人生とは選択の連続だ。そしてまた、吉田もここで分岐点に立って居る。
 まずは甘いかしょっぱいか、である。レジ横の蒸し器のやや横に逸れた所に立ち、店員から声を掛けられない距離をキープしている。
 そこには多種多彩なまんじゅうがふっくらと蒸されており、取り出されて食べられる瞬間を心待ちにしているようだった。
 よし、甘いのにしよう。吉田はまず決めた。そして次なる選択は餡子かチョコレートか、だ。これはさっきの選択より難しい。どっちも捨て難い。
 いっそ両方食べてしまえばとも吉田の中の(多分悪魔的な所)が囁くが、さすがに2つも食べたとなるとこの後の夕食に差支えが出る。まさか間食のし過ぎで食事がとれなくなったとあっては、この後おやつを禁止されかねない。故に、買うのは1つだけだ。
 餡子も良い。だが、勿論チョコレートも好きだ。半分づつ食べれたなら~、と吉田は思いを馳せる。一緒に居たのが虎之介なら確実にそうしただろうが、現在連れ立ってやって来た人物は甘いものがそう得意では無い。
 そう言えばその相手はどこで何をしてるんだろう、とふと背後を振り向けば、思いっきり立って居た。
「うわぁっ!」
「わ、驚いた」
 驚愕の言葉を口にした割には、間延びした口調と空気だ。当たり前のように立って居る佐藤に、そこに居るとは全く思っていなかった吉田は不意打ちを食らったかのようだ。
 普段なら気配無くして後ろに立つな!と罵倒した所だが、今は店内であるし、まるで待ちぼうけのように佐藤が突っ立っていたのを見ると、どうやら選ぶのに思いの外時間を食っていたようだ。その事にはっと気づいた吉田は、まるで驚かすのが目的のように極背後に立って居た件については放置し、これください!とレジ付近に立つ店員に声を掛けたのだった。


「……佐藤もさぁ~、用が済んだら済んだで、一声かけてくれたら良かったのに」
 そうしてくれたなら、佐藤を見てあんな間抜けな声で驚いたりもしなかっただろう。しかし佐藤はしれっとした顔で。
「だって吉田が凄く真剣に悩んでいたからさ。声を掛けたら悪いかと思って」
「…………」
 そんなに熱心に選んでいたのかと思うと恥ずかしい吉田である。佐藤がいつから後ろに立って居たかは知らないが、知られたと言う事実が問題であり時間の大小の問題では無い。
 それでも吉田の怒りというか、不貞腐れる時間が短いのは手にしたチョコまんの為だ。熱いうちに食べてやらねばならないし、それにすでに美味しさを知っている吉田はそれを早く味わいたい。
 外気との気温差の為か、立ち上る湯気がより白く、もうもうと立ち上って吉田の顔に霞をかけていく。湯気を顔に浴びながら、吉田は熱いと解っているそれを、気を付けるようにはぐ、と口を付ける。ん~、と口に広がる甘さを満喫するように、目を細める仕草が可愛かった。
 そしてさっきも、真剣にコンビニの肉まんたちを選んでいる様子も可愛かった。普通高校生くらいになると邪心と言うか邪念というか、大人の汚い所を真似していきがりそうなものだが、吉田はそう言った事はとても無垢だ。女子に対しても、仄かな憧れは抱いていても征服したいような劣情を抱いた事はないのではないだろうか。
 だとしたら嬉しいんだけどな、と熱く濡れた吉田を知る佐藤としてはそう思う。あんな艶っぽい吉田をしっているのは自分だけで良い。自分だけが良い。
 そういう吉田も勿論良いが、食欲だけしか無いようなこんな無邪気な吉田も大好きだ。はぐはぐはぐ、と食べる勢いは止まらない。すでに半分が無くなりつつある。
「うま~~!」
 至極ご満悦に吉田は言う。本当に美味しそうに食べるなぁ、なんて関心半分佐藤は胸中で呟く。
 まんじゅうとしては普通の大きさなのだろうが、それにしても一口では収まらないサイズである。だというのに、欲望の赴くままに口を着けているからか、吉田の口周りが賑やかな事になっている。まるで漫画に出て来る風呂敷を担いだ泥棒のようだ。
