がぐしゃり、と握り潰した台本の配役には、はっきりと「白雪姫=吉田義男」の名が記されている。これはもはや覆らない事実だった。そして、同じく絶対な事実がもう1つ。
「そりゃ、俺が王子様だからだろ?」
 ソファの上で寛ぐ姿は、カジュアルな感じでそれでいてとても優雅だ。最も、ここは佐藤の部屋でソファも佐藤が普段から使っている物なのだから、似合っていて当然だが。
 さも当然、と言ってのける佐藤に、吉田は怒りすら抱く。佐藤の配役は半ば女子達の押しつけで決まった。そして、吉田の配役はそんな佐藤の巧みな誘導で決められた。勿論吉田は再選を要請したのだが、あっさり却下された。その癖、決まった後にキャストに対して不満を吉田にぶつけるとはどういう理不尽だろうか。その理不尽な塊にして根源は、悠然としていて吉田を見つめて笑っているけど。こんにゃろう。
 ちなみに、白雪姫を逃がすどこまでも心の優しい番人の役は秋本。皆が納得の配役だ。
 そして白雪姫の抹殺を図る継母役には牧村。鏡に対し、この世で最も美しい女性は誰かしら、という問いかけに自身を名指されず、白雪姫に嫉妬を燃やす場面のセリフでは危機迫るものがあった。演技上とは言え、その矛先が自分に向けられている様子に、吉田は穏やかで居られない。
 白雪姫、といえば有名なのは継母が鏡に語りかけるシーンだ。吉田はそこで首を捻る。
「っていうか、なんでこの鏡喋れるんだろうな。継母が魔法使いだから?」
「まあ、一応そういう事で通るんだろうけど……鏡の声は白雪姫の父親の声を表している、っていう解釈があるんだよ」
「えっ、そうなの?」
 と吉田は佐藤の講義に聞き入る。
「でもさ、それなら、父親が自分の娘を褒めてる訳なんだから、そんなの聞いて殺そうとする?」
「娘として見ていなかったかもよ」
 しれっと佐藤が物騒な事を言う。
 一人の女性として魅力を感じたというのだろうか。実の娘に対して、実の父親が。
「まあ、昔の王族なんて、近親相姦とか大らかだったしな。気に入った者勝ち、みたいな。
 最初、鏡は最も美しい女性は后だと言っていて、次は白雪姫と答えてる。質問が同じなら、答えた意味合いも同じだって考えても可笑しくないんじゃないか。少なくとも、后の方がそう受け取ったのは間違いない」
 確かに、継母は最初から白雪姫に殺意を持っていた訳でもない。暴挙に出たのは全て、鏡の声を聞いたからだ。
 佐藤の言うように、鏡の声が父親の声だとしたら……それまで、可愛いお姫様物語だった白雪姫のイメージが、昼ドラよりもドロドロとした愛憎劇に塗り替えられていく。
 それよりも「近親相姦」なんて物騒な熟語を、「牛丼つゆダク生卵付きで」みたいなノリで言う佐藤に吉田の顔が微妙に引き攣る。
「でもまあ、皆が皆、何の禁忌も無く愛し合える仲って訳でもないしな。むしろ何の障害も無い方が珍しいと思う。俺はそれを知らないで居るよりかは、知ってた方がいいな」
 その方が、もっと相手を大事に思えるから、とそこまでは佐藤は言わなかったが、吉田には何となくそう言いたい事が解った。けれど、今のセリフが単なる一般論としてか自分たちの境遇を指していたのかは解らない。
 異性に恋をし、結婚して子供を産む。それが整備された大通りのような道だとすれば、佐藤と一緒に行こうとしているのは指針も無いけもの道のようなものかもしれない。最も、大通りを歩いてさえいれば絶対に安心という訳ではないというのは、昨今の交通事故で証明されている。
 肝心なのは、何処を歩くか、ではなくどうやって歩くか。そして、誰と歩くかという所なのだろう。
 佐藤と一緒なら、道の無いけもの道どころか、大海原のど真ん中にイカダだけで放りだされたとしても、必ず目的地に到達出来そうな妙な信頼がある。
 でも、本当はそんな簡単な問題ではなく、あるいは今後、佐藤にも太刀打ちできない事態を迎えてしまうのかもしれない。
 もしそうなった時は、抱いた今日のこの気持ちを思い出してみよう。佐藤さえいれば大丈夫だと、何の疑いも無く信じれた時が確かにあった。
 吉田は密かに心に誓ったのだった。



「……って言うか……よく考えたら白雪姫の王子って最後にちょろっと出て来るだけじゃん」
「まあ、そうだな」
「……佐藤、楽したな?」
「さー、どうだろ♪」
「…………」
 釈然としない気分に陥る吉田だが、舞台上でそんな佐藤とキスシーンもどきを披露しなければならない、という事実にはまだ気付いていなかった。



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