*節分ネタで山とらです!^▽^


 ここ暫くは最高気温も一桁しかないような日が続き、外に出ようと言う気も起きなかった。出来れば学校にも行きたくないくらいだったが、サボるとなると割と真面目な面の強い虎之介から本気で叱られるので、山中はなけなしの根性を持って登校していた。おかげで、週末にデートをする気力も残っていない。放課後にナンパをする気力も。
「ねえ、とらちん。今度の日曜、どっか行かない?」
 最近は軽い引きこもり状態だった山中なのだが、年も明けて一か月も経ち、そろそろ春の歩みも見せようかと言う頃になると、頑張って外出しようという気になれる程になった。最も、大晦日はちゃんと虎之介と一緒に過ごした。神社で過ごした年明けは、これが初めてだった。去年はどこかの誰かと、これまたどこかのホテルだったと記憶している。
 久々の誘いに、虎之介も勿論乗ってくれると山中は踏んだのだが、しかし。
「……ダメだ。その日はバイトがある」
 その日、というかもっと言えばその週末、という話だった。折角の山中のやる気はものの見事に空回りに終わった。けれども、そこであっさり引き下がらないのも山中だ。
「えー!何で!?それって、その日じゃないとダメなの?っていうか他の人じゃダメな訳?? 
 俺はとらちんとじゃないと嫌なんだから、俺を優先してよ!!」
 駄々っ子だってもっとマシな主張を言うだろうにという言い分だ。吉田や井上辺りなら「喧しい」と一蹴してパンチの一発でも送っているだろうが、生憎ここには山中に甘い虎之介しか居ないという。それでも、通さなければならない筋はちゃんと通す虎之介なのだが。
「だから、ダメだっつってんだろ。前々から言われてたし、俺でもう決まってるし」
「決まってる?って、何が??」
 納得できない、と山中は尚も食い下がる。
 虎之介は一瞬口を開きかけ――おそらくは事情を説明しようとしたそれを、けれどまた噤んでしまった。
「何、俺に言えないの?」
「…………。言えねぇ」
 詰るというよりは拗ねる山中に、虎之介はぷいっと顔を逸らして言う。その仕草はちょっと可愛かったのだが、けれど何故言ってくれないのか。
「なんで? なんかヤバイ仕事?」
「別にヤバくねーよ」
「なら言ってくれても良いじゃん」
「…………」
 沈黙。嘘の言えない虎之介としては、打ち明けられない以上口を閉ざすしかないのだろう。そう解っているが、突き放されたようで山中は悲しい。虎之介には友達が一杯居るかもしれない。自分と違って。自分には、虎之介しかいないのに。女の子にいっぱい声を掛けて遊んでいても、その心の中にはずーっと虎之介の事を想っているというのに!(それはそれでどうなんだ)
「なら良いよ。俺も俺で好きにするから!!」
「……………」
 そう言った時、くしゃりと顰めた虎之介の顔を見て、さすがの山中も罪悪感が湧いたのだが。
 けれど結局、虎之介が話してくれなくて、その日はそのまま別れた。


「……あのなー、何かある度に俺を呼び出すのは止めろよな!!!」
 佐藤を出し抜いて山中の元へ行くというのが、双方にとってどれだけ危険か、あんな仕打ちを受けておきながらこの本人の危機意識はどうも薄いようだ。と、いうより恐怖より先立つものがあるからだろうが。
 実質的空き部屋の生徒指導室に現れた吉田は、何よりも先にそう口上を述べた。
「俺だってお前に頼りたかねぇけど、知ってそうなのお前しかいないんだから仕方ないじゃないか!!」
 好きにすると啖呵切った山中は、まずは勝手に虎之介がどうしても隠そうとしたバイトについて暴こうと思った。だって、知りたいし!
「な、お前、とらちんから何か聞いてないか?」
 虎之介が誰かに言うとすれば、それは中学からの親友だという吉田以外他ならない。と、いうかそれ以外は知らない山中だった。
 ドアに入るなり、敵意をむき出しにしながら席に着いた吉田に、山中はざっとした経緯を伝えた。週末にデートしたいというのにバイトがあるからダメだという。そして、そのバイトの内容を教えてくれないのだ、と。
「……んで、俺から聞いたとして、お前はどーするつもりなんだ?」
 しかし吉田は質問には答えず、逆に問い詰めて来た。はあ?と言いたい気分の山中だが、唯一の情報源を失いたくない一心で答える。
「そりゃ勿論……場所が解ったら、会いに行くよ!どんなバイトか知らないけど、俺の方がとらちん必要だし!!」
「……………」
 拳を作って断言した山中に、吉田は渋柿に思い切り齧り付いたような顔になった。そして、言う。
「じゃ、言わない」
「……………って事は知ってるんだな吉田――――!?」
 吉田の発言の意味を考え、山中はそう結論付けた。吉田はその事を隠す必要もないと、座ったままふんぞり返って腕を組んでいる。
「とらちんが言いたくないって言ってんだから、聞かないでいてやりゃいいだろ」
「嫌だ知りたい!とらちんの全部が知りたいんだ俺は!!!」
「……ストーカー?」
「純愛と言えよぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 いや、良い所偏愛だろう。
「だってさー、別に嫌いだから言わないとかじゃなくて、むしろその逆だってあるだろ?お前だってとらちんに言えない事の1つや2つや、100個くらい」
「最後一気に増えたな……まあ、この前も年上のお姉さんに遊んで貰ったのを黙ってたけど、でも結局バレたし」
 だから俺ととらちんの間に秘密なんて無いんだ!と言い切るこの男の頭を今すぐかち割るべきではないか、と吉田は思うのだった。
「なあ、頼むから教えてくれよ。このままじゃ俺は気になって気になって、とらちんを必要以上に束縛するかもしれないし、そうなったらとらちんもキレるだろうし手加減も忘れて俺の事ボコボコにするかもしれない。俺も人間だし、一定以上の打撲を浴びたら死んでしまう。いいのかお前!親友を人殺しにしても!!」
「……………」
 何故だろう、100個どころか1万個くらい突っ込み入れたいくらいなのに、本当に実現しそうな気がしているのは。
 はあー、と重い溜息をついて、仕方ない、と吉田は胸中で呟いた。本当は教えたくないし、虎之介からも言わないでくれとも言われた。虎之介の気持ちを尊重したいけど、彼の本心を思えばここで山中に真実を伏してしまうのは、それに反する事にもなってしまうのではないか。
 そう思った吉田は、あのな、と切り出して、虎之介のバイト内容を話し出した。