 それは本人にも気付いている所らしく、舌でぺろりぺろりとチョコレートクリームを舐め取って行く。が、鏡も見ないそんなやり方の為、完璧には程遠かった。口の端、チョコレートがしっかり残っている。
 いつ舐め取ってやろうかな、とそこを決めて佐藤は周囲を伺う。何せここは屋外で、住宅地の中。人気は無いが、完全に人払いが出来ている環境でも無い。
 そんな風にじっくり考えていて、そしてついでに吉田の事も見すぎていたらしい。視線に気づいた吉田が佐藤の方に顔を向ける。相変わらず、口の端にチョコレートをつけて。
「ん、何?」
 視線の意味を変に勘繰らず、素直に尋ねる吉田。佐藤は本当の所をちょっとこの場では押し隠した。
「いや、チョコレートの饅頭ってどんなものかと思って」
 実際口にした事が無いのは確かだ。自分の食生活を振り返ると、豊かとは程遠い気がする。まあ、そもそも自分に率先して食べる気が無いのだから当然なのだろうが。
「そっか。ならちょっと食ってみる?」
 ほら、と3分の一になりかけているまんじゅうを差し出す。吉田が齧って出来た断面図には、とろりとしたチョコが光沢を乗せている。
 佐藤は甘いものがそんなに好きではないが、全く受け付けないと言う訳では無い。甘いものに興味や関心を持つ事もあるだろうな、と吉田は勝手に納得した。
「…………」
 別に断っても良かった。自分が甘い物好きでは無いのは、吉田も知る所だし、断った所で気分を害したりもしないだろう。けれど佐藤は、吉田の勘違いに乗っかって味見をさせて貰う事にした。吉田が美味しいと食べているものの味が知りたい。
 吉田が用心していた熱さは時間の経過によってその脅威は無くしていた。が、しかし、佐藤が味を見たのはそれではない。
 今がその時だな、とタイミングを図った佐藤は、自分の体躯が陰になるようにそっと身を屈め、そこは素早く無く舌をじっくり這わした。そしてチョコレートは吉田の口の端から無くなる。
「…… ………… !!!!!!」
 一瞬呆けた吉田だったが、自分が何をされたかに気付くと、瞬間湯沸かし器のようにあっという間に真っ赤になった。
「うん、ごちそうさま」
 とご機嫌な調子で言うと、そこで吉田も口を効けるほどにはなった。
「ばばばば、馬鹿ー! 何してんだー!」
「落ちるぞ」
 完全に手元が疎かになった吉田から、残りわずかになったまんじゅうが落ちそうになっている。食べ物を粗末にはしない吉田は慌てて持ち直した。何とか落下は回避出来た所でほっと一息。が、捨て置けない問題は忘れない。
「ごちそうさまって、俺は食いモンか!!」
 妙に怒り所がずれているような気がしないでもないが、吉田らしいと言えば吉田らしい。
「でも、美味しかったよ」
「~~~~~」
 まだ何か言いたげに睨んでいた吉田だが、深く突っ込めば口の端につけたままの自分を詰られると思ったか、話はそこまでにしておいて残りを片付ける作業に移る。さっき以上にがふがふと口に消えていくさまは、ある種壮観だ。
 吉田は違うと言いたげだったけど、佐藤にしてみれば吉田は食べ物みたいなものでもあった。生きていく上で必要なものを摂っているとなると、それは吉田と一緒に居るこうした時間だからだ。
 この先何があるか解らないけど、でも自分が吉田が居れば何があっても大丈夫だと断言できる。
 吉田にとっての自分がそうであれば良いとは、あまり思わない。自分が居なくちゃダメだとか、そんな吉田じゃなくても良い。
 ただ時々、ちょっと空いた隙間を埋めれられるくらいの存在になれたら。
 そう、丁度。小腹が空いた時に食べるおやつくらいの存在で。
 そんな自分になりたいな、と念入りに口の周りを擦る吉田を見て、佐藤は思った。




<END>