 決して大きな額ではないが、自給に換算すれば美味しい話なのだと思う。その場払いでも受け取ったバイト料を懐に収め、虎之介は思う。
 さてこれからどうするか、と何となしに頭を悩ませる。その手には携帯電話があり、誰に連絡を取りたいかと言えば山中である。この日、と前日のバイトの為に、あまりしない喧嘩をしてしまった。山中の浮気を見つけてボコるのは、あれは喧嘩というより制裁だし。
 奢ってやると言えば、ほいほいついてくるだろうか……いやでも、さすがに……
 何となく、山中に飽きられるというのは想定していても、嫌われるという事態を思っていなかったか、虎之介はいつにない感情に見舞われた。
 と、そんな時。
「!」
 虎之介の携帯が鳴る。そして、その着信音と言えば今まさに掛けようかと思っていた人物だ。
「おう、どうした?」
 内心、バクバクと動悸を抑えながら、通話ボタンを押す。電話の向こうの山中は、虎之介の抱いた危惧なんてどこかに吹き飛ばすような、能天気なものだった。
『ねー、バイトもう終わった?終わったんなら今からデートしよ!!』
「……あ、ああ。構わねぇけど……」
 あまりに山中が普段通りに話すものだから、虎之介も何だかいつになく素直に、そのまま受け答えしてしまう。虎之介がそれを省みる前に、「やった!」と山中が声を弾ませる。
『じゃ、駅前で!俺、近くの喫茶店に入ってるから、着いたらまたメールしてね~』
 そして電話は終わった。
 前に、このバイトの事を話した時は、詳細を話さない自分にあんなにも怒っていたというのに。何か釈然しないような思いを抱え、けれど怒ってない、という喜びの方が先だって、虎之介は軽く駆け出して駅まで向かった。


「こっち~!」
 メールに書いてあった名前の喫茶店に行けば、すぐに山中は見つかった。テーブルには、飲みかけのコーヒー。
「待ったか?」
「ん、そんなに」
 言って、笑みを浮かべる。こういう表情を見ると、改めて美形なんだと思う。振り返って印象に強いのは浮気を問いつめられた時の引き攣った顔かボコられた後の顔である。
「……あのよ、」
 何故だかあの時の事なんて全く無かったかのような山中に、このまま素知らぬふりをして普段通りに付き合っても良いのだろうが、けじめはつけたい虎之介はそうも出来なかった。
「そのー、今日と昨日のバイトなんだけどよ……」
「うん」
 と軽く頷いて、山中は次の台詞を待っている。
「……実はっていうか、その、ほら、節分だろ? だから、鬼の格好してたんだよ」
 しかもただお面をつけるだけには飽き足らず、パーティー用品コーナーで売ってる全身タイツのような衣装なのだ。おかげで盛況だった。特に、子供に。本物の鬼が居る~~とちびっこに追いかけられた2日間であった。
「で、んな所見られたくなくて……そんで、」
 虎之介は一生懸命、羞恥心を抑えて打ち明けてくれたのだろうが、そんな事を山中は吉田から聞いていた。余程見に行きたかったのだが、吉田からの再三のストップに行けず仕舞いだ。吉田との約束を破って、その本人では無く佐藤からの報復が恐ろしいし。それに、笑われたくないという虎之介の思いがいじらしいと思えたからだ。
「とらちんってさ、可愛いよな~」
「は?……な、何言ってんだオイ!!」
 2人だけの帰り道ならともかく、ここは他の客も居る店内だ。山中を抑えた声で怒鳴りながら、周囲をしきりに気にする。そんな所も可愛くて良いなぁ、と山中は思うのだった。
 振り返るに、虎之介以前に付き合っていた子達は、こんな反応なんてしなかった。むしろ周囲にこれでもかと付き合って居る事をアピールして、羨望をかき集めていた。そこにあるのは、山中を好きだと思う気持ちより、自分に対しての自尊心だけだろう。山中は女の子を大切に扱っていなかったが、果たして彼女たちも自分を大事に思っていたかどうか。
 今は解る。虎之介からには。
 でも。
「ねえ、でも、やっぱり言って欲しかったな。俺、絶対笑ったりしないもん」
「……本当かよ」
 信じられない、とその睨んだ目は言っていた。いっそ恐ろしいほどの形相であるが、山中は「ホントホント」と、気楽な調子で返す。
「どんなとらちんでも絶対可愛いし、どんなとらちんも見ておきたいんだ」
 だって、とらちんの事、好きだから。
 そう言えば、またも虎之介が慌ててこんな所でそんな事言うな!と同じように叱りつける。
 顔が紅潮し過ぎて、まるで赤鬼みたいになった虎之介に、山中はやっぱり可愛いなぁ、と思うのだった。




<END>